富裕層の楽園は、誰のためのものか? 資本の結界に閉じ込められた佐木島の行く末

地中海の太陽が照らすキプロスの地に身を置いて、早いもので20年が経ちました。

遠く離れたこの場所で、私は今も故郷・尾道の潮の香りを思い出すことがあります。

先日、そんな私の元へ、故郷のすぐそばにある佐木島のニュースが届きました。

4月1日にオープンしたという「NOT A HOTEL SETOUCHI」。

富裕層を対象とし、限られた者だけが海を一望できるというその宿泊施設の華やかな映像を見つめながら、私の心には祝福よりも、言いようのない重苦しい違和感が広がりました。

そこに感じたのは、物理的な壁ではなく、経済という名の鋭利な刃で切り取られた「資本の結界」です。

古代の息吹が教えてくれること

私が暮らすキプロスは、一万年の歴史を持つと言われる島です。

リマソルやパフォスといった沿岸部でホテルを建てようとすれば、必ずといっていいほど土の中から古代遺跡が顔を出します。

そうなれば、建設は即座に中止です。

人間が「今」作りたいものよりも、その土地が積み重ねてきた「記憶」の方が重いことを、誰もが知っているからです。

昨年訪れたギリシャのテッサロニキでは、地下鉄の工事中に遺跡が見つかり、結果として「地下鉄を利用すれば無料で遺跡が見られる」という不思議な空間が生まれていました。

現代の利便性が、過去の歴史に跪(ひざまず)き、共存を選んだ美しい形です。

しかし、今の日本のリゾート開発はどうでしょうか。「お金さえ出せばいいだろう」という傲慢な資本の論理が、島の人々が静かに暮らしてきた場所を土足で踏み荒らしてはいないでしょうか。

投資の熱狂と、その後に残る虚無

かつてギリシャの海運王オナシスは、自身のプライベートアイランドに富を囲い込みました。

しかし、今の時代にそれと同じような「選ばれし者のみの特権」を謳う場所を作ることは、果たして進化なのでしょうか。

私が最も危惧しているのは、この場所がいつか現代の「軍艦島」と化す未来です。

瀬戸内の潮風は、人間の傲慢さを容赦なく蝕みます。投資の熱が冷め、富裕層の興味が別の流行へと移ろったとき、残されるのは管理不能となった巨大なコンクリートの残骸です。

土地の歴史を敬わず、ただ消費するために作られた場所は、命脈が尽きた瞬間に「負の遺産」へと転じます。

誰のための楽園か

私たちは、かつてのエプスタイン島のような、閉ざされた場所が孕む闇を知っています。

透明性を欠き、特定のコミュニティだけが享受する「楽園」は、往々にして不自然な歪みを生み出すものです。

島は、そこに住む人々が、その風景と共に生きていくための場所です。

故郷の島が、いつか悲しい廃墟として打ち捨てられないために。

そして、瀬戸内の穏やかな多島美が、誰のものでもない神聖な景色として守られていくために。

私は今、遠くキプロスの空から、この「資本の結界」がいつか静かに解かれ、島が本来の調和を取り戻す日が来ることを願わずにはいられません。

真の豊かさとは、所有することではなく、その土地が持つ悠久の時間と響き合うことにあるはずなのですから。

ジャングルで視えた「生き残る魂」の法則 ~ 賞金より大切な、運を引き寄せる「オーラの消し方」

日々、鑑定を通じて多くの方とお話しをさせていただきますが、ご相談内容の根底にあるのは、いつの時代も「人間関係」です。

家族、職場、友人・・・。

私たちは常に「他者」という鏡を通じて、自分自身の魂を磨き続けています。

先日、Netflixで配信されているあるサバイバル番組を観ました。

アメリカ版、ドイツ版、フランス版と各国で制作されているその番組の内容は、まさに現代社会の縮図そのものでした。

リゾート地の豪邸に招かれた13人の男女。

シャンパンを片手にダンスを楽しみ、「これから豪華なバカンスが始まる」と浮き足立っていた彼らに、進行役は冷酷な現実を告げます。

この瞬間、彼らの本性が剥き出しになります。

そしてそこには、私たちが現実の社会で健やかに、そして「運よく」生き抜くための重要なヒントが隠されていました。

ジャングルという極限状態に放り出された時、真っ先に動き出すのは「強そうな人」です。彼らはリーダーシップを掲げ、他者を支配し、自分の陣地を確保しようとします。優勝賞金2,000万円という現世的な利益を前に、彼らのエゴ(自我)は肥大し、そのオーラは非常に強く、時に攻撃的に周囲を威圧します。

しかし、霊的な視点でその光景を眺めていると、ある危うさに気づきます。

力で支配しようとする者の周りには、必ず「反発」と「嫉妬」のエネルギーが渦巻きます。

彼らは一時的に豪邸(成功)を手にするかもしれませんが、その座は常に不安定です。なぜなら、目立つオーラは敵を作りやすく、他者の負の念を引き寄せやすいからです。

これは私たちの日常でも同じです。

職場でマウントを取る人、強引に物事を進める人。

彼らは一見「勝者」に見えますが、その背後には多くの「恨み」という重い鎖が繋がっています。

これでは、魂の運気は細くなっていく一方なのです。

番組のルールは残酷です。豪邸(天国)に行けるのは一握りで、残りはジャングル(地獄)で耐え忍ばなければなりません。勝つためには誰かを蹴落とし、自分を選ばせなければならない。

ここで生まれるのは、エネルギーの奪い合いです。

「あいつを引きずり下ろしたい」「自分が代わりにあの場所へ行きたい」 そうしたドロドロとした執着心は、人の波動を著しく下げてしまいます。

2000万円という大金は魅力的ですが、それを得るために魂を削り、憎しみの種をまくことが、果たして本当の「幸運」を呼ぶのでしょうか。

霊能者の目から見れば、不当に誰かを傷つけて得た成功は、後で必ず「カルマ」として自分に返ってきます。

番組の中で、策を弄して豪邸に辿り着いた参加者が、結局は仲間割れをして自滅していく姿は、宇宙の因果応報をそのまま見せられているようでした。

では、この過酷なレースは、私たちの人生という名の旅路において、最後に笑うのはどのような人なのでしょうか。

私が番組を見ていて「この人は運を逃さない」と感じたのは、意外にも目立たない、「ひっそりとオーラを隠しているタイプ」の人たちでした。

彼らは決して「自分が、自分が」と前に出ません。

ボスの顔色を伺って媚びることもなければ、かといって不必要に敵対することもありません。

ただ穏やかに、自分の役割をこなし、周囲と調和を保っています。

これを私は「オーラの擬態」と呼んでいます。

自分のエネルギーを無駄に放射せず、周囲の環境に馴染ませる。

そうすることで、誰からも敵視されず、攻撃の対象から外れることができるのです。

  • 目立たないことは、最大の防御である。
  • 人に嫌われないことは、最大の攻めである。

霊的な世界でも、強い光を放ちすぎる魂は、闇の存在(負の感情を持った人間)に見つかりやすくなります。

逆に、穏やかで主張の少ない光は、誰の心もざわつかせず、自然と守護の力が働きやすくなるのです。

「2000万円を掴んで一発逆転したい」という激しい欲望は、時に人生を狂わせます。

しかし、「細く、長く、平穏に生きたい」と願い、周囲の人々に不快感を与えず、好意を持たれながら生きる道は、結果として人生に「奇跡」を呼び込みます。

番組の終盤、誰を豪邸に呼ぶかという選択の場面で、選ばれるのは決まって「いい人(敵を作らなかった人)」です。 「あの人なら安心できる」「あの人を助けてあげたい」 そう思われることこそが、人生における最強のサバイバル術なのです。

人に嫌われないということは、あなたの周りに「負のエネルギー」が溜まらないということです。

通り道が掃除されている状態ですから、運気の流れもスムーズになります。

短距離走でトップを走る必要はありません。

マラソンのように、淡々と、しかし確実に歩みを進める人こそが、最終的に最も豊かな人間関係を築くことが出来るのです。

もしも、今、人間関係に疲れているならば、ジャングルのような社会の中で、「強くならなければ」「勝たなければ」と自分を追い込んでいませんか?

無理に強いオーラを放つ必要はありません。

むしろ、そっとオーラを畳み、周囲への「優しさ」と「調和」を優先してみてください。 目立たず、嫌われず、ひっそりと。

しかしながら、あなたの内側にある魂の火だけは絶やさずにいることです。

そうして「細く、長く」生きていく決意をした時、神様はあなたを一番良いタイミングで、本物の「豪邸」へと導いてくださるはずです。

あなたの歩む道が、穏やかな光に包まれますように。

ありがとうございます。

般若心経の教え:心を自由にする方法

いつもありがとうございます。

新しい時代になるということは色々な意味で変化が伴います。

変化は多くの人にとっては、恐怖心に駆られることもあります。

そこで、今回は聞くだけで幸運を呼び寄せることが出来る有難いお経「般若心経」の動画をYOUTUBEに更新したので、こちらにも説明させて頂きます。

般若心経(正式には摩訶般若波羅蜜多心経)は、大乗仏教の代表的な経典で、わずか262文字(または約300文字)という短さながら、仏教の核心である「空(くう)」の思想を凝縮したものです。中国の玄奘三蔵が訳した版本が日本で最も広く用いられ、葬儀や法要、日常の修行で唱えられています。

この経の主なテーマは、すべての現象は「空」であるという悟りです。「空」とは「何もない」という虚無ではなく、物事に固定された実体(本質)がない、すべてが因縁によって生じ、変化し続けるという意味です。

これを理解することで、執着や苦しみから解放され、悟りに至ることができます。

〜部分ごとの現代語訳と解説〜

以下に、経文を主なブロックに分け、原文(簡略)、読み方、わかりやすい現代語訳、解説を示します。訳は複数の信頼できる解説(仏教サイト、現代語訳本など)を基にまとめ、日常的に理解しやすい形にしています。

1. 序文部分原文:観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

読み方:かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく

現代語訳:観音菩薩が深い智慧の境地を実践しているとき、人間を構成する五つの要素(色・受・想・行・識)がすべて空であると悟り、すべての苦しみから衆生を救った。

解説:観音菩薩(慈悲の象徴)が、智慧(般若)を深く実践し、五蘊(人間の体と心の構成要素)が実体なく空であることを見抜く。これにより、苦しみを超越する道が開かれる。

2. 空の核心(色即是空)原文:舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是


読み方:しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ

現代語訳:舎利子よ、物質的な形(色)は空と異ならない。空は形と異ならない。形そのものが空であり、空そのものが形である。感覚・想い・意志・意識も同じだ。

解説:これが般若心経の最も有名な部分。「形(現象)」と「空」は別々ではなく、同じもの。すべては実体がなく、互いに依存して存在する(縁起)。執着を手放せば、苦しみが消える。

3. 諸法の空相原文:舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 …(眼耳鼻舌身意、色声香味触法、十二因縁、四聖諦などすべて無)

現代語訳:舎利子よ、すべてのものは空の性質を持ち、生まれず滅せず、汚れず清まらず、増えず減らず。だから空の中には、形も感覚も思考も、眼・耳などの感覚器官も、苦・集・滅・道の真理も、悟りさえも存在しない。

解説:生滅・汚浄などの二元対立を超え、すべてが空。苦しみの原因(無明から老死までの十二因縁)や悟りの方法(四聖諦)さえ、絶対的な実体はない。すべてを相対的に見ることで、心が自由になる。

4. 無礙と涅槃原文:以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃

現代語訳:得るものがないからこそ、菩薩は智慧に依り、心にかけがえのない障害がなく、恐怖もなく、すべて逆さまの夢のような妄想から離れ、完全に悟りの境地に至る。

解説:執着(所得)を捨てることで、心が自由になり、恐怖や妄想が消え、究極の安らぎ(涅槃)を得る。三世の仏たちもこの智慧で悟った。

5. 真言(マントラ)部分

原文:故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

読み方:ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか

現代語訳:だから知れ、この智慧は偉大な呪文、光明の呪文、無上の呪文、比べるものない呪文で、すべての苦しみを除き、真実で偽りない。だからこの呪文を説く:行け、行け、彼岸へ行け、完全に彼岸へ行け、悟りよ、成就あれ!

解説:最後の「ゲーテーゲーテー…」はマントラ(呪文)。

智慧の実践を象徴し、唱えることで苦しみを除き、悟りの彼岸へ導く。実践的な力を持つとされる。

全体の意味まとめ

般若心経は、「すべては空である」という悟りを説き、執着を捨て、心を自由にすることで苦しみから解放される方法を示しています。

現代的に言うと、「物事は固定されたものではなく、変化する。こだわりすぎず、流れに任せよう」という教え。ストレスや不安の多い日常で、心の平穏を得るヒントになります。

この経は難解ですが、繰り返し読む・唱えることで自然に理解が深まります。興味があれば、写経や音声で試してみてください。

さまざまな宗派や解説者で微妙に解釈が異なるのも、仏教の奥深さです。

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般若心経(摩訶般若波羅蜜多心経)全文

日本で最も広く読まれる玄奘三蔵訳の版本です。

摩訶般若波羅蜜多心経

まかはんにゃ・はらみた・しんぎょう

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

かんじざい・ぼさつ ぎょうじん・はんにゃ・はらみたじ

しょうけん・ごうん・かいくう どいっさい・くやく

舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是

しゃりし しきふいくう くうふいしき

しきそくぜくう くうそくぜしき

じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ

舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減

しゃりし ぜしょほう・くうそう

ふしょう・ふめつ ふく・ふじょう ふぞう・ふげん

是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法

ぜこ・くうちゅう むしき・むじゅそうぎょうしき

むげんに・びぜっしんい むしきしょう・こうみそくほう

無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽

むげんかい ないし・むいしきかい

むむみょう やく・むむみょうじん ないし・むろうし やく・むろうしじん

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故

むくしゅう・めつどう むち・やくむとく い・むしょとくこ

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖

ぼだい・さった え・はんにゃ・はらみたこ

しんむ・けいげ むけいげこ むう・くふ

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃

おんり・いっさい・てんどう・むそう くきょう・ねはん

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提

さんぜ・しょぶつ え・はんにゃ・はらみたこ

とく・あのくたら・さんみゃく・さんぼだい

故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪

こち・はんにゃ・はらみた

ぜ・だいじんしゅ ぜ・だいみょうしゅ ぜ・むじょうしゅ ぜ・むとうどうしゅ

能除一切苦 真実不虚

のうじょ・いっさいく しんじつ・ふこ

故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

こせつ・はんにゃ・はらみたしゅ そく・せつしゅ・わつ

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか

般若心経の「空の教え」を日常生活で実践する方法

般若心経の核心は「空(くう)」すべての現象には固定された実体がなく、すべては因縁によって生じ、変化し続けるという悟りです。

この教えをただ頭で理解するだけでなく、実際に生活の中で実践することで、心の執着が減り、ストレスや苦しみが軽くなり、自由で穏やかな心が育ちます。

以下に、初心者でもすぐに始められる具体的な実践方法を、段階別に紹介します。

  • 観察瞑想(ヴィパッサナー風)静かに座って、自分の呼吸や体の感覚をただ観察する。
思考が浮かんだら「これはただの思考だ」と邪念を追い払う、執着せずに流す。
→ 思考や感情に「実体がない」ことを直接体験できます。これが「空」の体感の入り口。
  • 心経を唱えながらの瞑想般若心経をゆっくり声に出して唱え、最後の真言「羯諦 羯諦…」を繰り返す。
唱えている間は他の思考を入れない。終わった後に「今、唱えていた声も、もう空になった」と気づく。
→ 現象が一時的に現れては消えることを実感。
  • 「これも空」と心の中でつぶやく嫌なことが起きたとき(上司に怒られた、電車が遅れたなど)
→ 「この怒りも、状況も、固定されたものではなく、すぐに変わる。実体はない」と心の中でつぶやく。
効果:感情に飲み込まれず、距離を置いて冷静になれる。
  • 執着を手放す練習物、人、地位、評価への執着に気づいたら、
「これが永遠に続くわけではない。すべては変化する」と観る。
例:好きな人が離れていきそうになったとき、「この関係も縁によって生じたもの。縁が尽きれば自然に変わる」と受け入れる。
  • 五蘊(ごうん)の観察般若心経で言う「色・受・想・行・識」を意識する。
    • 体(色):これはただの物質の集まり
    • 感覚(受):快・不快は一時的
    • 想い(想):イメージは幻想
    • 意志(行):衝動は流れる
    • 意識(識):これらを認識している「私」さえ実体がない
→ 日常の行動中に「今、これはどの段階だろう?」と気づくだけで、空の視点が育つ。

空の教えは「自分だけ悟ればいい」ではなく、他者の苦しみも空であることを知り、慈悲を生むものです。

  • 他人の悪口や攻撃を受けたとき
→ 「この人も苦しみの因縁の中でそう言っている。実体のある悪人などいない」と観る。
結果:怒りや恨みが減り、自然に優しさが生まれる。
  • 写経般若心経を一字ずつ丁寧に書き写す。
書きながら「この文字も、書いている私も、空である」と観じる。集中力と洞察が同時に育つ。
  • お寺での坐禅会や法話に参加禅宗(曹洞宗・臨済宗)や天台宗・真言宗など、宗派を問わず般若心経を重視する寺が多い。
指導者の下で学ぶと、正しい方向に進めやすい。
  • 毎朝・毎晩、心経を1回唱える(3〜5分)
  • スマホの待ち受けに「色即是空 空即是色」と置く
  • ストレスを感じたら深呼吸して「すべては変わる」とつぶやく

  • 無理に理解しようとしない「空」を完全に頭で理解しようとすると逆効果。まずは体感を重視。
  • 少しずつでいい1日1回、心経を唱えるだけでも、数ヶ月で心の変化を感じる人が多い。
  • 慈悲を忘れない空の教えは冷たい虚無主義ではなく、すべてがつながっていることを知り、優しさを生む教えです。

この教えを続けると、「失うことへの恐れ」「失敗への不安」「他人への執着」が自然に薄れ、心が軽くなります。ぜひ今日から小さな一歩を踏み出してみてください。

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ありがとうございます。

カズコ

2025年水星逆行の影響と対策



2025年最後の水星逆行が、11月10日からスタートします。(1日遅れました)
30日までの約20日間は、予定変更やコミュニケーションの行き違いなど、日常に小さな“揺れ”が起こりやすい期間です。

今回の舞台は射手座。未来への方向性や価値観を整える、大切なメンテナンス期間と捉えましょう。

1. まずは知っておきたい「水星逆行」とは?

水星が実際に逆走しているわけではありません。地球と水星の位置関係から、そう“見える”だけの現象です。しかし、水星が司る領域は私たちの生活に深く関わっています。

水星が司る領域:

  • 連絡
  • 情報
  • 交通
  • 判断力
  • コミュニケーション
  • デジタル機器
  • スケジュール管理

これらの分野で、普段気づかないズレや滞りが表面化しやすくなります。



2. 11月10日〜30日:この期間に起こりやすいこと

ちょっと困りがちなこと:

  • 言葉の行き違い、誤解
  • メールやLINEの誤送信
  • 交通遅延や予定変更
  • スマホ、PCの不調
  • 集中力が散りやすい
  • 判断が鈍る、作業が遅れる

逆行ならではのポジティブな動き:

  • 忘れ物やなくし物が見つかる
  • 過去の案件や連絡が戻ってくる
  • 懐かしい人との再会が起こりやすい
  • 古いアイデアや経験が役立つ
  • 気づきや整理が進む
  • スケジュールに“余白”が生まれる

水星逆行は「トラブル期間」ではなく、必要な見直しが自然と起こる時期と捉えれば、気持ちが楽になります。

3. 射手座逆行で強まるテーマ:未来の方向性を整える時間

射手座は、未来のビジョン、志、学び、価値観を司るサインです。ここで逆行が起こると、次のような問いが浮かび上がりやすくなります。

  • 本当に向かいたい未来はどこ?
  • 今の目標は自分に合っている?
  • 大切にしたい価値観は何?
  • やり直したい学びはない?

急いで結論を出そうとすると迷いやすい時期です。この期間は“立ち止まって方向を整える”ことに価値があります。

4. 水星逆行を上手に乗り切る4つの心構え

  1. 急がない: トラブルは“急ぐとき”に起きやすくなります。移動も返信も、ひと呼吸余裕を持ちましょう。
  2. 節制を味方に: 過剰を抑える流れが働く時期。買いすぎ・食べすぎ防止にもぴったりで、ダイエットにも追い風です。
  3. 脳と心を休ませる: アイデアを絞り出すより、休んだ方が冴えるのが逆行期。睡眠、温泉、ヘッドスパなど“回復系”を積極的に取り入れましょう。
  4. ひとり時間を確保: 誤解やすれ違いが起こりやすいからこそ、ひとりで整える時間がベスト。静かな時間ほど、未来のヒントが見えやすくなります。

まとめ

11月30日、逆行明けには視界がクリアになります。

今回の水星逆行は、未来を描く射手座で起こります。この時期のテーマは、方向性の再調整です。焦る必要はありません。

むしろ、丁寧にペースを落とすことで、11月末にはスッと視界が開けるはず。

宇宙がくれた“整える20日間”。そのリズムに合わせて、自分のペースで進んでみてください。

古代ギリシャ哲学が示す生きる意味

人はなぜ生きるのか? 古代ギリシャの哲学者たちも追求した、人生の意味と目的。

テッサロニキの考古学博物館/3000年前の人々

ソクラテス、プラトン、アリストテレスといった哲学者たちは、人生の意味や目的を追求し、数多くの言葉を残しました。

3000年前のギリシャでは、現代とは異なる人生観があったのかもしれません。ギリシャ考古学博物館に展示されている古代の遺物を見ていると、そんなことを考えさせられます。

アリストテレス像・生きる意味

私がこの詩「生きる」を書いたきっかけは、日々の生活の中で感じる喜びや悲しみ、そして、ふとした瞬間に湧き上がる疑問でした。美しい夕焼けを見たとき、大切な人と笑い合ったとき、あるいは、理不尽な出来事に直面したとき……。「生きる意味」という言葉が、いつも私の心に浮かび上がってきたのです。

パフォスの普段のウォーキングコース

宗教が生まれる前から、人は生きていました。しかし、キリストの誕生を境に、’何のために生きるのか?’ という問いは、より深く、より個人的なものになったのかもしれません。西暦という概念が、私たちに時間軸を与え、人生の意味を問い直すきっかけになったのかもしれません。

そして現代、人工知能(AI)が急速に進化し、人間の代わりに仕事をする未来が現実味を帯びてきています。そんな時代が来ても、’生きる目的’という問いは消えないでしょう。なぜなら、それは理性ではなく、感情から生まれるものだから。AIには理解できない、人間の心の奥底にある問いだから。

この詩「生きる」は、そんな「人生の意味」という普遍的な問いに対する、私なりの答えです。短い言葉の中に、喜び、悲しみ、希望、そして疑問を詰め込みました。

【生きる】

生きるということ
それは光を感じること
生きるということ
それは誰かを想うこと
生きるということ
それは何もない中にいること
生きるということ
それは死ぬまで生きること
なぜ、生まれ なぜ、死ぬのか
それは きっと 死の直前まで分からないということ
それでも 生きることをやめない
それは 息が途絶えるまで学ぶということ
きっと、そのときまで、生かされていることなんだろう


マイケルの写真・MICHAEL KOFTEROS

動画制作では、地中海のパフォスの夕暮れと満月を一つの画面に収めるために試行錯誤を繰り返しました。特に苦労したのは、自分の声で詩を朗読すること。久しぶりの経験だったので、声のトーンを一定に保ち、詩の世界観を損なわないように、何度も作り直しました。(いつものことですが・・・。)

生きているだけで大丈夫・・・。

海外生活では、美しい景色や文化との出会いがある一方で、辛い人種差別の経験も少なくありませんでした。言葉が通じないと見下され、陰口を叩かれることもありました。そんな理不尽な状況でも、人生を諦めずに生きていかなければなりません。

人生は、良いことよりも辛いことの方が多いかもしれません。それでも、私たちは「生きる」ことを諦めてはいけません。なぜなら、人生は、私たち人間に与えられたかけがえのない特権だから。カメのようにゆっくりでも良い。寿命が尽きるまで、’死ぬまで生きる’。それが、私たちができる、最高の生き方なのかもしれません。

あなたにとって、‘人生の意味’とは何ですか?

霊能力を通じての魂の記録

魂の導き、見えない絆を通じて

キプロスからロンドン、そして霊界との再会

ある日、私は不思議な導きに背中を押されるようにして、キプロスからロンドンへの旅に出ました。その目的は、すでに霊界へと還られたオーストラリア人の夫・アレンと、SAGB(英国スピリチュアリスト協会)の霊媒師・テリー氏を通じて、再び語り合うこと。

この旅のきっかけをくださったのは、書籍『天国からの手紙』の著者・武本昌三さんでした。彼との出会いが自然と、霊界への扉を開くテリー氏へと私を導いてくれました。 やがてロンドンで開催されるスピリチュアル・ワークショップへの参加を決意する流れとなったのです。 その旅には、現在の夫であるキプロス人・マイケルも、静かに寄り添ってくれました。

想定していた霊とは異なる登場

セッションでは当然、アレンが現れるだろうと思っていました。けれども、そこに現れたのは、まったく予想もしていなかった霊的な存在たちでした。

「あなたを指導しているのは、中国の高貴な霊。その隣には、黄色い仏衣をまとった子どもがいます。」

私はすぐに悟りました。その子は、マイケルとの間に誕生するはずだった、流産で失った私の大切な子どもの魂だったのです。もし生まれていれば、3歳くらいになっていたはず。キプロスに移住して、生活に不慣れで寂しいときや嬉しいときに、「お母さん、泣かないで。僕がいつも側にいるから」「大丈夫だよ」「頑張りすぎないで」と、いつも励ましてくれていました。

キプロス生活の14年が過ぎゆく中、親しくしている友人から手紙と葉書を受け取りました。そこには、優しそうな眼差しをした青年が写っていました。まさに、もしその子がこの世に生まれていたら、こんな風になっていただろうと思える姿でした。その写真を見つめていると、まるでその子が微笑んでいるように見え、胸が熱くなりました。

別れが訪れることなど、想像していませんでした。そして、ある朝、静かな声が私に届きました。
「僕はもう霊界に帰らなければならない。来世で、また会おうね。」

透き通るような声に、涙が溢れました。言葉にできないほど深い愛と切なさが、私の中でひとつになった瞬間でした。

別の霊能者が伝えてくれた“もう一つの真実”

シドニーに暮らしていた頃、私をプロの霊能占い師の道へと導いてくれた、親しい日本人の霊能者夫婦の奥さんがこう語ってくれました。

「その子はとても特別な使命を持った魂だね。親子として生きるより、霊界からカズちゃんを支える道を選んだんだよ。」

「その子がこの世に生きていたら、あなた達はオーストラリアに留まることになる。だから、あなたの使命を果たすためには、あえて新天地のキプロスへ移住することが良いと言っているよ。」

チャネリングを通して伝えられたその言葉を聞いたとき、私は深い納得と慰めを覚えました。私はその言葉に深い霊的な意味の大きさを感じました。 「生まれなかった命」ではなく、「霊的な伴侶」として私の霊的な活動のために共にいてくれていたのだと思いました。 この子は確かに、長い年月、私のそばで見守っていてくれていたのです。

霊界の存在は摩訶不思議なものです。あるときは、この子より先に亡くなっている母と一緒にいると言われたこともありました。

キプロスという新天地

もともと、私はキプロスに住む予定もなければ、ギリシャ語を学ぶ予定もありませんでした。けれども不思議な導きにより、子供の頃から古代遺跡・秘儀・神秘学といった分野に関心はありました。しかし港町で育った私は濁音が多いギリシャ語が苦手で、20代にヨーロッパを旅行したときに、うどんが食べたくなり、日本食レストランでうどんを食べた後に、店主さんが「AU REVOIR サヨウナラ!」と言われた後、シドニーに帰ってフランス語を学び始めたくらいでした。

キプロスに来てから、なぜ、ギリシャ語を学ぶ必要があったのか、長い年月をかけて理解しました。エンジェル・ウィスパーというお店をシドニーで開業しましたが、それはあまりにも早すぎたニューエイジショップでした。アロマ精油、パワーストーン、魔法使いから教えてもらったハーブで作るおまじない……。これらのすべての原語がギリシャ語からであることを後になって理解することで、学びの道具だったと気付いたのです。

一万年の歴史を持つキプロスは、私にとって魂の再誕と目覚めの場所になったのです。

テリーさんという「本物」との出会い

私は子供の頃から霊的な感受性を持ち、人々の悩みを自然と読み解いてきました。霊能力を持っているからといって、順調な人生とは限りません。誰もが、この地球に生まれたということは、学びの場を持つことができるためでしょう。私の人生も例外ではなく、波瀾万丈の連続です。迷い、自信を失いそうになる瞬間があります。特に、愛する人との別れは……。他者の家族をリーディングするときは、冷静に言葉を受信することができます。しかしながら、自分の事になると冷静ではいられないのは人間だからでしょう。

他界した夫を失い、永住権の件もあり、シドニーに帰った矢先に、東京に住んでいた友人から国際ファックスが届きました。そこには、「母危篤、直ぐ、日本に帰国せよ。」という文章でした。シドニーで新しく出発するつもりで片道の旅券でしたから、その日に、兄に国際電話をかけると「話しが出来ない状態だから、もう、長くないだろう」と言われました。色々な意味でその時期は何度も豪州と日本を行ったり来たりしていたので、金銭的にもかなり厳しかったのです。住む場所も携帯電話の契約などもしていたので、日本に帰るとなるとどうしようか考えました。でも、死に目に会えないとなると、今後の人生で後悔することになりそうでしたので帰国することにしました。

結果的には、半年ほど日本にいることになりました。母の葬式も終え、ある夜、兄家族と夕食を共にしていました。実は、私以外の家族も霊能力を持っています。プロとして活動しているのは私だけですが、兄はヒーラーであり、霊能力も私以上だと思います。ただ、言葉の使い方がダイレクトなので、準備が出来ていない人への配慮に欠けるような話し方になることがあります。霊能力はありますが、現世では商業的には利用する予定はないのでしょう。

そんな兄ですが、その日は私の心の中で他界した夫に会いたいという念が兄に伝わり、「おまえ、アレンのことがきになるんじゃろ……。」と聞いて来ました。「え!何で分かるん?」と聞き返すと、「お前の側にアレンがおるけぇ。」と言うので、兄がアレンの魂を自分の体に入れてくれました。憑依させてくれたのです。それで、手を取り、「そっちの世界はどう?」と英語で尋ねると、なぜだか分かりませんが、兄はスペイン語で話し始めたのです。兄は英語もスペイン語も話せません。途中、姪っ子も参加することになりました。短い時間でしたが、兄のお陰で話すことも出来ました。

ただ、家族ということもあり、キプロスに移住してから、どうしてもミディアムである人にシッティングして貰いたかったのです。人生で多くの人をリーディングして来ていますが、自分自身の霊的な悩み事はあまり誰かに尋ねることはありません。多くの名のある人に会ったことはありますが、常にこの世での使命の話しになってしまい、霊界に還ってしまった家族の事を話しても本物でないと思っていました。

ロンドンで数日のワークショップに参加した後に、最後の日、テリーさんのシッティングの時間がやって来ました。ヨークシャー訛りのある英語で、録音するためにカセットテープを受付で購入して、そのときが始まりました。30分の内、25分ぐらい、テリーさんが話していました。先にお伝えしている赤い服を着た高貴な指導霊とともに、私の霊的な伴侶である流産した息子の前に、「小柄なあなたの祖母が一緒にいます。」と、言い始めました。直ぐに、誰だか分かりました。

次に、「アニマルスピリットも2匹います。一匹は、ゴールデンレトリバー、一匹は、白黒のネコ。」

その後の話の中で、なぜ、本物だと確信出来たかというと、「あなたの後ろに、若い男性がいます。」と言われて、若い男性と言われても、誰だろう、亡くなっている若い男性は私に関係があるようでしたが、誰か分からないと思っていると、テリーさんは「その男性は、あなたの身内で、生きていれば、30歳ぐらい……。」と言われましたが、遠い昔、母が流産したことがあると聞いたことがあるのですが、その人かと思っていると、「白血病で亡くなった、と言っています。」とテリーさんが言いました。

私が成人を迎える前に日本に一時帰国しているときに、親戚で白血病の男の子がいました。当時、その子は10歳ぐらいでした。帰国して直ぐに、その男の子の両親が私に会いに来ました。話しによると、大勢いる親戚達で誰もその子が必要な血を提供したくないようでした。検査さえも拒否していたようでした。兄と私だけは拒否することもなく、直ぐにと言われて、岡山の倉敷病院で白血病患者のための血液を移植するために行きました。当時はそこだけが高度の医療器があったのでしょう。どんなことをするのかさえも、事前に説明もなく、兄が運転して行きました。その親戚の叔母さんは、車の中でブツブツと文句ばかり言っていました。多分、兄が前の日にビールを飲んだことに腹を立てていたんだと思います。

私は貧血体質でしたが、その親戚の強い要望で、「生理が終わったばかりだから、難しいと思う」と言いましたが、神に縋る思いだったのだと思います。兄も虚弱体質ですから、「わしは無理。」と言っていましたが、行くことになりました。造血幹細胞移植だったと思います。当時は先生からの説明もなかったので、何をするのかも知りませんでした。

私から始まったのですが、血液検査で適合したのかさえも分かりませんでした。行き成り長い長い針を見た瞬間に目を瞑りました。20センチの針を血管に刺す事が難しく、お医者さんに打診されて、成人になっていない女性は不可と言われてしまいました。兄は半分ぐらいは血液を提供出来たようでしたが、途中でドクターストップになったようでした。その親戚には、「私も兄も体が大きいのに、役に立たない……。」と、家に帰るまで永遠に言われました。

それでも、その子に罪はありませんから、もう一度、体調が良い日があり、お医者さんの「許可があれば遣る」と、私は言いました。数日後、その子の所にお見舞いに行くと、「カズコ姉ちゃん、オーストラリアはどう?」と訊ねてくれて、骸骨のように細くなっている彼を見て、「うん、コアラも抱いたよ。カンガルーもぴょんぴょん飛んでいるよ。」と言うと、「いいな。」と言って辛そうだったので、「またね。」と言って、病院を後にしてオーストラリアに渡豪しました。

残念ながら、お葬式にも参加出来ませんでした。兄も私も親戚から言わせると、「悪人だ」と言われ続けていました。「あんたたちが、死ぬ気で血を移植していれば、助かったかも知れない」とも言われました。私自身は葬式に参加していなかったので、私たちの家族全員が批難され、兄もそこに参加していた人達は検査さえもせずに、咎めていたので喧嘩になったようでした。それを知ったのはかなり後になります。

そんな想像さえもしていなかった人物が私の背後にいてくれていると聞いて本当に涙が溢れてしまいました。本当に30分という短いセッションで、私が話す時間はたった5分間でした。尋ねたことは、「アレンの事」でしたが、テリーさんから、彼の言葉はありませんでした。時間がオーバーしそうになったので、「今後の展開」を聞きました。

「小さいタウンハウスに住んでいます。とても、居心地が良いようです。」
「インターネットを通じて、日本人に向けて霊的なメッセージを配信して行くことでしょう。」

この日本人に向けてと言われて、ニコシアでは、現地の人のために、お店を見て回っていました。テリーさんに言われた、日本人に向けてで、私の思考は180度変わりました。霊界から「この道を歩みなさい」とはっきりと伝えられたと感じました。テリーさんのセッションは言葉にならないほど、霊的に大きな転機となりました。

魂の記録は、今も静かに続いている

テリーさんのシッティングがメインでキプロスから電話で予約を入れた日に、マイケルに「ワークショップも同じ日にあるみたい」と言うと、「参加しよう」と言う事になりました。私も霊能者ですから色々な霊体験をして来ています。物を動かすという霊は初体験でした。本当にテリーさんのワークショップで不思議な現象続きでした。

一番、驚いたのは、その場にいた5人の大柄な人達が、みんなでその樫のラウンドテーブルを持ち上げることをテリーさんに促されて持ち上げようとしました。重過ぎて、びくともしませんでした。それで、「手を付けずに、テーブルを回してごらん。」と言われますが、動きません。もう、周りも私たちも爆笑していました。すると、テリーさんの口笛の音で大きなテーブルがだれも触れていないのに回転するという体験を撮影したビデオがありました。

私だけがデジカメを持参していたので、「ほら早く撮影して」と他の人達に催促されて撮りました。生徒さん達でカメラも持っていないので、当時はメールして欲しいという要望さえもありませんでした。

キプロスに帰って来て、デジカメで動画を確認をしたときにはその体験映像はありました。まだ、YouTubeさえもなかったときでしたから、何となく、世に出してはいけないと思い、パソコンに保持していました。けれども、なぜかその映像はどこにも残っていません。何度もパソコン、バックアップなどを確認しましたがありません。

今でもこう思います。「本当に大切な記録は、魂の中に刻まれている。それは形として残らなくても、心と記憶の中で、必要なときに必ず甦る。」そして今、こうして文章として振り返ることそのものが、霊界との記録の再現になっているのだと思います。

「かきなさい」という霊界からの指示

キプロスに帰ってきてから、ある日を境に、私は耳元で何度も「かきなさい」という言葉を聞くようになりました。最初はその「かく」が、書くなのか描くなのかも分からないほど、ただ音・声として届いていたのですが、不思議と、私は自然とどちらも始めていました。 言葉を「書く」こと、そして絵を「描く」こと。ついでに、指を使うため、編み物も始めました。

子供の頃は、絵を描くのも、文字を書くのも大好きでした。ただある日、私の書いた作文を目にした小学校の担任の先生が、何度も放課後に居残るように強制して来ました。作文を書くように遅くまで一人ポツンと教室にいました。絵に関しても、その先生は新聞記者を集めて、私を含めた複数の生徒に絵を描かせる光景を写真に撮らせていました。 私はそのような強制的な圧力が嫌で何度も学校に行きたくないと思うようになったことがあります。ただ、たくさん、賞状を受け取りました。紙よりもお菓子とか欲しいと思いました。(笑)

その当時から、私の心には私が本当に求めていた言葉や表現ではないのではないか?という疑問がありました。その時代は先生の発言は絶対ですから、発言しないと頬っぺたを抓られ「ロボットになるな!」という先生、発言すると竹の棒で、「黙りなさい」と机をバシバシと叩く先生方が担任で本当にびくびくしながら学校に行っていました。 小学生の子供ですから、歯向かうことも出来ませんし、大人しくしていると体罰を受け、発言すると脛を蹴られたり、竹の棒で机を叩く大人達をぼっーと見つめていました。そのような大人の意思で強制的に遣らされてことに対して嫌気を感じたので、出来るだけ目立たないようにダラダラと生きるようになりました。勉強しないように出来るだけ無難に生きることを高校生ぐらいになるまで義務教育が完了するまで続けていました。本来の自分を隠して生きていました。

そんな思いも含めて、テリーさんのシッティングを受けてから、霊界が私に、内側にて溜め込んでいた霊的な記録やビジョンを表現するように導いていたかのようでした。パソコンにWi-Fiが通っていなかった2000年代の初め頃でした。それまでは、シドニーや東京での活動も、対面のリーディングやカウンセリングが中心でした。そして、キプロスに移住してからは、私自身も表に出ることを避けスローライフという言葉が流行っていましたから、静かに隠れて暮らすようになりました。そんな中、故・丹波哲郎氏(霊界の宣伝マン)に関係するブログで、自然な流れで「書くこと」を再開することになりました。どうやって、繋がったのかさえも、正直覚えていません。

「ツーツートントン」と送られる周波数

最近になって、またふと「書かなければならない」という強い気持ちが湧いて来ました。コロナ禍のときに、長い間、海外生活から地元に3か月ぐらいでキプロスに帰る予定でいました。マイケルにも、そう言って、ハードルの高いPCR検査や隔離生活をしました。霊的な生活が出来る反面、日本では身体の異変が多く出て休むことが増えました。キプロスに帰って来て、2023年は体調の改善に取り組むことにしました。遠い昔、祖母が教えてくれた知恵を辿って行きました。2023年の私のブームはキプロスの山にある松葉を大量に松葉ジュースとして飲んでいました。嫌がる夫・マイケルにも、ジュースの代わりに松葉ジュースでした。

2024年の6月にふと、ロイヤルゼリーを摂りたいと思い、キプロスで生のロイヤルゼリーを販売しているところを探しました。すると、マイケルが月に2回ほど2キロのハチミツ専門店に行って買っているので、その人に尋ねると、冷凍庫から10MLで30ユーロということで、買って来てくれました。覚醒しました。
チャクラがくるくると螺旋状に回転して、気分が明るくなりました。その日を境に、童心に戻った気分になり、こんな占いを作りたいと思うとするするとアイデアが浮かんで来るようになりました。それ以来、あまりにもたくさん作り過ぎてしまっています。

コロナ禍後にキプロスに帰って来てからはこの3年間は自分が遣りたいことを中心に来ています。プールで泳ぎたいなら泳ぐ、寝たいなら寝る……。読みたい本は読む。そんな感じでしょうか。もう、縄文人なのかタオなのか分からない状態です。しかし、一見ダラダラしているようで、考えているんだと思います。

今年になってから、母が霊界から催促して来るので、時期が来たのかと思いました。指導霊も呆れていたと思います。遊んでばかりいると、私がついている意味がないというような両手をあげてお手上げ状態だったと思います。霊界では、誰が私に囁いても、「あやつは遊んでばかりいる」と言われているようでした。

そういうときは、霊界の存在が本物かどうか試すことがあります。例えば、以前から、「ギリシャの世界遺産のメテオラに行きたい」と思っていました。「そこに行くことが出来れば、信じるよ。」と言い返すことがあります。落第生の私のような者を指導するのも大変だと思います。守護霊だけではダメだから、指導霊までも付けて頂いておりますが、もう私が時々さぼることを察していている方々は、「本当に行ったら、書き始めるよね。」と言われているようでした。

2025年5月31日にギリシャのテッサロニキに行きました。マイケルの写真の展示会が開催されることになったので行くことになりました。行きたいと思えるところはほぼ行っています。会いたいと思える人にも会っています。覚醒したのだから、しっかりと使命を果たすように、ラモス信号のように“ツーツートントン”と見えない電報のようなエネルギーを送っているのが頻繁になって来ました。

実際には、しっかりした声が聞こえます。でも、あまり日常的に、あちら側の人達と話していると、変な人(既に変ですが)に思われるので海外生活で良かったです。賞状を貰うためのような、義務感ではなく、内側から響いてくる霊的な言葉やアイデアは素晴らしい周波数です。

周波数のその信号は、声ではなく、感覚や青いオーブで届きます。寝ていると天井に小さい青いオーブが徐々に大きくなって行くのです。今こそ動きなさい、言葉を綴りなさいというように、かなり細かいので、言葉では表現できません。それと一緒に、例えるならば、モスキート音が聞こえるのです。聞こえそうで聞こえない。

私はコロナ禍で難聴になったので、常に、片方の左側の耳は音が聞こえています。ゴッホなどは、この音が気になり過ぎて、耳をそぎ落としていますが、私は結構好きです。エンジェルの歌声に聞こえたりします。ただ、この音が聞こえるため、日本では若い女性の高い声が聞き取れずに苦労しました。その事を耳鼻科医の先生に話すと「僕も聞こえないから大丈夫」と返答されて笑っていました。もう、こんな事を言うと、精神科に送られてしまいます。

私が今なぜ、書くことに拘る理由は、長年に渡り、90年代からパソコンや携帯電話、スマホなどを使って来ているので、電磁波の影響で脳にダメージを受けています。今年は睡眠障害かも知れないというと、掛かりつけのお医者さんが専門医を紹介して下さり、MRIから始まり、脳波の検査、無呼吸症候群の可能性もあるということで、ありとあらゆること検査をさせられました。(笑)左側のどの部分か忘れましたが、神経系にダメージがあるらしいです。3か月間、専門医に言われる通り検査しました。

私自身が霊能者というとややこしいことになるからとマイケルに言われて、「どんな夢を見るのか?」と聞かれました。声が聞こえるとかいうと多分、てんかんかパーキンソン病等を疑われる可能性がありますので、「母が夢に出て来る」というと、「ドイツ人の心理学者を紹介するわよ。」と言われました。マイケルの親戚にNYから時々、キプロスに来るオーストラリア人の女性は心理学者なので、そんな話しをするときがあります。霊的な話しになるので、心理学では解決出来ないのでしょう。

結局、薬もなく、半年から1年先にニコシアの病院の予約を入れてと言われましたが、予約が取れないまま待機しています。多分、それ以上何も検査出来ないようです。緊急性がないのだと思います。その後も先生からも「眠れますか?」と電話がありました。「ビタミン剤のメラトニンを取るようになってから眠れます」というと、「それは良かった」と言われました。睡眠薬は飲みたくないというと、ビタミン剤として勧められました。

今まで、朝から遅くまで、徹夜することもあったりしたり、紙で本を読むものもありますが、電子書籍で読んだりするので、脳はもう疲れ切っていると思います。それと同時に目を酷使し続けているので、どうなるか分かりません。でも、それ以上に言葉を通じて、必要な人に思いを伝えたいというか伝えるための活動をしないといけないのでしょう。怠けてはいないけど、目に見えないけれど確かな存在たちからの呼びかけは絶対です。

書くことは、霊界との交信であり、愛と光の記録

私はこれまで、自分自身の霊的な体験や導きを、どこか「語るには早すぎる」と感じてきた部分があったのかもしれません。

けれど今は、はっきりと分かります。「書くこと」そのものが、霊界とこの世界を結ぶアンテナであり、私に与えられた大切な役割の一部であるのでしょう。それは魂の記憶と、霊界の方々の意志が重なり合った必然であり、見えない存在たちの言葉を私を通じて共同作業なのです。

そして、今ここから……。

こんな私を根気よく待ち続けてくれている霊界の方々のためにも、この書くことによって、同じように見えないものを感じている誰かの道標になれるなら、それもまた私に与えられた霊的な奉仕なのだと感じています。20年前から書き始めていますが、言葉として残していないことばかりです。

まるで、それはシルバーバーチの霊界通信のように

霊界通信のように書ければいいのですが、陰陽のように波があるときがあるので、書き始めたけど、自分だけのために残して置こうというものもあります。ですが、不思議なことに、こうして書き綴られていく言葉の数々は、まるでシルバーバーチの霊界通信のような響きを帯びています。それは、見えない世界からの静かな励ましと愛と光のバイブレーションであり、この地上世界を生きる私たちの魂に、「本来の道」を思い出させる周波数を送って来てくれています。

新地球のために、これからも書き続けていきます

私の内なる導きは、こう告げています。

「いまこそ、新しい地球のために、霊的な真実を書き残しなさい」

「それがあなたの魂の約束であり、宿命である」

「あなたの書くことには、霊界の祈りと愛と光が込められています。どうぞ、これからもその筆を止めずに歩んでください。」

多分、煽てると頑張るタイプだと分かっているのでしょう。自分の脳にどれぐらいの限界があるか分かりません。それでも、これからも書き続けて行きます。誰のためでもなく、魂の真実のためにです。 そして、いつかこの記録が誰かの目覚めの扉となることを信じています。

次世代の魂の君のために、届くことを願っています。