国際占い師カズコが語る、オーストラリアの肉食生活とその影響

波動を失った肉食の暮らし

オーストラリアで気づいた食の違和感

日本を離れ、私が最初に暮らした海外の国はオーストラリアのシドニーでした。

美しい大自然、青く広がる空、ユーカリの木、芝生の香り、明るく陽気でイージーゴーイングな人々。

そんな自然の環境とは裏腹に、私は内側で静かに違和感を感じはじめていたのです。

肉中心の食生活に、身体が沈んでいった

オーストラリアでは、食卓に肉が当たり前に並んでいました。

バーベキュー、ステーキ、ハンバーガー…。

最初は「郷に入れば郷に従え」と、なるべく合わせてみました。

当時の日本円の為替は1ドル270円でしたので、日本食店で軽くご飯を食べても3000円以上でした。ラーメン屋で地元で食べていたラーメンが320円ぐらいでしたが、シドニーでは3000円以上でした。

どうやっても肉ばかりの食事で、食べた後、妙な重さが身体に残っていました。

眠くなり、気分が落ち、何より自分ではない何かに支配されるような、あの感覚と体重が増えて行き、思春期でさえもニキビが出なかった肌でしたが、ぽつりと出始めたときには驚きました。

最初は疲れや気候のせいかと思っていました。

でも気づけば、毎日のように自分が濁っていくような感覚に襲われていました。

 「美味しさ」の裏側にあるもの

オーストラリアの肉は、質が良いとも言われます。

けれどどんなに調理法が丁寧でも、エネルギーのレベルでは、命を絶った波動が残っているのです。

特に大量に加工されたソーセージやハムは、食べている間は絶妙な味がしましたが、霊性を鈍らせる重さを感じていました。

そうはいっても、高い日本食を食べる機会は限られていました。

でも、やはり日本食が食べたいという気持ちが強くなったので、あまり日本食店がなかった時代にご縁があり、ウェトレスとして賄い付きの日本食店で働き始めました。

私のように感受性が強い魂にとっては、選択肢がないままでは、自分の能力にもやがかかっていくことの方が悲しく感じました。

幸い、日本食店で働いたことで、お客さんの単身赴任で毎晩のように食事をして行かれた方から週に一度、家の清掃と夕食を作って欲しいという提案があったので、アルバイトさせて頂けることになり、自炊できる喜びを感じました。

自分で作ることで「違う」と気づいたとき、波動が戻りはじめた

ある日から、野菜とお米中心の食事の日本食に戻し始めると、驚くほど身体が軽く、心が晴れていくのを感じたのです。

肉食を食べていたときの気持ち悪さが薄れて行き、気持ちが軽くなり、周りの人達の本当の波動が感じられるようになり、自分の中にあった心の声も戻りました。

やはり、人間の身体は食べる物で魂までも異なることを理解出来ました。

何を取り入れるかで、見える世界が変わることを体感出来ました。

いい意味で、オーストラリアでの肉食の重さとは、何かを学ぶことが出来ました。

ファームステイ ダンとウォンバット

オーストラリアの生活は学生時代からニューエイジ店を開くことなども体験することができ、何よりも、この経験は、私にとって魂が真の周波数を思い出すための通過点だったのかもしれません。

私たちは、何を食べるかで、誰とつながり、どの波動にアクセスするかが決まるということを思い出してくれたのです。

次の章では、新型コロナで外出もままらないときに、日本に行き、女神アフロディーテが生まれたキプロスに帰って、そこに流れる波動についてお話しします。