ギリシャ旅行での心の旅

5月下旬のある朝にマイケルがメモ書きした紙を持って来て、「この日にテッサロニキで写真家達のイベントがあるから行こうと思うけど、どの時間が良いと思う」との事で、私の予定を聞く前に、既に、どの時間の飛行機の時間を先に検索していたらしいことは何となく分かりました。

パフォスからテッサロニキには1日に数本の便が飛んでいるのですが、時間帯によっては料金が大きく異なるので、話した後に予約したかったのでしょう。

マイケルはあまり計画するのが好きでない性格なので、預ける猫達の手配やお泊まりする場所も6月は観光客が欧州はジューンブライドシーズンで多くなるので、予算以上になるので、探すのが大変でした。特に、そのイベント会場の近くが良いと言うので、検索して、地図を見せると、「ここからは遠いしね」となり、アパートに滞在中する予定で予約しました。料金はホテルと同じでしたが、レビューも良かったので、60平米ぐらいで広かったので、そこに予約をしました。

イベントは夜9時からスタートでしたので、早朝便でパフォスからテッサロニキに着きました。

天気予報では、夜は雨で最低気温は15度でした。

持ち込みできるスーツケースに何を持って行くかということになりました。

この航空会社をコロナ以降使っていないので、かなり変更されていたので、国際線と言っても、飛行機を降りると階段で昇り降りしないといけないので、重たいと疲れそうと思いつつ、テッサロニキのSNSを見ているとコートやダウンジャケットを着ている人ばかりで、寒そうでした。

当日も雨との言う事でしたので、軽めのでジャケットを入れましたが、結果的には夏でした。

雨も降らず、傘もう入らず、気温も30度以上でした。

マイケルの写真

イベントも大成功でした。

欧州圏からのマイケルのギリシャ人の先生にオンラインで学んでいる生徒さん達の集まりでしたから、私は高校時代は写真部にも所属していたので、学ぶことが出来て楽しかったです。

イベント会場からバーに流れて、気づくと朝の3時でした。

もう、限界を通り過ぎていましたから、マイケルに「帰りたい」というと、皆に挨拶をして帰ることになりました。まだ、飲んでいる人もいました。三次会に行くという人達もいました。

次の日は遅めに起きようと思っていたのですが、近所のギリシャ正教会の鐘の音が鳴り響いて、目が覚めてしまいました。

二日目はゆるく海岸通りを歩くぐらいが予定でしたが、朝から、写真家の人がお昼に僕たちはここにいます。とアプリでマイケルに連絡が来て、私は別行動で良いと伝えましたが、行かないと言って暑い中を歩いて、ブランチを食べて、アパートに帰ったら、先生から連絡があり、「今夜、ここで夕食をしましょう。7時半から、参加する人は返事を下さい。」ということで、マイケルは参加するかと訊ねて来たので、了解しました。

お昼に歩いて行った場所に、また、夜も歩いて行くことになりました。

10人の集まりになりました。

ギリシャ料理は本当にシドニー時代から食べていましたが、本場のギリシャ料理が美味しいのは、オリーブオイルと美味しい塩とパン、ハーブの組み合わせなのでしょうね。

その夜は、ジュースとお水だけで、美味しい料理を楽しみました。

二次会に誘われましたが、マイケルの用事が朝からあったので、私たちは帰ることにしました。

3日目は、お昼ごろまで、1人の時間もあったので、テッサロニキ考古博物館に行くことにしました。

テッサロニキの人はとても親切で、道に迷って尋ねると気軽に教えてくれました。

スマホも電話のみ出来る設定にしているので、スクリーンショットとテッサロニキ考古博物館という代名詞のみで、歩いて行けました。

テッサロニキに初めて行ったのは、マイケルが衣装担当で、キプロス映画の「アガマス」がギリシャ国際映画祭にノミネートされた時に行きました。

キプロス映画のラブストーリー

そのテッサロニキに行く予定の前にイギリスのミディアム(霊能者)の先生のワークショップに参加したい際にsittingでリーディングして貰った時に、マイケルが終わって、「テッサロニキに行くと言われたけど、言ったの」と聞かれたので、「何も言っていないよ。」と言って以来、テッサロニキにはご縁があるのでしょう。

テリー先生にも会いたいです。

もう何年も前からテッサロニキに行ったら、世界遺産のメテオラに行きたいと言っていますが、なぜか、ご縁がなかったのでしょうね。

2019年にアテネに滞在したときに、メテオラに行こうと試みたのですが、電車でのツアーで12時間とありましたが、冬だったので、寒そうでマイケルに訊ねたら、「テッサロニキからの方が近いから、今度、行こう」と言われて以来でした。

その今度は行こうという約束から、今回は行くことになりました。

イベントでテッサロニキに行くと聞いた時にメテオラに行けるのなら、行くと言いました。

ヴァルラーム修道院とアギオス・ステファノス修道院に行きました。

メテオラとは、ギリシャ語で「中空に浮かぶ」を意味する「メテオロス」が語源。14世紀に標高約616mの岩山に築かれた最古にして最大の修道院、メガロ・メテオロン修道院も、ここから名付けられました。

迫力がありすぎます。

綺麗な景色

岩だ!ダイナミック過ぎて、感動!

子供の頃から石が好きだけど、岩を見に色々な国を旅しています。

エジプトのピラミッド、ヨルダンのペトラ遺跡、徳島の剣山の石・・・。

女神アフロディーテが生まれた場所もペトラ・トゥ・ロミウも大好きです。

この岩の周りを泳ぐと永遠の愛が見つかるという伝説があるそうです。

周りは泳がなかったけど、海も綺麗で泳ぎましたね。最近は、高速道路から、眺めながら、お祈りしています。

ギリシャは訊ねる事に、良いエネルギーを受け取ることが出来ます。

ギリシャ神話やギリシャ正教会の歴史も長く、遺跡も至る所にあるし、宝石の原型も紀元前にはすでにあったし、ハーブや塩も豊富で、オリーブオイルも美味しかったです。

ここ最近は、全くお酒を飲まなくなっていましたが、白ワインも美味しかったので、飲んで見ました。何が違うのか、本当に美味しかったです。

テッサロニキの夕日

人生、それほど強く願っていませんが、行きたいと思った事や会いたいと思う人には会える様です。

願いが叶うのは、実は宇宙の法則がそこにあるのです。

「願い過ぎない方が、宇宙の流れに乗りやすい」

私たちが「ふと」思う事には、実は深層意識のデータベースが関与しているのです。

ですから、思考の表面に現れた「何となく」は、すでに道が繋がっている未来からのサインであることになります。

つまり、宇宙の心が響き合う、柔らかな意志が、最も強い力になるという法則です。

久しぶりに移動出来て、心身、魂も浄化出来ました。

ありがとうございます。

生き辛い世の中で幸せに生きるためには、思考を変えることで不安から開放される&キプロス旅行記

時代の流れは急速に変化しています、しかし、人間の心はそのスピードに追い付いていません。

それどころか、これから先のことを考えると憂鬱になる人も増えています。

そこで、古代の人達は過酷な時代をどのように生きたのか、その先人達と私たちでは、異なる思考が不幸の種を蒔いているかも知れません。

古代ギリシャ時代、ローマ時代では、3つの階級がありました。

貴族、平民、奴隷です。

都市部の家内奴隷と地方農民奴隷と2つありましたが、いつかは解放され、自由な身になったと言われています。

日本人が好きな寓話「イソップ物語」を綴ったイソップは紀元前5世紀頃に、都市部で奴隷として生きていました。

ソクラテスやプラトンのように貴族出身ではありませんでしたので、どのような顔をしているのかという証明できる彫刻像も残っていません。

若かったのか年寄りだったのかさえも分かりません。

はっきりした出身地や経歴さえも分からないイソップですが、その彼には鋭い洞察力を持っていたことと、話をする際の話術に恵まれていたため、イソップの話を聞きたい人達が周りに集まっていたそうです。

彼のご主人様は、そんなイソップに興味をもち、時々、彼の話を聞き、彼の話をパピルスに書き留めたことで、私たち日本人も宣教師フランシスコ・ザビエルによって物語が持ち込まれ、その寓話を学校で道徳の時間に聞くようになりました。

イソップ物語には動物や昆虫、全能神ゼウス等が登場します。

イソップは物語から未来に生まれ変わる人々のために何かを伝えようとしていたのではないかと思えるストーリーが多くあります。

2600年前以上も前の奴隷が、そんな未来のことなど分かることはないと思う人も少なくないでしょうが、イソップとほぼ同時期に、奴隷にされたユダヤ人エゼキエルやダニエルが、何かから強いインスピレーションを受けて、未来の人類や環境の危機を予告しています。

それが、「旧約聖書」の予言になり、今に繋がるユダヤ・キリスト教系の終末と再生予言の始まりになりました。

その時代は中東、ギリシャ、ローマ帝国では、奴隷として生まれれば、奴隷として過酷な生活を強いられていました。

ギリシャ奴隷出身のエピクテトスは、奴隷の両親から生まれ、解放されるまで苦労して生きていました。解放奴隷出身の哲学者とは、哲学史上でも珍しく、ましてやエリートでもなく、慢性的な肢体不自由、国外追放、塾講師として不安定な収入、といった困難を抱えながら、当時の流行であったストア派の哲学を彼自身の「生き方」として学び取り、それらを人々に伝えて行ったことで、他の奴隷たちの心の支えとなったことでしょう。

地位や財産や権力もなく、平凡な庶民が、自由の身になるまで、幸福な生活を送ることが出来るのかは、知恵が大切であることを教えてくれています。

禅の公案にも似ていることもあり、困難や課題が訪れたとき、どのような考え方をすれば、その悩みをすこしでも解消されることで、生きるのが楽になるかも知れません。

また、民族奴隷としてエジプトの王に建築労働者として仕えていたイスラエル人(ヘブライ人)がエジプトから逃げることが出来たのはモーセの存在があり、エジプトから脱出したとき、紅海を前に追い詰められてしまい、モーセが神ヤハウェに祈ると、紅海が真っ二つに割れて道が出来、ヘブライ人は逃げることが出来、エジプト兵があとを追ってその道に踏み込んだ時には、海は元通りになって溺れてしまいました。

エジプトから逃げられたヘブライ人は、シナイ半島のシナイ山(モーセ山)で神からモーセに十戒を受けたとされている預言者でもあります。

十戒(Ten Commandments)

1.汝は私の他に、何者をも神としてはならない。

2.汝は自分のために刻んだ像を造ってはならない。

3.汝は、汝の神・主の御名をみだりに唱えてはならない。

4.安息日を覚えて、これを聖とせよ。

5.汝の父母を敬え。

6.汝殺すなかれ。

7.姦淫をしてはならない。

8.汝盗むなかれ。

9.隣人について偽証してはならない。

10.汝の隣人の家をむさぼってはならない。

ユダヤ人と日本人は言語や思考も似ているという説もあると言われています。

しかし、戦後、日本人とユダヤ人との違いは、日本人は神の存在を意識して生きていません。

何か困ったときには、神頼みとして、「神様、お願い致します」と言って、神社仏閣に訪ね、お賽銭を賽銭箱に入れて拝むとご利益があるかも知れないと思い、ギブアンドテイク的な感覚でパワースポットに行く人もいるでしょう。

ユダヤ人は何度も迫害続けられていますが、学ぶ民族であり、5000年前からの教えをどんなときでも子孫に言い伝えて来ています。

絶対の真理を信仰し続ける民族だからこそ、旧約聖書、タムドール、カバラを今でも、学び続けています。

風の時代に移行してから、世の中がデジタル化し続けています。

何気なく、テレビを見ていたりすると、時間の流れも早く、思考しないままの生活が続くことになります。

21世紀になっても、私たちには階級が存在しています。

二極化という言葉を耳にすることがあるでしょうが、今の時代は、「奴隷と貴族」のみの選択になっていることでしょう。

もしも、あなたが、いつまでも物質的なモノに興味を示し続けるのであれば、さらに不幸せに感じることになるでしょう。

タムドールにて、「人間は幸福の絶頂にあっても、苦難のどん底に落とさるには一瞬しか必要としない。しかし、不幸な人間が幸福を得るためには、一生かかるかもしれない。人間はなかなか欲望が大きく、満足感を容易に得られないので、自分の周囲や環境に満足することを、一生かかっても覚えられないということすらあり得る。」

だからこそ、ユダヤ人は1日に何度も祈り続け、学び続けることがこの世で生き続けるためには、知恵こそが、欲望という罠に陥らない為にも、自分の思考を正しているのではないだろうか思いませんか?

学ぶことに終わりはないでしょう。

これからの時代の学生、特に、小学生ぐらいのお子さんを持つご両親は、オンライン化が当たり前の時代になることでしょうから、勉強する環境を作ってあげないと、集中力がなくなるので、勉強しないまま学校にも行くのが億劫になり、不登校の日数が増え続けよになり、漫画やゲームに興味を持つことになるでしょう。

親が家庭での教師の役目をしない限り、勉強するよりもダラダラと友達との会話(チャット)で時間が過ぎてしまっているかも知れません。

もしも、学ぶことを楽しいと思うには、大人も子供も「本を読むことです」

ユダヤ人は学びの民族と呼ばれているのは、本を沢山読むからです。

同時に、笑いの民族とも呼ばれています。

ユダヤ人は笑いを愛好し、人は意外だから笑う。笑いは頭脳という剣を磨く砥石だと言っています。

本をたくさん読む人ほど、臨機応変な考え方が出来る人が少なくないと思います。

どんなに忙しい日でも、どんなジャンルでも良いので、本を読む習慣を身に着けると、向上心が内側から湧いて来ることでしょう。

知性、知識と体力を維持することで、困難に直面しても、機転を利かし、さらに、知恵を磨くことで、勘が鋭くなることで、良い選択が出来ることでしょう。

良書と呼ばれる本の中には宝石箱を開けたときのようなキラキラした言葉が詰まっています。その言葉を見つけたときには、宝箱を開けたときのような感動を受けることでしょう。そして、きっと、辛い時期を乗り越えることが出来るでしょう。

ありがとうございます。

ここからは、キプロス旅行記

こんにちは!

いつもありがとうございます。

ありがとうございます。

6月に入ってから、4月の終わり頃からLAからキプロスに来ている友人から「いつになったら、会いに来てくれるの?」と、毎日のように

連絡があったので、パフォスから彼女達が滞在しているところに行き、ランチを伴にしました。

18か月ぶりの外食は、ケープグレコと呼ばれているここは地中海だと海が本当にコバルトブルーで綺麗と思える場所でシーフードを食べました。

その次の日に、マイケルが「山のサクランボが豊作らしく、早く収穫した方が良いと村のXXさんが言っているけど、忙しいから行けないね。」と、言ったので、「アメリカから来ているXXさんに行って貰えば良いのでは?」と、言った会話の数秒後に、電話が掛かり、「明日、パフォスに行こうと思うんだけど、予定はどうなの?」と聞かれ、「来るなら、予定を開けるけど、明日はアカマス国立公園と次のは山とかどう?

あと、アカマスに行った後は、お城の近くの港でシーフードレストランで夕食をしようと思うけど、どうする?」と、訊ねると、「それは、とってもいいわ~」と言って、レストランに予約を取り、

次の日、何時に来るのか分からず、待っていても連絡がなく、「いま、どこ?」と、訊ねると、「アフロディーテの生まれた岩のところで、朝ごはんを食べようと思ってカフェを探しているんだけど、なくて・・・。」と、言うので、

「その辺りは、何もないよ。こちらまで来たら、コーラルベイ辺りで、朝ごはんを食べようよ。」と言って、待ち合わせの場所で再会し、海岸通りを通り、例年だと、イギリス人観光客で人で一杯の観光スポットだけど、今年はガラガラでイングリッシュスタイルの朝食を食べ終え、

「アカマスは広いけど、どこにする?」と聞くと、「任せる?」と言うので、私たちは歩くことを前提として、バックパックのリュックサックを用意して行きましたが、どうやら、歩く様子は無さそうなので、車で行けるところまで行くということで、レンタカーだから大丈夫だというので、石ころと埃だらけの車も人もあまりいない場所を2時間かけてうろうろしました。


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その後は、彼女達が泊まっているマンションに行き、「カズ、シャワー浴びたら・・・。」というので、お言葉に甘えて、シャワーを浴びて、着替えを用意して行ったので、メイクは彼女のファンデーションを少し借りただけでした。

予約しているレストランは下が海なので、マスクもせずに、入店して、シーフードメゼを4人分頼み、次から次へと色々な食事が出て来て、美味しかったです。

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彼女はお疲れモードだったので、早めに解散し、次の日、「朝ごはん食べたいだけど・・・。」と連絡があり、マイケルが去年まで働いていたゴルフコースでイングリッシュブレックファーストを食べ終えて、山に向かって出発しました。

山に行ったのは、去年、義理の母カトリーナのお葬式とその後の40日間の供養のために、3回ほど行きましたが、それ以来は行くこともなく、暑いパフォスから、涼しい山の空気は新鮮で、リフレシュ出来ました。

サクランボ狩りもみんな食べながら、収穫していました。

もう、すでに、2時を過ぎていたので、パフォスに帰るというと、「ランチ食べよう」と言うので、2人でどうする?と言っていたら、「コーヒーだけでも一緒にしよう・・・。」と言われて、隣の村に向かって車を走らせ、どうやら、彼女はキプロスのローズ水のドーナツを期待していたらしく、「今日はしていない」と言われて、ションボリしていました。

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開いているところはレストランしかなく、テーブルクロスをしているところで、コーヒーだけということも何となく気が引けるので、普通にキプロスランチを食べ、最後にお店の人から、「フルーツかコーヒーをサービスします」と言われたので、私は普段あまり飲まないキプロスコーヒーを飲み、普段は他人のコーヒーリーディングをするのですが、たまには、自分のリーディングをしようとすると、XXさんが、「私のを見てよ」と言われ、「数日前に視たよね。」と言うと、「そうだけど、もう一度、視てよ。」と言うので、視ると同じでした。

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直ぐに、未来の変化がないことに不満でしたが、本人も何となく分かると頷いていました。

台風のようにあれこれしたい人達とお付き合いしたので、1週間で3回以上の外食は自炊で身体が慣れているので、疲れたので、マイケルの誕生日と結婚記念日のどちらかは外で食べようと言っていたのですが、家で作ることにしました。

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欧州はワクチン接種をしないと、どこに行くのもPCR検査をしないといけないので、私自身もワクチンは打ちたくない派でしたが、渋々、予約をIT会社で働いている知り合いに頼み、予約して貰いました。

その理由は、予約しないと、アストラゼネカになってしまうので、血栓を気にして、ファイザーかモデルナを希望していました。

ファイザーは若い人にはとても人気があるので、モデルナになりました。

5月の下旬に一度目を打ち、本日、2度目を打ちました。

2度目は熱が出るとのことですが、今のところは、腕が重たいぐらいです。前回のときは腕が上がらず、接種を受けた次の日に痛み止めを飲みました。

7月から欧州諸国ではワクチンパスを発行して貰えるらしいです。

デジタルなのかどうかは分かりませんが、多分、スマホで管理させられる可能性が高いです。

パフォスも暑くなりましたので、屋外でマスクをしている人達もおらず、港のレストランも満席状態で背中合わせにロシア人観光客で一杯でした。

キプロス版のゴートゥートラベルキャンペン中なので、どこも人だらけです。

特にニコシアからの観光客が多そうです。

私たちも海外に旅行に行きたいですが、もう少し落ち着いてから、ゆっくりしたいです。

マイケルには、10月中旬頃にベニスに行きたいと言っています。

自由に行き来できる日が早く来ることを願っています。

かつての世界の中心であったと言われるアポロン神殿のギリシャ旅行記

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人生で起こることは偶然はなく、必然的と言われていますが、本当にそうなんだと実感する事が多いです。

先日、2020年に向けた未来予知メッセージを綴りました。

記事を投稿した後に、マイケルから、「僕の写真がアテネで展示されるのが、この日らしく、行こうと思うけど?どうする?」と、聞かれて、同じ時期に、キプロスのパフォスのお城の近くでも、新しい写真の展示と写真の出版記念も兼ねて、エキシビションが開催されるということだったので、体力的にどうだろうと思ってしまいましたが、ギリシャに行って参りました。

私は神々が宿る天空の修道院で有名なメテオラに行きたいと常々思っていたのですが、アテネからは、電車でしか行くことが出来ず、その電車も一日に1本で、片道5時間30分、途中でエンジンの故障もあることもあり、着いたそのあとも、2時間ほど、さらに、修道院によっては、お昼休みと重なったりすると、修道院内の壁画も見られないかも知れないと去年、キプロス人の友人が訪問していたので、「お昼どきは行かない方が良いよ。」と、アドバイスしてくれました。

体力的に電車に10時間以上乗っていることを想像すると訪れる前から無理そうだったので、メテオラに行くならば、テッサロニキ経由で行くのが近いとギリシャ人の友人も声を揃えていうので、エキシビションの初日後、遅いディナーでギリシャに行くことを話していると、周りにいたキプロス人とギリシャ人の写真家の先生にも、「デルフィに行くと良いよ。」と言われたので、「デルフィ?」「島の名前、どこの島」と聞いて、マイケルは目をキョロキョロさせていました。

「君のような人が紀元前にデルフィに大勢いたんだよ。」と、言われて、「アテネから近いの?」と思いながら、インターネットで検索していると、何と、「アポロン」と関係があるので、なるほど、アポロンからメッセージを貰ったということは、お礼参りに行かなければならないことになったと確信しました。

ただ、今回の旅はアポロン神託に行くことではなく、マイケルの写真が展示されているギャラリーにも行く予定があったので、予定は未定でした。

アテネに住むマイケルの妹からも着いた日に、ランチにお招きされていたので、滞在する場所のアパートに荷物を預けて、タクシーを拾い、義理の妹宅へスムーズに行けると思いきや、乗った瞬間、運転手のおじいさん、多分、80歳以上、会話もとろとろして、住所を見せたら、硬直してしまい、ギリシャ人の義理の弟にマイケルが電話をかけて、説明して貰っているが、全然、会話が捗らないまま、見覚えのある場所まで行ったが、分からないというので、電話をかけて、説明して貰うけど、分からず、近所らしい人に、タクシーのおじいさんが訊ねていたけど、会話が成り立たない、コスタ(義理の弟)が車で迎えに行くから、というので、タクシーを降りました。目的地に着かないままのタクシー、驚きました。

すぐ、後ろを見ると、車で迎えに来てくれたコスタがいたので一安心しました。しかし、車の免許を保持しているおじいさんタクシー、南側の欧州人はアバウト過ぎてびっくりです。

義理の妹と挨拶して、座った瞬間に、彼女が作った料理が出て来て、美味し過ぎるので、食べ過ぎてしまい、数時間後のランチを終えて、次に向かったところは、姪っ子が双子ちゃんをイースターに産んだので、訪ねることになりました。

流産しそうになっていたので、元気に可愛い双子の女の子たちにも会い、今年結婚する予定でいた婚約者、そして、彼の家族とも会うことに、話には聞いていたが、身長が高い、2メートル以上はありそうで、体型がまさに、紀元前の彫刻のような筋肉もあり、まさに、彫刻の模型、古代考古の博物館で見た3Dのような堀の深い体型、また、ギリシャ人は女性も身長が高い人が多く、遺伝子が違うとこうも違うのかと思ったりしました。

赤ちゃんの名前を聞くと、ギリシャでは、洗礼されるまでは、名前がないらしいので、赤ちゃんを「ベイビーA ベイビーB」と呼ぶらしいので、驚きました。

来年には、結婚式をするので、その後、名前が正教会で登録されて、初めて、その子たちの名前になるらしく、文化の違いを感じました。

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それまでは、名無しなの?と、驚きました。

しかし、天気予報では、肌寒い、曇り、雨とかでしたので、最後に、軽めの冬物とジャケットも無理矢理押し込んだのですが、現地は夏でした。

暑すぎ、観光客の女性達のタンクトップでうろうろしていました。

数年前にアテネを訪れたときは、肌寒かったのですが、夏は暑く、秋がなく、冬が極寒になりつつあります。

今回はアパートを借りることにしました。

広くて、天井が高く、観光地で、歩いてすぐのところにお土産屋さんや、レストランもありました。

ぶらぶらしていたら、観光会社の女性に声を掛けられて、名刺をもらったので、次の日に写真の展示されているギャラリーに行き、そのあと、デルフィに行きたいというと、予約して貰いました。

「朝8時30分にどこどこに来て下さいね。」と、言われて、その後、インスタグラム映えするバーで古代ギリシャの赤ワインで有名な場所からのワインを一杯のみ、アパートに帰り、巨大なテレビが、2台もありました。

普段、テレビを見ず、スマホやipadで動画を見るのになれているので、これだけ大きいと逆に目が疲れます。

さて、いよいよ、デルフィ遺跡に行く観光バスに乗ることになりました。

バスにはすでに、大勢の観光客の方々が乗っていました。

多くのフランス語を話す観光客がいたため、ガイドさんは、英語で話し、フランス語で話すというギリシャ人のツアーガイドさんでした。

どうしても、多語学ですと、2度、同じことを説明するので、聞く側も疲れました。

私は海育ちで海派ですが、デルフィに行く途中の山々は、神々しい景色が続き、山の素晴らしさに魅力されてしまいました。

オリンパスが住んでいた山を訪れたことがありますが、デルフィに行く途中の山々は、ギリシャ神話のイメージにぴったりです。

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デルフィ遺跡は、世界の中心とさえ呼ばれていました。

その場所は、古くから預言の神様であるアポロンが崇拝され、お告げを受け取れることができると信じられています。

紀元前11世紀に、このような場所に神殿や宝庫を建てる技術があったことに驚きました。

もともとデルフィでは大地の女神ガイヤが敬われていたそうですが、最高神ゼウスの息子アポロンが母レトの出産を妨げようとしたガイヤの息子で大蛇のピュートンを矢で殺したことから、以来アポロンが神託を行うようになったと伝えられています。

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古代ギリシャ人にとって、アポロンはゼウスの子というだけではなく、理性と調和を備えた尊敬すべき存在であったためでしょう。

なぜ?デルフィは「世界の臍」と呼ばれたのか?

調べたところ、大地の中心を決めるため、最高神ゼウスが地平線の両端から放った2羽のワシが出会ったところがデルフィだったと伝えられています。

オンファロス(世界の臍)と呼ばれる神聖な石で、冥界の神々たちを封じるために、デルフィはギリシャの中間に位置しています。

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大地と空、山々が神々しく、なかなか、このような景色は見ることが出来ないですね。

アポロン神託を眺めていると、行き成り、どこからともなく、茶色イヌがアポロン神殿を横切りました。

ギリシャの神々は、何にでも、変わることが出来るので、ギリシャ神話の神様の化身だったかも知れません。

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その後、探してみましたが、その犬はどこかに行ってしまいました。

そのアポロン神託でのお告げをしていた巫女ピューティアは大地の裂け目から噴き出す白い煙(地震によってできた裂け目から立ち上がる蒸気のこと)を吸ってトランス状態になり、アポロンと交信していたそうです。

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アポロン神託にいると、神様の存在を否定できなくなります。

アポロン神殿は、長さ60メートル、幅23メートル、38本のドリア式列柱が前室、内室、後室を取り囲む典型的な様式にて、内室にはアポロン像が立ち、前室の地下にあるオンファロスの上で神託が行われていたそうです。

今現在の神殿は、紀元前370年頃のものだそうです。

紀元前6世紀頃には、すでにアポロン神殿が建築され、信仰と神託は全世界に広まったと言われています。

そのアポロン信仰は、ガイヤに代わり、紀元前11世紀頃から、ギリシャ全土へと浸透していき、紀元前8世紀頃は、宗教の中心地として、ギリシャの重要な戦いのときは、巫女にアポロンと交信して、お告げを授かっていましたが、ビザンティン帝国テオドシウス帝が異教禁止令を発令した394年まで続いていたそうです。

博物館にも行きましたが、よく観光バスが行くような土産店とかにも連れて行かれると思っていましたが、それもなく、博物館から出るときにあると思っていたお土産店は、他の敷地にあったため、断念しました。

バスがすでに来ていたので、それに乗って、遅いランチ、前菜、サラダ、メインコース、スイーツも出て来ました。

ギリシャ料理はハーブも使っていて身体に良いけど、ついつい、食べ過ぎてしまいます。

その後、こじんまりとした山あいの小さな町に立ち寄り、その後は、バスに乗ったところまで、私は爆睡していました。

最後に、デルフィ市と南砺市は姉妹都市らしいです。

富山県は訪れたことがありませんが、きっと、デルフィと同じような街並みなのかも知れませんね。

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短い旅でしたが、素晴らしい波動に包まれ、また、最近のアテネは活気がありました。

観光客で賑わう場所と共存した古代遺跡、そして、哲学という偉大な知恵を教えてくれたソクラテス、プラトン、アリストテレスのような天才が生活していた場所は、去年、訪れたヨルダンのペトラとはまた異なり、鮮やかなコバルトブルーを見ているだけも癒されました。

アポロン神殿に立った際に、受け取ったメッセージは、「バランスの取れた生活をするように、伝えて下さい。」でした。

私たちは、AI、IT、進化する中で生きています。

バランスの取れた生活は、地に足がつき、活気があり、愛に溢れ、表現豊かであり、洞察力にすぐれ、生活のあらゆる場面で、スピリチュアルに導かれることでしょう。

このような感覚を持つことで、人生は喜びであり、あなたの周りにいることを喜び、そして、あなたが「あなたらしく」生きることが出来るでしょう。

バランスの取れた生活は、意外と出来ているようで出来ていないこともあるでしょう。

精神性と肉体のバランスが取れることで、あなたを素晴らしい生活へと導いてくれることでしょう。

大切なのは、勝利するためではなく、前進するために、スピリチュアリストになることです。

正しいバランスの到達は、合格しなければならないという試験はありません。

素直な気持ちで、自然界と調和し、本当のあなたになることに気づくことで、それが成功へと繋がることを実感出来るでしょう。

あなたに神様の恩恵がたくさんありますように。

ありがとうございます。

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国際占い師カズコ⭐️YouTube

※機会があれば、アテネの国立考古博物館の画像もYouTubeにアップしたいです。