国際占い師カズコが語る、学校給食の影響と波動の違和感
学校給食と波動の分断
不気味な肉の筋、不味いパン、飲み込むしかなかった。
幼い頃の食卓は、神々とつながる祈りの空間でした。
しかし、小学校に上がると同時に、その日々は突然終わりを告げました。
それが、「給食」という制度の中での体験です。
肉の筋が飲み込めなかった日
ある日の給食で、固くて嚙みきれない肉の筋が出されました。
味もにおいも、なにより波動が合わない。
けれど、「残してはいけない」というルールがあり、クラス全体の前で食べきるまで席を立てませんでした。
班という仕組みの中で、私ひとりが食べない子にならないように、無理やり飲み込むしかなかったのです。

不味いパンと、冷たい牛乳と、マーガリン
パンは白くて、ふわふわなのに生命力がなく、牛乳は身体の奥で拒絶するような冷たさがありました。
マーガリンのにおいは、今でも記憶の中にこびりついています。
本当は食べたくなかった。
でも、先生には「好き嫌いをするのは悪いことだ」と言われました。
そこには、食への祈りも、個の感覚も存在しない世界が広がっていました。
連帯責任と言葉で食べさせれる辛い日が小中学生の9年続きました。
波動を無視された共食の強制
学校の給食は、確かに栄養的には整えられていたかもしれません。
けれど、食べることが義務やルールに変わった瞬間、そこから「神聖さ」や「良い波動」は消えてしまったのです。
私は、本来それぞれが持っている身体の声や魂の感覚を、この時期から少しずつ無視するようになってしまいました。
それは、身体の声を封印することで、魂の自由を縛る教育だったと、今でもはっきり感じます。

それは、魂に刻まれた小さなトラウマだった
あの肉の筋を飲み込んだ瞬間、私は自分の内なる声を封印したのです。
「これは食べたくない」
「身体が拒否している」
「でも、食べなければいけない」
この葛藤が、霊的感受性に薄い膜のようなブロックを作っていきました。
食べ物のエネルギーを感じる力。
波動の違いを受け取る感性。
選びとる自由という直感。
すべてが、その時から遠のいていったのです。
今、多くの人が感じている生きづらさや身体の重さは、こうした小さな経験の積み重ねから生まれているのかもしれません。
もし、あなたにも似たような記憶があるなら、それはあなただけのせいではありません。
あなたの魂が感じていた違和感は、真実だったのです。
次回は、「波動を失ったオーストラリアでの食事」についてお話していきます。