AIが進化しても、魂は数字にならない
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
国際占い師カズコです。
ひとつ、質問させてください。
あなたは今、AIに何かを感じますか?
便利だな、と思うこともある。でも、どこか冷たい、と感じることもある。うまく言葉にできないけれど、「何かが足りない」という感覚。
その感覚、正しいと思います。
天使を描けないAI
3年ほど前のことです。
試しにAIに「天使の画像を作って」とお願いしてみました。いくつか画像が生成されて、パソコンの画面に並んでいく。でも私は、それを見た瞬間にこう思いました。
「……これは、天使じゃない」
羽の形は整っている。光も差し込んでいる。一見、美しい。でも、何かが決定的に違う。霊的な存在と向き合ってきた人間には分かる、あの氣(精気)が、そこにはなかったんです。
当時のAIには、指が6本ある人間を描いたり、動物の顔が不自然に歪んだりする粗さがまだありました。でも私が感じた違和感は、そういう技術的な問題じゃなかった。もっと根本的な何かでした。
ネコが、AIを変えた
それから少し時間が経った2023年頃、YouTubeでネコ動画が爆発的に流行り始めました。
記憶に新しい「ハッピーハッピー♪」子猫がジャンプしている(本当は悲しい物語)ミーム化されていたネコブームも到来していました。
私も面白半分でAIを使ってネコの動画を作ってみたんです。するとどうでしょう。可愛らしいネコたちが音楽に合わせて踊って、表情豊かに動いて——ネコ好きの人たちがどんどんシェアしていきました。
その頃を境に、AIの画像生成は急激に進化していきました。指の本数も正確になり、顔の歪みも消えて、今ではプロのデザイナーが作ったと見間違えるようなクオリティの画像が、数秒で生成されるようになっています。
でも、この進化の裏側に、大切なことが隠れています。
AIは「鏡」にすぎない
AIが賢くなったように見えるのは、実は私たちのおかげなんです。
私たちがSNSに投稿してきた無数の写真、文章、動画。その膨大なデータをAIが学習することで、「それらしい答え」を出せるようになっただけなのです。
AIは世界を理解しているわけじゃないのです。数字とコードの組み合わせで、パターンを認識しているにすぎないんです。
例えて言えば、ネコは「258」。リンゴは「391」。AIにとって世界とは、そういう番号の集まりです。
今こうして私が書いているこの文章も、いつかAIの学習データになるかもしれない。
でも、AIがこの文章を学習したとしても、私が女神アフロディーテの生まれた場所の風を感じながらこれを書いているこの感覚は、絶対に学習できません。
AIは、私たちが与えたものの鏡。一昔で言えば、カセットテープに録音していた声が、スマホの進化によって画像や映像を映し出すことが出来るようになったと言えるでしょう。
感じることはできないんです。
私が子供の時、カセットテープにテレビの「まんが日本昔ばなし」を録音して夜寝る前に聞いていました。今でいう音声データですね。
数字では測れないもの
霊能者として人を視るとき、私の中で起きていることを言葉にするのは、とても難しいです。
直感、気配、波動。言語化する前の感覚。ビジョンが視えるあの瞬間。
これらはデータではありません。パターンでもありません。
その人とその瞬間にしか存在しない、一度きりの何かご縁と言えるかも知れません。
AIはネコを「258」と認識できても、ネコがそこにいるときの空気感は感じられない。
人の涙の意味も、沈黙の重さも、読み取ることができない。
どれだけ技術が進化しても、この領域だけは、AIには踏み込めないと私は思っています。
競争しなくていい
「AIが進化したら、占い師はいらなくなるの?」
そう聞かれることがあります。
私の答えは、「いいえ」です。むしろ逆だと思っています。
AIが進化すればするほど、人間は「データで測れないもの」の価値に気づき始めることでしょう。
効率や正確さではなく、温度や気配や、魂の声に耳を傾けたくなることでしょう。
そういう時代に、今まさに入っているんじゃないかと感じています。
直感を信じること。
心の声を聞くこと。
見えない世界を感じること。
自分の魂の方向に、素直に生きること。
これは、AIには絶対にできないことです。
AIは便利な道具です。上手く使えば良いでしょう。
しかし、魂の道案内は、いつの時代も『人』が担っていくものだと、私は信じています。
今回も読んでくださって、ありがとうございます。
女神アフロディーテが生まれた国より
カズコ