国際占い師カズコが語る~最終章

魂を導く食材と、神々の植物たち

食べ物は、ただ体に栄養を与えるだけのものではありません。


ひとつひとつの食材には、その土地や季節の気、そして自然の命が宿っています。


特に、私が出会って来たいくつかの食材は、心の奥に静かな安らぎをもたらし、魂までも優しく包み込んでくれるように感じます。

例えば、良い波動の土地で作られたお米で炊いたご飯は、日本の大地と神様の恵みが小さな一粒に詰まったものです。


私の祖母は神道を信仰していましたので、まずは、神様のために食事を作り、儀式的なことを行った後に、「有難い」と言って静かにお箸を握り食べていました。

明治の最後ぐらいに生まれた祖母は、左利きでしたので、包丁を握る姿などを見ていると大変そうだと思いました。

「有難い」という言葉は、感謝の心が自然と重なり合い、私たちが生きていることそのものへの祈りだったと思います。

戦争を体験している祖母や両親達は、自然の恵みこそが、身体に良い事を知っていたのでしょう。

自分達の畑で収穫する喜びを知っていたのでしょう。

季節が変わる事に、花や果実の香りがしたものです。

春キャベツが取れる時期には、モンシロチョウがあちらこちらと飛んでいて、我が家のネコたちも気持ち良さそうに縁側で寝ていました。

自然の恵みは海藻を取ったり、魚貝類も家になければ取りに行けば良いというような祖母といると、夏休みはすべてがサバイバル体験日でした。

祖母はその当時、銀行にアルバイトで掃除をしに行っていました。

私は祖母の香りが好きで、典型的なおばあちゃん子でしたから、銀行にも一緒に行きたいと幼い頃言うと、「金魚のフンのようについて来る子だね。」と笑顔で言っていました。

トイレ掃除を丹念にしていると私もお手伝いがしたくなり、「遣りたい」というと「良いよ。」と言ってブラシを貸してくれました。

徳島・剣山

綺麗に磨くと心が磨かれるとのことでした。

祖母の作る料理ですが、作る人の心が綺麗だから、美味しかったのでしょうと思います。

神道を信仰していた祖母の影響で、昆布が大好きでした。

「昆布は海の恵みを伝えるもの」と、祖母は言っていましたが、何だかよく分からずに、食べていました。

言い伝えによると、昔から海は神聖な場所とされ、清らかな気持ちを取り戻すところでした。


昆布のだしは、心が落ち着き、自然のやさしさに包まれるように感じられます。


梅干しは、身を守る力を持つ食べ物です。


すっぱい味と塩気が体を助けるだけでなく、心の中にあるざわつきをそっと静めてくれます。
私も、心が乱れるときは梅干しをひとつ口にして、ゆっくり呼吸を整えます。

海外生活を始める前に、高校のクラスメイトに「もしも、無人島に行くなら、何をひとつ持って行くか?」という話しになると、私は「梅干し」と言っていました。


梅干しを口にすると、心が落ち着いていきます。

母が作っていた梅干しは、とても美味しくて、沢山食べていました。

多分、良い塩を使っていたんだと思います。

梅の木もありましたから、スーパーで買わずに、天塩と紫蘇、保存する塩梅も良かったのでしょう。

キプロスに住み始めてから、オリーブが好きになりました。

オーストラリアに住んでいるときは、あまり、オリーブの実がいくら高級でも、美味しいと感じたことはなく、オリーブオイルもそれほど美味しいと思ったことがないのですが、ここに来てから、目が覚めるような味のオリーブを食べたりして、オリーブは実は美味しい物だったことに気づきました。


まさに、オリーブは女神と太陽の温かさを感じさせてくれるので、女神アフロディーテの恵みなのでしょう。


大量生産せず、その村の人達の家や畑で育ったオリーブを寄せ集めて、昔ながらのやり方で、オイルを絞った出したり、オリーブの実も保存が利くようにと、塩で漬けているキプロスだけでしか食べれない味は、母が作ってくれていた梅干しを思い出します。

食べると、心が和らぎます。

生きていたら、果実が好きだった母はキプロスに来たら、感動するだろうと思うことがあります。

キプロスの山は汚染されていない土地が多く残っています。ハチミツは自然の贈り物、命の甘さです。


蜂たちが一生懸命集めた花やハーブのエネルギーが凝縮されていて、ひとさじの甘さが心の疲れをそっと癒してくれます。

日本で食べていたハチミツは砂糖の味がし過ぎて、苦手でした。

今では、ハチミツやロイヤルゼリーのお陰で、心身ともに気持ちが落ち着いています。

こうした食材をいただくことは、自然の神さまと手をつなぐことだと思います。


お米は大地の恵み、昆布は海の優しさ、梅干しは守りの力、オリーブは太陽の温もり、ハチミツは自然の愛で一杯です。


それらを味わうたびに、私たちは本来の自分に戻れることに気づけると思います。

キプロスの恵みの泉



水と波動 ― 飲むことは心の祈り

食べることに気を向けるのと同じように、飲むこともまた、心と体に深く届きます。


水やお茶、乳製品や発酵飲料は、体に素直に染み入り、心を整える力があります。
水は、私たちの気持ちを映し出す存在です。


毎朝、水を飲む前に「ありがとうございます」と心の中でつぶやくと、体がすっと軽くなり、1日が穏やかに始まります。


お茶は植物たちがそっと届けてくれるやさしい声です。


緑茶やよもぎ茶、ハーブティーは、それぞれ違うあたたかさや安らぎを与えてくれます。


特にローズマリーは、心を落ち着けたいときや、集中したいときにぴったりの味わいです。


牛乳は体の声を大切にすることを教えてくれます。


合わないと感じたら無理をせず、合うときは感謝していただくと良いでしょう。
それは、自分を大切にすることと同じなのです。


発酵飲料は、小さな命たちと共に生きる知恵だと思います。


腸を整えることで、五感や直感力が身につきます。また、心も穏やかになり、毎日を優しく過ごせる力が育ちます。

もしも、イライラすることが多いと思うときは、腸を整えると良いでしょう。

頭の回転もよくなりますし、学生であれば、集中力が身につきます。

年配者であれば、認知症の予防になります。

年齢が行っても、髪の毛が真っ黒で化粧水も塗っていないマイケルの親戚のおばさんがキプロスの山にいました。

いつ会っても、ヘアカラーをしているかのように真っ黒でした。肌もシミがなく、小柄でしたが、亡くなる前日まで、料理を介護してくれていたインド人の女性に作っていました。

介護というよりも、側に誰かがいて欲しいという感じでした。

そのインド人の女性は住む込みでしたが、猫の餌やりぐらいで、後は、料理も叔母さんが作っていました。

最初はどうしてもカレーが食べたいと言って、私たちにあれこれとスーパーで買って来てとリクエストがありましたが、どうやら、おばさんの作る料理に慣れたのか、美味しいと常に言っていました。

その彼女は英語は話せたのですが、ギリシャ語は学んでおらず、それでも、おばさんがにこにこと彼女に話しかけていました。

マイケルにいつもの如く、「おばさんはいくつになったの?」と聞くと、「80歳ぐらいだよ。」と言うのですが、「いや、95歳ぐらいじゃない」というと、「髪の毛も真っ黒だし、そんな歳ではないよ。」と言っていました。

コロナ禍で、義理の母が亡くなり、その翌年に、叔母さんから「お腹が痛い」と連絡が来ました。

その日に行くことは外出出来ないので、「明日にでも、行くね。」と言ったときに、「アルコールで消毒するから大丈夫」と返事が来たようです。

自分で、コットンにアルコールを含ませて、お臍のところを拭いたそうです。

翌朝、そのまま、自宅で息がなかったそうです。

お葬式に参列しました。

お墓には、年齢を刻んでいるので、97歳でした。

義理の母と同じぐらいに亡くなったようです。

あの髪の毛の黒さは、本当に謎です。

私が見ていて、ギリシャ・キプロス人女性は、あまり何もしない女性の方が肌が綺麗です。

最近、7年ぶりに再会したギリシャ人の女性は、整形したのかと思えるほど、肌もツルツルでシミさえもなかったです。

多分、テッサロニキ市内から郊外に家を買って引っ越ししていたので、空気が綺麗で水も美味しく、若返ったのでしょう。

水と空気が良ければ、こうなるのか?と思える感じでした。

パフォスの700年間生き続けているオリーブの樹


日常の中の神聖 ― 食と水でつながるいのちの祈り

私たちの日々は、「食べる」「飲む」という何気ない行為で満たされています。


でも、その一つひとつがとても大切な神聖な時間であり、命を繋ぐ祈りだと気づいてほしいのです。


食べ物や飲み物に宿る自然の命は、私たちの体を支えるだけでなく、心も穏やかに、魂までも包んでくれます。


だから、どんなものを口にするか、どんな気持ちで向き合うかがとても大事です。
それは特別なことではなく、毎日の中で自然に育てられる、ささやかな祈りの積み重ねなのです。


例えば、朝の水に「ありがとう」と感謝の心を向けること。
炊きたてのご飯に手を合わせて、命をいただくこと。
家族や友人と食卓を囲み、その時間を分かち合うこと。


そうした何気ない行いが、私たちの心の奥にある神聖な場所を目覚めさせてくれます。


体が満たされるだけでなく、魂が浄められ、毎日が優しい豊かさで満たされていきます。


今の便利な世の中では、食べ物や水への感謝を忘れてしまいがちです。


しかし、食べ物は自然の恵みそのものであり、命の結晶です。


水は私たちの気持ちを映し出す鏡でもあります。


これらに丁寧に向き合うことで、日常に小さな奇跡が起こります。


それは心と体が調和し、暮らしが静かに豊かになっていくことです。


本当にお伝えしたいのは、食べることも飲むことも「命の結晶」そのものであるということです。


私たちは食べ、飲み、命を繋ぎながら、自然や神様と共に歩んでいるのです。


どうか、毎日の「いただきます」「ごちそうさま」に込められた小さな祈りと感謝を忘れずに、命の神聖な循環の中で、温かく息づいてほしいと願っています。

ありがとうございます。


合掌

女神アフロディーテが生まれた国より

カズコ

国際占い師カズコが語る~腸と霊性

~体の声を聴く食習慣〜

「食べるべきか」ではなく、「魂が求めているか」

私たちが健康と聞いてまず思い浮かべるのは、「栄養」「バランスの良い食事」「カロリー管理」などの言葉かもしれません。

けれど、本当に大切なのは、体の声に耳を傾けること。

それは、私たちが自分の内側と深く繋がるということです。

これは単なる健康の話ではなく、霊性と食がひとつになる、生き方の話なのです。

牛乳を飲むとお腹が痛くなるというサイン

私は、牛乳を飲むとお腹が痛くなることがあります。

それなのに、なんとなく習慣で飲み続けていた時期がありました。

でも、ある時ふと思ったのです。

本当は既に、小学生の頃に気づきました。

それは、我が家の冷蔵庫には牛乳がなかったのです。

母も祖母も飲むと、お腹が痛くなる体質だったようでした。随分、後に知りました。

集団生活の学校給食で牛乳を飲まないことは、昭和ではありえません。

ですが、「もしかしてこれは、私の魂が望んでいないのかもしれない」と、思う事もありましたが、従うしかなかった時代でした。

固い肉や豚肉等も、噛み切れずに残そうとしたら、連帯責任で私が食べ終わるまで、休憩時間になっても、他の班の人達を待たせることになるのも悪いので、飲み込んでいました。

家に帰って、母にその事を伝えると「小学校に卸している肉はボロ(安い)肉だからね。」

母はパートでスーパーの肉屋に働いている時期がありました。学校側の予算だと、普通以上の肉は難しかったようです。

つまり、もう、40年以上前から、給食は利権が絡んでいたということです。

そんな私はテレビも見ていますから、コマーシャルのお菓子や飲み物も飲んだりしています。知らない間に病気になって行くように、仕掛けられていたのです。

体に合わないという感覚は、霊的な波動が拒絶しているサインであることもあります。

牛乳が悪いのではなく、その人の波動と調和していないだけ。

身体がノーと言っていることに、もっと素直になって良かったのです。

もちろん、義務教育の昭和では無理でしたから、諦めていました。

誰かにとっては良いものが、自分にとっては負担になることもある。

• 「みんなが飲んでいるから」

• 「健康に良いと言われているから」

• 「朝は牛乳が定番だから」

そんな集団意識に従う前に、自分の体がどう感じているか?

その感覚を何よりも大切にしたい。

その積み重ねが、霊性の土台を育てていきます。

 腸は第二の脳であり、魂のアンテナでもある

現代医学では「腸は第二の脳」と言われます。

でも、スピリチュアルな視点では、それ以上の意味があります。

腸は、魂が今必要としているものを映し出す、エネルギーの感知器官。

つまり、見えない波動を受信する霊的なアンテナなのです。

波動の高い食事 → 心が穏やかになる

添加物の多い食事 → イライラや思考の鈍化

腸内環境が整う → 直感や第六感が鋭くなる

腸が整うと、私たちはより繊細に、魂の声や宇宙からのサインを受信できるようになるのです。

「食べない選択」は、魂を休ませる時間

「朝は必ず食べるべき」といった固定観念も、ときに心と体に負担をかけてしまいます。

お腹が空いていないとき、何か違和感を感じるときは、食べないという選択も、優しさのひとつです。

それは、食べる代わりに、心と体が祈りのように静まる時間になることもあります。

腸というアンテナが休まることで、魂が微細なメッセージを受信しやすくなるのです。

ある食べ物に違和感を感じたなら、たとえそれが「体に良い」と言われていても、

無理に取り入れる必要はありません。

いちばん大切なのは、あなたの魂にとって「今」必要かどうか。

合掌、いただきます。

食べることは、祈ること。

選ぶことは、自分を信じること。

国際占い師カズコが語る、添加物と波動の違いを感じる体験

添加物の国から、女神の波動へ帰る旅 

私が日本に一時帰国したのは、コロナ禍の最中でした。

約2年近くにわたり日本に滞在したその間、私ははっきりと波動の違いを体で感じることになったのです。

添加物と塩素水、そして体調の悪化

最初の1ヵ月ぐらいは懐かしい日本の味に、少し心が和みました。

しかしながら、コンビニやスーパーに溢れる惣菜、冷たいお弁当、加工された味つけ、パック詰めの野菜、甘いだけの果物、見た目は綺麗な野菜は、どこか空っぽで重たいエネルギーを感じました。

水までもが、どこか波動の低さを感じさせるものでした。

身体が重くなり、内臓が冷えて、病院に通っても原因不明の不調が続きました。

本来、癒しの場所であるはずの病院でも、さらに魂が閉じていくような感覚さえあったのです。

若くして、オーストラリアに10年以上住み、その後、結婚を機にギリシャ側のキプロスに移住し長く地中海気候で素朴な食材を使った料理を食べていたので、日本は私にとっては日本語は話せるが、環境も食材もすべて、異なる場所でした。

病気になる要素があることに気づいたので、色々な人に訴えたのですが、その時期は新型コロナの対応で誰も真剣に聞いて貰えず、病院に通うことが続きました。

私の魂と体は、このような物を拒絶していました。

塩と思われるが塩でない塩、グラニュー糖、小麦粉、乳製品、油、Vチン、電磁波、化学物質、美白を意識されすぎてビタミンD不足、避けて来た薬等は本当に免疫がない体になっていたので、水さえも水道水は信用できず、ペットボトルの水を飲んでいました。

特に、アレルギー体質の私にとっては、添加物、油、パンや麺類は必要以上に食べると体の至るところが痒くなります。

キプロス産のオリーブオイルとオーガニックのレモンを利用した食事を作って来ていたので、デパートの見た目は美味しい弁当でしたが、食べた後に気分が悪くなることもありました。

病院のお医者さんには、「何を食べても味がおかしく感じるのですが?」と訊ねると、「味覚障害か、更年期障害でしょうね。漢方を出しておきますね。」ということでした。

本当にその判断が正しかったのでしょうか?

キプロスに帰る予定で、主人と話していた次の日には、蕁麻疹になりました。

私が拒んだ薬を薬剤師の方も再度、お医者さんに確認して貰っていましたが、週末だということで、「それで大丈夫です」ということで、飲んだ次の日に身体中に蕁麻疹が出てびっくりでした。

皮膚科の先生に尋ねるとはっきりとは言いませんでしたが、「薬疹でしょうかね?」と言われたぐらいです。

身体は正直だと実感しました。

なかなか治らない蕁麻疹で、初めて打たれた大きな注射で気持ちが悪くなりました。

次のときに、そのことを訴えると異なる注射をしてくれました。

痒い場所が日によって変わるのですが、痒くて、痒くて、なかなか治らず、良くなって来たかと思うと、風邪を引いたりして、また、日本で年を越すのかと思いつつ、やっぱり、キプロスでのクリスマスが良いと思い、帰ることを決めました。

その後、キプロスに戻りましたが、すぐに体調が戻ったわけではありません。

「波動の記憶」が身体に残っていたのです。

1万年の歴史の島国のリズムに身体を合わせる

キプロスには、日本のようなコンビニ食、惣菜や出来合いの弁当はありません。

近所にあったケーキ屋さんもパフォスから撤退してしまいました。

エクレアやチーズケーキが好きだったのですが、それも食べれないので、「自分で作る」という選択しかないという生活は、キプロスに移住したときの状態に戻ってしまいました。

初心に戻ることで、どこか安心感が湧いて来ました。

毎日、オリーブオイルを使って、時間をかけて野菜を煮込んだ料理は温かい気持ちになりました。

お金を出せば美味しいシュークリームではありませんが、キプロス産のはちみつとローヤルゼリーで幸福感を味わえるようになりました。

そして、ご飯は、昆布を入れて炊くことは、まるで祖母が行っていた祈りのような食事を自分の手で整えるようにしました。

そうすると、ふっと魂が軽くなる瞬間がやってきました。

心がすっと透きとおり、身体に静かな活力が戻って来ました。

食はエネルギーの宝地図

何を食べるかは、単なる栄養ではありません。

• どの土地で育ったか

• 誰の手を通ったか

• どんな意識が込められているか

それらすべてが、私たちの波動を形作るのです。

キプロスの風、太陽、土・・・。

それらと調和して生きることで、私の魂は再び、本来のリズムを思い出し始めたのです。

日本の食と水に違和感を覚えたこと、それはただの不調ではありません。

日本で病気になったことも意味があるギフトだと思いました。

意識を変えるチャンスであり、病気になった原因を探し、追求しました。

生き方を見直すために、病気になることがあります。

何でも自分で体感するため、この経験は他の人に役に立つために病気になったことでしょう。

あなたがもしも、今、体調が悪かったり、病気になっているのであれば、きっと、あなたの魂が、「もう目覚めなさい」とサインを送っていると思って下さい。

そして、世界のどこにいても、本来の波動に戻る食を選ぶことで、私たちは必ず、本来の自分に帰ることができます。

やっと、ここ最近、真実を伝える人が増えて来ました。

食べる物で、思考までも変わっていきます。

大事なのは、マスメディアや有名なお医者さんの言葉ではなく、真実は私たちの魂の記録で判断するのが良いでしょう。

もしも、体調が悪い人は、良質なお米と梅干だけで数日過ごして見て下さい。

出来れば、ご飯は土鍋で焚くのが良いですが、身体を浄化させると良いでしょう。

良質の昆布も入れると良いでしょう。

神饌(お供えもの)を意識した食材を食べていれば、日本人は健康でいられることでしょう。

また、そのお話は次回に致します。

 

国際占い師カズコが語る、オーストラリアの肉食生活とその影響

波動を失った肉食の暮らし

オーストラリアで気づいた食の違和感

日本を離れ、私が最初に暮らした海外の国はオーストラリアのシドニーでした。

美しい大自然、青く広がる空、ユーカリの木、芝生の香り、明るく陽気でイージーゴーイングな人々。

そんな自然の環境とは裏腹に、私は内側で静かに違和感を感じはじめていたのです。

肉中心の食生活に、身体が沈んでいった

オーストラリアでは、食卓に肉が当たり前に並んでいました。

バーベキュー、ステーキ、ハンバーガー…。

最初は「郷に入れば郷に従え」と、なるべく合わせてみました。

当時の日本円の為替は1ドル270円でしたので、日本食店で軽くご飯を食べても3000円以上でした。ラーメン屋で地元で食べていたラーメンが320円ぐらいでしたが、シドニーでは3000円以上でした。

どうやっても肉ばかりの食事で、食べた後、妙な重さが身体に残っていました。

眠くなり、気分が落ち、何より自分ではない何かに支配されるような、あの感覚と体重が増えて行き、思春期でさえもニキビが出なかった肌でしたが、ぽつりと出始めたときには驚きました。

最初は疲れや気候のせいかと思っていました。

でも気づけば、毎日のように自分が濁っていくような感覚に襲われていました。

 「美味しさ」の裏側にあるもの

オーストラリアの肉は、質が良いとも言われます。

けれどどんなに調理法が丁寧でも、エネルギーのレベルでは、命を絶った波動が残っているのです。

特に大量に加工されたソーセージやハムは、食べている間は絶妙な味がしましたが、霊性を鈍らせる重さを感じていました。

そうはいっても、高い日本食を食べる機会は限られていました。

でも、やはり日本食が食べたいという気持ちが強くなったので、あまり日本食店がなかった時代にご縁があり、ウェトレスとして賄い付きの日本食店で働き始めました。

私のように感受性が強い魂にとっては、選択肢がないままでは、自分の能力にもやがかかっていくことの方が悲しく感じました。

幸い、日本食店で働いたことで、お客さんの単身赴任で毎晩のように食事をして行かれた方から週に一度、家の清掃と夕食を作って欲しいという提案があったので、アルバイトさせて頂けることになり、自炊できる喜びを感じました。

自分で作ることで「違う」と気づいたとき、波動が戻りはじめた

ある日から、野菜とお米中心の食事の日本食に戻し始めると、驚くほど身体が軽く、心が晴れていくのを感じたのです。

肉食を食べていたときの気持ち悪さが薄れて行き、気持ちが軽くなり、周りの人達の本当の波動が感じられるようになり、自分の中にあった心の声も戻りました。

やはり、人間の身体は食べる物で魂までも異なることを理解出来ました。

何を取り入れるかで、見える世界が変わることを体感出来ました。

いい意味で、オーストラリアでの肉食の重さとは、何かを学ぶことが出来ました。

ファームステイ ダンとウォンバット

オーストラリアの生活は学生時代からニューエイジ店を開くことなども体験することができ、何よりも、この経験は、私にとって魂が真の周波数を思い出すための通過点だったのかもしれません。

私たちは、何を食べるかで、誰とつながり、どの波動にアクセスするかが決まるということを思い出してくれたのです。

次の章では、新型コロナで外出もままらないときに、日本に行き、女神アフロディーテが生まれたキプロスに帰って、そこに流れる波動についてお話しします。

国際占い師カズコが語る、学校給食の影響と波動の違和感

学校給食と波動の分断

不気味な肉の筋、不味いパン、飲み込むしかなかった。

幼い頃の食卓は、神々とつながる祈りの空間でした。

しかし、小学校に上がると同時に、その日々は突然終わりを告げました。

それが、「給食」という制度の中での体験です。

肉の筋が飲み込めなかった日

ある日の給食で、固くて嚙みきれない肉の筋が出されました。

味もにおいも、なにより波動が合わない。

けれど、「残してはいけない」というルールがあり、クラス全体の前で食べきるまで席を立てませんでした。

班という仕組みの中で、私ひとりが食べない子にならないように、無理やり飲み込むしかなかったのです。 

不味いパンと、冷たい牛乳と、マーガリン

パンは白くて、ふわふわなのに生命力がなく、牛乳は身体の奥で拒絶するような冷たさがありました。

マーガリンのにおいは、今でも記憶の中にこびりついています。

本当は食べたくなかった。

でも、先生には「好き嫌いをするのは悪いことだ」と言われました。

そこには、食への祈りも、個の感覚も存在しない世界が広がっていました。

連帯責任と言葉で食べさせれる辛い日が小中学生の9年続きました。

 

波動を無視された共食の強制

学校の給食は、確かに栄養的には整えられていたかもしれません。

けれど、食べることが義務やルールに変わった瞬間、そこから「神聖さ」や「良い波動」は消えてしまったのです。

私は、本来それぞれが持っている身体の声や魂の感覚を、この時期から少しずつ無視するようになってしまいました。

それは、身体の声を封印することで、魂の自由を縛る教育だったと、今でもはっきり感じます。

それは、魂に刻まれた小さなトラウマだった

あの肉の筋を飲み込んだ瞬間、私は自分の内なる声を封印したのです。

「これは食べたくない」

「身体が拒否している」

「でも、食べなければいけない」

この葛藤が、霊的感受性に薄い膜のようなブロックを作っていきました。

食べ物のエネルギーを感じる力。

波動の違いを受け取る感性。

選びとる自由という直感。

すべてが、その時から遠のいていったのです。

今、多くの人が感じている生きづらさや身体の重さは、こうした小さな経験の積み重ねから生まれているのかもしれません。

もし、あなたにも似たような記憶があるなら、それはあなただけのせいではありません。

あなたの魂が感じていた違和感は、真実だったのです。

次回は、「波動を失ったオーストラリアでの食事」についてお話していきます。