富裕層の楽園は、誰のためのものか? 資本の結界に閉じ込められた佐木島の行く末

地中海の太陽が照らすキプロスの地に身を置いて、早いもので20年が経ちました。

遠く離れたこの場所で、私は今も故郷・尾道の潮の香りを思い出すことがあります。

先日、そんな私の元へ、故郷のすぐそばにある佐木島のニュースが届きました。

4月1日にオープンしたという「NOT A HOTEL SETOUCHI」。

富裕層を対象とし、限られた者だけが海を一望できるというその宿泊施設の華やかな映像を見つめながら、私の心には祝福よりも、言いようのない重苦しい違和感が広がりました。

そこに感じたのは、物理的な壁ではなく、経済という名の鋭利な刃で切り取られた「資本の結界」です。

古代の息吹が教えてくれること

私が暮らすキプロスは、一万年の歴史を持つと言われる島です。

リマソルやパフォスといった沿岸部でホテルを建てようとすれば、必ずといっていいほど土の中から古代遺跡が顔を出します。

そうなれば、建設は即座に中止です。

人間が「今」作りたいものよりも、その土地が積み重ねてきた「記憶」の方が重いことを、誰もが知っているからです。

昨年訪れたギリシャのテッサロニキでは、地下鉄の工事中に遺跡が見つかり、結果として「地下鉄を利用すれば無料で遺跡が見られる」という不思議な空間が生まれていました。

現代の利便性が、過去の歴史に跪(ひざまず)き、共存を選んだ美しい形です。

しかし、今の日本のリゾート開発はどうでしょうか。「お金さえ出せばいいだろう」という傲慢な資本の論理が、島の人々が静かに暮らしてきた場所を土足で踏み荒らしてはいないでしょうか。

投資の熱狂と、その後に残る虚無

かつてギリシャの海運王オナシスは、自身のプライベートアイランドに富を囲い込みました。

しかし、今の時代にそれと同じような「選ばれし者のみの特権」を謳う場所を作ることは、果たして進化なのでしょうか。

私が最も危惧しているのは、この場所がいつか現代の「軍艦島」と化す未来です。

瀬戸内の潮風は、人間の傲慢さを容赦なく蝕みます。投資の熱が冷め、富裕層の興味が別の流行へと移ろったとき、残されるのは管理不能となった巨大なコンクリートの残骸です。

土地の歴史を敬わず、ただ消費するために作られた場所は、命脈が尽きた瞬間に「負の遺産」へと転じます。

誰のための楽園か

私たちは、かつてのエプスタイン島のような、閉ざされた場所が孕む闇を知っています。

透明性を欠き、特定のコミュニティだけが享受する「楽園」は、往々にして不自然な歪みを生み出すものです。

島は、そこに住む人々が、その風景と共に生きていくための場所です。

故郷の島が、いつか悲しい廃墟として打ち捨てられないために。

そして、瀬戸内の穏やかな多島美が、誰のものでもない神聖な景色として守られていくために。

私は今、遠くキプロスの空から、この「資本の結界」がいつか静かに解かれ、島が本来の調和を取り戻す日が来ることを願わずにはいられません。

真の豊かさとは、所有することではなく、その土地が持つ悠久の時間と響き合うことにあるはずなのですから。

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