境界線が溶けていく世界。ニコシアの霧の中で出会った「新しい豊かさ」

恒例のニコシアでのクリスマスパーティに行ってきました。 パフォスを出発した時は、半袖でもいいほどの青空。

車を走らせリマソルを通り過ぎ、ニコシアに近づくにつれて辺りは深い霧に包まれ、空気は一変しました。

まるで、パスポートを使わずに異国へ迷い込んだような不思議な感覚。

この天候の変化が、これから起こる「価値観を揺さぶる出会い」を予感させていたのかもしれません。

義理兄の家に到着すると、庭ではすでに家族たちが赤ワインを手に談笑していました。 テーブルには、最近の物価高で我が家ではすっかり見かけなくなった高級チーズがずらりと並んでいます。

そんな中、ドバイからのお客様が到着しました。

ニコシアに住んでいた時に、一度、義理姉の手料理で羊の頭の料理を囲んで一緒に食事をしたことのあるシリア人のご家族です。

今回の再会は、私に新鮮な驚きを与えてくれました。

隣に座った彼らの息子さんと娘さんと話し始めて、まず驚いたのはその成熟度です。

「僕たちはいくつに見える?」

22歳と20歳くらいかしら?と答えると、なんと「17歳と13歳」だというのです。 政治や経済を流暢な英語で語り、将来は歯科医と医者を目指しているという彼ら。

17歳の彼は、「ドバイで人工的なものばかり食べていると、早く老けてしまうんだ」と笑います。

超富裕層である彼らが進学先に選んだのは、意外にもキプロスの大学でした。

イギリスの大学を目指す姪っ子の娘を横目に、ドバイの弁護士であるお母さんも「キプロスが良い」と断言します。

「何が本当の豊かさか」を知っている人たちの選択は、私たちが思う「成功のステレオタイプ」を軽々と飛び越えていきました。

※余談ですが、夫のゴッドサンでアメリカで弁護士をしている彼も、世界の中で一番のWEB関連を勉強するために、キプロスのニコシアの大学で一年間学び、首席で卒業しています。

ドバイの不動産事情や修学旅行で日本やNYへ行く13歳の娘さんの話を聞きながら、私はふと思いました。

数十年前に勧められた仮想通貨。 もしあの時投資していたら、今頃は彼らのような「お金持ち」になっていたのかもしれません。

しかしながら、貧乏性の私はそれをしませんでしたし、きっとこれからも選ばないでしょう。

でも、それでいいのだと思います。

彼らのような「持てる者」の話を、嫉妬ではなく一つの「面白い未来予想図」として楽しめる今の暮らしが、私には合っています。

13歳で日本に8泊し、ショッピングや寿司にワクワクしている彼女の話を聞いて、強く感じたことがあります。

国境を越え、世代を超え、価値観が目まぐるしく変わる今の世の中。

大切なのは、いくら資産を持っているかではなく、どれだけ広い世界を「面白い」と感じられる心を持っているかではないでしょうか。

霧のニコシアで味わった赤ワインと美味しいチーズ、そして新しい世代との会話。

そんな刺激的な一日が、私の心に新しい風を吹き込んでくれました。

2025年もたくさんの事を学びました。

多くの方から、「ブログの更新が多くて、とても嬉しかった」とメールを頂き、こちらこそ、お読み頂きありがとうございます。

2026年も、皆様にとって素晴らしい一年になりますように。

カズコ

霊能力を通じての魂の記録

魂の導き、見えない絆を通じて

キプロスからロンドン、そして霊界との再会

ある日、私は不思議な導きに背中を押されるようにして、キプロスからロンドンへの旅に出ました。その目的は、すでに霊界へと還られたオーストラリア人の夫・アレンと、SAGB(英国スピリチュアリスト協会)の霊媒師・テリー氏を通じて、再び語り合うこと。

この旅のきっかけをくださったのは、書籍『天国からの手紙』の著者・武本昌三さんでした。彼との出会いが自然と、霊界への扉を開くテリー氏へと私を導いてくれました。 やがてロンドンで開催されるスピリチュアル・ワークショップへの参加を決意する流れとなったのです。 その旅には、現在の夫であるキプロス人・マイケルも、静かに寄り添ってくれました。

想定していた霊とは異なる登場

セッションでは当然、アレンが現れるだろうと思っていました。けれども、そこに現れたのは、まったく予想もしていなかった霊的な存在たちでした。

「あなたを指導しているのは、中国の高貴な霊。その隣には、黄色い仏衣をまとった子どもがいます。」

私はすぐに悟りました。その子は、マイケルとの間に誕生するはずだった、流産で失った私の大切な子どもの魂だったのです。もし生まれていれば、3歳くらいになっていたはず。キプロスに移住して、生活に不慣れで寂しいときや嬉しいときに、「お母さん、泣かないで。僕がいつも側にいるから」「大丈夫だよ」「頑張りすぎないで」と、いつも励ましてくれていました。

キプロス生活の14年が過ぎゆく中、親しくしている友人から手紙と葉書を受け取りました。そこには、優しそうな眼差しをした青年が写っていました。まさに、もしその子がこの世に生まれていたら、こんな風になっていただろうと思える姿でした。その写真を見つめていると、まるでその子が微笑んでいるように見え、胸が熱くなりました。

別れが訪れることなど、想像していませんでした。そして、ある朝、静かな声が私に届きました。
「僕はもう霊界に帰らなければならない。来世で、また会おうね。」

透き通るような声に、涙が溢れました。言葉にできないほど深い愛と切なさが、私の中でひとつになった瞬間でした。

別の霊能者が伝えてくれた“もう一つの真実”

シドニーに暮らしていた頃、私をプロの霊能占い師の道へと導いてくれた、親しい日本人の霊能者夫婦の奥さんがこう語ってくれました。

「その子はとても特別な使命を持った魂だね。親子として生きるより、霊界からカズちゃんを支える道を選んだんだよ。」

「その子がこの世に生きていたら、あなた達はオーストラリアに留まることになる。だから、あなたの使命を果たすためには、あえて新天地のキプロスへ移住することが良いと言っているよ。」

チャネリングを通して伝えられたその言葉を聞いたとき、私は深い納得と慰めを覚えました。私はその言葉に深い霊的な意味の大きさを感じました。 「生まれなかった命」ではなく、「霊的な伴侶」として私の霊的な活動のために共にいてくれていたのだと思いました。 この子は確かに、長い年月、私のそばで見守っていてくれていたのです。

霊界の存在は摩訶不思議なものです。あるときは、この子より先に亡くなっている母と一緒にいると言われたこともありました。

キプロスという新天地

もともと、私はキプロスに住む予定もなければ、ギリシャ語を学ぶ予定もありませんでした。けれども不思議な導きにより、子供の頃から古代遺跡・秘儀・神秘学といった分野に関心はありました。しかし港町で育った私は濁音が多いギリシャ語が苦手で、20代にヨーロッパを旅行したときに、うどんが食べたくなり、日本食レストランでうどんを食べた後に、店主さんが「AU REVOIR サヨウナラ!」と言われた後、シドニーに帰ってフランス語を学び始めたくらいでした。

キプロスに来てから、なぜ、ギリシャ語を学ぶ必要があったのか、長い年月をかけて理解しました。エンジェル・ウィスパーというお店をシドニーで開業しましたが、それはあまりにも早すぎたニューエイジショップでした。アロマ精油、パワーストーン、魔法使いから教えてもらったハーブで作るおまじない……。これらのすべての原語がギリシャ語からであることを後になって理解することで、学びの道具だったと気付いたのです。

一万年の歴史を持つキプロスは、私にとって魂の再誕と目覚めの場所になったのです。

テリーさんという「本物」との出会い

私は子供の頃から霊的な感受性を持ち、人々の悩みを自然と読み解いてきました。霊能力を持っているからといって、順調な人生とは限りません。誰もが、この地球に生まれたということは、学びの場を持つことができるためでしょう。私の人生も例外ではなく、波瀾万丈の連続です。迷い、自信を失いそうになる瞬間があります。特に、愛する人との別れは……。他者の家族をリーディングするときは、冷静に言葉を受信することができます。しかしながら、自分の事になると冷静ではいられないのは人間だからでしょう。

他界した夫を失い、永住権の件もあり、シドニーに帰った矢先に、東京に住んでいた友人から国際ファックスが届きました。そこには、「母危篤、直ぐ、日本に帰国せよ。」という文章でした。シドニーで新しく出発するつもりで片道の旅券でしたから、その日に、兄に国際電話をかけると「話しが出来ない状態だから、もう、長くないだろう」と言われました。色々な意味でその時期は何度も豪州と日本を行ったり来たりしていたので、金銭的にもかなり厳しかったのです。住む場所も携帯電話の契約などもしていたので、日本に帰るとなるとどうしようか考えました。でも、死に目に会えないとなると、今後の人生で後悔することになりそうでしたので帰国することにしました。

結果的には、半年ほど日本にいることになりました。母の葬式も終え、ある夜、兄家族と夕食を共にしていました。実は、私以外の家族も霊能力を持っています。プロとして活動しているのは私だけですが、兄はヒーラーであり、霊能力も私以上だと思います。ただ、言葉の使い方がダイレクトなので、準備が出来ていない人への配慮に欠けるような話し方になることがあります。霊能力はありますが、現世では商業的には利用する予定はないのでしょう。

そんな兄ですが、その日は私の心の中で他界した夫に会いたいという念が兄に伝わり、「おまえ、アレンのことがきになるんじゃろ……。」と聞いて来ました。「え!何で分かるん?」と聞き返すと、「お前の側にアレンがおるけぇ。」と言うので、兄がアレンの魂を自分の体に入れてくれました。憑依させてくれたのです。それで、手を取り、「そっちの世界はどう?」と英語で尋ねると、なぜだか分かりませんが、兄はスペイン語で話し始めたのです。兄は英語もスペイン語も話せません。途中、姪っ子も参加することになりました。短い時間でしたが、兄のお陰で話すことも出来ました。

ただ、家族ということもあり、キプロスに移住してから、どうしてもミディアムである人にシッティングして貰いたかったのです。人生で多くの人をリーディングして来ていますが、自分自身の霊的な悩み事はあまり誰かに尋ねることはありません。多くの名のある人に会ったことはありますが、常にこの世での使命の話しになってしまい、霊界に還ってしまった家族の事を話しても本物でないと思っていました。

ロンドンで数日のワークショップに参加した後に、最後の日、テリーさんのシッティングの時間がやって来ました。ヨークシャー訛りのある英語で、録音するためにカセットテープを受付で購入して、そのときが始まりました。30分の内、25分ぐらい、テリーさんが話していました。先にお伝えしている赤い服を着た高貴な指導霊とともに、私の霊的な伴侶である流産した息子の前に、「小柄なあなたの祖母が一緒にいます。」と、言い始めました。直ぐに、誰だか分かりました。

次に、「アニマルスピリットも2匹います。一匹は、ゴールデンレトリバー、一匹は、白黒のネコ。」

その後の話の中で、なぜ、本物だと確信出来たかというと、「あなたの後ろに、若い男性がいます。」と言われて、若い男性と言われても、誰だろう、亡くなっている若い男性は私に関係があるようでしたが、誰か分からないと思っていると、テリーさんは「その男性は、あなたの身内で、生きていれば、30歳ぐらい……。」と言われましたが、遠い昔、母が流産したことがあると聞いたことがあるのですが、その人かと思っていると、「白血病で亡くなった、と言っています。」とテリーさんが言いました。

私が成人を迎える前に日本に一時帰国しているときに、親戚で白血病の男の子がいました。当時、その子は10歳ぐらいでした。帰国して直ぐに、その男の子の両親が私に会いに来ました。話しによると、大勢いる親戚達で誰もその子が必要な血を提供したくないようでした。検査さえも拒否していたようでした。兄と私だけは拒否することもなく、直ぐにと言われて、岡山の倉敷病院で白血病患者のための血液を移植するために行きました。当時はそこだけが高度の医療器があったのでしょう。どんなことをするのかさえも、事前に説明もなく、兄が運転して行きました。その親戚の叔母さんは、車の中でブツブツと文句ばかり言っていました。多分、兄が前の日にビールを飲んだことに腹を立てていたんだと思います。

私は貧血体質でしたが、その親戚の強い要望で、「生理が終わったばかりだから、難しいと思う」と言いましたが、神に縋る思いだったのだと思います。兄も虚弱体質ですから、「わしは無理。」と言っていましたが、行くことになりました。造血幹細胞移植だったと思います。当時は先生からの説明もなかったので、何をするのかも知りませんでした。

私から始まったのですが、血液検査で適合したのかさえも分かりませんでした。行き成り長い長い針を見た瞬間に目を瞑りました。20センチの針を血管に刺す事が難しく、お医者さんに打診されて、成人になっていない女性は不可と言われてしまいました。兄は半分ぐらいは血液を提供出来たようでしたが、途中でドクターストップになったようでした。その親戚には、「私も兄も体が大きいのに、役に立たない……。」と、家に帰るまで永遠に言われました。

それでも、その子に罪はありませんから、もう一度、体調が良い日があり、お医者さんの「許可があれば遣る」と、私は言いました。数日後、その子の所にお見舞いに行くと、「カズコ姉ちゃん、オーストラリアはどう?」と訊ねてくれて、骸骨のように細くなっている彼を見て、「うん、コアラも抱いたよ。カンガルーもぴょんぴょん飛んでいるよ。」と言うと、「いいな。」と言って辛そうだったので、「またね。」と言って、病院を後にしてオーストラリアに渡豪しました。

残念ながら、お葬式にも参加出来ませんでした。兄も私も親戚から言わせると、「悪人だ」と言われ続けていました。「あんたたちが、死ぬ気で血を移植していれば、助かったかも知れない」とも言われました。私自身は葬式に参加していなかったので、私たちの家族全員が批難され、兄もそこに参加していた人達は検査さえもせずに、咎めていたので喧嘩になったようでした。それを知ったのはかなり後になります。

そんな想像さえもしていなかった人物が私の背後にいてくれていると聞いて本当に涙が溢れてしまいました。本当に30分という短いセッションで、私が話す時間はたった5分間でした。尋ねたことは、「アレンの事」でしたが、テリーさんから、彼の言葉はありませんでした。時間がオーバーしそうになったので、「今後の展開」を聞きました。

「小さいタウンハウスに住んでいます。とても、居心地が良いようです。」
「インターネットを通じて、日本人に向けて霊的なメッセージを配信して行くことでしょう。」

この日本人に向けてと言われて、ニコシアでは、現地の人のために、お店を見て回っていました。テリーさんに言われた、日本人に向けてで、私の思考は180度変わりました。霊界から「この道を歩みなさい」とはっきりと伝えられたと感じました。テリーさんのセッションは言葉にならないほど、霊的に大きな転機となりました。

魂の記録は、今も静かに続いている

テリーさんのシッティングがメインでキプロスから電話で予約を入れた日に、マイケルに「ワークショップも同じ日にあるみたい」と言うと、「参加しよう」と言う事になりました。私も霊能者ですから色々な霊体験をして来ています。物を動かすという霊は初体験でした。本当にテリーさんのワークショップで不思議な現象続きでした。

一番、驚いたのは、その場にいた5人の大柄な人達が、みんなでその樫のラウンドテーブルを持ち上げることをテリーさんに促されて持ち上げようとしました。重過ぎて、びくともしませんでした。それで、「手を付けずに、テーブルを回してごらん。」と言われますが、動きません。もう、周りも私たちも爆笑していました。すると、テリーさんの口笛の音で大きなテーブルがだれも触れていないのに回転するという体験を撮影したビデオがありました。

私だけがデジカメを持参していたので、「ほら早く撮影して」と他の人達に催促されて撮りました。生徒さん達でカメラも持っていないので、当時はメールして欲しいという要望さえもありませんでした。

キプロスに帰って来て、デジカメで動画を確認をしたときにはその体験映像はありました。まだ、YouTubeさえもなかったときでしたから、何となく、世に出してはいけないと思い、パソコンに保持していました。けれども、なぜかその映像はどこにも残っていません。何度もパソコン、バックアップなどを確認しましたがありません。

今でもこう思います。「本当に大切な記録は、魂の中に刻まれている。それは形として残らなくても、心と記憶の中で、必要なときに必ず甦る。」そして今、こうして文章として振り返ることそのものが、霊界との記録の再現になっているのだと思います。

「かきなさい」という霊界からの指示

キプロスに帰ってきてから、ある日を境に、私は耳元で何度も「かきなさい」という言葉を聞くようになりました。最初はその「かく」が、書くなのか描くなのかも分からないほど、ただ音・声として届いていたのですが、不思議と、私は自然とどちらも始めていました。 言葉を「書く」こと、そして絵を「描く」こと。ついでに、指を使うため、編み物も始めました。

子供の頃は、絵を描くのも、文字を書くのも大好きでした。ただある日、私の書いた作文を目にした小学校の担任の先生が、何度も放課後に居残るように強制して来ました。作文を書くように遅くまで一人ポツンと教室にいました。絵に関しても、その先生は新聞記者を集めて、私を含めた複数の生徒に絵を描かせる光景を写真に撮らせていました。 私はそのような強制的な圧力が嫌で何度も学校に行きたくないと思うようになったことがあります。ただ、たくさん、賞状を受け取りました。紙よりもお菓子とか欲しいと思いました。(笑)

その当時から、私の心には私が本当に求めていた言葉や表現ではないのではないか?という疑問がありました。その時代は先生の発言は絶対ですから、発言しないと頬っぺたを抓られ「ロボットになるな!」という先生、発言すると竹の棒で、「黙りなさい」と机をバシバシと叩く先生方が担任で本当にびくびくしながら学校に行っていました。 小学生の子供ですから、歯向かうことも出来ませんし、大人しくしていると体罰を受け、発言すると脛を蹴られたり、竹の棒で机を叩く大人達をぼっーと見つめていました。そのような大人の意思で強制的に遣らされてことに対して嫌気を感じたので、出来るだけ目立たないようにダラダラと生きるようになりました。勉強しないように出来るだけ無難に生きることを高校生ぐらいになるまで義務教育が完了するまで続けていました。本来の自分を隠して生きていました。

そんな思いも含めて、テリーさんのシッティングを受けてから、霊界が私に、内側にて溜め込んでいた霊的な記録やビジョンを表現するように導いていたかのようでした。パソコンにWi-Fiが通っていなかった2000年代の初め頃でした。それまでは、シドニーや東京での活動も、対面のリーディングやカウンセリングが中心でした。そして、キプロスに移住してからは、私自身も表に出ることを避けスローライフという言葉が流行っていましたから、静かに隠れて暮らすようになりました。そんな中、故・丹波哲郎氏(霊界の宣伝マン)に関係するブログで、自然な流れで「書くこと」を再開することになりました。どうやって、繋がったのかさえも、正直覚えていません。

「ツーツートントン」と送られる周波数

最近になって、またふと「書かなければならない」という強い気持ちが湧いて来ました。コロナ禍のときに、長い間、海外生活から地元に3か月ぐらいでキプロスに帰る予定でいました。マイケルにも、そう言って、ハードルの高いPCR検査や隔離生活をしました。霊的な生活が出来る反面、日本では身体の異変が多く出て休むことが増えました。キプロスに帰って来て、2023年は体調の改善に取り組むことにしました。遠い昔、祖母が教えてくれた知恵を辿って行きました。2023年の私のブームはキプロスの山にある松葉を大量に松葉ジュースとして飲んでいました。嫌がる夫・マイケルにも、ジュースの代わりに松葉ジュースでした。

2024年の6月にふと、ロイヤルゼリーを摂りたいと思い、キプロスで生のロイヤルゼリーを販売しているところを探しました。すると、マイケルが月に2回ほど2キロのハチミツ専門店に行って買っているので、その人に尋ねると、冷凍庫から10MLで30ユーロということで、買って来てくれました。覚醒しました。
チャクラがくるくると螺旋状に回転して、気分が明るくなりました。その日を境に、童心に戻った気分になり、こんな占いを作りたいと思うとするするとアイデアが浮かんで来るようになりました。それ以来、あまりにもたくさん作り過ぎてしまっています。

コロナ禍後にキプロスに帰って来てからはこの3年間は自分が遣りたいことを中心に来ています。プールで泳ぎたいなら泳ぐ、寝たいなら寝る……。読みたい本は読む。そんな感じでしょうか。もう、縄文人なのかタオなのか分からない状態です。しかし、一見ダラダラしているようで、考えているんだと思います。

今年になってから、母が霊界から催促して来るので、時期が来たのかと思いました。指導霊も呆れていたと思います。遊んでばかりいると、私がついている意味がないというような両手をあげてお手上げ状態だったと思います。霊界では、誰が私に囁いても、「あやつは遊んでばかりいる」と言われているようでした。

そういうときは、霊界の存在が本物かどうか試すことがあります。例えば、以前から、「ギリシャの世界遺産のメテオラに行きたい」と思っていました。「そこに行くことが出来れば、信じるよ。」と言い返すことがあります。落第生の私のような者を指導するのも大変だと思います。守護霊だけではダメだから、指導霊までも付けて頂いておりますが、もう私が時々さぼることを察していている方々は、「本当に行ったら、書き始めるよね。」と言われているようでした。

2025年5月31日にギリシャのテッサロニキに行きました。マイケルの写真の展示会が開催されることになったので行くことになりました。行きたいと思えるところはほぼ行っています。会いたいと思える人にも会っています。覚醒したのだから、しっかりと使命を果たすように、ラモス信号のように“ツーツートントン”と見えない電報のようなエネルギーを送っているのが頻繁になって来ました。

実際には、しっかりした声が聞こえます。でも、あまり日常的に、あちら側の人達と話していると、変な人(既に変ですが)に思われるので海外生活で良かったです。賞状を貰うためのような、義務感ではなく、内側から響いてくる霊的な言葉やアイデアは素晴らしい周波数です。

周波数のその信号は、声ではなく、感覚や青いオーブで届きます。寝ていると天井に小さい青いオーブが徐々に大きくなって行くのです。今こそ動きなさい、言葉を綴りなさいというように、かなり細かいので、言葉では表現できません。それと一緒に、例えるならば、モスキート音が聞こえるのです。聞こえそうで聞こえない。

私はコロナ禍で難聴になったので、常に、片方の左側の耳は音が聞こえています。ゴッホなどは、この音が気になり過ぎて、耳をそぎ落としていますが、私は結構好きです。エンジェルの歌声に聞こえたりします。ただ、この音が聞こえるため、日本では若い女性の高い声が聞き取れずに苦労しました。その事を耳鼻科医の先生に話すと「僕も聞こえないから大丈夫」と返答されて笑っていました。もう、こんな事を言うと、精神科に送られてしまいます。

私が今なぜ、書くことに拘る理由は、長年に渡り、90年代からパソコンや携帯電話、スマホなどを使って来ているので、電磁波の影響で脳にダメージを受けています。今年は睡眠障害かも知れないというと、掛かりつけのお医者さんが専門医を紹介して下さり、MRIから始まり、脳波の検査、無呼吸症候群の可能性もあるということで、ありとあらゆること検査をさせられました。(笑)左側のどの部分か忘れましたが、神経系にダメージがあるらしいです。3か月間、専門医に言われる通り検査しました。

私自身が霊能者というとややこしいことになるからとマイケルに言われて、「どんな夢を見るのか?」と聞かれました。声が聞こえるとかいうと多分、てんかんかパーキンソン病等を疑われる可能性がありますので、「母が夢に出て来る」というと、「ドイツ人の心理学者を紹介するわよ。」と言われました。マイケルの親戚にNYから時々、キプロスに来るオーストラリア人の女性は心理学者なので、そんな話しをするときがあります。霊的な話しになるので、心理学では解決出来ないのでしょう。

結局、薬もなく、半年から1年先にニコシアの病院の予約を入れてと言われましたが、予約が取れないまま待機しています。多分、それ以上何も検査出来ないようです。緊急性がないのだと思います。その後も先生からも「眠れますか?」と電話がありました。「ビタミン剤のメラトニンを取るようになってから眠れます」というと、「それは良かった」と言われました。睡眠薬は飲みたくないというと、ビタミン剤として勧められました。

今まで、朝から遅くまで、徹夜することもあったりしたり、紙で本を読むものもありますが、電子書籍で読んだりするので、脳はもう疲れ切っていると思います。それと同時に目を酷使し続けているので、どうなるか分かりません。でも、それ以上に言葉を通じて、必要な人に思いを伝えたいというか伝えるための活動をしないといけないのでしょう。怠けてはいないけど、目に見えないけれど確かな存在たちからの呼びかけは絶対です。

書くことは、霊界との交信であり、愛と光の記録

私はこれまで、自分自身の霊的な体験や導きを、どこか「語るには早すぎる」と感じてきた部分があったのかもしれません。

けれど今は、はっきりと分かります。「書くこと」そのものが、霊界とこの世界を結ぶアンテナであり、私に与えられた大切な役割の一部であるのでしょう。それは魂の記憶と、霊界の方々の意志が重なり合った必然であり、見えない存在たちの言葉を私を通じて共同作業なのです。

そして、今ここから……。

こんな私を根気よく待ち続けてくれている霊界の方々のためにも、この書くことによって、同じように見えないものを感じている誰かの道標になれるなら、それもまた私に与えられた霊的な奉仕なのだと感じています。20年前から書き始めていますが、言葉として残していないことばかりです。

まるで、それはシルバーバーチの霊界通信のように

霊界通信のように書ければいいのですが、陰陽のように波があるときがあるので、書き始めたけど、自分だけのために残して置こうというものもあります。ですが、不思議なことに、こうして書き綴られていく言葉の数々は、まるでシルバーバーチの霊界通信のような響きを帯びています。それは、見えない世界からの静かな励ましと愛と光のバイブレーションであり、この地上世界を生きる私たちの魂に、「本来の道」を思い出させる周波数を送って来てくれています。

新地球のために、これからも書き続けていきます

私の内なる導きは、こう告げています。

「いまこそ、新しい地球のために、霊的な真実を書き残しなさい」

「それがあなたの魂の約束であり、宿命である」

「あなたの書くことには、霊界の祈りと愛と光が込められています。どうぞ、これからもその筆を止めずに歩んでください。」

多分、煽てると頑張るタイプだと分かっているのでしょう。自分の脳にどれぐらいの限界があるか分かりません。それでも、これからも書き続けて行きます。誰のためでもなく、魂の真実のためにです。 そして、いつかこの記録が誰かの目覚めの扉となることを信じています。

次世代の魂の君のために、届くことを願っています。

国際占い師カズコが語る~最終章

魂を導く食材と、神々の植物たち

食べ物は、ただ体に栄養を与えるだけのものではありません。


ひとつひとつの食材には、その土地や季節の気、そして自然の命が宿っています。


特に、私が出会って来たいくつかの食材は、心の奥に静かな安らぎをもたらし、魂までも優しく包み込んでくれるように感じます。

例えば、良い波動の土地で作られたお米で炊いたご飯は、日本の大地と神様の恵みが小さな一粒に詰まったものです。


私の祖母は神道を信仰していましたので、まずは、神様のために食事を作り、儀式的なことを行った後に、「有難い」と言って静かにお箸を握り食べていました。

明治の最後ぐらいに生まれた祖母は、左利きでしたので、包丁を握る姿などを見ていると大変そうだと思いました。

「有難い」という言葉は、感謝の心が自然と重なり合い、私たちが生きていることそのものへの祈りだったと思います。

戦争を体験している祖母や両親達は、自然の恵みこそが、身体に良い事を知っていたのでしょう。

自分達の畑で収穫する喜びを知っていたのでしょう。

季節が変わる事に、花や果実の香りがしたものです。

春キャベツが取れる時期には、モンシロチョウがあちらこちらと飛んでいて、我が家のネコたちも気持ち良さそうに縁側で寝ていました。

自然の恵みは海藻を取ったり、魚貝類も家になければ取りに行けば良いというような祖母といると、夏休みはすべてがサバイバル体験日でした。

祖母はその当時、銀行にアルバイトで掃除をしに行っていました。

私は祖母の香りが好きで、典型的なおばあちゃん子でしたから、銀行にも一緒に行きたいと幼い頃言うと、「金魚のフンのようについて来る子だね。」と笑顔で言っていました。

トイレ掃除を丹念にしていると私もお手伝いがしたくなり、「遣りたい」というと「良いよ。」と言ってブラシを貸してくれました。

徳島・剣山

綺麗に磨くと心が磨かれるとのことでした。

祖母の作る料理ですが、作る人の心が綺麗だから、美味しかったのでしょうと思います。

神道を信仰していた祖母の影響で、昆布が大好きでした。

「昆布は海の恵みを伝えるもの」と、祖母は言っていましたが、何だかよく分からずに、食べていました。

言い伝えによると、昔から海は神聖な場所とされ、清らかな気持ちを取り戻すところでした。


昆布のだしは、心が落ち着き、自然のやさしさに包まれるように感じられます。


梅干しは、身を守る力を持つ食べ物です。


すっぱい味と塩気が体を助けるだけでなく、心の中にあるざわつきをそっと静めてくれます。
私も、心が乱れるときは梅干しをひとつ口にして、ゆっくり呼吸を整えます。

海外生活を始める前に、高校のクラスメイトに「もしも、無人島に行くなら、何をひとつ持って行くか?」という話しになると、私は「梅干し」と言っていました。


梅干しを口にすると、心が落ち着いていきます。

母が作っていた梅干しは、とても美味しくて、沢山食べていました。

多分、良い塩を使っていたんだと思います。

梅の木もありましたから、スーパーで買わずに、天塩と紫蘇、保存する塩梅も良かったのでしょう。

キプロスに住み始めてから、オリーブが好きになりました。

オーストラリアに住んでいるときは、あまり、オリーブの実がいくら高級でも、美味しいと感じたことはなく、オリーブオイルもそれほど美味しいと思ったことがないのですが、ここに来てから、目が覚めるような味のオリーブを食べたりして、オリーブは実は美味しい物だったことに気づきました。


まさに、オリーブは女神と太陽の温かさを感じさせてくれるので、女神アフロディーテの恵みなのでしょう。


大量生産せず、その村の人達の家や畑で育ったオリーブを寄せ集めて、昔ながらのやり方で、オイルを絞った出したり、オリーブの実も保存が利くようにと、塩で漬けているキプロスだけでしか食べれない味は、母が作ってくれていた梅干しを思い出します。

食べると、心が和らぎます。

生きていたら、果実が好きだった母はキプロスに来たら、感動するだろうと思うことがあります。

キプロスの山は汚染されていない土地が多く残っています。ハチミツは自然の贈り物、命の甘さです。


蜂たちが一生懸命集めた花やハーブのエネルギーが凝縮されていて、ひとさじの甘さが心の疲れをそっと癒してくれます。

日本で食べていたハチミツは砂糖の味がし過ぎて、苦手でした。

今では、ハチミツやロイヤルゼリーのお陰で、心身ともに気持ちが落ち着いています。

こうした食材をいただくことは、自然の神さまと手をつなぐことだと思います。


お米は大地の恵み、昆布は海の優しさ、梅干しは守りの力、オリーブは太陽の温もり、ハチミツは自然の愛で一杯です。


それらを味わうたびに、私たちは本来の自分に戻れることに気づけると思います。

キプロスの恵みの泉



水と波動 ― 飲むことは心の祈り

食べることに気を向けるのと同じように、飲むこともまた、心と体に深く届きます。


水やお茶、乳製品や発酵飲料は、体に素直に染み入り、心を整える力があります。
水は、私たちの気持ちを映し出す存在です。


毎朝、水を飲む前に「ありがとうございます」と心の中でつぶやくと、体がすっと軽くなり、1日が穏やかに始まります。


お茶は植物たちがそっと届けてくれるやさしい声です。


緑茶やよもぎ茶、ハーブティーは、それぞれ違うあたたかさや安らぎを与えてくれます。


特にローズマリーは、心を落ち着けたいときや、集中したいときにぴったりの味わいです。


牛乳は体の声を大切にすることを教えてくれます。


合わないと感じたら無理をせず、合うときは感謝していただくと良いでしょう。
それは、自分を大切にすることと同じなのです。


発酵飲料は、小さな命たちと共に生きる知恵だと思います。


腸を整えることで、五感や直感力が身につきます。また、心も穏やかになり、毎日を優しく過ごせる力が育ちます。

もしも、イライラすることが多いと思うときは、腸を整えると良いでしょう。

頭の回転もよくなりますし、学生であれば、集中力が身につきます。

年配者であれば、認知症の予防になります。

年齢が行っても、髪の毛が真っ黒で化粧水も塗っていないマイケルの親戚のおばさんがキプロスの山にいました。

いつ会っても、ヘアカラーをしているかのように真っ黒でした。肌もシミがなく、小柄でしたが、亡くなる前日まで、料理を介護してくれていたインド人の女性に作っていました。

介護というよりも、側に誰かがいて欲しいという感じでした。

そのインド人の女性は住む込みでしたが、猫の餌やりぐらいで、後は、料理も叔母さんが作っていました。

最初はどうしてもカレーが食べたいと言って、私たちにあれこれとスーパーで買って来てとリクエストがありましたが、どうやら、おばさんの作る料理に慣れたのか、美味しいと常に言っていました。

その彼女は英語は話せたのですが、ギリシャ語は学んでおらず、それでも、おばさんがにこにこと彼女に話しかけていました。

マイケルにいつもの如く、「おばさんはいくつになったの?」と聞くと、「80歳ぐらいだよ。」と言うのですが、「いや、95歳ぐらいじゃない」というと、「髪の毛も真っ黒だし、そんな歳ではないよ。」と言っていました。

コロナ禍で、義理の母が亡くなり、その翌年に、叔母さんから「お腹が痛い」と連絡が来ました。

その日に行くことは外出出来ないので、「明日にでも、行くね。」と言ったときに、「アルコールで消毒するから大丈夫」と返事が来たようです。

自分で、コットンにアルコールを含ませて、お臍のところを拭いたそうです。

翌朝、そのまま、自宅で息がなかったそうです。

お葬式に参列しました。

お墓には、年齢を刻んでいるので、97歳でした。

義理の母と同じぐらいに亡くなったようです。

あの髪の毛の黒さは、本当に謎です。

私が見ていて、ギリシャ・キプロス人女性は、あまり何もしない女性の方が肌が綺麗です。

最近、7年ぶりに再会したギリシャ人の女性は、整形したのかと思えるほど、肌もツルツルでシミさえもなかったです。

多分、テッサロニキ市内から郊外に家を買って引っ越ししていたので、空気が綺麗で水も美味しく、若返ったのでしょう。

水と空気が良ければ、こうなるのか?と思える感じでした。

パフォスの700年間生き続けているオリーブの樹


日常の中の神聖 ― 食と水でつながるいのちの祈り

私たちの日々は、「食べる」「飲む」という何気ない行為で満たされています。


でも、その一つひとつがとても大切な神聖な時間であり、命を繋ぐ祈りだと気づいてほしいのです。


食べ物や飲み物に宿る自然の命は、私たちの体を支えるだけでなく、心も穏やかに、魂までも包んでくれます。


だから、どんなものを口にするか、どんな気持ちで向き合うかがとても大事です。
それは特別なことではなく、毎日の中で自然に育てられる、ささやかな祈りの積み重ねなのです。


例えば、朝の水に「ありがとう」と感謝の心を向けること。
炊きたてのご飯に手を合わせて、命をいただくこと。
家族や友人と食卓を囲み、その時間を分かち合うこと。


そうした何気ない行いが、私たちの心の奥にある神聖な場所を目覚めさせてくれます。


体が満たされるだけでなく、魂が浄められ、毎日が優しい豊かさで満たされていきます。


今の便利な世の中では、食べ物や水への感謝を忘れてしまいがちです。


しかし、食べ物は自然の恵みそのものであり、命の結晶です。


水は私たちの気持ちを映し出す鏡でもあります。


これらに丁寧に向き合うことで、日常に小さな奇跡が起こります。


それは心と体が調和し、暮らしが静かに豊かになっていくことです。


本当にお伝えしたいのは、食べることも飲むことも「命の結晶」そのものであるということです。


私たちは食べ、飲み、命を繋ぎながら、自然や神様と共に歩んでいるのです。


どうか、毎日の「いただきます」「ごちそうさま」に込められた小さな祈りと感謝を忘れずに、命の神聖な循環の中で、温かく息づいてほしいと願っています。

ありがとうございます。


合掌

女神アフロディーテが生まれた国より

カズコ

変化の時代に生きるあなたへ~全てはうまくいく

ひまわりの花言葉は、元気、希望、情熱

こんにちは。

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

昨夜、久しぶりに大好きなインドの国民的俳優アミール・カーンの映画を観ました。

その物語の余韻が心に残ったまま眠りについた夜、私のもとに指導霊が訪れ、こう告げられたのです。

「8月15日から、この地球は更なる新たな段階へと変化していく。
あなたはもっと霊的な言葉を世に送りなさい。」

その言葉は、単なるメッセージではなく、行動への促しでした。

魂が本当に喜ぶことをしているとき、心は安らぎ、人生は自然に流れに乗っていく。

その流れの中でこそ、私たちは自分の力を最大限に発揮できます。

けれど、地球がどれだけ変わろうとも——
もし、自分の使命や目的を後回しにしたままなら、
この生まれ変わりの本当の意味を生きることはできません。

変化の波は、待ってくれません。

それは静かに、しかし確実に近づいています。

だからこそ、今この瞬間、あなたがやるべきことはひとつ。

生きる喜び

頭で考える前に、心が震えることに一歩踏み出すことです。

不安や迷いはあってもかまいません。動き出した人から、現実は変わっていきます。

私たちは皆、この時代に生まれることを選んできました。

そして、選んだ理由が必ずあります。

大丈夫、すべては、うまく行っています。

あなたは何のために、今ここにいるのでしょうか。
その答えを探し、動き出すときが、もう来ています。

All is well——すべては、うまくいくために動いているのです。

※映画は「きっと、うまくいく」

鑑賞後はきっと、気分が良くなる事でしょう。

【なぜ、人は人を裏切るのか?】

「どうして、あの人は私を裏切ったのだろう」

そんな思いに胸を痛めたことは、誰にでもあるのではないでしょうか。

信じていた人からの裏切りは、心だけでなく、魂の深い部分にまで傷を残します。

しかしながら、霊的な視点から見ると、その出来事には意味があるのです。

ある日、霊界にいる私の指導霊に尋ねました。

すると、こんな言葉が返って来ました。

「裏切りは、魂が目覚めるための呼びかけなのです。」

私たちは生まれる前に、魂同士で「この人生で何を学ぶか」を約束してきています。

その中には、愛、信頼、赦し、執着の手放し等、さまざまな課題が含まれています。

裏切りという経験は、一見とても辛いものですが、実は魂の成長にとって重要な学びでもあるのです。

「本当の愛とは何か」

「信じるとはどういうことか」

「自分自身をどう大切にするのか」

そういった問いに、私たちは直面させられます。

裏切った相手を「悪い人」と決めつけたくなる気持ちは、とても自然です。

ですが、霊的に見ると、裏切る側にもまた、「傷や恐れ」があります。

・愛される自信がない

・過去に裏切られた痛みを抱えている

・欲望や不安に飲み込まれてしまっている

そんな、魂の迷子になっているからこそ、相手を傷つける行動をしてしまうのです。

裏切りは、実は裏切った人自身の魂にも、深い試練をもたらしています。

もしあなたが今、裏切られて深く傷ついているなら、その痛みは決して無駄ではありません。

魂の世界では、どんな出来事も「成長」や「目覚め」へとつながる扉として起こっています。

「なぜ私がこんな目に?」ではなく、

「この経験を通して、私は何を知ろうとしているのか?」と問い直してみてください。

きっとそこに、あなた自身の魂の目的が見えてきます。

そして、あなたが少しずつ本当の自分を取り戻すきっかけにもなっていくはずです。

それでも、辛い人は、こう思って下さい。

「裏切りは、あなたの尊厳を奪うものではありません。」

むしろ、それによってあなたが「本当の自分」へと目覚めるチャンスになるのです。

「あなたの魂は、もともと光でできています。誰にも傷つけられない真実の存在です。」

このことを思い出していただけたなら、裏切りの出来事もやがて、あなたの魂を輝かせる必要な出来事だと分かる日が訪れることでしょう。

女神アフロディーテが生まれた国より。

Kazuko

※「指導霊」とは、守護霊とは別に、魂の成長や使命の達成をサポートしてくれる霊的存在のことを指さします。高次元の視点から真理を伝えてくれる、いわば、「霊的な先生」のような存在です。

新地球に生きる魂へ、天使から贈る言葉

ありがとうございます。

1日生まれ

「あなたは始まりの光。勇気を持って道なき道を照らしなさい。」

2日生まれ

「あなたの優しさは水のように人々を癒す。心の声を信じなさい。」

3日生まれ

「言葉の力を持つあなたは、喜びと真理を人に伝える橋となる。」

4日生まれ

「安定を愛するあなたは、変化の時代にこそ揺るがぬ柱となる。」

5日生まれ

「自由を愛するあなたは、閉ざされた心を開く風の使者。」

6日生まれ

「あなたの愛は癒し。地球と人の傷を包む手を持っています。」

7日生まれ

「深い知恵を持つあなたは、“目に見えぬ真実”を明かす者。」

8日生まれ

「あなたは霊的な力を現実に下ろす者。豊かさと使命は一つです。」

9日生まれ

「過去を癒す力があなたにある。地球のカルマを光に変える鍵を持っています。

10日生まれ

「新しいリーダーとして、心の炎を持って世界を導いてください。」

11日生まれ

「あなたは目覚めの光見る人。すべての魂を揺り起こす存在。」

12日生まれ

「芸術や表現で人を導く。地球に美と真理を思い出させてください。」

13日生まれ

「変容の力を携えたあなたは、時代を越えて人の意識を進化させる者。」

14日生まれ

「あなたの言葉と行動は、混乱の中に秩序をもたらす光の周波数です。」

15日生まれ

「優しいだけではなく、使命に燃えるあなたのハートが世界を動かします。」

16日生まれ

「深い霊的洞察を持つあなたは、“封印された記憶”を呼び起こす力を生かしなさい」

17日生まれ

「未来を構築するあなたのビジョンは、天と地をつなぐ青写真です。」

18日生まれ

「苦しみを知ったあなたは、真の癒し手。その経験は人を救う道となる。」

19日生まれ

「内なる太陽を思い出しなさい。あなたが放つ光は、周囲を目覚めさせる。」

20日生まれ

「あなたの静けさは、混乱の中に安らぎをもたらす“月のような存在”。」

21日生まれ

「あなたの言葉と感性は、地球に喜びと再生のエネルギーを運びます。」

22日生まれ

「大いなる使命を帯びたあなたは、“光の建築家”。地球の新時代を築く者。」

23日生まれ

「情報と変化の中で真理をつかむ者。あなたの声は人々を目覚めさせる鍵。」

24日生まれ

「あなたの心の奥にある優しさが、集合意識の傷を癒す薬となる。」

25日生まれ

「深く見つめる力を持つあなたは、魂の暗号を読み解く霊的な翻訳者。」

26日生まれ

「現実を整える力を持つあなたは、天の秩序を地上に下ろす導者。」

27日生まれ

「他者のために祈るあなたは、神の愛を行動に変える者です。」

28日生まれ

「創造の源とつながるあなたは、混乱の時代に新しい美を生み出す者。」

29日生まれ

「数字に隠された真理を持つあなたは、時と運命を読み解く預言者。」

30日生まれ

「喜びの光を放つあなたは、人々の希望を呼び起こす声の柱となります。」

31日生まれ

「統合と拡大の運命を持つあなたは、混沌の中に新しい調和を生み出します。」

YouTubeでもご覧ください。

ギリシャ旅行での心の旅

5月下旬のある朝にマイケルがメモ書きした紙を持って来て、「この日にテッサロニキで写真家達のイベントがあるから行こうと思うけど、どの時間が良いと思う」との事で、私の予定を聞く前に、既に、どの時間の飛行機の時間を先に検索していたらしいことは何となく分かりました。

パフォスからテッサロニキには1日に数本の便が飛んでいるのですが、時間帯によっては料金が大きく異なるので、話した後に予約したかったのでしょう。

マイケルはあまり計画するのが好きでない性格なので、預ける猫達の手配やお泊まりする場所も6月は観光客が欧州はジューンブライドシーズンで多くなるので、予算以上になるので、探すのが大変でした。特に、そのイベント会場の近くが良いと言うので、検索して、地図を見せると、「ここからは遠いしね」となり、アパートに滞在中する予定で予約しました。料金はホテルと同じでしたが、レビューも良かったので、60平米ぐらいで広かったので、そこに予約をしました。

イベントは夜9時からスタートでしたので、早朝便でパフォスからテッサロニキに着きました。

天気予報では、夜は雨で最低気温は15度でした。

持ち込みできるスーツケースに何を持って行くかということになりました。

この航空会社をコロナ以降使っていないので、かなり変更されていたので、国際線と言っても、飛行機を降りると階段で昇り降りしないといけないので、重たいと疲れそうと思いつつ、テッサロニキのSNSを見ているとコートやダウンジャケットを着ている人ばかりで、寒そうでした。

当日も雨との言う事でしたので、軽めのでジャケットを入れましたが、結果的には夏でした。

雨も降らず、傘もう入らず、気温も30度以上でした。

マイケルの写真

イベントも大成功でした。

欧州圏からのマイケルのギリシャ人の先生にオンラインで学んでいる生徒さん達の集まりでしたから、私は高校時代は写真部にも所属していたので、学ぶことが出来て楽しかったです。

イベント会場からバーに流れて、気づくと朝の3時でした。

もう、限界を通り過ぎていましたから、マイケルに「帰りたい」というと、皆に挨拶をして帰ることになりました。まだ、飲んでいる人もいました。三次会に行くという人達もいました。

次の日は遅めに起きようと思っていたのですが、近所のギリシャ正教会の鐘の音が鳴り響いて、目が覚めてしまいました。

二日目はゆるく海岸通りを歩くぐらいが予定でしたが、朝から、写真家の人がお昼に僕たちはここにいます。とアプリでマイケルに連絡が来て、私は別行動で良いと伝えましたが、行かないと言って暑い中を歩いて、ブランチを食べて、アパートに帰ったら、先生から連絡があり、「今夜、ここで夕食をしましょう。7時半から、参加する人は返事を下さい。」ということで、マイケルは参加するかと訊ねて来たので、了解しました。

お昼に歩いて行った場所に、また、夜も歩いて行くことになりました。

10人の集まりになりました。

ギリシャ料理は本当にシドニー時代から食べていましたが、本場のギリシャ料理が美味しいのは、オリーブオイルと美味しい塩とパン、ハーブの組み合わせなのでしょうね。

その夜は、ジュースとお水だけで、美味しい料理を楽しみました。

二次会に誘われましたが、マイケルの用事が朝からあったので、私たちは帰ることにしました。

3日目は、お昼ごろまで、1人の時間もあったので、テッサロニキ考古博物館に行くことにしました。

テッサロニキの人はとても親切で、道に迷って尋ねると気軽に教えてくれました。

スマホも電話のみ出来る設定にしているので、スクリーンショットとテッサロニキ考古博物館という代名詞のみで、歩いて行けました。

テッサロニキに初めて行ったのは、マイケルが衣装担当で、キプロス映画の「アガマス」がギリシャ国際映画祭にノミネートされた時に行きました。

キプロス映画のラブストーリー

そのテッサロニキに行く予定の前にイギリスのミディアム(霊能者)の先生のワークショップに参加したい際にsittingでリーディングして貰った時に、マイケルが終わって、「テッサロニキに行くと言われたけど、言ったの」と聞かれたので、「何も言っていないよ。」と言って以来、テッサロニキにはご縁があるのでしょう。

テリー先生にも会いたいです。

もう何年も前からテッサロニキに行ったら、世界遺産のメテオラに行きたいと言っていますが、なぜか、ご縁がなかったのでしょうね。

2019年にアテネに滞在したときに、メテオラに行こうと試みたのですが、電車でのツアーで12時間とありましたが、冬だったので、寒そうでマイケルに訊ねたら、「テッサロニキからの方が近いから、今度、行こう」と言われて以来でした。

その今度は行こうという約束から、今回は行くことになりました。

イベントでテッサロニキに行くと聞いた時にメテオラに行けるのなら、行くと言いました。

ヴァルラーム修道院とアギオス・ステファノス修道院に行きました。

メテオラとは、ギリシャ語で「中空に浮かぶ」を意味する「メテオロス」が語源。14世紀に標高約616mの岩山に築かれた最古にして最大の修道院、メガロ・メテオロン修道院も、ここから名付けられました。

迫力がありすぎます。

綺麗な景色

岩だ!ダイナミック過ぎて、感動!

子供の頃から石が好きだけど、岩を見に色々な国を旅しています。

エジプトのピラミッド、ヨルダンのペトラ遺跡、徳島の剣山の石・・・。

女神アフロディーテが生まれた場所もペトラ・トゥ・ロミウも大好きです。

この岩の周りを泳ぐと永遠の愛が見つかるという伝説があるそうです。

周りは泳がなかったけど、海も綺麗で泳ぎましたね。最近は、高速道路から、眺めながら、お祈りしています。

ギリシャは訊ねる事に、良いエネルギーを受け取ることが出来ます。

ギリシャ神話やギリシャ正教会の歴史も長く、遺跡も至る所にあるし、宝石の原型も紀元前にはすでにあったし、ハーブや塩も豊富で、オリーブオイルも美味しかったです。

ここ最近は、全くお酒を飲まなくなっていましたが、白ワインも美味しかったので、飲んで見ました。何が違うのか、本当に美味しかったです。

テッサロニキの夕日

人生、それほど強く願っていませんが、行きたいと思った事や会いたいと思う人には会える様です。

願いが叶うのは、実は宇宙の法則がそこにあるのです。

「願い過ぎない方が、宇宙の流れに乗りやすい」

私たちが「ふと」思う事には、実は深層意識のデータベースが関与しているのです。

ですから、思考の表面に現れた「何となく」は、すでに道が繋がっている未来からのサインであることになります。

つまり、宇宙の心が響き合う、柔らかな意志が、最も強い力になるという法則です。

久しぶりに移動出来て、心身、魂も浄化出来ました。

ありがとうございます。

孤独 


ここにいる私

ここにいない誰か

ここにいる私

誰もそばにいない

ここにいても いなくても

何をすればいいのか

何もしなくていいのか

この人生に意味はあるのか

この生き方は正しいのか

「どんな時も、人生には意味がある」

誰かがそう言っていた

なすべきこと

果たすべき意味が

与えられているという

悲しみの果て、

ふと夜空を見上げる

静寂の中で星がまたたく

果てしない宇宙の闇の中

今、この瞬間、私は息をしている

悲しいから

苦しいから

寂しいから

ひとりぼっちだから

心の奥の暗闇に

光は届かない

でも、本当に光はないのだろうか

目に見えるものだけが

すべてだと思っていないだろうか

ここにいる私は誰なのか

ここにいない誰かは誰なのか

その答えにたどり着いたとき

私は、「いのち」を知るだろう

生きることは

そんなに悪いことじゃない

寂しさも、

苦しさも、

生きているからこそ味わえるもの

夜空に光る星が、

その命を燃やしているように

ここにいる私にも、きっと意味がある

プロローグ

孤独は時に、私たちを深い暗闇へと突き落とします。

しかしながら、その暗闇があるからこそ、見える光があるのかもしれません。

なぜ苦しいのか、なぜ寂しいのか。

その問いの答えに辿り着いたとき、私たちは本当の「いのち」の輝きを知ることでしょう。

夜空を見上げるような静かな心で、この詩に耳を澄ませていただければ幸いです。

ありがとうございます。

【スピリチュアルな視点で学ぶ、嫌な体験の意味と成長の機会】

目まぐるしく変化しているエネルギーの影響を受けて、自分自身の魂の変化に追いつけないほど強烈な時期に突入しています。

人のエネルギーも波動が上がっている人もいれば、下がっている人もいらっしゃることでしょう。

もう、各々の感性を変えることが難しい時期に差し掛かっているということを実感出来ます。

体験派の霊能者である私は常日頃からある意味、大きな変化がある度に美容院に行くと最悪の状態の施術をされることが多いのです。

縮毛矯正、デジタルパーマ、ストレートパーマ等をしても一度で綺麗になりましたということはなく、常に、お直しして貰うか、他の所で再度、お直しして貰うということが続いています。

コロナ前ぐらいからキプロスで白髪を染めて貰うためにイギリス人やキプロス人に施術をして貰っていました。

髪の毛を染めることに対してはそれほど悪くないのですが、外国人の美容師さんに切って貰うといつも凄い扱い難い髪型になるので、欧州圏に旅行に行く際に日本人の美容師さんに髪を切って貰ったり、カラーリングもして貰ったりして満足を得ていました。

最近では、自分で髪を切る人が増えているという調査結果があります。

私もその一人です。

ただ、日本に住んでいたときは、美容院に行っていました。

普段、日本に帰国すると地元の隣の市でお世話になっている美容師さんにお願いしています。

コロナ禍で海外から帰国した人は2週間の隔離生活をしなければならない時期で、それほど気にしなければ、マスクも付けているので白髪が気にならないと思えばそれで良かったのですが、ホテルアパートに滞在をし始めて、コンビニエンスストアに買い物をしに行ったときに、植物性のカラーというポスターを見て、「近いし、ここで染めて、カットして貰おう」と思いました。

予約はネットでして、入店して、白髪染めをして貰ったのですが、明らかに真っ黒でした。自分の色よりも黒くって驚いたら、「外に出れば、明るく見えますよ。」でした。

ホテルアパートに帰って、鏡を見ても黒い髪で、マイケルにSNSでセルフ写真を送ると「真っ黒だね」と言われて、黒でも墨汁のような黒で驚きました。

姪っ子は美容オタクなので、メッセージでどう思うと聞くと「カラーだと直ぐ落とせるけど、植物系のヘナとかが混ざっていると落ちないらしいよ。」と言われて、次の日に会ったときに、「やばいね。」と言われて、いつもお世話になっている美容師さんに電話で予約を入れました。

見て貰うと「う~ん」と頷いて、どうしたらいいか悩んでいました。

途中、灰色に変色したりして、メッシュのような色を入れ込んだり、兎に角、長い道のりでごわごわな状態にもなり、18か月間かけて自分の色に近づきました。

そんな体験があるとトラウマになってしまっているので私の髪質を知らない美容師さんにはお任せ出来ません。という観念が根付いているので、自分で切ったり、染めたりしています。

誕生日を迎える前に自分で切って悪くないかな?と思っていたのですが、ふと、もう少し短くしようと思い遣っていて上手く行っていたのですが、更にもう少しと思いなぜか、サイドの髪を思いっきり短くしてしまいました。

自分でお直ししようと思ったのですが、バランスよくしたかったので、近所の美容師さんの所に行きました。

前置きがとても長くなりましたが、そこで嫌な思いをしたので綴って行きたいと思います。

予約していないが施術をして貰えるか尋ねると問題ないということだったので、髪の状態を見て貰い、シャンプー台に移動、海外では顔にタオルとかしてくれず、服用のカーバーもありません。

思いっきり、水が服に掛かっていました。シャンプーも顔に液体がタラタラと垂れているのが分かりました。

そのときに、「旅行でキプロスにいるの?」「結婚しているの?」「子供は何人?」「どこに住んでいるの?」「あなたは中国人?」「どうして、キプロスにいるの?」「家は持ち家か?」「何をしているの?」「仕事は何をしているの?」と、そんなに聞くことがあるのか?イミグレーションの空港でも聞かないし、友達でも突っ込んで聞かれたことがない質問を永遠とされ、更には、「白髪が多い、髪の毛が多い」を連発されました。

そして、椅子に座っての一言は「65歳?」と聞かれました。

誰の事を言っているのか分からず、何で髪の毛をお直しして貰うのにそこまで個人的なことを聞くのかと思い、「いつも若々しいと言われているので、初対面で年齢を聞かれたのは初めてだと」と言うと、「歳の離れた人と結婚しているからそれぐらいかと、あと、ボトックス注射をしているのか、シワがないから・・・。」と言われて、この人は心が寂しい人なんだろうと思いました。

外見や物質的な事ばかり聞かれて、疲れてしまい、兎に角、連発で「白髪が多い、眉毛にも白髪が沢山あるね。」と言われて、白髪染めは4週間前ぐらいだし、顔周りの白髪は私は腎臓系が問題があるし、目を酷使する仕事をしているから仕方ないと思っていました。

やたら、そのネガティブな言葉を連発するのは、不安にさせて、ハイライトやカラーの施術をして貰いたいのだと分かりました。

私の髪の毛はクセが強いうえに、剛毛なので、梳き過ぎると纏まりが悪くなるので、梳かないようにお願いしましたが、思いっきり梳かれました。

帰って髪を洗うと大変でした。

ライオンヘアーのようでした。

その場ではストレートアイロンをあてていたので、シルクのような手触りのような錯覚でしたが、ぼさぼさになってしまいました。

また、自分で直ぐに切るともっと短くなるので、来年ぐらい前まで我慢することにしました。

※このブログを更新する前に自分で再度ドライカットをして何とかすこし自分でスタイリング可能に持って行きました。結果的にはお直しして貰い所はカットしておらず、シャギーと段カットにされてしまったスタイルになっているだけでした。

日本でも30%近い女性がセルフカットする理由はいくつかあります。

・経済的理由

・時間の節約

・自己表現の手段

・技術の向上

・パンデミックの影響

私はすべて当て嵌まります。

その美容師さんにお支払する際に、「おいくらですか?」と訊ねると「50ユーロ」と言われて、外には25ユーロと表示されていたというと、「あなたは髪の毛が多いので、ブローは15ユーロだけど・・・。」と、直ぐに計算しても40ユーロでは?はと思いながら、御釣りはくれませんでした。「世界各国で髪の毛を切って貰ってブローして貰っているけど、髪の毛が多いという理由で料金が異なることはなかった」と言っても「髪の毛が多い」と言われて、もう、呪文のようで驚きました。

ちなみに、彼女は髪の毛をブロンドにしてはいますが、白髪を染め始めたのは29歳からだと言っていました。

また、「自分は51歳だけど、若く見えるでしょう。」と言っていました。

どこが若く見えるのか意味不明でしたし、本当にショックでした。

この体験を通じて「自分自身をどのように見るか」が大切であり、他人の言葉に左右される必要はないことを再確認しました。

魂は常にこのような状況でを通じて成長して行っています。

また、美容院やエステなどに行くのは癒しを求めて行く時代は終わりに近づいているのでしょう。

軒並み、日本でも美容院の倒産が増えているというニュースを見ました。

YOUTUBE動画でも、施術で失敗した例を取り上げている美容師さんも多いですし、安易に勧められて縮毛矯正やブリーチなどすると永遠に施術し続け、ある日、朝起きた、髪の毛がちぎれてしまう人も稀にいるようです。

一番大事なのは、自分がそれで満足するかでしょう。

外国人風という言葉がコロナ前ぐらいに流行っていましたが、日本人の髪の毛は絹のように綺麗で光沢があるのをわざわざダメージを与えてしまうのは残念です。

今回の嫌な体験は必ずしも悪いことでないと宇宙からメッセージが届きました。

~スピリチュアルなメッセージ~

この体験を振り返ると、嫌な出来事や辛い経験にもスピリチュアルな意味が含まれていることが分かります。

• 「あなたは他人の評価で価値が決まるわけではありません」

他者の言葉や行動がどれほど辛く感じられても、あなた自身の本当の価値はそれに左右されません。あなたの内面の美しさや力強さは、表面に出ているものよりもはるかに深いものです。

• 「自分を守り、大切にすることはあなたの権利です」

他人があなたに対して尊敬を欠いた言動をした場合、その場から離れることや、自分を守るために断固とした態度を取ることは、何より大事な行動です。これからは自分を守り、大切に扱ってくれる人々とのつながりを大切にしてください。

• 「困難を乗り越えた先には成長が待っています」

辛い経験はあなたの内面の成長の一部です。苦しい思いを乗り越えることで、今後はさらに自分の意見や感情を大切にし、自己尊重の意識を高めていけるでしょう。

~セルフカットのスピリチュアルな意味~

髪の毛を自分で切りたいという思いには、いくつかのスピリチュアルな意味があるとされています。これは、自己再生や変化を象徴する行為であり、内面の変化や解放を求める心の表れです。

1. 自己再生や変化の象徴

髪を切ることは、新たなスタートや変化を求める気持ちの表れです。古い自分を手放し、新しい自分を受け入れる準備が整ったことを意味しています。

2. 内面的な解放

髪の毛はしばしば感情や邪気のエネルギーを蓄積すると考えられています。切ることで、ストレスやネガティブなエネルギーを手放し、軽やかさを感じることが出来るとされています。

3. 自己表現

自分で髪を切ることは、自己主張や個性の表現の一環とも言えます。他人の期待や社会的な規範から解放され、自分自身を見つめ直す機会でもあります。

4. 心の整理

髪を切る行為が、心の中の混乱を整理する手段になることがあります。物理的な変化が内面的な明晰さを齎すことがあります。

5. 新たな方向性

髪型を変えることで、新たなアイデンティティや人生の方向性を示すこともあります。新しいことに挑戦する準備が整ったというサインである予兆でもあります。

私たちが何か不快な体験をしたとき、その背後にあるスピリチュアルなメッセージに気づくことは簡単ではありません。

嫌な思いをすると、その瞬間は感情に支配され、冷静に考えることが難しい場合が多いです。

しかし、時間をかけて振り返り、状況を違う目線から見つめることで、私たちはその出来事が齎す重要なメッセージに気づくことが出来るのです。

例えば、他人からの厳しい言葉や行動に対して怒りや悲しみを感じたとき、その相手の言葉や行動に囚われるのではなく、そこに何か自分に必要な学びが含まれていないか考えることが重要です。

それは、自己愛や自己尊重を学ぶための貴重な機会であるかも知れません。他人の意見や評価に影響されずに自分を信じる強さを養うための試練であるかも知れません。

最後に、2024年11月19日に冥王星が水瓶座に本格的に突入する前から、もう、地球上で様々な出来事が起きて行っています。

恵まれた環境から一変する可能性もあります。

サバイバル精神で乗り切って行くためのメッセージだと強く感じました。

また、私は常々、年を重ねる事や、白髪が増えることは悪いことではないと思っています。心は若いままですし、魂の年齢はそれほど変わらないでしょう。今、現在が完全な年齢だと感じれば良いし、どの年齢も「あなた」にとっても特別で貴重なものでしょう。

歳を取ることや外見が変わることを後悔しないで下さい。

それは全ての人が得られるわけではないのです。

だからこそ、自分を大事にして下さい。

ありがとうございます。

女神アフロディーテの国より愛と平和を込めて

国際占い師カズコ

生き辛い世の中で幸せに生きるためには、思考を変えることで不安から開放される&キプロス旅行記

時代の流れは急速に変化しています、しかし、人間の心はそのスピードに追い付いていません。

それどころか、これから先のことを考えると憂鬱になる人も増えています。

そこで、古代の人達は過酷な時代をどのように生きたのか、その先人達と私たちでは、異なる思考が不幸の種を蒔いているかも知れません。

古代ギリシャ時代、ローマ時代では、3つの階級がありました。

貴族、平民、奴隷です。

都市部の家内奴隷と地方農民奴隷と2つありましたが、いつかは解放され、自由な身になったと言われています。

日本人が好きな寓話「イソップ物語」を綴ったイソップは紀元前5世紀頃に、都市部で奴隷として生きていました。

ソクラテスやプラトンのように貴族出身ではありませんでしたので、どのような顔をしているのかという証明できる彫刻像も残っていません。

若かったのか年寄りだったのかさえも分かりません。

はっきりした出身地や経歴さえも分からないイソップですが、その彼には鋭い洞察力を持っていたことと、話をする際の話術に恵まれていたため、イソップの話を聞きたい人達が周りに集まっていたそうです。

彼のご主人様は、そんなイソップに興味をもち、時々、彼の話を聞き、彼の話をパピルスに書き留めたことで、私たち日本人も宣教師フランシスコ・ザビエルによって物語が持ち込まれ、その寓話を学校で道徳の時間に聞くようになりました。

イソップ物語には動物や昆虫、全能神ゼウス等が登場します。

イソップは物語から未来に生まれ変わる人々のために何かを伝えようとしていたのではないかと思えるストーリーが多くあります。

2600年前以上も前の奴隷が、そんな未来のことなど分かることはないと思う人も少なくないでしょうが、イソップとほぼ同時期に、奴隷にされたユダヤ人エゼキエルやダニエルが、何かから強いインスピレーションを受けて、未来の人類や環境の危機を予告しています。

それが、「旧約聖書」の予言になり、今に繋がるユダヤ・キリスト教系の終末と再生予言の始まりになりました。

その時代は中東、ギリシャ、ローマ帝国では、奴隷として生まれれば、奴隷として過酷な生活を強いられていました。

ギリシャ奴隷出身のエピクテトスは、奴隷の両親から生まれ、解放されるまで苦労して生きていました。解放奴隷出身の哲学者とは、哲学史上でも珍しく、ましてやエリートでもなく、慢性的な肢体不自由、国外追放、塾講師として不安定な収入、といった困難を抱えながら、当時の流行であったストア派の哲学を彼自身の「生き方」として学び取り、それらを人々に伝えて行ったことで、他の奴隷たちの心の支えとなったことでしょう。

地位や財産や権力もなく、平凡な庶民が、自由の身になるまで、幸福な生活を送ることが出来るのかは、知恵が大切であることを教えてくれています。

禅の公案にも似ていることもあり、困難や課題が訪れたとき、どのような考え方をすれば、その悩みをすこしでも解消されることで、生きるのが楽になるかも知れません。

また、民族奴隷としてエジプトの王に建築労働者として仕えていたイスラエル人(ヘブライ人)がエジプトから逃げることが出来たのはモーセの存在があり、エジプトから脱出したとき、紅海を前に追い詰められてしまい、モーセが神ヤハウェに祈ると、紅海が真っ二つに割れて道が出来、ヘブライ人は逃げることが出来、エジプト兵があとを追ってその道に踏み込んだ時には、海は元通りになって溺れてしまいました。

エジプトから逃げられたヘブライ人は、シナイ半島のシナイ山(モーセ山)で神からモーセに十戒を受けたとされている預言者でもあります。

十戒(Ten Commandments)

1.汝は私の他に、何者をも神としてはならない。

2.汝は自分のために刻んだ像を造ってはならない。

3.汝は、汝の神・主の御名をみだりに唱えてはならない。

4.安息日を覚えて、これを聖とせよ。

5.汝の父母を敬え。

6.汝殺すなかれ。

7.姦淫をしてはならない。

8.汝盗むなかれ。

9.隣人について偽証してはならない。

10.汝の隣人の家をむさぼってはならない。

ユダヤ人と日本人は言語や思考も似ているという説もあると言われています。

しかし、戦後、日本人とユダヤ人との違いは、日本人は神の存在を意識して生きていません。

何か困ったときには、神頼みとして、「神様、お願い致します」と言って、神社仏閣に訪ね、お賽銭を賽銭箱に入れて拝むとご利益があるかも知れないと思い、ギブアンドテイク的な感覚でパワースポットに行く人もいるでしょう。

ユダヤ人は何度も迫害続けられていますが、学ぶ民族であり、5000年前からの教えをどんなときでも子孫に言い伝えて来ています。

絶対の真理を信仰し続ける民族だからこそ、旧約聖書、タムドール、カバラを今でも、学び続けています。

風の時代に移行してから、世の中がデジタル化し続けています。

何気なく、テレビを見ていたりすると、時間の流れも早く、思考しないままの生活が続くことになります。

21世紀になっても、私たちには階級が存在しています。

二極化という言葉を耳にすることがあるでしょうが、今の時代は、「奴隷と貴族」のみの選択になっていることでしょう。

もしも、あなたが、いつまでも物質的なモノに興味を示し続けるのであれば、さらに不幸せに感じることになるでしょう。

タムドールにて、「人間は幸福の絶頂にあっても、苦難のどん底に落とさるには一瞬しか必要としない。しかし、不幸な人間が幸福を得るためには、一生かかるかもしれない。人間はなかなか欲望が大きく、満足感を容易に得られないので、自分の周囲や環境に満足することを、一生かかっても覚えられないということすらあり得る。」

だからこそ、ユダヤ人は1日に何度も祈り続け、学び続けることがこの世で生き続けるためには、知恵こそが、欲望という罠に陥らない為にも、自分の思考を正しているのではないだろうか思いませんか?

学ぶことに終わりはないでしょう。

これからの時代の学生、特に、小学生ぐらいのお子さんを持つご両親は、オンライン化が当たり前の時代になることでしょうから、勉強する環境を作ってあげないと、集中力がなくなるので、勉強しないまま学校にも行くのが億劫になり、不登校の日数が増え続けよになり、漫画やゲームに興味を持つことになるでしょう。

親が家庭での教師の役目をしない限り、勉強するよりもダラダラと友達との会話(チャット)で時間が過ぎてしまっているかも知れません。

もしも、学ぶことを楽しいと思うには、大人も子供も「本を読むことです」

ユダヤ人は学びの民族と呼ばれているのは、本を沢山読むからです。

同時に、笑いの民族とも呼ばれています。

ユダヤ人は笑いを愛好し、人は意外だから笑う。笑いは頭脳という剣を磨く砥石だと言っています。

本をたくさん読む人ほど、臨機応変な考え方が出来る人が少なくないと思います。

どんなに忙しい日でも、どんなジャンルでも良いので、本を読む習慣を身に着けると、向上心が内側から湧いて来ることでしょう。

知性、知識と体力を維持することで、困難に直面しても、機転を利かし、さらに、知恵を磨くことで、勘が鋭くなることで、良い選択が出来ることでしょう。

良書と呼ばれる本の中には宝石箱を開けたときのようなキラキラした言葉が詰まっています。その言葉を見つけたときには、宝箱を開けたときのような感動を受けることでしょう。そして、きっと、辛い時期を乗り越えることが出来るでしょう。

ありがとうございます。

ここからは、キプロス旅行記

こんにちは!

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

6月に入ってから、4月の終わり頃からLAからキプロスに来ている友人から「いつになったら、会いに来てくれるの?」と、毎日のように

連絡があったので、パフォスから彼女達が滞在しているところに行き、ランチを伴にしました。

18か月ぶりの外食は、ケープグレコと呼ばれているここは地中海だと海が本当にコバルトブルーで綺麗と思える場所でシーフードを食べました。

その次の日に、マイケルが「山のサクランボが豊作らしく、早く収穫した方が良いと村のXXさんが言っているけど、忙しいから行けないね。」と、言ったので、「アメリカから来ているXXさんに行って貰えば良いのでは?」と、言った会話の数秒後に、電話が掛かり、「明日、パフォスに行こうと思うんだけど、予定はどうなの?」と聞かれ、「来るなら、予定を開けるけど、明日はアカマス国立公園と次のは山とかどう?

あと、アカマスに行った後は、お城の近くの港でシーフードレストランで夕食をしようと思うけど、どうする?」と、訊ねると、「それは、とってもいいわ~」と言って、レストランに予約を取り、

次の日、何時に来るのか分からず、待っていても連絡がなく、「いま、どこ?」と、訊ねると、「アフロディーテの生まれた岩のところで、朝ごはんを食べようと思ってカフェを探しているんだけど、なくて・・・。」と、言うので、

「その辺りは、何もないよ。こちらまで来たら、コーラルベイ辺りで、朝ごはんを食べようよ。」と言って、待ち合わせの場所で再会し、海岸通りを通り、例年だと、イギリス人観光客で人で一杯の観光スポットだけど、今年はガラガラでイングリッシュスタイルの朝食を食べ終え、

「アカマスは広いけど、どこにする?」と聞くと、「任せる?」と言うので、私たちは歩くことを前提として、バックパックのリュックサックを用意して行きましたが、どうやら、歩く様子は無さそうなので、車で行けるところまで行くということで、レンタカーだから大丈夫だというので、石ころと埃だらけの車も人もあまりいない場所を2時間かけてうろうろしました。


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その後は、彼女達が泊まっているマンションに行き、「カズ、シャワー浴びたら・・・。」というので、お言葉に甘えて、シャワーを浴びて、着替えを用意して行ったので、メイクは彼女のファンデーションを少し借りただけでした。

予約しているレストランは下が海なので、マスクもせずに、入店して、シーフードメゼを4人分頼み、次から次へと色々な食事が出て来て、美味しかったです。

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彼女はお疲れモードだったので、早めに解散し、次の日、「朝ごはん食べたいだけど・・・。」と連絡があり、マイケルが去年まで働いていたゴルフコースでイングリッシュブレックファーストを食べ終えて、山に向かって出発しました。

山に行ったのは、去年、義理の母カトリーナのお葬式とその後の40日間の供養のために、3回ほど行きましたが、それ以来は行くこともなく、暑いパフォスから、涼しい山の空気は新鮮で、リフレシュ出来ました。

サクランボ狩りもみんな食べながら、収穫していました。

もう、すでに、2時を過ぎていたので、パフォスに帰るというと、「ランチ食べよう」と言うので、2人でどうする?と言っていたら、「コーヒーだけでも一緒にしよう・・・。」と言われて、隣の村に向かって車を走らせ、どうやら、彼女はキプロスのローズ水のドーナツを期待していたらしく、「今日はしていない」と言われて、ションボリしていました。

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開いているところはレストランしかなく、テーブルクロスをしているところで、コーヒーだけということも何となく気が引けるので、普通にキプロスランチを食べ、最後にお店の人から、「フルーツかコーヒーをサービスします」と言われたので、私は普段あまり飲まないキプロスコーヒーを飲み、普段は他人のコーヒーリーディングをするのですが、たまには、自分のリーディングをしようとすると、XXさんが、「私のを見てよ」と言われ、「数日前に視たよね。」と言うと、「そうだけど、もう一度、視てよ。」と言うので、視ると同じでした。

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直ぐに、未来の変化がないことに不満でしたが、本人も何となく分かると頷いていました。

台風のようにあれこれしたい人達とお付き合いしたので、1週間で3回以上の外食は自炊で身体が慣れているので、疲れたので、マイケルの誕生日と結婚記念日のどちらかは外で食べようと言っていたのですが、家で作ることにしました。

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欧州はワクチン接種をしないと、どこに行くのもPCR検査をしないといけないので、私自身もワクチンは打ちたくない派でしたが、渋々、予約をIT会社で働いている知り合いに頼み、予約して貰いました。

その理由は、予約しないと、アストラゼネカになってしまうので、血栓を気にして、ファイザーかモデルナを希望していました。

ファイザーは若い人にはとても人気があるので、モデルナになりました。

5月の下旬に一度目を打ち、本日、2度目を打ちました。

2度目は熱が出るとのことですが、今のところは、腕が重たいぐらいです。前回のときは腕が上がらず、接種を受けた次の日に痛み止めを飲みました。

7月から欧州諸国ではワクチンパスを発行して貰えるらしいです。

デジタルなのかどうかは分かりませんが、多分、スマホで管理させられる可能性が高いです。

パフォスも暑くなりましたので、屋外でマスクをしている人達もおらず、港のレストランも満席状態で背中合わせにロシア人観光客で一杯でした。

キプロス版のゴートゥートラベルキャンペン中なので、どこも人だらけです。

特にニコシアからの観光客が多そうです。

私たちも海外に旅行に行きたいですが、もう少し落ち着いてから、ゆっくりしたいです。

マイケルには、10月中旬頃にベニスに行きたいと言っています。

自由に行き来できる日が早く来ることを願っています。