富裕層の楽園は、誰のためのものか? 資本の結界に閉じ込められた佐木島の行く末

地中海の太陽が照らすキプロスの地に身を置いて、早いもので20年が経ちました。

遠く離れたこの場所で、私は今も故郷・尾道の潮の香りを思い出すことがあります。

先日、そんな私の元へ、故郷のすぐそばにある佐木島のニュースが届きました。

4月1日にオープンしたという「NOT A HOTEL SETOUCHI」。

富裕層を対象とし、限られた者だけが海を一望できるというその宿泊施設の華やかな映像を見つめながら、私の心には祝福よりも、言いようのない重苦しい違和感が広がりました。

そこに感じたのは、物理的な壁ではなく、経済という名の鋭利な刃で切り取られた「資本の結界」です。

古代の息吹が教えてくれること

私が暮らすキプロスは、一万年の歴史を持つと言われる島です。

リマソルやパフォスといった沿岸部でホテルを建てようとすれば、必ずといっていいほど土の中から古代遺跡が顔を出します。

そうなれば、建設は即座に中止です。

人間が「今」作りたいものよりも、その土地が積み重ねてきた「記憶」の方が重いことを、誰もが知っているからです。

昨年訪れたギリシャのテッサロニキでは、地下鉄の工事中に遺跡が見つかり、結果として「地下鉄を利用すれば無料で遺跡が見られる」という不思議な空間が生まれていました。

現代の利便性が、過去の歴史に跪(ひざまず)き、共存を選んだ美しい形です。

しかし、今の日本のリゾート開発はどうでしょうか。「お金さえ出せばいいだろう」という傲慢な資本の論理が、島の人々が静かに暮らしてきた場所を土足で踏み荒らしてはいないでしょうか。

投資の熱狂と、その後に残る虚無

かつてギリシャの海運王オナシスは、自身のプライベートアイランドに富を囲い込みました。

しかし、今の時代にそれと同じような「選ばれし者のみの特権」を謳う場所を作ることは、果たして進化なのでしょうか。

私が最も危惧しているのは、この場所がいつか現代の「軍艦島」と化す未来です。

瀬戸内の潮風は、人間の傲慢さを容赦なく蝕みます。投資の熱が冷め、富裕層の興味が別の流行へと移ろったとき、残されるのは管理不能となった巨大なコンクリートの残骸です。

土地の歴史を敬わず、ただ消費するために作られた場所は、命脈が尽きた瞬間に「負の遺産」へと転じます。

誰のための楽園か

私たちは、かつてのエプスタイン島のような、閉ざされた場所が孕む闇を知っています。

透明性を欠き、特定のコミュニティだけが享受する「楽園」は、往々にして不自然な歪みを生み出すものです。

島は、そこに住む人々が、その風景と共に生きていくための場所です。

故郷の島が、いつか悲しい廃墟として打ち捨てられないために。

そして、瀬戸内の穏やかな多島美が、誰のものでもない神聖な景色として守られていくために。

私は今、遠くキプロスの空から、この「資本の結界」がいつか静かに解かれ、島が本来の調和を取り戻す日が来ることを願わずにはいられません。

真の豊かさとは、所有することではなく、その土地が持つ悠久の時間と響き合うことにあるはずなのですから。

富士山の象徴と霊的目覚め

富士山の朝日

私がこの道に入ってから、気づけば随分と時間が流れました。

カバラや占星術と共に歩み、見えない世界と向き合い続けてきた中で、いくつもの感覚や体験を重ねてきましたが、ここ最近、これまでとは明らかに違う流れを感じています。

昨日、私はnote「スターシード」に関する記事を投稿しました。

その直後に見た夢が、今回こうして言葉にするきっかけとなっています。

富士山の朝日


夢の中で、富士山が噴火していました。

それは恐怖の光景ではありませんでした。


むしろ、静かで、確信に満ちた感覚——「何かが始まる」という深い理解と共に、その光景を見ていました。

目が覚めたときに残っていたのは、不安ではなく、はっきりとした使命感でした。

私は長年の経験から、こうした夢が単なる映像ではなく、「象徴」であることを知っています。

富士山は、日本における霊的中心ともいえる存在です。

その富士山が噴火するということは、抑えられていた大きなエネルギーが解放されること、そして意識の転換点が訪れることを意味していると感じました。

今、世界は目に見える形でも大きく変化しています。

しかし、それ以上に見えない領域——人々の意識の深い部分で、確実に何かが動いています。

これまで眠っていた魂が、目を覚まし始めています。

その目覚めは劇的なものではなく、静かに、しかし確実に進んでいます。

違和感として現れる人もいれば、生き方を見直す流れとして現れる人もいるでしょう。

あるいは、「何かがおかしい」「このままではいけない」と感じる、その小さな感覚が始まりであることもあります。

モーセ山 山頂

私は、その人たちに向けて発信していく必要があると強く感じています。

ここで一つ、誤解のないようにお伝えしたいことがあります。

「目覚め」は、誰かによって与えられるものではありません。

それは本来、その人の中にすでに存在しているものです。

ただ、きっかけは必要です。

思い出すための言葉や、安心して気づける場が必要なのです。

私の役割は、おそらくそこにあります。

導くのではなく、押しつけるのでもなく、ただ「気づくための光」を置いていくこと。

それが、今回の夢で受け取った使命の本質だと理解しています。

エジプト側からのモーセ山 

また、日本という場所についても、私はひとつの意味を感じています。

日本は、古来より多くの神々や自然と共にある文化を持ってきました。

目に見えないものを完全に否定するのではなく、どこかで受け入れる土壌があります。

さらに、現代においてはテクノロジーとも深く結びつき、精神性と物質性が共存している、非常に特異な場所でもあります。

だからこそ、これから起こるであろう「意識の変化」や「新しい理解」に対して、比較的柔軟に適応できる可能性があると感じています。

それが、外からの存在との接触なのか、あるいは人類自身の内なる進化なのか、今の段階で断定する必要はありません。

重要なのは、「変化が始まっている」ということ、そして、「それに気づき始めている人がいる」という事実です。

そして今、私ははっきりと感じています。

時間は、確かに限られています。

ですが、それは恐怖を煽るためのものではありません。

むしろ、「今、動くべき時が来ている」という合図です。

だから私は、これからも発信を続けていきます。

特別な人に向けてではなく、どこかで違和感を感じている人へ。

アフロディーテが生まれた岩 朝日



自分の中に何かがあると、うっすら気づき始めている人へ。

もしあなたが、これを読んで何かを感じたなら、それはすでに始まっているということです。

大きな変化は、いつも静かに始まります。

そして、目覚めは外から来るものではなく、あなた自身の中から起こるものです。

私はそのための言葉を、これからも送り続けていきます。

▼noteでも配信しています

【国際占い師カズコが解く】スターシード33の自己認証|孤独な魂が地球で目覚めるためのガイド

ジャングルで視えた「生き残る魂」の法則 ~ 賞金より大切な、運を引き寄せる「オーラの消し方」

日々、鑑定を通じて多くの方とお話しをさせていただきますが、ご相談内容の根底にあるのは、いつの時代も「人間関係」です。

家族、職場、友人・・・。

私たちは常に「他者」という鏡を通じて、自分自身の魂を磨き続けています。

先日、Netflixで配信されているあるサバイバル番組を観ました。

アメリカ版、ドイツ版、フランス版と各国で制作されているその番組の内容は、まさに現代社会の縮図そのものでした。

リゾート地の豪邸に招かれた13人の男女。

シャンパンを片手にダンスを楽しみ、「これから豪華なバカンスが始まる」と浮き足立っていた彼らに、進行役は冷酷な現実を告げます。

この瞬間、彼らの本性が剥き出しになります。

そしてそこには、私たちが現実の社会で健やかに、そして「運よく」生き抜くための重要なヒントが隠されていました。

ジャングルという極限状態に放り出された時、真っ先に動き出すのは「強そうな人」です。彼らはリーダーシップを掲げ、他者を支配し、自分の陣地を確保しようとします。優勝賞金2,000万円という現世的な利益を前に、彼らのエゴ(自我)は肥大し、そのオーラは非常に強く、時に攻撃的に周囲を威圧します。

しかし、霊的な視点でその光景を眺めていると、ある危うさに気づきます。

力で支配しようとする者の周りには、必ず「反発」と「嫉妬」のエネルギーが渦巻きます。

彼らは一時的に豪邸(成功)を手にするかもしれませんが、その座は常に不安定です。なぜなら、目立つオーラは敵を作りやすく、他者の負の念を引き寄せやすいからです。

これは私たちの日常でも同じです。

職場でマウントを取る人、強引に物事を進める人。

彼らは一見「勝者」に見えますが、その背後には多くの「恨み」という重い鎖が繋がっています。

これでは、魂の運気は細くなっていく一方なのです。

番組のルールは残酷です。豪邸(天国)に行けるのは一握りで、残りはジャングル(地獄)で耐え忍ばなければなりません。勝つためには誰かを蹴落とし、自分を選ばせなければならない。

ここで生まれるのは、エネルギーの奪い合いです。

「あいつを引きずり下ろしたい」「自分が代わりにあの場所へ行きたい」 そうしたドロドロとした執着心は、人の波動を著しく下げてしまいます。

2000万円という大金は魅力的ですが、それを得るために魂を削り、憎しみの種をまくことが、果たして本当の「幸運」を呼ぶのでしょうか。

霊能者の目から見れば、不当に誰かを傷つけて得た成功は、後で必ず「カルマ」として自分に返ってきます。

番組の中で、策を弄して豪邸に辿り着いた参加者が、結局は仲間割れをして自滅していく姿は、宇宙の因果応報をそのまま見せられているようでした。

では、この過酷なレースは、私たちの人生という名の旅路において、最後に笑うのはどのような人なのでしょうか。

私が番組を見ていて「この人は運を逃さない」と感じたのは、意外にも目立たない、「ひっそりとオーラを隠しているタイプ」の人たちでした。

彼らは決して「自分が、自分が」と前に出ません。

ボスの顔色を伺って媚びることもなければ、かといって不必要に敵対することもありません。

ただ穏やかに、自分の役割をこなし、周囲と調和を保っています。

これを私は「オーラの擬態」と呼んでいます。

自分のエネルギーを無駄に放射せず、周囲の環境に馴染ませる。

そうすることで、誰からも敵視されず、攻撃の対象から外れることができるのです。

  • 目立たないことは、最大の防御である。
  • 人に嫌われないことは、最大の攻めである。

霊的な世界でも、強い光を放ちすぎる魂は、闇の存在(負の感情を持った人間)に見つかりやすくなります。

逆に、穏やかで主張の少ない光は、誰の心もざわつかせず、自然と守護の力が働きやすくなるのです。

「2000万円を掴んで一発逆転したい」という激しい欲望は、時に人生を狂わせます。

しかし、「細く、長く、平穏に生きたい」と願い、周囲の人々に不快感を与えず、好意を持たれながら生きる道は、結果として人生に「奇跡」を呼び込みます。

番組の終盤、誰を豪邸に呼ぶかという選択の場面で、選ばれるのは決まって「いい人(敵を作らなかった人)」です。 「あの人なら安心できる」「あの人を助けてあげたい」 そう思われることこそが、人生における最強のサバイバル術なのです。

人に嫌われないということは、あなたの周りに「負のエネルギー」が溜まらないということです。

通り道が掃除されている状態ですから、運気の流れもスムーズになります。

短距離走でトップを走る必要はありません。

マラソンのように、淡々と、しかし確実に歩みを進める人こそが、最終的に最も豊かな人間関係を築くことが出来るのです。

もしも、今、人間関係に疲れているならば、ジャングルのような社会の中で、「強くならなければ」「勝たなければ」と自分を追い込んでいませんか?

無理に強いオーラを放つ必要はありません。

むしろ、そっとオーラを畳み、周囲への「優しさ」と「調和」を優先してみてください。 目立たず、嫌われず、ひっそりと。

しかしながら、あなたの内側にある魂の火だけは絶やさずにいることです。

そうして「細く、長く」生きていく決意をした時、神様はあなたを一番良いタイミングで、本物の「豪邸」へと導いてくださるはずです。

あなたの歩む道が、穏やかな光に包まれますように。

ありがとうございます。

般若心経の教え:心を自由にする方法

いつもありがとうございます。

新しい時代になるということは色々な意味で変化が伴います。

変化は多くの人にとっては、恐怖心に駆られることもあります。

そこで、今回は聞くだけで幸運を呼び寄せることが出来る有難いお経「般若心経」の動画をYOUTUBEに更新したので、こちらにも説明させて頂きます。

般若心経(正式には摩訶般若波羅蜜多心経)は、大乗仏教の代表的な経典で、わずか262文字(または約300文字)という短さながら、仏教の核心である「空(くう)」の思想を凝縮したものです。中国の玄奘三蔵が訳した版本が日本で最も広く用いられ、葬儀や法要、日常の修行で唱えられています。

この経の主なテーマは、すべての現象は「空」であるという悟りです。「空」とは「何もない」という虚無ではなく、物事に固定された実体(本質)がない、すべてが因縁によって生じ、変化し続けるという意味です。

これを理解することで、執着や苦しみから解放され、悟りに至ることができます。

〜部分ごとの現代語訳と解説〜

以下に、経文を主なブロックに分け、原文(簡略)、読み方、わかりやすい現代語訳、解説を示します。訳は複数の信頼できる解説(仏教サイト、現代語訳本など)を基にまとめ、日常的に理解しやすい形にしています。

1. 序文部分原文:観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

読み方:かんじざいぼさつ ぎょうじんはんにゃはらみったじ しょうけんごうんかいくう どいっさいくやく

現代語訳:観音菩薩が深い智慧の境地を実践しているとき、人間を構成する五つの要素(色・受・想・行・識)がすべて空であると悟り、すべての苦しみから衆生を救った。

解説:観音菩薩(慈悲の象徴)が、智慧(般若)を深く実践し、五蘊(人間の体と心の構成要素)が実体なく空であることを見抜く。これにより、苦しみを超越する道が開かれる。

2. 空の核心(色即是空)原文:舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是


読み方:しゃりし しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ

現代語訳:舎利子よ、物質的な形(色)は空と異ならない。空は形と異ならない。形そのものが空であり、空そのものが形である。感覚・想い・意志・意識も同じだ。

解説:これが般若心経の最も有名な部分。「形(現象)」と「空」は別々ではなく、同じもの。すべては実体がなく、互いに依存して存在する(縁起)。執着を手放せば、苦しみが消える。

3. 諸法の空相原文:舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色無受想行識 …(眼耳鼻舌身意、色声香味触法、十二因縁、四聖諦などすべて無)

現代語訳:舎利子よ、すべてのものは空の性質を持ち、生まれず滅せず、汚れず清まらず、増えず減らず。だから空の中には、形も感覚も思考も、眼・耳などの感覚器官も、苦・集・滅・道の真理も、悟りさえも存在しない。

解説:生滅・汚浄などの二元対立を超え、すべてが空。苦しみの原因(無明から老死までの十二因縁)や悟りの方法(四聖諦)さえ、絶対的な実体はない。すべてを相対的に見ることで、心が自由になる。

4. 無礙と涅槃原文:以無所得故 菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖 遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃

現代語訳:得るものがないからこそ、菩薩は智慧に依り、心にかけがえのない障害がなく、恐怖もなく、すべて逆さまの夢のような妄想から離れ、完全に悟りの境地に至る。

解説:執着(所得)を捨てることで、心が自由になり、恐怖や妄想が消え、究極の安らぎ(涅槃)を得る。三世の仏たちもこの智慧で悟った。

5. 真言(マントラ)部分

原文:故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪 能除一切苦 真実不虚 故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

読み方:ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか

現代語訳:だから知れ、この智慧は偉大な呪文、光明の呪文、無上の呪文、比べるものない呪文で、すべての苦しみを除き、真実で偽りない。だからこの呪文を説く:行け、行け、彼岸へ行け、完全に彼岸へ行け、悟りよ、成就あれ!

解説:最後の「ゲーテーゲーテー…」はマントラ(呪文)。

智慧の実践を象徴し、唱えることで苦しみを除き、悟りの彼岸へ導く。実践的な力を持つとされる。

全体の意味まとめ

般若心経は、「すべては空である」という悟りを説き、執着を捨て、心を自由にすることで苦しみから解放される方法を示しています。

現代的に言うと、「物事は固定されたものではなく、変化する。こだわりすぎず、流れに任せよう」という教え。ストレスや不安の多い日常で、心の平穏を得るヒントになります。

この経は難解ですが、繰り返し読む・唱えることで自然に理解が深まります。興味があれば、写経や音声で試してみてください。

さまざまな宗派や解説者で微妙に解釈が異なるのも、仏教の奥深さです。

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般若心経(摩訶般若波羅蜜多心経)全文

日本で最も広く読まれる玄奘三蔵訳の版本です。

摩訶般若波羅蜜多心経

まかはんにゃ・はらみた・しんぎょう

観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄

かんじざい・ぼさつ ぎょうじん・はんにゃ・はらみたじ

しょうけん・ごうん・かいくう どいっさい・くやく

舎利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色 受想行識 亦復如是

しゃりし しきふいくう くうふいしき

しきそくぜくう くうそくぜしき

じゅそうぎょうしき やくぶにょぜ

舎利子 是諸法空相 不生不滅 不垢不浄 不増不減

しゃりし ぜしょほう・くうそう

ふしょう・ふめつ ふく・ふじょう ふぞう・ふげん

是故空中 無色無受想行識 無眼耳鼻舌身意 無色声香味触法

ぜこ・くうちゅう むしき・むじゅそうぎょうしき

むげんに・びぜっしんい むしきしょう・こうみそくほう

無眼界 乃至無意識界 無無明 亦無無明尽 乃至無老死 亦無老死尽

むげんかい ないし・むいしきかい

むむみょう やく・むむみょうじん ないし・むろうし やく・むろうしじん

無苦集滅道 無智亦無得 以無所得故

むくしゅう・めつどう むち・やくむとく い・むしょとくこ

菩提薩埵 依般若波羅蜜多故 心無罣礙 無罣礙故 無有恐怖

ぼだい・さった え・はんにゃ・はらみたこ

しんむ・けいげ むけいげこ むう・くふ

遠離一切顛倒夢想 究竟涅槃

おんり・いっさい・てんどう・むそう くきょう・ねはん

三世諸仏 依般若波羅蜜多故 得阿耨多羅三藐三菩提

さんぜ・しょぶつ え・はんにゃ・はらみたこ

とく・あのくたら・さんみゃく・さんぼだい

故知般若波羅蜜多 是大神呪 是大明呪 是無上呪 是無等等呪

こち・はんにゃ・はらみた

ぜ・だいじんしゅ ぜ・だいみょうしゅ ぜ・むじょうしゅ ぜ・むとうどうしゅ

能除一切苦 真実不虚

のうじょ・いっさいく しんじつ・ふこ

故説般若波羅蜜多呪 即説呪曰

こせつ・はんにゃ・はらみたしゅ そく・せつしゅ・わつ

羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶

ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい はらそうぎゃてい ぼじそわか

般若心経の「空の教え」を日常生活で実践する方法

般若心経の核心は「空(くう)」すべての現象には固定された実体がなく、すべては因縁によって生じ、変化し続けるという悟りです。

この教えをただ頭で理解するだけでなく、実際に生活の中で実践することで、心の執着が減り、ストレスや苦しみが軽くなり、自由で穏やかな心が育ちます。

以下に、初心者でもすぐに始められる具体的な実践方法を、段階別に紹介します。

  • 観察瞑想(ヴィパッサナー風)静かに座って、自分の呼吸や体の感覚をただ観察する。
思考が浮かんだら「これはただの思考だ」と邪念を追い払う、執着せずに流す。
→ 思考や感情に「実体がない」ことを直接体験できます。これが「空」の体感の入り口。
  • 心経を唱えながらの瞑想般若心経をゆっくり声に出して唱え、最後の真言「羯諦 羯諦…」を繰り返す。
唱えている間は他の思考を入れない。終わった後に「今、唱えていた声も、もう空になった」と気づく。
→ 現象が一時的に現れては消えることを実感。
  • 「これも空」と心の中でつぶやく嫌なことが起きたとき(上司に怒られた、電車が遅れたなど)
→ 「この怒りも、状況も、固定されたものではなく、すぐに変わる。実体はない」と心の中でつぶやく。
効果:感情に飲み込まれず、距離を置いて冷静になれる。
  • 執着を手放す練習物、人、地位、評価への執着に気づいたら、
「これが永遠に続くわけではない。すべては変化する」と観る。
例:好きな人が離れていきそうになったとき、「この関係も縁によって生じたもの。縁が尽きれば自然に変わる」と受け入れる。
  • 五蘊(ごうん)の観察般若心経で言う「色・受・想・行・識」を意識する。
    • 体(色):これはただの物質の集まり
    • 感覚(受):快・不快は一時的
    • 想い(想):イメージは幻想
    • 意志(行):衝動は流れる
    • 意識(識):これらを認識している「私」さえ実体がない
→ 日常の行動中に「今、これはどの段階だろう?」と気づくだけで、空の視点が育つ。

空の教えは「自分だけ悟ればいい」ではなく、他者の苦しみも空であることを知り、慈悲を生むものです。

  • 他人の悪口や攻撃を受けたとき
→ 「この人も苦しみの因縁の中でそう言っている。実体のある悪人などいない」と観る。
結果:怒りや恨みが減り、自然に優しさが生まれる。
  • 写経般若心経を一字ずつ丁寧に書き写す。
書きながら「この文字も、書いている私も、空である」と観じる。集中力と洞察が同時に育つ。
  • お寺での坐禅会や法話に参加禅宗(曹洞宗・臨済宗)や天台宗・真言宗など、宗派を問わず般若心経を重視する寺が多い。
指導者の下で学ぶと、正しい方向に進めやすい。
  • 毎朝・毎晩、心経を1回唱える(3〜5分)
  • スマホの待ち受けに「色即是空 空即是色」と置く
  • ストレスを感じたら深呼吸して「すべては変わる」とつぶやく

  • 無理に理解しようとしない「空」を完全に頭で理解しようとすると逆効果。まずは体感を重視。
  • 少しずつでいい1日1回、心経を唱えるだけでも、数ヶ月で心の変化を感じる人が多い。
  • 慈悲を忘れない空の教えは冷たい虚無主義ではなく、すべてがつながっていることを知り、優しさを生む教えです。

この教えを続けると、「失うことへの恐れ」「失敗への不安」「他人への執着」が自然に薄れ、心が軽くなります。ぜひ今日から小さな一歩を踏み出してみてください。

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ありがとうございます。

カズコ

なぜ、いじめるの?

なぜ、いじめるの?

昭和、平成、令和へ。時代が変わっても、なぜ人は人を傷つけ続けるのか。

私は、いじめられた側の人間です。

ある日、クラスの子がいじめられているのを見て、「やめて」と言った瞬間から、今度はいじめの矛先が私に向きました。

スカートをめくられ、図工の時間には版画の削りカスを机に投げつけられ、物は隠され、壊されました。

私が反撃すると、担任は加害者ではなく、私を叱りました。放課後、職員室で冷たい床に正座させられました。

ある先生が「大丈夫か」と声をかけてくれたとき、私は「いいえ」としか言えませんでした。その先生は「帰りにアイスでも食べなさい」と100円をくれました。優しさのようでいて、でもそれで何が変わるのか・・・。
子どもながらに、胸の奥で何かが壊れる音がしました。

担任は、成績の良い子には特別扱いをし、授業中の「自習」をその子に任せていました。


小学生なのに。


権力を持つ教師の小さな王国の中で、「標的」は簡単に作られていったのです。

ある体育の時間、私が少し横を見ただけで、突然すねを蹴られました。

「声を出すな」と命じられました。

私は心の中で思いました。


これが平和な日本の教育なのか?動くだけで罰を受ける。
それはまるで、ナチスが人を動物のように扱ったあの光景と、何が違うのだろう。

私を支えてくれたのは、家で待ってくれていた猫の温もりと、祖母のやさしい手でした。
それがなければ、私はとっくに限界を超えていたと思います。

子どもの世界は、狭い。
その狭い世界の中で「いじめ」は宇宙のすべてになる。逃げ場を失った心は、あっという間に壊れてしまう。

いじめは、子どもだけの問題ではありません。


それを見て見ぬふりをする大人たちの問題です。


そして、教師という立場にありながら「いじめの構造」を黙認する教育現場の問題です。

日本の学校には、まだ戦後の名残が根深く残っています。


GHQの給食制度、清掃という「共同作業」、体育座り、沈黙の強制・・・。

これらは一見「規律」を教えるようでいて、実は「服従」を教えているのではないでしょうか。

「上の言うことを聞け」「輪を乱すな」「目立つな」・・・。
そんな空気が、いじめの温床を今も作り続けています。

現代では、いじめの舞台はSNSにまで広がりました。
脳科学的にも、発達途中の子どもにSNSを使わせることは推奨されていません。
オーストラリアでは16歳未満のSNS利用を禁止しています。
なぜ日本では、まだ無防備な子どもにインターネットの荒波を泳がせるのでしょう。

私は思います。日本の教育は、子どもの個性を守る場所ではなく、同じ形に整える場所になってしまっている。

それが「いじめ」をなくせない最大の理由ではないでしょうか。

子どもたちは、それぞれ違う。違うことは悪ではなく、美しさの証のはずです。

学校の形を、もっと変えていい。給食や掃除に縛られず、授業はオンラインでもいい。放課後は地域が寺子屋のような居場所を作り、子どもたちが「自由に学び、遊び、生きる」時間を取り戻すべきです。

老人にデイケアがあるように、子どもたちにも心のデイケアが必要です。

戦後80年。それでも日本の学校にいじめが根を張り続けるのは、過去を「美しいもの」として語り続けてきた大人たちが、その中の痛みを見ようとしなかったから。

でも、もう目をそらしてはいけない。私たちはいまこそ、問うべきです。

「この国の教育は、本当に子どものためになっているのか?」

いじめを語ることは、過去を掘り返すことではありません。未来を変えるための、告白です。

私はその痛みを知っている。だから、もう誰にも同じ思いをしてほしくない。

「少年よ、大志を抱け」

その言葉が、痛みの上に立ち上がる希望として、もう一度この国に響く日を願っています。

このお話はノンフィクションです。

ありがとうございます。

国際占い師カズコ

追伸:小さな声が、社会を動かす力になります。

なぜ人々は彼のもとへ集まったのか:現代の聖人、聖パイシオス(Elder Paisios, 1924–1994)の物語

生まれ ― 流浪の民としての始まり

1924年7月25日、アジア小アナトリアのカッパドキア地方、ファラサという村に、アルセニオス・エズネピディスは生を受けました。

その村は古くからギリシャ正教会の信仰を守り続けていた場所であり、彼の家族も深い信心を持っていました。

彼が生まれる少し前、両親は村の聖人として崇敬されていた「聖アルセニオス・カッパドキア人」から祝福を受け、幼子にその名を授けました。聖人はこの赤ん坊を抱きながら、将来修道者として神に仕えることになると予言したといいます。

しかし、彼の人生の始まりは平穏ではありませんでした。

ギリシャとトルコの間で行われた「住民交換」によって、ファラサのギリシャ人住民はすべて故郷を追われることになったのです。

まだ赤ん坊だったアルセニオスも、家族とともに小舟に乗せられ、エーゲ海を渡ってギリシャ本土へと移り住みました。

こうして彼の人生は、流浪と苦難、そして神への信頼から始まったのです。

幼少期 ― 祈りの芽生え

新しい住まいとなったのはギリシャ北西部のコンニツァという町でした。

家族は貧しく、アルセニオスは早くから働き手として家を助ける必要がありました。

木工を学び、職人としての腕を磨きましたが、その心は常に神を求めていました。

彼は少年のころから聖人伝を愛読し、夜になると人知れず祈りを捧げることがありました。仲間が遊びや娯楽に興じるなか、彼は山にこもって祈ることを好んだと伝えられています。彼にとって祈りは義務ではなく、魂が自然に神へと伸びていく呼吸のようなものでした。

青年期 ― 戦火の中で

第二次世界大戦が勃発すると、アルセニオスもまたギリシャ軍に召集されました。

彼は通信兵として前線に送られ、過酷な日々を過ごします。

戦場では命のやり取りが日常であり、死と隣り合わせの中で祈りがますます深まっていきました。

銃を手にしながらも、彼の心は「いかに敵を倒すか」ではなく、「いかに神に仕え、人を助けるか」に向かっていました。戦場で仲間を励まし、病気や怪我を負った兵士を慰め、時には自分の食糧を分け与えたといいます。

このとき培われた「苦しむ人に寄り添う心」が、後の彼の修道生活において大きな特徴となります。

修道の決意

戦争が終わると、アルセニオスの心にあったのは「世俗を離れて神にすべてを捧げたい」という強い願いでした。

家族を助けながらも、彼の魂は常に「聖山アトス(アトス山)」へと引き寄せられていました。

アトス山は東方正教会最大の修道の中心地であり、千年以上の歴史を誇る霊的な聖地です。

やがて彼はその地に足を踏み入れました。険しい山道を進み、波に削られた断崖に建つ修道院の鐘の音を聞いたとき、彼の心は「ようやく帰るべき場所に帰ってきた」と感じたといいます。

そこで彼は修道衣をまとい、新たな名を与えられました。それが「パイシオス」――彼の生涯を象徴する名でした。

優しい眼差しの聖パイシオス

アトス山での日々

修道生活は厳しく、時に人間の限界を試すものでした。夜通しの祈り、断食、沈黙、徹底した謙遜。

しかしパイシオスにとって、それらは苦痛ではなく喜びでした。

彼は山中の小さな庵にこもり、手作りの十字架や数珠を巡礼者に渡し、『代わりに祈ってください』と頼みました。

得たわずかな収入はすべて貧しい者に施しました。

人々は次第に彼のもとを訪れるようになります。

なぜなら、彼には「心を見抜く力」があったからです。

誰も話していない悩みを言い当て、的確に導きを与えることができたのです。

相談に訪れた人々は、彼と数分話しただけで心が軽くなり、涙と共に癒やされて帰っていったといいます。

聖山アトス

シナイでの隠遁

ある時期、パイシオスはさらに厳しい修行を求め、シナイ山へ向かいました。モーセが神と出会ったとされるその聖なる山で、彼は孤独と沈黙に没頭します。

荒涼とした砂漠の中で、昼は灼熱、夜は凍える寒さ。

その中でただ祈り続ける彼の姿は、旧約の預言者を思わせるものでした。

しかし彼は単なる隠者ではありませんでした。

巡礼者が訪れれば喜んで迎え、疲れた旅人に水と食べ物を与え、魂に必要な言葉を伝えました。

再びアトスへ

シナイから戻ったパイシオスは、再びアトス山に定住します。

そこで彼は小さな庵「パナグーダ」に暮らし、晩年まで人々を受け入れ続けました。

この頃には、ギリシャ全土だけでなく世界各地から彼を訪ねる人が絶えなくなっていました。

政治家、兵士、学生、修道者、老若男女・・・。

誰もが彼の前では心を開き、深い安心を得ました。

彼は決して自分を聖人のように語ることはなく、「私はただの修道者です」と言い続けました。それでも人々は彼の中に「神の光」を見たのです。

病と最期

晩年、パイシオスは重い病を患いました。

癌が彼の体を蝕み、痛みに苦しむ日々が続きました。

それでも彼は不平を言わず、「この苦しみもまた、神が私に与えた祈りの糧だ」と語りました。

1994年7月12日、彼は静かに息を引き取りました。

最期の瞬間まで祈りを絶やさず、聖体を受けたその翌日に、眠るように亡くなったのです。

彼の遺体はテッサロニキ近郊の女子修道院に埋葬されました。

そこは今や世界中から巡礼者が訪れる聖地となっています。

聖人として

聖人になったイコン画

彼の死から20年余り後の2015年、コンスタンティノープル総主教庁はパイシオスを「聖人」として正式に列聖しました。

人々が彼を「現代の聖人」と呼んできたことが、教会によって確認されたのです。

彼の墓の周りには、今も祈りに訪れる人が絶えません。(私もその一人です。)

多くの人が「彼の取りなしによって癒やしを受けた」「心が導かれた」と証言しています。

彼が残したもの

• 謙虚であること

• 祈りを絶やさないこと

• 苦しみを神に委ねること

• 小さな愛を実践すること

これらは壮大な理論ではなく、誰にでもできる日々の実践です。

だからこそ多くの人の心に届きました。

終わりに

聖パイシオスは、20世紀という激動の時代に生きながら、世俗の混乱に飲み込まれることなく、静かに神の愛を証ししました。

彼は奇跡を求めず、称号を欲さず、ただ祈りと奉仕に生きました。

その生涯は、現代人にとって「霊性とは何か」「本当の聖性とはどこにあるのか」を問いかけています。

彼の言葉に耳を傾けるとき、人々は思い出します。

「神は遠い存在ではなく、私たちの苦しみと喜びのただ中におられる」ということを。

※コンニツァ(Konitsa) は、ギリシャ北西部、イピロス地方のイオアニナ県に位置する町です。

心の奥を探る:最後の晩餐に誰を選ぶ?

かなり前になりますが、海外に住んでいると知り合った人と食事に行くと「もしも会えるなら誰に会いたいか?」と言う会話の流れになります。酔っていると人の心は緩和されるから、本音を聞き出しやすいのでしょうね。

その都度、かなり若い時は、トム・ハンクス、シャーリーマクレーン…

その後はキリスト…。これを言うとかなり引かれるので、あまり言わないようにしていました。

海外でお酒を飲むような場所では、「宗教とスポーツ」の話はあまりしない方が良いと言われていたので・・・。(語学学校でイギリス人の先生曰く。)

そして、今年の2025年1月1日まではイーロン・マスク

NY・ティファニーCEOの夫マイケルの親戚にも、「どうすれば会えるか?」と聞きました。

その後、メディアで見ていると、もう良いかな?と思うようになりました。

「カエルさんごめんなさい」(この意味が分かる人は彼を良く知っている人?)

それで、最近は会ってみたい人物は「宇宙人」です。

レプティリアンでない地球外知的生命体が良いです。

もう、オープンコンタクトしている時代ですからね。

そんな事を思っていたら、これは自分の意識が変化していることに気付きました。

自分の見つめ直すために、時系列で内観しました。

・シドニーでヒルトンホテルでお店経営と占いもやりながら、ローカルの日本人やオーストラリア人に向けに月間でコラムを書いたりしていたときが、アメリカの俳優たちに興味を持っていたと思います。ハリウッド系の関係者がお店に多く来ていたからだと思います。

・キプロスに島流し状態(移住)になったときは、本気で真理の追究を求めていたときは、キリストでした。この頃から、モーゼやキリストが辿った場所に巡礼のように行くようになりました。

・そして、コロナ禍の前ぐらいから、イーロン・マスクの宇宙や新しい技術やマスコットのカエルさんに興味がありました。

でも、今年のお正月ぐらいには、もう、トーンダウンしていたと思います。

・最近は、やっぱり、地球外生命体に会って見たいです。

そんな自分の深層心理を見る機会が出来て良かったです。(笑う)

世の中が変化している中、あなたの内側も変化しているはずでしょう。

さて、ここで、あなたも深層心理を見てみてはいかがでしょうか?

🍽️ 最後の晩餐深層心理テスト

ある日、ニュースで衝撃的な報道が流れました。

「明後日、地球に巨大隕石が衝突する予測‼」

あなたは「人生最後の晩餐」を開くことにしました。

幸運なことに、すでに6人の招待客が来てくれることになっています。


招待客リスト:

1. ChatGPT(AI代表)

2. 大谷翔平

3. テイラー・スウィフト

4. ドナルド・トランプ

5. 織田信長

6. レオナルド・ダ・ヴィンチ

そして、最後の一席が空いています。


あなたへの問い

7人目に、あなたは誰を招待しますか?

• 実在の人物でも、歴史上の人物でも、家族や友人でも、空想上のキャラクターでも、宇宙人でもOKです。(例:びわ湖くん マイケル・ジャクソン 藤井風さん)

「なぜその人を選んだのか」を考えてみると、深層心理な意味が見えてきます。

※仲間と語り合うときは、自分達で、6人決めると楽しいと思います。

もちろん、自分で6人を決めてもいいです。

2025年バージョンなのですが、7人目がキーポイントです。

さぁ、人生最後の晩餐の始まりです。


選んだ7人目で分かる心理傾向(11パターン)

人生最後の晩餐に招く「7人目の人物」は、あなたの深層心理や価値観を映し出す鏡です。

どのタイプを選ぶかによって、無意識に大切にしていることや人生観が浮かび上がります。


人生の意味や魂の充実を優先。倫理観や道徳、普遍的な価値観を大事にし、最後の瞬間も「心の平穏」と「永遠性」を求めます。

2. 革新・未来志向の人物(イーロン・マスク、科学者など)

挑戦と革新を大切にするタイプ。未知の世界や未来の可能性に惹かれ、死の直前でも「次」を夢見ます。好奇心と冒険心が強い人。

3. 未知・超越的存在(宇宙人、未来人など)

現実を超えた新しい視点を求める心理。固定概念にとらわれず、新しい価値観や思想を取り入れたいという開かれた心を表しています。

4. 歴史的人物(ダ・ヴィンチ、ソクラテスなど)

過去の偉大な知性や文化への憧れ。歴史から学ぶことを重視し、自分自身の成長や普遍的な知恵に価値を置くタイプです。

5. 政治家・社会的影響力者(トランプ、リンカーンなど)

社会を動かす意思決定や影響力を尊重。理念を現実に反映させたいという強い欲求を持ち、権力や実行力を意識する傾向。

6. 芸術家・文化人(テイラー・スウィフト、宮崎駿など)

感性や美、創造表現を重んじます。人との共感や感動を大切にし、最後の瞬間にも「心を震わせる体験」を求めるロマンチスト。

7. AIや機械知性(ChatGPT、ロボットなど)

論理的思考、合理性、分析力を重視。人間の限界を超えた知性に惹かれ、未来の知恵とともに自分を拡張したいと考えるタイプ。

8. ビジネスリーダー・起業家(Amazon CEOなど)

経済的影響力や戦略、実行力を重視。社会や人々に大きな影響を与える「仕組み」を作ることに関心があり、成功や影響力を価値とする人。

9. スポーツ選手(大谷翔平、羽生結弦など)

挑戦、努力、達成感を象徴。自分の限界を超えることに価値を置き、最後の瞬間にも「全力を尽くす姿勢」を忘れないエネルギッシュなタイプ。

10. 占い師・ヒーラー・スピリチュアル指導者

直感や癒し、内面の導きを重んじる人。心と魂の調和を大事にし、最後の瞬間を「癒し」と「安心」に包まれたいと願います。

11. 家族・友人(最も大切な身近な存在)

愛情や絆、安心感を最優先。人生の最後は「大切な人」とのつながりを確かめたい、思いやりに満ちた心理を反映しています。

12. 誰も呼ばない

これは特別な選択。

孤独を恐れず、むしろ「自分自身と向き合う時間」を最期に選ぶ深層心理を表しています。

• 他者との共有よりも「内面の完結」を大切にする。

• 人間関係からの解放を求める。

• 自分の死を、自分のペースで自由に迎えたい。

• ある意味で「最後の客は自分自身」と解釈できる。

まとめ

7人目に誰を招くか、あるいは誰も呼ばないか?

今のあなたが最も大切にしているものを醸し出してくれることでしょう。

番外編☆ちなみに、AIに同じ質問をしたところ、答えはこちらでした。




私が7人目に招待したい人物は…

「私が人生最後の晩餐に招待したい7人目は、歴史上の人物であるアリストテレスです。

私が彼を選んだ理由は、この状況において最も重要なのは、「究極の知恵と知識」を得ることだと考えるからです。

地球に巨大隕石が衝突し、あとわずかで世界が終わるという状況です。

この晩餐に集まっている6人の招待客(ChatGPT、大谷翔平、テイラー・スウィフト、ドナルド・トランプ、織田信長、レオナルド・ダ・ヴィンチ)は、それぞれ異なる分野で頂点を極めた人物たちです。彼らと話すだけでも多くの学びがあるでしょう。

しかし、アリストテレスは「万学の祖」と呼ばれ、政治学、論理学、生物学、倫理学など、多岐にわたる分野で膨大な知識体系を築きました。彼であれば、それぞれの分野の専門家である6人との会話を、さらに深い哲学的な考察へと導いてくれるでしょう。

私たちは最後の瞬間を迎えます。その時、単なる情報や技術、才能を語り合うだけでなく、人生の意味、存在の根源、そして人間という種の運命について、知的な対話で締めくくりたいのです。アリストテレスは、その完璧なナビゲーターになってくれるでしょう。」

時代は急速に変化しています。

外界ばかりに気を取られていない、「自分らしさ」を見つけて下さい。

ありがとうございます。

※noteではもう少し、軽いタッチで語っています。

超富裕層との出会いを通じて、なぜ初対面の人にまた会いたいと言われるのか?

肩書きやお金ではなく、ありのままの自分で向き合うことが、心の安心と幸せにつながる

【幸せの本質】

貧乏性の私は、初対面でも「また会いたい」と言ってくださる方々に何度も出会いました。

その中には世界的に見ても超富裕層の方も少なくありません。

海外に住んでいると本当に日本国内では絶対出会えない富豪や超富裕層と出会うことがあります。

特に旅行中や何かしらのパーティで、たまたま、話し始めた人が実は資産家の方だということがあります。

今年は行きたかったギリシャ・世界遺産のメテオラにはバスツアーに参加しました。

そこで、何度も後ろになった人が「英語が上手いね。」と声を掛けて来るのですが、後ろの人なので、私に話しているとは思えないので、無視していました。

「すると、日本人ですか?」と聞かれたので、「はい。」と答えると、「私はM会社の核開発の事業で日本にはよく行っていました。」と言うので、「そうなんですね。」と、普通に答えて話は終了しました。

でも、どうしても、その方は話しをしたいらしく、今度は、夫マイケルに話しかけていました。

そんなこともあり、その方は紙に書いた自分の電話番号とWhat‘s up!のアカウント名とかを下さいました。

内心、すみません、要らないと思って話していると、「ブラジルでB&Bのホテルを退職後に始めたから、ブラジルに来ることがあれば、来て下さい。」とのことで、話が盛りがって、マイケルが登録していました。

会う人、会う人、超富裕層でどうしてかと思うことがあります。

他の人に話しかけている訳でもなく、何でだろうと・・・。

時には、パフォスのウォーキングコースで、行き成り、近寄って来て、「一緒に写真を撮って下さい。」と、言われて、「えっ!」というしかないです。

娘さんが英語が話せるので、「母があなたと一緒に写真が撮りたいそうですか?ダメですか?」と聞かれて、「主人も一緒に撮るのであれば、オッケーです」というと、娘さんに撮って貰っていました。

「私はヨルダンから来た、ハンナです。」と、娘さんが通訳してくれて、写真を送りたいというので、「では、私のスマホでも撮りましょう。」と言うと、喜んでいました。

このようなことは、エジプトのピラミッドの中でも、しんどい思いをしてやっと、辿り着いたクフ王の空間で、行き成り、イギリス人の女性が抱きついて来ました。

変な儀式か何だろうと思っていると、後に来た人達には、抱きついていなかったのですが、本当に、旅は道連れ世は情けを体験しています。

シドニー時代は芸能関係の有名人もお店で買い物して頂いていたのですが、それはそこの空間ですから、それほど、驚くことはなかったのですが、キプロスにいると、多分、聞くと驚くような人達に出会います。

貧乏性で、平凡な生活をしている私に何の魅力などありません。

ただ、子供達も挨拶して来る事も多いので、何か見えないオーラがあるのでしょうかね。

それに、その方がいくら著名人でもあっても、「自然体で接すること」だったからでしょうか。

カメレオンのように、相手に合わせて、話が出来る能力があるからでしょうか。

でも、話していない人とも、抱きつかれたりするのは何でしょうかね。と思うことがあります。

シドニー時代のときは、有名な歌手たちがお店で買い物としても、多分、その人の存在を知らないから、普通に対応してしたら、狭い店の中に10人ほど、その方を求めて入って来て、「サインして下さい」と、言い始めて、それで、その方はうちでは、超安いパワーストーンのペンダントを購入したのですが、「どのように支払いますか?」と訊ねると、「TC・トラベラーズチェックで」というので、「では、XXXドルになります。」というと、5センチぐらいの厚さのTCを出して来て、一枚をテーブルに置かれたのですが、米500ドルでした。

えぇ~。御釣り出さないといけないじゃないの?と、思い、では、「後ろにパスポート番号を書いて頂くために、パスポートをお願いします。」というと、「持ってないわ~。どうしよう!」といいながら、「覚えているから、それでいい?」と、いうので、大体、スタッフの人がいないときに、このタイプの人が多いのですが、占い鑑定もしていたので、予約の時間で、私が短い休憩時間にどうしようと思ったので、「分かりました。どこにお泊りですか、何かあったら、連絡を入れます。」というのもお釣りを現金で渡すことになったので。

その後、鑑定を終えて、ホテルのトイレに行ったら、先ほどの歌手の方のディナーショーがあるらしいので、良かったと思いました。

ヒルトンホテルだったので、時には、ここはアメリカ人クラブかと思うようなハリウッド映画監督なども鑑定を頼まれたりして、今思えば、知らないということは委縮しないで良いと思えることでした。

そのスタンスは変わることなく、今もそんな感じですね。


もう、プロ歴30年以上経つのですが、お金や将来に不安を抱える方々から相談を受けることがあります。

「周りの人は順調そうに見えるのに、私は貯金も少なく、結婚もしていません。

どうして自分だけこうなのかと不安になることがあります。

将来のことも考えると、先のことに迷ってしまいます…」

私自身、大きな借金を抱えたこともありますが、この世的な物質のために生まれ変わったのではないということです。

ですから、

「お金があっても無くても、幸せでいられることが一番大切です」

実際に私が出会ってきた著名人や超富裕層の方々も、お金や肩書きだけで人を評価しているわけではありません。

そんなことをしている人は本当の超富裕層ではないでしょうしね。

あと、笑顔でしょうかね。

それに旅行好きな私の母が言っていた、「お金はあの世に持っていけない」と言うラテン系のノリで人生を謳歌したので、時々、反面教師になりながら、中道を生きています。

古代ギリシャ人の奴隷のイソップ寓話に、「アリとキリギリス」がありますが、原文は「アリとセミ」です。

日本には宣教師がこの「アリとキリギリス」にして、日本人が「アリ」でとても良い印象を与えていますが、本当に、「アリ」は幸せなのでしょうか。

「セミ」は長い間、土の中で幼虫での生活をして、成虫になり、8日間で息絶えてしまいます。

そういう意味では、精一杯生きているセミは、夏しか生きれないので楽しんでもいいのではないでしょうか。

他人と比べても、何の意味がありません。

私が好きな道元師と炎天下にシイタケを干していた老僧おじいさんとの会話

道元「あなたはおいくつですか」

老僧「68歳だよ」

道元「あなたのような徳の高そうな方なら、自分でシイタケを干さずとも若い弟子にやらせたらよいのではないですか」
老僧「他の僧にさせたら自分の修行になりません」

道元「何もこんな暑い日にせずとも、涼しくなってからでも良いのでは」

老僧「今せずにいつするのですか」

自分の人生に誠実に向き合うことで、自分らしさが見えない何かによって、人を引き寄せるのだと思います。

それが、私が学んだ「幸せの本質」かも知れません。

ありがとうございます。

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古代ギリシャ哲学が示す生きる意味

人はなぜ生きるのか? 古代ギリシャの哲学者たちも追求した、人生の意味と目的。

テッサロニキの考古学博物館/3000年前の人々

ソクラテス、プラトン、アリストテレスといった哲学者たちは、人生の意味や目的を追求し、数多くの言葉を残しました。

3000年前のギリシャでは、現代とは異なる人生観があったのかもしれません。ギリシャ考古学博物館に展示されている古代の遺物を見ていると、そんなことを考えさせられます。

アリストテレス像・生きる意味

私がこの詩「生きる」を書いたきっかけは、日々の生活の中で感じる喜びや悲しみ、そして、ふとした瞬間に湧き上がる疑問でした。美しい夕焼けを見たとき、大切な人と笑い合ったとき、あるいは、理不尽な出来事に直面したとき……。「生きる意味」という言葉が、いつも私の心に浮かび上がってきたのです。

パフォスの普段のウォーキングコース

宗教が生まれる前から、人は生きていました。しかし、キリストの誕生を境に、’何のために生きるのか?’ という問いは、より深く、より個人的なものになったのかもしれません。西暦という概念が、私たちに時間軸を与え、人生の意味を問い直すきっかけになったのかもしれません。

そして現代、人工知能(AI)が急速に進化し、人間の代わりに仕事をする未来が現実味を帯びてきています。そんな時代が来ても、’生きる目的’という問いは消えないでしょう。なぜなら、それは理性ではなく、感情から生まれるものだから。AIには理解できない、人間の心の奥底にある問いだから。

この詩「生きる」は、そんな「人生の意味」という普遍的な問いに対する、私なりの答えです。短い言葉の中に、喜び、悲しみ、希望、そして疑問を詰め込みました。

【生きる】

生きるということ
それは光を感じること
生きるということ
それは誰かを想うこと
生きるということ
それは何もない中にいること
生きるということ
それは死ぬまで生きること
なぜ、生まれ なぜ、死ぬのか
それは きっと 死の直前まで分からないということ
それでも 生きることをやめない
それは 息が途絶えるまで学ぶということ
きっと、そのときまで、生かされていることなんだろう


マイケルの写真・MICHAEL KOFTEROS

動画制作では、地中海のパフォスの夕暮れと満月を一つの画面に収めるために試行錯誤を繰り返しました。特に苦労したのは、自分の声で詩を朗読すること。久しぶりの経験だったので、声のトーンを一定に保ち、詩の世界観を損なわないように、何度も作り直しました。(いつものことですが・・・。)

生きているだけで大丈夫・・・。

海外生活では、美しい景色や文化との出会いがある一方で、辛い人種差別の経験も少なくありませんでした。言葉が通じないと見下され、陰口を叩かれることもありました。そんな理不尽な状況でも、人生を諦めずに生きていかなければなりません。

人生は、良いことよりも辛いことの方が多いかもしれません。それでも、私たちは「生きる」ことを諦めてはいけません。なぜなら、人生は、私たち人間に与えられたかけがえのない特権だから。カメのようにゆっくりでも良い。寿命が尽きるまで、’死ぬまで生きる’。それが、私たちができる、最高の生き方なのかもしれません。

あなたにとって、‘人生の意味’とは何ですか?

霊能力を通じての魂の記録

魂の導き、見えない絆を通じて

キプロスからロンドン、そして霊界との再会

ある日、私は不思議な導きに背中を押されるようにして、キプロスからロンドンへの旅に出ました。その目的は、すでに霊界へと還られたオーストラリア人の夫・アレンと、SAGB(英国スピリチュアリスト協会)の霊媒師・テリー氏を通じて、再び語り合うこと。

この旅のきっかけをくださったのは、書籍『天国からの手紙』の著者・武本昌三さんでした。彼との出会いが自然と、霊界への扉を開くテリー氏へと私を導いてくれました。 やがてロンドンで開催されるスピリチュアル・ワークショップへの参加を決意する流れとなったのです。 その旅には、現在の夫であるキプロス人・マイケルも、静かに寄り添ってくれました。

想定していた霊とは異なる登場

セッションでは当然、アレンが現れるだろうと思っていました。けれども、そこに現れたのは、まったく予想もしていなかった霊的な存在たちでした。

「あなたを指導しているのは、中国の高貴な霊。その隣には、黄色い仏衣をまとった子どもがいます。」

私はすぐに悟りました。その子は、マイケルとの間に誕生するはずだった、流産で失った私の大切な子どもの魂だったのです。もし生まれていれば、3歳くらいになっていたはず。キプロスに移住して、生活に不慣れで寂しいときや嬉しいときに、「お母さん、泣かないで。僕がいつも側にいるから」「大丈夫だよ」「頑張りすぎないで」と、いつも励ましてくれていました。

キプロス生活の14年が過ぎゆく中、親しくしている友人から手紙と葉書を受け取りました。そこには、優しそうな眼差しをした青年が写っていました。まさに、もしその子がこの世に生まれていたら、こんな風になっていただろうと思える姿でした。その写真を見つめていると、まるでその子が微笑んでいるように見え、胸が熱くなりました。

別れが訪れることなど、想像していませんでした。そして、ある朝、静かな声が私に届きました。
「僕はもう霊界に帰らなければならない。来世で、また会おうね。」

透き通るような声に、涙が溢れました。言葉にできないほど深い愛と切なさが、私の中でひとつになった瞬間でした。

別の霊能者が伝えてくれた“もう一つの真実”

シドニーに暮らしていた頃、私をプロの霊能占い師の道へと導いてくれた、親しい日本人の霊能者夫婦の奥さんがこう語ってくれました。

「その子はとても特別な使命を持った魂だね。親子として生きるより、霊界からカズちゃんを支える道を選んだんだよ。」

「その子がこの世に生きていたら、あなた達はオーストラリアに留まることになる。だから、あなたの使命を果たすためには、あえて新天地のキプロスへ移住することが良いと言っているよ。」

チャネリングを通して伝えられたその言葉を聞いたとき、私は深い納得と慰めを覚えました。私はその言葉に深い霊的な意味の大きさを感じました。 「生まれなかった命」ではなく、「霊的な伴侶」として私の霊的な活動のために共にいてくれていたのだと思いました。 この子は確かに、長い年月、私のそばで見守っていてくれていたのです。

霊界の存在は摩訶不思議なものです。あるときは、この子より先に亡くなっている母と一緒にいると言われたこともありました。

キプロスという新天地

もともと、私はキプロスに住む予定もなければ、ギリシャ語を学ぶ予定もありませんでした。けれども不思議な導きにより、子供の頃から古代遺跡・秘儀・神秘学といった分野に関心はありました。しかし港町で育った私は濁音が多いギリシャ語が苦手で、20代にヨーロッパを旅行したときに、うどんが食べたくなり、日本食レストランでうどんを食べた後に、店主さんが「AU REVOIR サヨウナラ!」と言われた後、シドニーに帰ってフランス語を学び始めたくらいでした。

キプロスに来てから、なぜ、ギリシャ語を学ぶ必要があったのか、長い年月をかけて理解しました。エンジェル・ウィスパーというお店をシドニーで開業しましたが、それはあまりにも早すぎたニューエイジショップでした。アロマ精油、パワーストーン、魔法使いから教えてもらったハーブで作るおまじない……。これらのすべての原語がギリシャ語からであることを後になって理解することで、学びの道具だったと気付いたのです。

一万年の歴史を持つキプロスは、私にとって魂の再誕と目覚めの場所になったのです。

テリーさんという「本物」との出会い

私は子供の頃から霊的な感受性を持ち、人々の悩みを自然と読み解いてきました。霊能力を持っているからといって、順調な人生とは限りません。誰もが、この地球に生まれたということは、学びの場を持つことができるためでしょう。私の人生も例外ではなく、波瀾万丈の連続です。迷い、自信を失いそうになる瞬間があります。特に、愛する人との別れは……。他者の家族をリーディングするときは、冷静に言葉を受信することができます。しかしながら、自分の事になると冷静ではいられないのは人間だからでしょう。

他界した夫を失い、永住権の件もあり、シドニーに帰った矢先に、東京に住んでいた友人から国際ファックスが届きました。そこには、「母危篤、直ぐ、日本に帰国せよ。」という文章でした。シドニーで新しく出発するつもりで片道の旅券でしたから、その日に、兄に国際電話をかけると「話しが出来ない状態だから、もう、長くないだろう」と言われました。色々な意味でその時期は何度も豪州と日本を行ったり来たりしていたので、金銭的にもかなり厳しかったのです。住む場所も携帯電話の契約などもしていたので、日本に帰るとなるとどうしようか考えました。でも、死に目に会えないとなると、今後の人生で後悔することになりそうでしたので帰国することにしました。

結果的には、半年ほど日本にいることになりました。母の葬式も終え、ある夜、兄家族と夕食を共にしていました。実は、私以外の家族も霊能力を持っています。プロとして活動しているのは私だけですが、兄はヒーラーであり、霊能力も私以上だと思います。ただ、言葉の使い方がダイレクトなので、準備が出来ていない人への配慮に欠けるような話し方になることがあります。霊能力はありますが、現世では商業的には利用する予定はないのでしょう。

そんな兄ですが、その日は私の心の中で他界した夫に会いたいという念が兄に伝わり、「おまえ、アレンのことがきになるんじゃろ……。」と聞いて来ました。「え!何で分かるん?」と聞き返すと、「お前の側にアレンがおるけぇ。」と言うので、兄がアレンの魂を自分の体に入れてくれました。憑依させてくれたのです。それで、手を取り、「そっちの世界はどう?」と英語で尋ねると、なぜだか分かりませんが、兄はスペイン語で話し始めたのです。兄は英語もスペイン語も話せません。途中、姪っ子も参加することになりました。短い時間でしたが、兄のお陰で話すことも出来ました。

ただ、家族ということもあり、キプロスに移住してから、どうしてもミディアムである人にシッティングして貰いたかったのです。人生で多くの人をリーディングして来ていますが、自分自身の霊的な悩み事はあまり誰かに尋ねることはありません。多くの名のある人に会ったことはありますが、常にこの世での使命の話しになってしまい、霊界に還ってしまった家族の事を話しても本物でないと思っていました。

ロンドンで数日のワークショップに参加した後に、最後の日、テリーさんのシッティングの時間がやって来ました。ヨークシャー訛りのある英語で、録音するためにカセットテープを受付で購入して、そのときが始まりました。30分の内、25分ぐらい、テリーさんが話していました。先にお伝えしている赤い服を着た高貴な指導霊とともに、私の霊的な伴侶である流産した息子の前に、「小柄なあなたの祖母が一緒にいます。」と、言い始めました。直ぐに、誰だか分かりました。

次に、「アニマルスピリットも2匹います。一匹は、ゴールデンレトリバー、一匹は、白黒のネコ。」

その後の話の中で、なぜ、本物だと確信出来たかというと、「あなたの後ろに、若い男性がいます。」と言われて、若い男性と言われても、誰だろう、亡くなっている若い男性は私に関係があるようでしたが、誰か分からないと思っていると、テリーさんは「その男性は、あなたの身内で、生きていれば、30歳ぐらい……。」と言われましたが、遠い昔、母が流産したことがあると聞いたことがあるのですが、その人かと思っていると、「白血病で亡くなった、と言っています。」とテリーさんが言いました。

私が成人を迎える前に日本に一時帰国しているときに、親戚で白血病の男の子がいました。当時、その子は10歳ぐらいでした。帰国して直ぐに、その男の子の両親が私に会いに来ました。話しによると、大勢いる親戚達で誰もその子が必要な血を提供したくないようでした。検査さえも拒否していたようでした。兄と私だけは拒否することもなく、直ぐにと言われて、岡山の倉敷病院で白血病患者のための血液を移植するために行きました。当時はそこだけが高度の医療器があったのでしょう。どんなことをするのかさえも、事前に説明もなく、兄が運転して行きました。その親戚の叔母さんは、車の中でブツブツと文句ばかり言っていました。多分、兄が前の日にビールを飲んだことに腹を立てていたんだと思います。

私は貧血体質でしたが、その親戚の強い要望で、「生理が終わったばかりだから、難しいと思う」と言いましたが、神に縋る思いだったのだと思います。兄も虚弱体質ですから、「わしは無理。」と言っていましたが、行くことになりました。造血幹細胞移植だったと思います。当時は先生からの説明もなかったので、何をするのかも知りませんでした。

私から始まったのですが、血液検査で適合したのかさえも分かりませんでした。行き成り長い長い針を見た瞬間に目を瞑りました。20センチの針を血管に刺す事が難しく、お医者さんに打診されて、成人になっていない女性は不可と言われてしまいました。兄は半分ぐらいは血液を提供出来たようでしたが、途中でドクターストップになったようでした。その親戚には、「私も兄も体が大きいのに、役に立たない……。」と、家に帰るまで永遠に言われました。

それでも、その子に罪はありませんから、もう一度、体調が良い日があり、お医者さんの「許可があれば遣る」と、私は言いました。数日後、その子の所にお見舞いに行くと、「カズコ姉ちゃん、オーストラリアはどう?」と訊ねてくれて、骸骨のように細くなっている彼を見て、「うん、コアラも抱いたよ。カンガルーもぴょんぴょん飛んでいるよ。」と言うと、「いいな。」と言って辛そうだったので、「またね。」と言って、病院を後にしてオーストラリアに渡豪しました。

残念ながら、お葬式にも参加出来ませんでした。兄も私も親戚から言わせると、「悪人だ」と言われ続けていました。「あんたたちが、死ぬ気で血を移植していれば、助かったかも知れない」とも言われました。私自身は葬式に参加していなかったので、私たちの家族全員が批難され、兄もそこに参加していた人達は検査さえもせずに、咎めていたので喧嘩になったようでした。それを知ったのはかなり後になります。

そんな想像さえもしていなかった人物が私の背後にいてくれていると聞いて本当に涙が溢れてしまいました。本当に30分という短いセッションで、私が話す時間はたった5分間でした。尋ねたことは、「アレンの事」でしたが、テリーさんから、彼の言葉はありませんでした。時間がオーバーしそうになったので、「今後の展開」を聞きました。

「小さいタウンハウスに住んでいます。とても、居心地が良いようです。」
「インターネットを通じて、日本人に向けて霊的なメッセージを配信して行くことでしょう。」

この日本人に向けてと言われて、ニコシアでは、現地の人のために、お店を見て回っていました。テリーさんに言われた、日本人に向けてで、私の思考は180度変わりました。霊界から「この道を歩みなさい」とはっきりと伝えられたと感じました。テリーさんのセッションは言葉にならないほど、霊的に大きな転機となりました。

魂の記録は、今も静かに続いている

テリーさんのシッティングがメインでキプロスから電話で予約を入れた日に、マイケルに「ワークショップも同じ日にあるみたい」と言うと、「参加しよう」と言う事になりました。私も霊能者ですから色々な霊体験をして来ています。物を動かすという霊は初体験でした。本当にテリーさんのワークショップで不思議な現象続きでした。

一番、驚いたのは、その場にいた5人の大柄な人達が、みんなでその樫のラウンドテーブルを持ち上げることをテリーさんに促されて持ち上げようとしました。重過ぎて、びくともしませんでした。それで、「手を付けずに、テーブルを回してごらん。」と言われますが、動きません。もう、周りも私たちも爆笑していました。すると、テリーさんの口笛の音で大きなテーブルがだれも触れていないのに回転するという体験を撮影したビデオがありました。

私だけがデジカメを持参していたので、「ほら早く撮影して」と他の人達に催促されて撮りました。生徒さん達でカメラも持っていないので、当時はメールして欲しいという要望さえもありませんでした。

キプロスに帰って来て、デジカメで動画を確認をしたときにはその体験映像はありました。まだ、YouTubeさえもなかったときでしたから、何となく、世に出してはいけないと思い、パソコンに保持していました。けれども、なぜかその映像はどこにも残っていません。何度もパソコン、バックアップなどを確認しましたがありません。

今でもこう思います。「本当に大切な記録は、魂の中に刻まれている。それは形として残らなくても、心と記憶の中で、必要なときに必ず甦る。」そして今、こうして文章として振り返ることそのものが、霊界との記録の再現になっているのだと思います。

「かきなさい」という霊界からの指示

キプロスに帰ってきてから、ある日を境に、私は耳元で何度も「かきなさい」という言葉を聞くようになりました。最初はその「かく」が、書くなのか描くなのかも分からないほど、ただ音・声として届いていたのですが、不思議と、私は自然とどちらも始めていました。 言葉を「書く」こと、そして絵を「描く」こと。ついでに、指を使うため、編み物も始めました。

子供の頃は、絵を描くのも、文字を書くのも大好きでした。ただある日、私の書いた作文を目にした小学校の担任の先生が、何度も放課後に居残るように強制して来ました。作文を書くように遅くまで一人ポツンと教室にいました。絵に関しても、その先生は新聞記者を集めて、私を含めた複数の生徒に絵を描かせる光景を写真に撮らせていました。 私はそのような強制的な圧力が嫌で何度も学校に行きたくないと思うようになったことがあります。ただ、たくさん、賞状を受け取りました。紙よりもお菓子とか欲しいと思いました。(笑)

その当時から、私の心には私が本当に求めていた言葉や表現ではないのではないか?という疑問がありました。その時代は先生の発言は絶対ですから、発言しないと頬っぺたを抓られ「ロボットになるな!」という先生、発言すると竹の棒で、「黙りなさい」と机をバシバシと叩く先生方が担任で本当にびくびくしながら学校に行っていました。 小学生の子供ですから、歯向かうことも出来ませんし、大人しくしていると体罰を受け、発言すると脛を蹴られたり、竹の棒で机を叩く大人達をぼっーと見つめていました。そのような大人の意思で強制的に遣らされてことに対して嫌気を感じたので、出来るだけ目立たないようにダラダラと生きるようになりました。勉強しないように出来るだけ無難に生きることを高校生ぐらいになるまで義務教育が完了するまで続けていました。本来の自分を隠して生きていました。

そんな思いも含めて、テリーさんのシッティングを受けてから、霊界が私に、内側にて溜め込んでいた霊的な記録やビジョンを表現するように導いていたかのようでした。パソコンにWi-Fiが通っていなかった2000年代の初め頃でした。それまでは、シドニーや東京での活動も、対面のリーディングやカウンセリングが中心でした。そして、キプロスに移住してからは、私自身も表に出ることを避けスローライフという言葉が流行っていましたから、静かに隠れて暮らすようになりました。そんな中、故・丹波哲郎氏(霊界の宣伝マン)に関係するブログで、自然な流れで「書くこと」を再開することになりました。どうやって、繋がったのかさえも、正直覚えていません。

「ツーツートントン」と送られる周波数

最近になって、またふと「書かなければならない」という強い気持ちが湧いて来ました。コロナ禍のときに、長い間、海外生活から地元に3か月ぐらいでキプロスに帰る予定でいました。マイケルにも、そう言って、ハードルの高いPCR検査や隔離生活をしました。霊的な生活が出来る反面、日本では身体の異変が多く出て休むことが増えました。キプロスに帰って来て、2023年は体調の改善に取り組むことにしました。遠い昔、祖母が教えてくれた知恵を辿って行きました。2023年の私のブームはキプロスの山にある松葉を大量に松葉ジュースとして飲んでいました。嫌がる夫・マイケルにも、ジュースの代わりに松葉ジュースでした。

2024年の6月にふと、ロイヤルゼリーを摂りたいと思い、キプロスで生のロイヤルゼリーを販売しているところを探しました。すると、マイケルが月に2回ほど2キロのハチミツ専門店に行って買っているので、その人に尋ねると、冷凍庫から10MLで30ユーロということで、買って来てくれました。覚醒しました。
チャクラがくるくると螺旋状に回転して、気分が明るくなりました。その日を境に、童心に戻った気分になり、こんな占いを作りたいと思うとするするとアイデアが浮かんで来るようになりました。それ以来、あまりにもたくさん作り過ぎてしまっています。

コロナ禍後にキプロスに帰って来てからはこの3年間は自分が遣りたいことを中心に来ています。プールで泳ぎたいなら泳ぐ、寝たいなら寝る……。読みたい本は読む。そんな感じでしょうか。もう、縄文人なのかタオなのか分からない状態です。しかし、一見ダラダラしているようで、考えているんだと思います。

今年になってから、母が霊界から催促して来るので、時期が来たのかと思いました。指導霊も呆れていたと思います。遊んでばかりいると、私がついている意味がないというような両手をあげてお手上げ状態だったと思います。霊界では、誰が私に囁いても、「あやつは遊んでばかりいる」と言われているようでした。

そういうときは、霊界の存在が本物かどうか試すことがあります。例えば、以前から、「ギリシャの世界遺産のメテオラに行きたい」と思っていました。「そこに行くことが出来れば、信じるよ。」と言い返すことがあります。落第生の私のような者を指導するのも大変だと思います。守護霊だけではダメだから、指導霊までも付けて頂いておりますが、もう私が時々さぼることを察していている方々は、「本当に行ったら、書き始めるよね。」と言われているようでした。

2025年5月31日にギリシャのテッサロニキに行きました。マイケルの写真の展示会が開催されることになったので行くことになりました。行きたいと思えるところはほぼ行っています。会いたいと思える人にも会っています。覚醒したのだから、しっかりと使命を果たすように、ラモス信号のように“ツーツートントン”と見えない電報のようなエネルギーを送っているのが頻繁になって来ました。

実際には、しっかりした声が聞こえます。でも、あまり日常的に、あちら側の人達と話していると、変な人(既に変ですが)に思われるので海外生活で良かったです。賞状を貰うためのような、義務感ではなく、内側から響いてくる霊的な言葉やアイデアは素晴らしい周波数です。

周波数のその信号は、声ではなく、感覚や青いオーブで届きます。寝ていると天井に小さい青いオーブが徐々に大きくなって行くのです。今こそ動きなさい、言葉を綴りなさいというように、かなり細かいので、言葉では表現できません。それと一緒に、例えるならば、モスキート音が聞こえるのです。聞こえそうで聞こえない。

私はコロナ禍で難聴になったので、常に、片方の左側の耳は音が聞こえています。ゴッホなどは、この音が気になり過ぎて、耳をそぎ落としていますが、私は結構好きです。エンジェルの歌声に聞こえたりします。ただ、この音が聞こえるため、日本では若い女性の高い声が聞き取れずに苦労しました。その事を耳鼻科医の先生に話すと「僕も聞こえないから大丈夫」と返答されて笑っていました。もう、こんな事を言うと、精神科に送られてしまいます。

私が今なぜ、書くことに拘る理由は、長年に渡り、90年代からパソコンや携帯電話、スマホなどを使って来ているので、電磁波の影響で脳にダメージを受けています。今年は睡眠障害かも知れないというと、掛かりつけのお医者さんが専門医を紹介して下さり、MRIから始まり、脳波の検査、無呼吸症候群の可能性もあるということで、ありとあらゆること検査をさせられました。(笑)左側のどの部分か忘れましたが、神経系にダメージがあるらしいです。3か月間、専門医に言われる通り検査しました。

私自身が霊能者というとややこしいことになるからとマイケルに言われて、「どんな夢を見るのか?」と聞かれました。声が聞こえるとかいうと多分、てんかんかパーキンソン病等を疑われる可能性がありますので、「母が夢に出て来る」というと、「ドイツ人の心理学者を紹介するわよ。」と言われました。マイケルの親戚にNYから時々、キプロスに来るオーストラリア人の女性は心理学者なので、そんな話しをするときがあります。霊的な話しになるので、心理学では解決出来ないのでしょう。

結局、薬もなく、半年から1年先にニコシアの病院の予約を入れてと言われましたが、予約が取れないまま待機しています。多分、それ以上何も検査出来ないようです。緊急性がないのだと思います。その後も先生からも「眠れますか?」と電話がありました。「ビタミン剤のメラトニンを取るようになってから眠れます」というと、「それは良かった」と言われました。睡眠薬は飲みたくないというと、ビタミン剤として勧められました。

今まで、朝から遅くまで、徹夜することもあったりしたり、紙で本を読むものもありますが、電子書籍で読んだりするので、脳はもう疲れ切っていると思います。それと同時に目を酷使し続けているので、どうなるか分かりません。でも、それ以上に言葉を通じて、必要な人に思いを伝えたいというか伝えるための活動をしないといけないのでしょう。怠けてはいないけど、目に見えないけれど確かな存在たちからの呼びかけは絶対です。

書くことは、霊界との交信であり、愛と光の記録

私はこれまで、自分自身の霊的な体験や導きを、どこか「語るには早すぎる」と感じてきた部分があったのかもしれません。

けれど今は、はっきりと分かります。「書くこと」そのものが、霊界とこの世界を結ぶアンテナであり、私に与えられた大切な役割の一部であるのでしょう。それは魂の記憶と、霊界の方々の意志が重なり合った必然であり、見えない存在たちの言葉を私を通じて共同作業なのです。

そして、今ここから……。

こんな私を根気よく待ち続けてくれている霊界の方々のためにも、この書くことによって、同じように見えないものを感じている誰かの道標になれるなら、それもまた私に与えられた霊的な奉仕なのだと感じています。20年前から書き始めていますが、言葉として残していないことばかりです。

まるで、それはシルバーバーチの霊界通信のように

霊界通信のように書ければいいのですが、陰陽のように波があるときがあるので、書き始めたけど、自分だけのために残して置こうというものもあります。ですが、不思議なことに、こうして書き綴られていく言葉の数々は、まるでシルバーバーチの霊界通信のような響きを帯びています。それは、見えない世界からの静かな励ましと愛と光のバイブレーションであり、この地上世界を生きる私たちの魂に、「本来の道」を思い出させる周波数を送って来てくれています。

新地球のために、これからも書き続けていきます

私の内なる導きは、こう告げています。

「いまこそ、新しい地球のために、霊的な真実を書き残しなさい」

「それがあなたの魂の約束であり、宿命である」

「あなたの書くことには、霊界の祈りと愛と光が込められています。どうぞ、これからもその筆を止めずに歩んでください。」

多分、煽てると頑張るタイプだと分かっているのでしょう。自分の脳にどれぐらいの限界があるか分かりません。それでも、これからも書き続けて行きます。誰のためでもなく、魂の真実のためにです。 そして、いつかこの記録が誰かの目覚めの扉となることを信じています。

次世代の魂の君のために、届くことを願っています。