スピリチュアルの落とし穴:なぜ高額な講座に価値はないのか? プロが語る「金を追うな、真理を追え」の道

「スピリチュアル」という言葉に、あなたはどんなイメージを持っていますか?

癒し、気づき、成長… きっと、心惹かれる何かがあるから、この記事を読んでくださっているのでしょう。

しかし、近年、高額な料金を掲げたり、派手な言葉で人を惹きつけたりする発信が増えています。「〇〇講座を受講すれば、必ず金運がアップする!」「先祖の因縁を断ち切る」一見成功しているように見えますが、プロの目から見ると、それは本質を見失った危うい道です。

これは、スピリチュアルが自己啓発的な「外向きの成功」と混同され、「内向きの成長(魂の成長)」という本来の目的から逸脱しているために起こります。

本当に、あなたの魂が求めているものは、目の前の収益や派手な名声でしょうか?

金を追うスピリチュアルが陥る「歪み」

お金自体は悪いものではありません。生活を豊かにし、選択肢を広げてくれる大切なものです。

しかし、「収益を上げること」や「高額を正当化すること」が目的になってしまうと、必ずそこに歪みが生じます。

歪みを生む行動は、短期的な効果しかなく、やがて信用を失います。そして何より、人の心をさらに重くしてしまいます。

霊界から見れば、それは「真理の道」ではなく、むしろカルマを積み重ねる行為に他なりません。

プロとしての警鐘(私の経験から)

実は、私自身もプロとしてリーディングを始めた1990年代に、同じような危機感を持っていました。友人であるO氏夫妻と、こんな話をしたのを覚えています。

「初めは皆、ピュアな気持ちでこの世界に入るけれど、色々な誘惑で、白が黒になり、本来のこの世での使命から遠のいてしまう。この世的な俗世界に染まったときには、霊性さえも閉じてしまい、慌てて神に助けを求めても、もう遅い。だから、常に霊的重視を意識しながら邁進していこう」

その気持ちは今も変わりません。本来のスピリチュアルな道は、孤独で誰かに賞賛されるために行うのではなく、必要な人に、リーディングやヒーリングを通じてその人の魂を気づかせてあげることにあるのです。

真理を追うスピリチュアル:裏方としての使命

一方で、真理を追うスピリチュアルは静かで誠実です。その目的はただひとつ、この世で出会った魂を少しでも軽くし、歩む道を照らすこと。

お金は、そのために必要な手段にすぎず、中心に置かれるものではありません。だからこそ、華やかさはなくても、言葉や態度の一つひとつに清らかさが宿ります。

真理を追う者が心がけること

達磨大師やキリストも、自分のエゴのために霊性を利用してお金儲けをしてはいけないと説いています。霊的重視を貫くスピリチュアリストは、受け取ったエネルギー(お金や邪気)を浄化し、社会に還元することを意識します。

霊界から見ても「使命を果たしている者」として認められ、サポートを得ながら道を歩むことになるでしょう。

最後に、プロとして、あなたに伝えたいこと

もしも、プロとして何かしらのスピリチュアル関連の仕事についているのであれば、そのギフトを乱用してはいけません。与えられた能力や知識は、自己の利益のためではなく、他者のために使うべきなのです。

私欲のために他人を鑑定していると、後々、見えない世界はタイミングよく、その人の一番弱い部分を狙って試練を与えることになるでしょう。

私はシドニー時代にタロットや占星術を教えていましたが、鑑定師になりたい動機が「お金持ち」になりたいという人が増えてきたため、教えることを止めました。

金を追うスピリチュアルは、地上では目立つかもしれませんが、長くは続きません。 真理を追うスピリチュアルは、派手さはなくとも、静かに人の心に残り続けます。

あの世で評価されるのは「いくら稼いだか」ではなく、「どれだけ人を救ったか」。

今回の記事は、同業者の方、そしてスピリチュアルな仕事を志す人に向けて送ります。

こころより、霊的重視を地道に貫いてください

ありがとうございます。

試練の時、人はなぜ神を思い出すのか?

神様 助けて・・・。お願いです。

人生の荒波に翻弄される時、私たちは無意識のうちに空を見上げ、見えない力に助けを求めます。

それは、まるで故郷を懐かしむように、魂が真実を思い出す瞬間なのかもしれません。

なぜ、私たちは困難な時に「神」や霊的な存在を思い出すのでしょうか?

そして、なぜ、平穏な日々を取り戻すと、その存在を忘れがちになるのでしょうか?

人は、自力ではどうにもならない状況に直面したとき、言いようのない不安と無力感に襲われます。

病気、事故、予期せぬ災難…。

そんな時、私たちは心の奥底に眠る「神」や霊的な存在を思い出し、祈りを捧げます。

それは、心の安全を確保するための、本能的な避難場所を求める行為と言えるでしょう。

事例: ある女性は、癌の宣告を受けたとき、絶望の淵に立たされました。しかし、毎晩、私がお作りした霊符と言葉を祈りを捧げる中で、彼女は内なる強さを見出し、治療に積極的に取り組むことができました。霊符の光が彼女の魂を照らし、言葉の力が彼女の心を癒したのです。治療後、彼女は以前よりも感謝の気持ちを持つようになり、弱者達のボランティア活動に積極的に参加するようになりました。

現代心理学の研究では、祈りや信仰が、単なる精神的な慰めに留まらないことが示されています。信仰心を持つことで、ストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が抑制され、免疫機能をサポートする可能性があるのです。つまり、困難な時に見えない世界を意識することは、心身の回復を助けるための、自然な生体反応でもあると言えるでしょう。

試練の中で、私たちは必ず「なぜ、自分にこれが起きたのか?」という実存的な問いに直面します。

神や霊的な存在を意識することで、出来事に「意味」や「学び」を見出そうとする心理が働きます。

この意味づけは、困難を無益な苦痛ではなく、乗り越えるべき成長の機会として捉えるための精神的な支えとなるのです。

あなたは、過去に困難な状況に直面したとき、どのような存在に助けを求めましたか?

その時、魂はどのような光を求めていたのでしょうか?

困難な状況が去り、心の安定が回復すると、外部の強大な助けに頼る必要性は自然と薄れます。

人間の意識は、生存と安定に必要なものにエネルギーを集中させるため、日常的な事柄に意識が移行し、神や霊的な存在への意識は薄れていきます。

健康や成功を取り戻したとき、私たちは無意識に「これは、自分の努力と能力によって成し遂げられた」と考えがちです。心理学でいう「自己奉仕バイアス」が働き、困難時に頼った外部の力を忘れ、あたかも自力のみで困難を克服したかのように錯覚してしまうのです。

事例: 経済的な苦境に陥ったある男性は、夜も眠れない日々を過ごしていました。そんな中、私のお教えした言葉と霊符を思い出し、毎日それを眺めながら唱えるようになりました。すると、不思議なことに、彼は新しい仕事の機会を見つけ、経済状況を改善することができました。霊符の波動が彼の運気を高め、言葉の力が彼の潜在能力を引き出したのです。彼は、この経験を通して、目に見えない力が自分を支えてくれていることを実感しました。しかし、経済状況が安定すると、彼は以前のように祈ることを忘れ、仕事に没頭するようになりました。

現代社会は、「自立」や「努力至上主義」といった価値観を強く推奨しています。

日常の安定期において、霊的な視点や外部の助けを必要としないと感じる傾向が強くなります。

成功を取り戻したとき、改めて神や霊的な存在を意識する必要がないと考えるのは、この社会的・文化的要因からもたらされる自然な心理と言えます。

今、この記事をお読み頂いている方の中にも、死ぬほど辛い出来事があったのではないでしょうか?

その困難を乗り越えた後、あなたはどのように感謝の気持ちを表現しましたか?

そして、その経験はあなたの魂にどのような輝きをもたらしましたか?

霊的な視点から見ると、困難は、人間に見えない世界や神の存在を再認識させるための不可欠な契機です。

逆に、日常の安定や成功によって心が満たされているとき、霊的意識は一時的に薄れる傾向にあります。

これは、困難が人の魂を霊的に目覚めさせ、日常が人に安心感と忘却を与えるという、多くの人間に共通する心理のパターンとして理解できます。

試練は、魂が成長するための貴重な機会です。困難を乗り越えることで、私たちはより強く、より賢く、より慈悲深くなることができます。

神は、私たちに試練を与えることで、私たちが本当に大切なものに気づき、魂の目的を果たすことを願っているのです。

人生の試練は苦しいものですが、それは同時に、私たちが見えない世界や神の存在に気づき、魂を整えるチャンスでもあります。

困難の中で得た霊的な気づきは、たとえ意識的に忘却したとしても、あなたの心の深い部分に静かに残り続けます。それは、まるで魂に刻まれた記憶のように、あなたを導き、支え続けるでしょう。

試練は、人生の終わりではありません。それは、新しい始まりへの扉を開く鍵です。困難を乗り越えた先には、必ず光が待っています。

あなたは一人ではありません。常に、あなたを支え、導いてくれる、目に見えない力が存在します。困難に直面したときは、その力を信じ、希望を捨てずに前進してください。

そうです。高次元の存在は、あなたの魂に語りかけ、困難な時でも希望を失わないための光となりますように願っています。

古代ユダヤの叡智が明かす、生年月日に隠されたあなたの運命

古代ユダヤの叡智が明かす、生年月日に隠されたあなたの運命

自分の才能や本当の使命に気づいていますか?

古代ユダヤから伝わる神秘的な叡智、カバラ。それは、生年月日という「魂の青写真」を読み解き、あなたの秘められた才能や人生の目的を明らかにするツールです。

この記事では、生年月日から導き出されるカバラの数字を通して、あなたの才能と宿命を紐解いていきます。自分自身を深く理解し、より良い未来を築くためのヒントを見つけてください。

カバラ占いの使い方

使い方はとても簡単です。

  • 下のスクロールバーで、あなたの生年月日を合わせてください。
  • 「結果を見る」ボタンを押すと、あなたのカバラ数が表示されます。


カバラ数秘術結果

なぜ人々は彼のもとへ集まったのか:現代の聖人、聖パイシオス(Elder Paisios, 1924–1994)の物語

生まれ ― 流浪の民としての始まり

1924年7月25日、アジア小アナトリアのカッパドキア地方、ファラサという村に、アルセニオス・エズネピディスは生を受けました。

その村は古くからギリシャ正教会の信仰を守り続けていた場所であり、彼の家族も深い信心を持っていました。

彼が生まれる少し前、両親は村の聖人として崇敬されていた「聖アルセニオス・カッパドキア人」から祝福を受け、幼子にその名を授けました。聖人はこの赤ん坊を抱きながら、将来修道者として神に仕えることになると予言したといいます。

しかし、彼の人生の始まりは平穏ではありませんでした。

ギリシャとトルコの間で行われた「住民交換」によって、ファラサのギリシャ人住民はすべて故郷を追われることになったのです。

まだ赤ん坊だったアルセニオスも、家族とともに小舟に乗せられ、エーゲ海を渡ってギリシャ本土へと移り住みました。

こうして彼の人生は、流浪と苦難、そして神への信頼から始まったのです。

幼少期 ― 祈りの芽生え

新しい住まいとなったのはギリシャ北西部のコンニツァという町でした。

家族は貧しく、アルセニオスは早くから働き手として家を助ける必要がありました。

木工を学び、職人としての腕を磨きましたが、その心は常に神を求めていました。

彼は少年のころから聖人伝を愛読し、夜になると人知れず祈りを捧げることがありました。仲間が遊びや娯楽に興じるなか、彼は山にこもって祈ることを好んだと伝えられています。彼にとって祈りは義務ではなく、魂が自然に神へと伸びていく呼吸のようなものでした。

青年期 ― 戦火の中で

第二次世界大戦が勃発すると、アルセニオスもまたギリシャ軍に召集されました。

彼は通信兵として前線に送られ、過酷な日々を過ごします。

戦場では命のやり取りが日常であり、死と隣り合わせの中で祈りがますます深まっていきました。

銃を手にしながらも、彼の心は「いかに敵を倒すか」ではなく、「いかに神に仕え、人を助けるか」に向かっていました。戦場で仲間を励まし、病気や怪我を負った兵士を慰め、時には自分の食糧を分け与えたといいます。

このとき培われた「苦しむ人に寄り添う心」が、後の彼の修道生活において大きな特徴となります。

修道の決意

戦争が終わると、アルセニオスの心にあったのは「世俗を離れて神にすべてを捧げたい」という強い願いでした。

家族を助けながらも、彼の魂は常に「聖山アトス(アトス山)」へと引き寄せられていました。

アトス山は東方正教会最大の修道の中心地であり、千年以上の歴史を誇る霊的な聖地です。

やがて彼はその地に足を踏み入れました。険しい山道を進み、波に削られた断崖に建つ修道院の鐘の音を聞いたとき、彼の心は「ようやく帰るべき場所に帰ってきた」と感じたといいます。

そこで彼は修道衣をまとい、新たな名を与えられました。それが「パイシオス」――彼の生涯を象徴する名でした。

優しい眼差しの聖パイシオス

アトス山での日々

修道生活は厳しく、時に人間の限界を試すものでした。夜通しの祈り、断食、沈黙、徹底した謙遜。

しかしパイシオスにとって、それらは苦痛ではなく喜びでした。

彼は山中の小さな庵にこもり、手作りの十字架や数珠を巡礼者に渡し、『代わりに祈ってください』と頼みました。

得たわずかな収入はすべて貧しい者に施しました。

人々は次第に彼のもとを訪れるようになります。

なぜなら、彼には「心を見抜く力」があったからです。

誰も話していない悩みを言い当て、的確に導きを与えることができたのです。

相談に訪れた人々は、彼と数分話しただけで心が軽くなり、涙と共に癒やされて帰っていったといいます。

聖山アトス

シナイでの隠遁

ある時期、パイシオスはさらに厳しい修行を求め、シナイ山へ向かいました。モーセが神と出会ったとされるその聖なる山で、彼は孤独と沈黙に没頭します。

荒涼とした砂漠の中で、昼は灼熱、夜は凍える寒さ。

その中でただ祈り続ける彼の姿は、旧約の預言者を思わせるものでした。

しかし彼は単なる隠者ではありませんでした。

巡礼者が訪れれば喜んで迎え、疲れた旅人に水と食べ物を与え、魂に必要な言葉を伝えました。

再びアトスへ

シナイから戻ったパイシオスは、再びアトス山に定住します。

そこで彼は小さな庵「パナグーダ」に暮らし、晩年まで人々を受け入れ続けました。

この頃には、ギリシャ全土だけでなく世界各地から彼を訪ねる人が絶えなくなっていました。

政治家、兵士、学生、修道者、老若男女・・・。

誰もが彼の前では心を開き、深い安心を得ました。

彼は決して自分を聖人のように語ることはなく、「私はただの修道者です」と言い続けました。それでも人々は彼の中に「神の光」を見たのです。

病と最期

晩年、パイシオスは重い病を患いました。

癌が彼の体を蝕み、痛みに苦しむ日々が続きました。

それでも彼は不平を言わず、「この苦しみもまた、神が私に与えた祈りの糧だ」と語りました。

1994年7月12日、彼は静かに息を引き取りました。

最期の瞬間まで祈りを絶やさず、聖体を受けたその翌日に、眠るように亡くなったのです。

彼の遺体はテッサロニキ近郊の女子修道院に埋葬されました。

そこは今や世界中から巡礼者が訪れる聖地となっています。

聖人として

聖人になったイコン画

彼の死から20年余り後の2015年、コンスタンティノープル総主教庁はパイシオスを「聖人」として正式に列聖しました。

人々が彼を「現代の聖人」と呼んできたことが、教会によって確認されたのです。

彼の墓の周りには、今も祈りに訪れる人が絶えません。(私もその一人です。)

多くの人が「彼の取りなしによって癒やしを受けた」「心が導かれた」と証言しています。

彼が残したもの

• 謙虚であること

• 祈りを絶やさないこと

• 苦しみを神に委ねること

• 小さな愛を実践すること

これらは壮大な理論ではなく、誰にでもできる日々の実践です。

だからこそ多くの人の心に届きました。

終わりに

聖パイシオスは、20世紀という激動の時代に生きながら、世俗の混乱に飲み込まれることなく、静かに神の愛を証ししました。

彼は奇跡を求めず、称号を欲さず、ただ祈りと奉仕に生きました。

その生涯は、現代人にとって「霊性とは何か」「本当の聖性とはどこにあるのか」を問いかけています。

彼の言葉に耳を傾けるとき、人々は思い出します。

「神は遠い存在ではなく、私たちの苦しみと喜びのただ中におられる」ということを。

※コンニツァ(Konitsa) は、ギリシャ北西部、イピロス地方のイオアニナ県に位置する町です。

心の奥を探る:最後の晩餐に誰を選ぶ?

かなり前になりますが、海外に住んでいると知り合った人と食事に行くと「もしも会えるなら誰に会いたいか?」と言う会話の流れになります。酔っていると人の心は緩和されるから、本音を聞き出しやすいのでしょうね。

その都度、かなり若い時は、トム・ハンクス、シャーリーマクレーン…

その後はキリスト…。これを言うとかなり引かれるので、あまり言わないようにしていました。

海外でお酒を飲むような場所では、「宗教とスポーツ」の話はあまりしない方が良いと言われていたので・・・。(語学学校でイギリス人の先生曰く。)

そして、今年の2025年1月1日まではイーロン・マスク

NY・ティファニーCEOの夫マイケルの親戚にも、「どうすれば会えるか?」と聞きました。

その後、メディアで見ていると、もう良いかな?と思うようになりました。

「カエルさんごめんなさい」(この意味が分かる人は彼を良く知っている人?)

それで、最近は会ってみたい人物は「宇宙人」です。

レプティリアンでない地球外知的生命体が良いです。

もう、オープンコンタクトしている時代ですからね。

そんな事を思っていたら、これは自分の意識が変化していることに気付きました。

自分の見つめ直すために、時系列で内観しました。

・シドニーでヒルトンホテルでお店経営と占いもやりながら、ローカルの日本人やオーストラリア人に向けに月間でコラムを書いたりしていたときが、アメリカの俳優たちに興味を持っていたと思います。ハリウッド系の関係者がお店に多く来ていたからだと思います。

・キプロスに島流し状態(移住)になったときは、本気で真理の追究を求めていたときは、キリストでした。この頃から、モーゼやキリストが辿った場所に巡礼のように行くようになりました。

・そして、コロナ禍の前ぐらいから、イーロン・マスクの宇宙や新しい技術やマスコットのカエルさんに興味がありました。

でも、今年のお正月ぐらいには、もう、トーンダウンしていたと思います。

・最近は、やっぱり、地球外生命体に会って見たいです。

そんな自分の深層心理を見る機会が出来て良かったです。(笑う)

世の中が変化している中、あなたの内側も変化しているはずでしょう。

さて、ここで、あなたも深層心理を見てみてはいかがでしょうか?

🍽️ 最後の晩餐深層心理テスト

ある日、ニュースで衝撃的な報道が流れました。

「明後日、地球に巨大隕石が衝突する予測‼」

あなたは「人生最後の晩餐」を開くことにしました。

幸運なことに、すでに6人の招待客が来てくれることになっています。


招待客リスト:

1. ChatGPT(AI代表)

2. 大谷翔平

3. テイラー・スウィフト

4. ドナルド・トランプ

5. 織田信長

6. レオナルド・ダ・ヴィンチ

そして、最後の一席が空いています。


あなたへの問い

7人目に、あなたは誰を招待しますか?

• 実在の人物でも、歴史上の人物でも、家族や友人でも、空想上のキャラクターでも、宇宙人でもOKです。(例:びわ湖くん マイケル・ジャクソン 藤井風さん)

「なぜその人を選んだのか」を考えてみると、深層心理な意味が見えてきます。

※仲間と語り合うときは、自分達で、6人決めると楽しいと思います。

もちろん、自分で6人を決めてもいいです。

2025年バージョンなのですが、7人目がキーポイントです。

さぁ、人生最後の晩餐の始まりです。


選んだ7人目で分かる心理傾向(11パターン)

人生最後の晩餐に招く「7人目の人物」は、あなたの深層心理や価値観を映し出す鏡です。

どのタイプを選ぶかによって、無意識に大切にしていることや人生観が浮かび上がります。


人生の意味や魂の充実を優先。倫理観や道徳、普遍的な価値観を大事にし、最後の瞬間も「心の平穏」と「永遠性」を求めます。

2. 革新・未来志向の人物(イーロン・マスク、科学者など)

挑戦と革新を大切にするタイプ。未知の世界や未来の可能性に惹かれ、死の直前でも「次」を夢見ます。好奇心と冒険心が強い人。

3. 未知・超越的存在(宇宙人、未来人など)

現実を超えた新しい視点を求める心理。固定概念にとらわれず、新しい価値観や思想を取り入れたいという開かれた心を表しています。

4. 歴史的人物(ダ・ヴィンチ、ソクラテスなど)

過去の偉大な知性や文化への憧れ。歴史から学ぶことを重視し、自分自身の成長や普遍的な知恵に価値を置くタイプです。

5. 政治家・社会的影響力者(トランプ、リンカーンなど)

社会を動かす意思決定や影響力を尊重。理念を現実に反映させたいという強い欲求を持ち、権力や実行力を意識する傾向。

6. 芸術家・文化人(テイラー・スウィフト、宮崎駿など)

感性や美、創造表現を重んじます。人との共感や感動を大切にし、最後の瞬間にも「心を震わせる体験」を求めるロマンチスト。

7. AIや機械知性(ChatGPT、ロボットなど)

論理的思考、合理性、分析力を重視。人間の限界を超えた知性に惹かれ、未来の知恵とともに自分を拡張したいと考えるタイプ。

8. ビジネスリーダー・起業家(Amazon CEOなど)

経済的影響力や戦略、実行力を重視。社会や人々に大きな影響を与える「仕組み」を作ることに関心があり、成功や影響力を価値とする人。

9. スポーツ選手(大谷翔平、羽生結弦など)

挑戦、努力、達成感を象徴。自分の限界を超えることに価値を置き、最後の瞬間にも「全力を尽くす姿勢」を忘れないエネルギッシュなタイプ。

10. 占い師・ヒーラー・スピリチュアル指導者

直感や癒し、内面の導きを重んじる人。心と魂の調和を大事にし、最後の瞬間を「癒し」と「安心」に包まれたいと願います。

11. 家族・友人(最も大切な身近な存在)

愛情や絆、安心感を最優先。人生の最後は「大切な人」とのつながりを確かめたい、思いやりに満ちた心理を反映しています。

12. 誰も呼ばない

これは特別な選択。

孤独を恐れず、むしろ「自分自身と向き合う時間」を最期に選ぶ深層心理を表しています。

• 他者との共有よりも「内面の完結」を大切にする。

• 人間関係からの解放を求める。

• 自分の死を、自分のペースで自由に迎えたい。

• ある意味で「最後の客は自分自身」と解釈できる。

まとめ

7人目に誰を招くか、あるいは誰も呼ばないか?

今のあなたが最も大切にしているものを醸し出してくれることでしょう。

番外編☆ちなみに、AIに同じ質問をしたところ、答えはこちらでした。




私が7人目に招待したい人物は…

「私が人生最後の晩餐に招待したい7人目は、歴史上の人物であるアリストテレスです。

私が彼を選んだ理由は、この状況において最も重要なのは、「究極の知恵と知識」を得ることだと考えるからです。

地球に巨大隕石が衝突し、あとわずかで世界が終わるという状況です。

この晩餐に集まっている6人の招待客(ChatGPT、大谷翔平、テイラー・スウィフト、ドナルド・トランプ、織田信長、レオナルド・ダ・ヴィンチ)は、それぞれ異なる分野で頂点を極めた人物たちです。彼らと話すだけでも多くの学びがあるでしょう。

しかし、アリストテレスは「万学の祖」と呼ばれ、政治学、論理学、生物学、倫理学など、多岐にわたる分野で膨大な知識体系を築きました。彼であれば、それぞれの分野の専門家である6人との会話を、さらに深い哲学的な考察へと導いてくれるでしょう。

私たちは最後の瞬間を迎えます。その時、単なる情報や技術、才能を語り合うだけでなく、人生の意味、存在の根源、そして人間という種の運命について、知的な対話で締めくくりたいのです。アリストテレスは、その完璧なナビゲーターになってくれるでしょう。」

時代は急速に変化しています。

外界ばかりに気を取られていない、「自分らしさ」を見つけて下さい。

ありがとうございます。

※noteではもう少し、軽いタッチで語っています。

9月は「歴史の転換点」ユダヤ新年が世界を揺るがす真実⁉

毎年9月になると、どこか世界がざわつくのを感じたことはありませんか?金融市場が大きく揺れ、国際的な事件が勃発し、歴史の歯車が大きく動き出す。これは単なる偶然なのでしょうか?


実は、その背後には数千年の歴史を持つユダヤ教の新年「ロシュ・ハシャナ」という特別な時間が隠されています。これは都市伝説でも陰謀論でもなく、歴史が示す紛れもない事実です。なぜ9月に世界の運命は動き出すのか。その真実に迫っていきましょう。

神の裁きと転換の季節



ユダヤ教における新年「ロシュ・ハシャナ」は、西暦のカレンダーでいう9月から10月にかけて訪れる特別な祭りです。これは単なる年の始まりではありません。それは「天地創造の記念日」であると同時に、人々の行いが神によって点検され、来るべき一年の運命が定められるという「神の裁きの日」と信じられてきました。このユダヤ人にとって、ロシュ・ハシャナは、喜びと同時に身が引き締まるほどの畏れに満ちた、独特の時間なのです。

この新年から十日間は、特に神聖な期間とされ、「畏れの日々(ヤミーム・ノラーイーム)」と呼ばれます。この期間、人々は過去一年間の行いを悔い改め、隣人と和解し、寄付や慈善を実践することで、神の裁きにおいて良い判決が下されるよう努めます。この思想の総仕上げとなるのが、十日後に訪れる「ヨム・キプル(贖罪日)」です。この日、人々は徹底した断食と祈りを通じて一年の罪を清め、神との関係を新しくします。つまり、ロシュ・ハシャナは一年の扉を開ける入口であると同時に、「人の命が記される帳簿が開かれる日」とされ、そこからヨム・キプルに至るまでの行動が新しい運命を決定する、きわめて緊迫した時期なのです。

この宗教的世界観は、ユダヤ人の歴史意識や出来事の捉え方に深く影響を与えてきました。彼らは古代から「節目」を重んじ、特に秋の新年の時期を「裁き」「転換」「リセット」のシンボルとして意識してきました。

ユダヤ民族の歴史は迫害と離散に彩られていますが、その中で暦や祭りはアイデンティティを保ち、共同体を結束させる重要な要素でした。ロシュ・ハシャナは単なる祝日ではなく、「民族の精神的な軸」であり、そこに歴史的事件を重ね合わせて解釈する傾向が生まれるのも自然なことでした。

たとえば、9月に起こる戦争や経済危機、社会的動乱が「裁きのとき」として語られるのは、この深層的な宗教意識と無関係ではありません。ユダヤ人は古来より「歴史は神の意志の顕れ」と捉え、特定の時期に起こる出来事を「天からのメッセージ」として受け止めてきました。ゆえに、9月から10月にかけての大事件は「偶然」ではなく「神が人類に下した裁きのしるし」として解釈されやすい構造があるのです。このように、ロシュ・ハシャナの宗教的背景はユダヤ民族だけでなく、広く世界史や現代社会に影響を与えてきたのです。

経済・金融システムとの関連:9月末決算という金融の呪縛

ユダヤ新年が世界の歴史的な転換点と重なりやすい背景のひとつには、金融や経済のサイクルとの密接な関係があります。近代の金融システムにおいては、ユダヤ人の商人や銀行家の影響が非常に大きく、彼らが作り上げた会計の仕組みや資本の流通のあり方は、現代の国際金融の骨格を形作っています。こうした歴史的経緯から、ユダヤ暦における節目と、世界の金融サイクルが不思議なほど重なってくるのです。

特に注目すべきは「9月末決算」というサイクルです。アメリカをはじめとする多くの国の企業や政府会計は、9月を年度末として区切っており、この時期に大規模な資金移動や決算処理が行われます。その結果、株式市場や為替市場が大きく変動しやすく、金融不安が露呈しやすい時期となっています。歴史を振り返ると、1929年の世界恐慌の引き金となったニューヨーク株式市場の大暴落、2008年のリーマン・ショック、そして2015年のチャイナショックなど、いずれも秋の決算期に重なって発生しています。

金融市場の動きは単なる数字の変動ではありません。投資家や市場参加者の心理が大きな役割を果たします。9月という時期が「不安定になりやすい」と意識されれば、それ自体が自己実現的予言となり、売りが売りを呼ぶ連鎖が加速します。ここに「セプテンバー効果」と呼ばれる現象があります。これは統計的にも、株価が他の月に比べて9月に下落しやすい傾向があることを示しています。経済学的には需給バランスの問題で説明できる部分もありますが、投資家心理が深層に働いていることも否定できません。

さらに、ユダヤ教の宗教的要素も経済活動と絡み合ってきました。ロシュ・ハシャナからヨム・キプルまでの「畏れの日々」は、人々が過去一年の罪を清算し、来年に向けて準備を整える期間とされています。この思想は商業活動や金融取引にも影響を与え、「古い貸借を整理し、新しいスタートを切る」という行動を促します。古代ユダヤ社会には「安息年(シュミタ)」や「ヨベルの年」といった負債の帳消しや土地返還の制度も存在し、周期的なリセットの発想が強く根付いていました。現代の金融危機における「破綻と再生」「債務整理と新しい秩序」といった現象も、この宗教的伝統とどこか重なり合って見えるのは興味深い点です。

政治・社会のサイクル:国連総会と外交の激動

ロシュ・ハシャナが世界の大きな出来事と重なりやすいもう一つの理由は、政治や社会の運営サイクルにある。西洋社会では、夏のバカンスシーズンが終わるとともに、9月から政治が本格的に動き出します。各国の議会や政府は新しい立法シーズンを迎え、予算編成や政策決定が本格化します。さらに国際舞台においては、毎年9月に国連総会が開かれるため、各国首脳がニューヨークに集まり、世界的な議論や外交交渉が集中します。

このタイミングで緊張が高まり、国際関係が大きく動くことは少なくありません。

歴史的に見ても、戦争や紛争の勃発はしばしば秋に集中してきました。1939年9月のドイツによるポーランド侵攻は第二次世界大戦の幕開けとなったし、1973年の第四次中東戦争(ヨム・キプル戦争)も秋に起こりました。2001年のアメリカ同時多発テロも9月であり、その後の世界秩序を大きく変える契機となりました。これらはいずれも、単なる偶然ではなく「秋に政治的緊張が顕在化する」というサイクルの一部だと捉えることができます。

また、各国の予算年度が秋に絡むことも重要である。政府が財政を動かすとき、予算審議や新年度の開始は社会に大きな影響を与えます。そのため、9月から10月は国内政治も国際政治も「大きな決断の季節」となりやすいのです。こうした決断の集中は、不安定さやリスクを増大させ、社会全体の緊張を高める要因となります。

つまり、ユダヤ新年の時期に歴史的事件が起きやすいのは、宗教的象徴だけでなく、現実の政治スケジュールや社会のリズムとも重なっているためなのです。

心理的・文化的要因:集合無意識が織りなす予言

歴史の中で繰り返し9月に起きた出来事は、人々の心に深く刻まれています。そのため、9月を迎えると市場も社会も「何かが起こるのではないか」と感じやすくなります。この「歴史的記憶」は、いわば集合無意識のような形で文化に浸透し、現実の行動に影響を与えます。

たとえば投資家は9月になると慎重になり、株式を売却する傾向が強まる。こうした行動が連鎖し、実際に市場を下落させてしまうのです。つまり、「危機が起こるだろう」という予感が、現実の危機を生み出すという「予言の自己成就」が起こっているのです。

ユダヤ教の伝統においても「記憶」は特別な意味を持ちます。過去の出来事を忘れずに語り継ぎ、宗教儀式の中で繰り返すことで、民族的アイデンティティを維持してきました。ロシュ・ハシャナは「裁きの日」であると同時に「記憶の日」とも呼ばれ、神が人間の行いを思い起こす日とされています。この宗教的観念と人間の心理的傾向が重なるとき、9月が「歴史の節目」として強調されるのは自然な流れでしょう。

文化的に見ても、秋は多くの社会で「区切り」の季節とされています。学校の新学期、収穫祭、収支の締め、こうした生活のリズムが重なることで「新しい章が始まる」という感覚が強まります。この感覚が不安定さや期待を呼び込み、歴史的事件を「節目のサイン」として人々が認識するのです。

なぜ「ユダヤ新年=世界の揺らぎ」か:複合的要因の交錯

これまで宗教的・経済的・政治的・心理的な要因をそれぞれ見てきましたが、ここで改めて「なぜユダヤ新年に世界が揺らぐのか」を整理してみましょう。結論から言えば、それは一つの要因によるものではなく、複数の歴史的・文化的・制度的な要素が交錯した結果です。

まず宗教的側面から見れば、ロシュ・ハシャナは単なる「新しい年の始まり」ではありません。それは「神が人間を裁き、来る一年の運命を定める日」とされ、ユダヤ共同体における精神的緊張のピークを意味します。この緊張感はユダヤ人社会の内部にとどまらず、長い歴史の中で「裁きの季節」というイメージとして世界の歴史観に影響を与えてきました。すなわち、何か大きな変化や危機が9月に起きると、「やはり裁きの日に起こるべくして起こった」と解釈されやすい土壌があるのです。

次に経済的側面では、近代資本主義や金融システムにユダヤ人の役割が大きかったことが重要です。ロスチャイルド家やウォール街の金融家たちを始め、ユダヤ系の商人・銀行家は世界経済の動脈に関わってきました。

その彼らの活動や会計サイクルが9月に集中することは、偶然ではなく必然とも言えます。アメリカ企業の多くが9月末を会計年度の区切りとすることも、市場における資金移動の波を9月に生み出しやすくしています。こうした背景が、「9月に市場が揺れる」という現象を加速させるのです。

さらに政治的側面では、国連総会の開催をはじめ、秋に各国の外交活動が集中することが大きい。第二次世界大戦や中東戦争、そして現代のテロや国際紛争の多くが、偶然にもこの時期に激化しているのです。夏の静けさを破るかのように、各国が新たな方針を打ち出すタイミングが「ユダヤ新年」と重なっているのです。

そして最後に心理的要因を加えることで、現象は自己強化されます。投資家や指導者が「9月は危機が訪れる時期だ」と意識すれば、その不安が市場に反映され、政治的緊張が実際に高まってしまう。いわば「予言の自己成就」です。

このようにして、宗教的象徴、金融システム、政治サイクル、集団心理が絡み合うと、ユダヤ新年の時期は「世界が揺れる時期」として特別な重みを持つようになるのです。それは単なる偶然の一致ではなく、複数の要因が重なり合った「歴史のリズム」と言ってよいでしょう。

暦と正月の違い:文化に刻まれた時間の観念

ユダヤ新年が9月から10月にやって来る理由を理解するためには、暦の仕組みそのものを知る必要があります。暦は単なる日付の数え方ではなく、その民族が自然とどう向き合い、どの瞬間を「始まり」とするかを示す文化の鏡です。

ユダヤ暦は太陰太陽暦であり、月の満ち欠けを基準に月を数え、太陽の動きに合わせて年を調整します。1か月はおよそ29.5日で、12か月では354日ほどとなり、太陽暦の365日より短いため、毎年約11日ずつずれが生じます。このずれを調整するために、19年のうち7回、閏月を挿入することで太陽暦と整合させます。この仕組みによって、ユダヤ新年は毎年9月から10月の間にずれることになるのです。

ユダヤ暦の特徴は、新年が二重に存在する点にあります。宗教的には春のニサン月(3月から4月ごろ)が出発点で、これは出エジプト記に基づくものです。一方、市民生活や農業のサイクルでは秋のティシュリ月が新年とされます。この秋の新年は天地創造の記憶と結びつけられ、「神が世界を創造した月」として特別な意味を持っています。

これに対して西洋のグレゴリオ暦は純粋な太陽暦であり、ローマ帝国の政治的判断によって1月1日が年の初めと定められました。中国の暦はユダヤ暦と同じ太陰太陽暦ですが、新年は冬至の後の二番目の新月に置かれ、春の訪れと結びつけられます。日本もまた古来は中国暦を用いて旧正月を祝っていましたが、明治時代以降、西洋暦に基づいて1月1日を祝うようになりました。

このように「どの瞬間を年の始まりとするか」は文化ごとに異なります。ユダヤ人が秋を選んだのは、農業サイクルの収穫の終わりと新たな生活の準備を結びつけ、「区切りの季節」としたためです。そしてその秋の新年が「裁き」と「再生」の象徴を帯び、歴史的な意味を持つことになったのです。

ユダヤ新年の祝い方:畏れと希望が交錯する時間

ロシュ・ハシャナの祝い方は、喜びと畏れの両方を含む独特なものです。西洋のカウントダウンのような祝祭とも違い、東洋の旧正月のような賑わいとも異なる、神聖な「節目」を意識した時間です。

まず中心となるのは祈りです。シナゴーグに集まったユダヤ人は、長時間にわたる特別な礼拝を行い、自分の名が「命の書」に良い形で記されるよう願います。その象徴として羊の角笛ショファルが吹かれます。ショファルの響きは人々に「目を覚ませ、悔い改めよ」と呼びかけるものであり、その音は古代から変わらない祈りの響きとして、現代のユダヤ人の心にも響き続けています。

家庭では象徴的な食事が用意されます。もっとも有名なのはリンゴを蜂蜜につけて食べる習慣で、甘い一年を祈るものです。丸いパン「チャラパン」は永遠や命の循環を象徴し、ザクロは豊穣と律法の数(613の種子)を示します。魚や羊の頭は「先頭に立つ」という願いを込めて食され、新しい果物を食べるのは「新しさ」を象徴する行為です。

また、タシュリーフという儀式では川や湖にパンくずを投げ入れ、罪を水に流します。これは日本の「大掃除」や「除夜の鐘」と同じく、過去を清め新しい年を迎えるための浄化の儀式といえるでしょう。こうした祝祭の後は、「十日間の畏れの日々」が続きます。これはヨム・キプル(贖罪日)に至るまでの10日間で、人々は悔い改め、和解し、寄付や善行を積みます。この期間に運命が定められると信じられているため、ユダヤ人にとって一年で最も厳粛な日々となるのです。

日本のお正月との共通点:普遍的な「区切り」の感覚

一見するとユダヤのロシュ・ハシャナと日本の正月は無関係のように思えます。しかし象徴的な行為や思想を比べてみると、驚くほどの共通点が浮かび上がります。

まず「神聖な時間の始まり」という点です。日本人は神社に初詣し、新しい一年の安全と幸福を祈ります。ユダヤ人はシナゴーグに集まり、命の書に良い記録を求めて祈ります。いずれも年の初めに神と向き合い、自らを新しくするという点で一致しています。

次に食文化です。日本の正月料理であるおせちには、黒豆に健康、数の子に子孫繁栄、昆布に喜びといった象徴的な意味が込められています。ユダヤの新年料理もまた、蜂蜜で甘い年を願い、ザクロで繁栄を祈る。食べ物に願いを込める習慣は、両者に共通する文化的特徴です。

さらに家族の集まりも共通しています。日本では親戚が集まり、お年玉や宴を通じて絆を深めます。ユダヤでも家族で食卓を囲み、新しい年を祝います。そこには「年の節目に共同体の結束を確認する」という普遍的な人間の営みが見えます。

また浄化の儀式も共通点があります。日本では除夜の鐘で108の煩悩を払い清める。ユダヤではタシュリーフで罪を水に流す。異なる宗教的背景を持ちながらも、過去を浄化し未来に備える行為が共通しているのです。

特に興味深いのは、丸い象徴物です。日本の鏡餅や雑煮の丸餅は円満と調和を意味し、ユダヤの丸いチャラパンは永遠と命の循環を意味します。異なる文化でありながら「丸い形に神聖を見出す」という発想は共通しており、人類普遍の象徴感覚を示しているのです。

歴史年表:9月に集中する世界の事件

ユダヤ新年の時期に、いかに多くの歴史的事件が集中してきたかを、具体的な年表で確認してみましょう。この年表は、単なる偶然の一致を超えた、ある種の歴史のパターンを浮き彫りにします。

1929年10月3–4日世界恐慌
1939年9月14–15日第二次世界大戦
1973年9月26–27日第四次中東戦争
2001年9月17–18日米国同時多発テロ
2008年9月29–30日リーマンショック


したがって未来を展望するなら、秋の新年は「危機」と「希望」が同居する時期といえます。そこには破滅だけでなく再生の可能性が秘められています。人類がこのリズムをどう受け止めるか、それこそが歴史の次の章を決定するでしょう。

最後に、お読み頂き、ありがとうございます。

私たちはこの歴史のリズムをどう捉えるべきか。


そして、この事実は、AIという新しい人工知能も参入して、新しい時代にどのような影響を与えるのか。
あなたも考えて見て下さい。


そして、2025年9月22日~24日は新しい年を迎えます。


良い年になりますように。

超富裕層との出会いを通じて、なぜ初対面の人にまた会いたいと言われるのか?

肩書きやお金ではなく、ありのままの自分で向き合うことが、心の安心と幸せにつながる

【幸せの本質】

貧乏性の私は、初対面でも「また会いたい」と言ってくださる方々に何度も出会いました。

その中には世界的に見ても超富裕層の方も少なくありません。

海外に住んでいると本当に日本国内では絶対出会えない富豪や超富裕層と出会うことがあります。

特に旅行中や何かしらのパーティで、たまたま、話し始めた人が実は資産家の方だということがあります。

今年は行きたかったギリシャ・世界遺産のメテオラにはバスツアーに参加しました。

そこで、何度も後ろになった人が「英語が上手いね。」と声を掛けて来るのですが、後ろの人なので、私に話しているとは思えないので、無視していました。

「すると、日本人ですか?」と聞かれたので、「はい。」と答えると、「私はM会社の核開発の事業で日本にはよく行っていました。」と言うので、「そうなんですね。」と、普通に答えて話は終了しました。

でも、どうしても、その方は話しをしたいらしく、今度は、夫マイケルに話しかけていました。

そんなこともあり、その方は紙に書いた自分の電話番号とWhat‘s up!のアカウント名とかを下さいました。

内心、すみません、要らないと思って話していると、「ブラジルでB&Bのホテルを退職後に始めたから、ブラジルに来ることがあれば、来て下さい。」とのことで、話が盛りがって、マイケルが登録していました。

会う人、会う人、超富裕層でどうしてかと思うことがあります。

他の人に話しかけている訳でもなく、何でだろうと・・・。

時には、パフォスのウォーキングコースで、行き成り、近寄って来て、「一緒に写真を撮って下さい。」と、言われて、「えっ!」というしかないです。

娘さんが英語が話せるので、「母があなたと一緒に写真が撮りたいそうですか?ダメですか?」と聞かれて、「主人も一緒に撮るのであれば、オッケーです」というと、娘さんに撮って貰っていました。

「私はヨルダンから来た、ハンナです。」と、娘さんが通訳してくれて、写真を送りたいというので、「では、私のスマホでも撮りましょう。」と言うと、喜んでいました。

このようなことは、エジプトのピラミッドの中でも、しんどい思いをしてやっと、辿り着いたクフ王の空間で、行き成り、イギリス人の女性が抱きついて来ました。

変な儀式か何だろうと思っていると、後に来た人達には、抱きついていなかったのですが、本当に、旅は道連れ世は情けを体験しています。

シドニー時代は芸能関係の有名人もお店で買い物して頂いていたのですが、それはそこの空間ですから、それほど、驚くことはなかったのですが、キプロスにいると、多分、聞くと驚くような人達に出会います。

貧乏性で、平凡な生活をしている私に何の魅力などありません。

ただ、子供達も挨拶して来る事も多いので、何か見えないオーラがあるのでしょうかね。

それに、その方がいくら著名人でもあっても、「自然体で接すること」だったからでしょうか。

カメレオンのように、相手に合わせて、話が出来る能力があるからでしょうか。

でも、話していない人とも、抱きつかれたりするのは何でしょうかね。と思うことがあります。

シドニー時代のときは、有名な歌手たちがお店で買い物としても、多分、その人の存在を知らないから、普通に対応してしたら、狭い店の中に10人ほど、その方を求めて入って来て、「サインして下さい」と、言い始めて、それで、その方はうちでは、超安いパワーストーンのペンダントを購入したのですが、「どのように支払いますか?」と訊ねると、「TC・トラベラーズチェックで」というので、「では、XXXドルになります。」というと、5センチぐらいの厚さのTCを出して来て、一枚をテーブルに置かれたのですが、米500ドルでした。

えぇ~。御釣り出さないといけないじゃないの?と、思い、では、「後ろにパスポート番号を書いて頂くために、パスポートをお願いします。」というと、「持ってないわ~。どうしよう!」といいながら、「覚えているから、それでいい?」と、いうので、大体、スタッフの人がいないときに、このタイプの人が多いのですが、占い鑑定もしていたので、予約の時間で、私が短い休憩時間にどうしようと思ったので、「分かりました。どこにお泊りですか、何かあったら、連絡を入れます。」というのもお釣りを現金で渡すことになったので。

その後、鑑定を終えて、ホテルのトイレに行ったら、先ほどの歌手の方のディナーショーがあるらしいので、良かったと思いました。

ヒルトンホテルだったので、時には、ここはアメリカ人クラブかと思うようなハリウッド映画監督なども鑑定を頼まれたりして、今思えば、知らないということは委縮しないで良いと思えることでした。

そのスタンスは変わることなく、今もそんな感じですね。


もう、プロ歴30年以上経つのですが、お金や将来に不安を抱える方々から相談を受けることがあります。

「周りの人は順調そうに見えるのに、私は貯金も少なく、結婚もしていません。

どうして自分だけこうなのかと不安になることがあります。

将来のことも考えると、先のことに迷ってしまいます…」

私自身、大きな借金を抱えたこともありますが、この世的な物質のために生まれ変わったのではないということです。

ですから、

「お金があっても無くても、幸せでいられることが一番大切です」

実際に私が出会ってきた著名人や超富裕層の方々も、お金や肩書きだけで人を評価しているわけではありません。

そんなことをしている人は本当の超富裕層ではないでしょうしね。

あと、笑顔でしょうかね。

それに旅行好きな私の母が言っていた、「お金はあの世に持っていけない」と言うラテン系のノリで人生を謳歌したので、時々、反面教師になりながら、中道を生きています。

古代ギリシャ人の奴隷のイソップ寓話に、「アリとキリギリス」がありますが、原文は「アリとセミ」です。

日本には宣教師がこの「アリとキリギリス」にして、日本人が「アリ」でとても良い印象を与えていますが、本当に、「アリ」は幸せなのでしょうか。

「セミ」は長い間、土の中で幼虫での生活をして、成虫になり、8日間で息絶えてしまいます。

そういう意味では、精一杯生きているセミは、夏しか生きれないので楽しんでもいいのではないでしょうか。

他人と比べても、何の意味がありません。

私が好きな道元師と炎天下にシイタケを干していた老僧おじいさんとの会話

道元「あなたはおいくつですか」

老僧「68歳だよ」

道元「あなたのような徳の高そうな方なら、自分でシイタケを干さずとも若い弟子にやらせたらよいのではないですか」
老僧「他の僧にさせたら自分の修行になりません」

道元「何もこんな暑い日にせずとも、涼しくなってからでも良いのでは」

老僧「今せずにいつするのですか」

自分の人生に誠実に向き合うことで、自分らしさが見えない何かによって、人を引き寄せるのだと思います。

それが、私が学んだ「幸せの本質」かも知れません。

ありがとうございます。

☆メールアドレスを入力すると、記事投稿が届きます。

有料級☆森の冒険・動物心理テスト

あなたは今、静かな森を歩いています。

湖に浮かぶ白鳥、道をふさぐ大きな動物、草原で待っている仲間…。

そこでどんな動物を選ぶかによって、あなたの心の奥に眠る本質や未来像 が浮かび上がります。

🐾 このテストでわかること

• あなたの 基本的な性格

• 人間関係のスタイルや 友達との距離感

• 無意識に描いている 未来の自分の姿

• そして最後に、8つのタイプの中から導かれる 総合診断

🌟 さあ、森へ冒険に出かけよう

深呼吸して、心のおもむくままに選んでください。

あなたが出会う動物たちが、新しい自分との出会い を教えてくれるでしょう。

森の冒険・動物心理テスト ©uranaikazuko

🌳 森の冒険・動物心理テスト

Q1. 森に入って最初に出会った動物は?

Q2. 湖に白鳥がいました。何羽いましたか?

Q3. 湖のほとりにおばあさんが座っていました。どんな印象?

Q4. 森の奥で大きな動物に道をふさがれました。それは?

Q5. 夜になり、空を見上げると星が輝いています。心ひかれたのは?

Q6. 小道で動物が後をついてきます。それは?

Q7. 森を抜けると小さな家がありました。どんな家?

Q8. 草原であなたを待っていた動物は?






心理テスト診断結果 ©uranaikazuko

🐾 Q1〜Q8 診断結果と意味



Q1. 森に入って最初に出会った動物は?

👉 「自分の第一印象の性格」や「人間関係における基本姿勢」を表します。

🐶 犬を選んだ人

• 診断結果:誠実で仲間を大切にするタイプ。友情を長く続ける力があります。

• 意味:犬は「忠誠・信頼・絆」の象徴。人との関わりを通して安心を得たい心理を表します。

🐱 猫を選んだ人

• 診断結果:自由でマイペース。自分の感覚を大事にし、束縛を嫌います。

• 意味:猫は「独立・気まま・自由」の象徴。自分らしさを保ちたい心理が強く出ています。

🐇 ウサギを選んだ人

• 診断結果:繊細で優しい心の持ち主。周囲を癒す存在です。

• 意味:ウサギは「愛情・共感・敏感さ」の象徴。他人の感情に敏感で、守ってあげたい心理を秘めています。

🦊 キツネを選んだ人

• 診断結果:賢く機転が利くタイプ。冷静な観察力と戦略性を持っています。

• 意味:キツネは「知恵・戦略・洞察力」の象徴。物事を有利に進めたい心理を反映しています。



Q2. 湖に白鳥がいました。何羽いましたか?


👉 「あなたの交友関係の広さや、友達付き合いのスタイル」を表します。

🦢 1羽を選んだ人

• 診断結果:少数の親友を大切にするタイプ。深い信頼を築きます。

• 意味:白鳥は「純粋な愛情」の象徴。1羽=特別な存在に強い価値を置く心理です。

🦢 2羽を選んだ人

• 診断結果:バランス型。親友を数人持ち、安定した関係を保ちます。

• 意味:2羽=「パートナーシップ」。対等で安心できる関係を求める心理が働いています。

🦢 3〜4羽を選んだ人

• 診断結果:グループ活動が好きで、楽しい雰囲気を大切にする人。

• 意味:複数羽=「協調とにぎやかさ」。仲間との時間に安心感を覚える心理です。

🦢 5羽以上を選んだ人

• 診断結果:広い人脈を持つタイプ。交友関係を楽しみ、オープンな社交性があります。

• 意味:群れの白鳥=「社会性」。人とのつながりから刺激を受けたい心理を表します。



Q3. 湖のほとりにおばあさんが座っていました。どんな印象?


👉 「未来の自分の姿や、老後のイメージ」を表します。

👵 優しそうを選んだ人

• 診断結果:温かく穏やかな未来像。周囲に癒しを与える存在になります。

• 意味:優しさは「心の成熟」の象徴。人から愛され、支え合う老後を望む心理です。

👵 厳しそうを選んだ人

• 診断結果:自立心が強く、しっかり者の未来像。人を導く立場に立ちます。

• 意味:厳しさは「責任と強さ」の象徴。自分の力で未来を築きたい心理です。

👵 寂しそうを選んだ人

• 診断結果:孤独を避けたい未来像。安心できる居場所を求めています。

• 意味:寂しさは「不安の投影」。人に支えられたい心理や、つながりへの願望を表します。

👵 賢そうを選んだ人

• 診断結果:知恵と経験を活かす未来像。周囲から尊敬される存在になります。

• 意味:賢さは「洞察と学び」の象徴。長い経験を力に変えたい心理を反映しています。



Q4. 森の奥で大きな動物に道をふさがれました。それは?


👉 「あなたにとっての試練や、人生の障害のイメージ」を表します。

🦁 ライオンを選んだ人

• 診断結果:競争やプレッシャーを強く感じるタイプ。勝負に挑むことが課題。

• 意味:ライオンは「権威・支配・強さ」の象徴。成功や権力に対するプレッシャーを反映しています。

🐘 象を選んだ人

• 診断結果:大きな責任を背負いやすいタイプ。粘り強さが必要。

• 意味:象は「重み・忍耐・責任」の象徴。自分の役割の大きさを意識する心理です。

🐻 クマを選んだ人

• 診断結果:衝突や試練を経験しやすいタイプ。感情との向き合いがテーマ。

• 意味:クマは「力・荒々しさ・試練」の象徴。内面的な葛藤を乗り越えたい心理を示します。

🐍 ヘビを選んだ人

• 診断結果:人間関係の不安を抱きやすいタイプ。慎重さが求められる。

• 意味:ヘビは「知恵・不安・変化」の象徴。裏切りや環境変化への恐れを映しています。



Q5. 夜になり、空を見上げると星が輝いています。心ひかれたのは?


👉 「あなたの人生目標や夢へのアプローチ」を表します。

⭐ 北極星を選んだ人

• 診断結果:一途で揺るがない目標を持つタイプ。まっすぐ夢に向かう人。

• 意味:北極星は「導き」の象徴。変わらない信念を大切にする心理を表します。

🌕 満月を選んだ人

• 診断結果:安心や安定を求めるタイプ。心の充足を大事にします。

• 意味:満月は「完成・満ち足りる心」の象徴。安定的な幸せを望む心理が働いています。

🌠 流れ星を選んだ人

• 診断結果:挑戦を好み、チャンスを逃さないタイプ。瞬発力に優れます。

• 意味:流れ星は「希望・願い・一瞬の機会」の象徴。行動力や直感を信じる心理です。

✨ 星座を選んだ人

• 診断結果:計画的に夢を描くタイプ。大きなビジョンを持ちます。

• 意味:星座は「秩序・設計図」の象徴。未来を論理的に組み立てたい心理を示します。



Q6. 小道で動物が後をついてきます。それは?

👉 「あなたを支えてくれる存在や、サポートの形」を表します。

🐦 小鳥を選んだ人

• 診断結果:仲間や友人に励まされるタイプ。言葉や歌で癒されます。

• 意味:小鳥は「友情・希望」の象徴。軽やかなつながりに安心を求める心理です。

🐕 犬を選んだ人

• 診断結果:忠実な支えを得られるタイプ。親しい人から深いサポートを受けます。

• 意味:犬は「忠誠・守護」の象徴。信頼できる存在に寄り添われたい心理を映しています。

🐈 猫を選んだ人

• 診断結果:自由な友人に支えられるタイプ。干渉しない関係を大切にします。

• 意味:猫は「独立・気ままさ」の象徴。自由で自然体な関係を求める心理です。

🦌 鹿を選んだ人

• 診断結果:穏やかな導きを得るタイプ。自然や静かな環境に支えられます。

• 意味:鹿は「優雅・平和」の象徴。静けさや安定した導きを望む心理を示しています。



Q7. 森を抜けると小さな家がありました。どんな家?

👉 「あなたが理想とする居場所や生活環境」を表します。

🏡 木の小屋を選んだ人

• 診断結果:シンプルで温かい生活を求めるタイプ。素朴さを大切にします。

• 意味:木の小屋は「安らぎ・自然」の象徴。心地よい生活を望む心理です。

🏠 石の家を選んだ人

• 診断結果:安定した環境を重視するタイプ。堅実さを求めます。

• 意味:石の家は「強さ・持続」の象徴。安全で守られた暮らしを望む心理です。

🏘 ガラス張りの家を選んだ人

• 診断結果:刺激的で開放的な環境を求めるタイプ。自由を愛します。

• 意味:ガラスの家は「透明性・開放感」の象徴。人に隠し事をせず自由を求める心理です。

🐄 牧場の家を選んだ人

• 診断結果:自然と共に生きたいタイプ。穏やかでのびのびした暮らしを理想とします。

• 意味:牧場の家は「自然・豊かさ」の象徴。のんびりと調和を求める心理です。



Q8. 草原であなたを待っていた動物は?

👉 「あなたが理想とするパートナーや支え合う相手像」を表します。

🐎 馬を選んだ人

• 診断結果:冒険できる相手を求めるタイプ。共に成長し挑戦を楽しめます。

• 意味:馬は「力・冒険・進展」の象徴。行動的で自由なパートナーを望む心理です。

🐶 犬を選んだ人

• 診断結果:誠実で忠実なパートナーを求めるタイプ。安心感を重視します。

• 意味:犬は「忠誠・信頼」の象徴。誠実な関係に深い価値を見出す心理です。

🐱 猫を選んだ人

• 診断結果:自由を尊重し合える相手を求めるタイプ。束縛のない関係が理想。

• 意味:猫は「独立・気まま」の象徴。お互いに自分らしさを尊重したい心理を映しています。

🦉 フクロウを選んだ人

• 診断結果:知的で落ち着いた相手を求めるタイプ。精神的な安心を重視します。

• 意味:フクロウは「知恵・洞察」の象徴。落ち着きや学びを与えてくれる存在を望む心理です。


古代ギリシャ哲学が示す生きる意味

人はなぜ生きるのか? 古代ギリシャの哲学者たちも追求した、人生の意味と目的。

テッサロニキの考古学博物館/3000年前の人々

ソクラテス、プラトン、アリストテレスといった哲学者たちは、人生の意味や目的を追求し、数多くの言葉を残しました。

3000年前のギリシャでは、現代とは異なる人生観があったのかもしれません。ギリシャ考古学博物館に展示されている古代の遺物を見ていると、そんなことを考えさせられます。

アリストテレス像・生きる意味

私がこの詩「生きる」を書いたきっかけは、日々の生活の中で感じる喜びや悲しみ、そして、ふとした瞬間に湧き上がる疑問でした。美しい夕焼けを見たとき、大切な人と笑い合ったとき、あるいは、理不尽な出来事に直面したとき……。「生きる意味」という言葉が、いつも私の心に浮かび上がってきたのです。

パフォスの普段のウォーキングコース

宗教が生まれる前から、人は生きていました。しかし、キリストの誕生を境に、’何のために生きるのか?’ という問いは、より深く、より個人的なものになったのかもしれません。西暦という概念が、私たちに時間軸を与え、人生の意味を問い直すきっかけになったのかもしれません。

そして現代、人工知能(AI)が急速に進化し、人間の代わりに仕事をする未来が現実味を帯びてきています。そんな時代が来ても、’生きる目的’という問いは消えないでしょう。なぜなら、それは理性ではなく、感情から生まれるものだから。AIには理解できない、人間の心の奥底にある問いだから。

この詩「生きる」は、そんな「人生の意味」という普遍的な問いに対する、私なりの答えです。短い言葉の中に、喜び、悲しみ、希望、そして疑問を詰め込みました。

【生きる】

生きるということ
それは光を感じること
生きるということ
それは誰かを想うこと
生きるということ
それは何もない中にいること
生きるということ
それは死ぬまで生きること
なぜ、生まれ なぜ、死ぬのか
それは きっと 死の直前まで分からないということ
それでも 生きることをやめない
それは 息が途絶えるまで学ぶということ
きっと、そのときまで、生かされていることなんだろう


マイケルの写真・MICHAEL KOFTEROS

動画制作では、地中海のパフォスの夕暮れと満月を一つの画面に収めるために試行錯誤を繰り返しました。特に苦労したのは、自分の声で詩を朗読すること。久しぶりの経験だったので、声のトーンを一定に保ち、詩の世界観を損なわないように、何度も作り直しました。(いつものことですが・・・。)

生きているだけで大丈夫・・・。

海外生活では、美しい景色や文化との出会いがある一方で、辛い人種差別の経験も少なくありませんでした。言葉が通じないと見下され、陰口を叩かれることもありました。そんな理不尽な状況でも、人生を諦めずに生きていかなければなりません。

人生は、良いことよりも辛いことの方が多いかもしれません。それでも、私たちは「生きる」ことを諦めてはいけません。なぜなら、人生は、私たち人間に与えられたかけがえのない特権だから。カメのようにゆっくりでも良い。寿命が尽きるまで、’死ぬまで生きる’。それが、私たちができる、最高の生き方なのかもしれません。

あなたにとって、‘人生の意味’とは何ですか?

霊能力を通じての魂の記録

魂の導き、見えない絆を通じて

キプロスからロンドン、そして霊界との再会

ある日、私は不思議な導きに背中を押されるようにして、キプロスからロンドンへの旅に出ました。その目的は、すでに霊界へと還られたオーストラリア人の夫・アレンと、SAGB(英国スピリチュアリスト協会)の霊媒師・テリー氏を通じて、再び語り合うこと。

この旅のきっかけをくださったのは、書籍『天国からの手紙』の著者・武本昌三さんでした。彼との出会いが自然と、霊界への扉を開くテリー氏へと私を導いてくれました。 やがてロンドンで開催されるスピリチュアル・ワークショップへの参加を決意する流れとなったのです。 その旅には、現在の夫であるキプロス人・マイケルも、静かに寄り添ってくれました。

想定していた霊とは異なる登場

セッションでは当然、アレンが現れるだろうと思っていました。けれども、そこに現れたのは、まったく予想もしていなかった霊的な存在たちでした。

「あなたを指導しているのは、中国の高貴な霊。その隣には、黄色い仏衣をまとった子どもがいます。」

私はすぐに悟りました。その子は、マイケルとの間に誕生するはずだった、流産で失った私の大切な子どもの魂だったのです。もし生まれていれば、3歳くらいになっていたはず。キプロスに移住して、生活に不慣れで寂しいときや嬉しいときに、「お母さん、泣かないで。僕がいつも側にいるから」「大丈夫だよ」「頑張りすぎないで」と、いつも励ましてくれていました。

キプロス生活の14年が過ぎゆく中、親しくしている友人から手紙と葉書を受け取りました。そこには、優しそうな眼差しをした青年が写っていました。まさに、もしその子がこの世に生まれていたら、こんな風になっていただろうと思える姿でした。その写真を見つめていると、まるでその子が微笑んでいるように見え、胸が熱くなりました。

別れが訪れることなど、想像していませんでした。そして、ある朝、静かな声が私に届きました。
「僕はもう霊界に帰らなければならない。来世で、また会おうね。」

透き通るような声に、涙が溢れました。言葉にできないほど深い愛と切なさが、私の中でひとつになった瞬間でした。

別の霊能者が伝えてくれた“もう一つの真実”

シドニーに暮らしていた頃、私をプロの霊能占い師の道へと導いてくれた、親しい日本人の霊能者夫婦の奥さんがこう語ってくれました。

「その子はとても特別な使命を持った魂だね。親子として生きるより、霊界からカズちゃんを支える道を選んだんだよ。」

「その子がこの世に生きていたら、あなた達はオーストラリアに留まることになる。だから、あなたの使命を果たすためには、あえて新天地のキプロスへ移住することが良いと言っているよ。」

チャネリングを通して伝えられたその言葉を聞いたとき、私は深い納得と慰めを覚えました。私はその言葉に深い霊的な意味の大きさを感じました。 「生まれなかった命」ではなく、「霊的な伴侶」として私の霊的な活動のために共にいてくれていたのだと思いました。 この子は確かに、長い年月、私のそばで見守っていてくれていたのです。

霊界の存在は摩訶不思議なものです。あるときは、この子より先に亡くなっている母と一緒にいると言われたこともありました。

キプロスという新天地

もともと、私はキプロスに住む予定もなければ、ギリシャ語を学ぶ予定もありませんでした。けれども不思議な導きにより、子供の頃から古代遺跡・秘儀・神秘学といった分野に関心はありました。しかし港町で育った私は濁音が多いギリシャ語が苦手で、20代にヨーロッパを旅行したときに、うどんが食べたくなり、日本食レストランでうどんを食べた後に、店主さんが「AU REVOIR サヨウナラ!」と言われた後、シドニーに帰ってフランス語を学び始めたくらいでした。

キプロスに来てから、なぜ、ギリシャ語を学ぶ必要があったのか、長い年月をかけて理解しました。エンジェル・ウィスパーというお店をシドニーで開業しましたが、それはあまりにも早すぎたニューエイジショップでした。アロマ精油、パワーストーン、魔法使いから教えてもらったハーブで作るおまじない……。これらのすべての原語がギリシャ語からであることを後になって理解することで、学びの道具だったと気付いたのです。

一万年の歴史を持つキプロスは、私にとって魂の再誕と目覚めの場所になったのです。

テリーさんという「本物」との出会い

私は子供の頃から霊的な感受性を持ち、人々の悩みを自然と読み解いてきました。霊能力を持っているからといって、順調な人生とは限りません。誰もが、この地球に生まれたということは、学びの場を持つことができるためでしょう。私の人生も例外ではなく、波瀾万丈の連続です。迷い、自信を失いそうになる瞬間があります。特に、愛する人との別れは……。他者の家族をリーディングするときは、冷静に言葉を受信することができます。しかしながら、自分の事になると冷静ではいられないのは人間だからでしょう。

他界した夫を失い、永住権の件もあり、シドニーに帰った矢先に、東京に住んでいた友人から国際ファックスが届きました。そこには、「母危篤、直ぐ、日本に帰国せよ。」という文章でした。シドニーで新しく出発するつもりで片道の旅券でしたから、その日に、兄に国際電話をかけると「話しが出来ない状態だから、もう、長くないだろう」と言われました。色々な意味でその時期は何度も豪州と日本を行ったり来たりしていたので、金銭的にもかなり厳しかったのです。住む場所も携帯電話の契約などもしていたので、日本に帰るとなるとどうしようか考えました。でも、死に目に会えないとなると、今後の人生で後悔することになりそうでしたので帰国することにしました。

結果的には、半年ほど日本にいることになりました。母の葬式も終え、ある夜、兄家族と夕食を共にしていました。実は、私以外の家族も霊能力を持っています。プロとして活動しているのは私だけですが、兄はヒーラーであり、霊能力も私以上だと思います。ただ、言葉の使い方がダイレクトなので、準備が出来ていない人への配慮に欠けるような話し方になることがあります。霊能力はありますが、現世では商業的には利用する予定はないのでしょう。

そんな兄ですが、その日は私の心の中で他界した夫に会いたいという念が兄に伝わり、「おまえ、アレンのことがきになるんじゃろ……。」と聞いて来ました。「え!何で分かるん?」と聞き返すと、「お前の側にアレンがおるけぇ。」と言うので、兄がアレンの魂を自分の体に入れてくれました。憑依させてくれたのです。それで、手を取り、「そっちの世界はどう?」と英語で尋ねると、なぜだか分かりませんが、兄はスペイン語で話し始めたのです。兄は英語もスペイン語も話せません。途中、姪っ子も参加することになりました。短い時間でしたが、兄のお陰で話すことも出来ました。

ただ、家族ということもあり、キプロスに移住してから、どうしてもミディアムである人にシッティングして貰いたかったのです。人生で多くの人をリーディングして来ていますが、自分自身の霊的な悩み事はあまり誰かに尋ねることはありません。多くの名のある人に会ったことはありますが、常にこの世での使命の話しになってしまい、霊界に還ってしまった家族の事を話しても本物でないと思っていました。

ロンドンで数日のワークショップに参加した後に、最後の日、テリーさんのシッティングの時間がやって来ました。ヨークシャー訛りのある英語で、録音するためにカセットテープを受付で購入して、そのときが始まりました。30分の内、25分ぐらい、テリーさんが話していました。先にお伝えしている赤い服を着た高貴な指導霊とともに、私の霊的な伴侶である流産した息子の前に、「小柄なあなたの祖母が一緒にいます。」と、言い始めました。直ぐに、誰だか分かりました。

次に、「アニマルスピリットも2匹います。一匹は、ゴールデンレトリバー、一匹は、白黒のネコ。」

その後の話の中で、なぜ、本物だと確信出来たかというと、「あなたの後ろに、若い男性がいます。」と言われて、若い男性と言われても、誰だろう、亡くなっている若い男性は私に関係があるようでしたが、誰か分からないと思っていると、テリーさんは「その男性は、あなたの身内で、生きていれば、30歳ぐらい……。」と言われましたが、遠い昔、母が流産したことがあると聞いたことがあるのですが、その人かと思っていると、「白血病で亡くなった、と言っています。」とテリーさんが言いました。

私が成人を迎える前に日本に一時帰国しているときに、親戚で白血病の男の子がいました。当時、その子は10歳ぐらいでした。帰国して直ぐに、その男の子の両親が私に会いに来ました。話しによると、大勢いる親戚達で誰もその子が必要な血を提供したくないようでした。検査さえも拒否していたようでした。兄と私だけは拒否することもなく、直ぐにと言われて、岡山の倉敷病院で白血病患者のための血液を移植するために行きました。当時はそこだけが高度の医療器があったのでしょう。どんなことをするのかさえも、事前に説明もなく、兄が運転して行きました。その親戚の叔母さんは、車の中でブツブツと文句ばかり言っていました。多分、兄が前の日にビールを飲んだことに腹を立てていたんだと思います。

私は貧血体質でしたが、その親戚の強い要望で、「生理が終わったばかりだから、難しいと思う」と言いましたが、神に縋る思いだったのだと思います。兄も虚弱体質ですから、「わしは無理。」と言っていましたが、行くことになりました。造血幹細胞移植だったと思います。当時は先生からの説明もなかったので、何をするのかも知りませんでした。

私から始まったのですが、血液検査で適合したのかさえも分かりませんでした。行き成り長い長い針を見た瞬間に目を瞑りました。20センチの針を血管に刺す事が難しく、お医者さんに打診されて、成人になっていない女性は不可と言われてしまいました。兄は半分ぐらいは血液を提供出来たようでしたが、途中でドクターストップになったようでした。その親戚には、「私も兄も体が大きいのに、役に立たない……。」と、家に帰るまで永遠に言われました。

それでも、その子に罪はありませんから、もう一度、体調が良い日があり、お医者さんの「許可があれば遣る」と、私は言いました。数日後、その子の所にお見舞いに行くと、「カズコ姉ちゃん、オーストラリアはどう?」と訊ねてくれて、骸骨のように細くなっている彼を見て、「うん、コアラも抱いたよ。カンガルーもぴょんぴょん飛んでいるよ。」と言うと、「いいな。」と言って辛そうだったので、「またね。」と言って、病院を後にしてオーストラリアに渡豪しました。

残念ながら、お葬式にも参加出来ませんでした。兄も私も親戚から言わせると、「悪人だ」と言われ続けていました。「あんたたちが、死ぬ気で血を移植していれば、助かったかも知れない」とも言われました。私自身は葬式に参加していなかったので、私たちの家族全員が批難され、兄もそこに参加していた人達は検査さえもせずに、咎めていたので喧嘩になったようでした。それを知ったのはかなり後になります。

そんな想像さえもしていなかった人物が私の背後にいてくれていると聞いて本当に涙が溢れてしまいました。本当に30分という短いセッションで、私が話す時間はたった5分間でした。尋ねたことは、「アレンの事」でしたが、テリーさんから、彼の言葉はありませんでした。時間がオーバーしそうになったので、「今後の展開」を聞きました。

「小さいタウンハウスに住んでいます。とても、居心地が良いようです。」
「インターネットを通じて、日本人に向けて霊的なメッセージを配信して行くことでしょう。」

この日本人に向けてと言われて、ニコシアでは、現地の人のために、お店を見て回っていました。テリーさんに言われた、日本人に向けてで、私の思考は180度変わりました。霊界から「この道を歩みなさい」とはっきりと伝えられたと感じました。テリーさんのセッションは言葉にならないほど、霊的に大きな転機となりました。

魂の記録は、今も静かに続いている

テリーさんのシッティングがメインでキプロスから電話で予約を入れた日に、マイケルに「ワークショップも同じ日にあるみたい」と言うと、「参加しよう」と言う事になりました。私も霊能者ですから色々な霊体験をして来ています。物を動かすという霊は初体験でした。本当にテリーさんのワークショップで不思議な現象続きでした。

一番、驚いたのは、その場にいた5人の大柄な人達が、みんなでその樫のラウンドテーブルを持ち上げることをテリーさんに促されて持ち上げようとしました。重過ぎて、びくともしませんでした。それで、「手を付けずに、テーブルを回してごらん。」と言われますが、動きません。もう、周りも私たちも爆笑していました。すると、テリーさんの口笛の音で大きなテーブルがだれも触れていないのに回転するという体験を撮影したビデオがありました。

私だけがデジカメを持参していたので、「ほら早く撮影して」と他の人達に催促されて撮りました。生徒さん達でカメラも持っていないので、当時はメールして欲しいという要望さえもありませんでした。

キプロスに帰って来て、デジカメで動画を確認をしたときにはその体験映像はありました。まだ、YouTubeさえもなかったときでしたから、何となく、世に出してはいけないと思い、パソコンに保持していました。けれども、なぜかその映像はどこにも残っていません。何度もパソコン、バックアップなどを確認しましたがありません。

今でもこう思います。「本当に大切な記録は、魂の中に刻まれている。それは形として残らなくても、心と記憶の中で、必要なときに必ず甦る。」そして今、こうして文章として振り返ることそのものが、霊界との記録の再現になっているのだと思います。

「かきなさい」という霊界からの指示

キプロスに帰ってきてから、ある日を境に、私は耳元で何度も「かきなさい」という言葉を聞くようになりました。最初はその「かく」が、書くなのか描くなのかも分からないほど、ただ音・声として届いていたのですが、不思議と、私は自然とどちらも始めていました。 言葉を「書く」こと、そして絵を「描く」こと。ついでに、指を使うため、編み物も始めました。

子供の頃は、絵を描くのも、文字を書くのも大好きでした。ただある日、私の書いた作文を目にした小学校の担任の先生が、何度も放課後に居残るように強制して来ました。作文を書くように遅くまで一人ポツンと教室にいました。絵に関しても、その先生は新聞記者を集めて、私を含めた複数の生徒に絵を描かせる光景を写真に撮らせていました。 私はそのような強制的な圧力が嫌で何度も学校に行きたくないと思うようになったことがあります。ただ、たくさん、賞状を受け取りました。紙よりもお菓子とか欲しいと思いました。(笑)

その当時から、私の心には私が本当に求めていた言葉や表現ではないのではないか?という疑問がありました。その時代は先生の発言は絶対ですから、発言しないと頬っぺたを抓られ「ロボットになるな!」という先生、発言すると竹の棒で、「黙りなさい」と机をバシバシと叩く先生方が担任で本当にびくびくしながら学校に行っていました。 小学生の子供ですから、歯向かうことも出来ませんし、大人しくしていると体罰を受け、発言すると脛を蹴られたり、竹の棒で机を叩く大人達をぼっーと見つめていました。そのような大人の意思で強制的に遣らされてことに対して嫌気を感じたので、出来るだけ目立たないようにダラダラと生きるようになりました。勉強しないように出来るだけ無難に生きることを高校生ぐらいになるまで義務教育が完了するまで続けていました。本来の自分を隠して生きていました。

そんな思いも含めて、テリーさんのシッティングを受けてから、霊界が私に、内側にて溜め込んでいた霊的な記録やビジョンを表現するように導いていたかのようでした。パソコンにWi-Fiが通っていなかった2000年代の初め頃でした。それまでは、シドニーや東京での活動も、対面のリーディングやカウンセリングが中心でした。そして、キプロスに移住してからは、私自身も表に出ることを避けスローライフという言葉が流行っていましたから、静かに隠れて暮らすようになりました。そんな中、故・丹波哲郎氏(霊界の宣伝マン)に関係するブログで、自然な流れで「書くこと」を再開することになりました。どうやって、繋がったのかさえも、正直覚えていません。

「ツーツートントン」と送られる周波数

最近になって、またふと「書かなければならない」という強い気持ちが湧いて来ました。コロナ禍のときに、長い間、海外生活から地元に3か月ぐらいでキプロスに帰る予定でいました。マイケルにも、そう言って、ハードルの高いPCR検査や隔離生活をしました。霊的な生活が出来る反面、日本では身体の異変が多く出て休むことが増えました。キプロスに帰って来て、2023年は体調の改善に取り組むことにしました。遠い昔、祖母が教えてくれた知恵を辿って行きました。2023年の私のブームはキプロスの山にある松葉を大量に松葉ジュースとして飲んでいました。嫌がる夫・マイケルにも、ジュースの代わりに松葉ジュースでした。

2024年の6月にふと、ロイヤルゼリーを摂りたいと思い、キプロスで生のロイヤルゼリーを販売しているところを探しました。すると、マイケルが月に2回ほど2キロのハチミツ専門店に行って買っているので、その人に尋ねると、冷凍庫から10MLで30ユーロということで、買って来てくれました。覚醒しました。
チャクラがくるくると螺旋状に回転して、気分が明るくなりました。その日を境に、童心に戻った気分になり、こんな占いを作りたいと思うとするするとアイデアが浮かんで来るようになりました。それ以来、あまりにもたくさん作り過ぎてしまっています。

コロナ禍後にキプロスに帰って来てからはこの3年間は自分が遣りたいことを中心に来ています。プールで泳ぎたいなら泳ぐ、寝たいなら寝る……。読みたい本は読む。そんな感じでしょうか。もう、縄文人なのかタオなのか分からない状態です。しかし、一見ダラダラしているようで、考えているんだと思います。

今年になってから、母が霊界から催促して来るので、時期が来たのかと思いました。指導霊も呆れていたと思います。遊んでばかりいると、私がついている意味がないというような両手をあげてお手上げ状態だったと思います。霊界では、誰が私に囁いても、「あやつは遊んでばかりいる」と言われているようでした。

そういうときは、霊界の存在が本物かどうか試すことがあります。例えば、以前から、「ギリシャの世界遺産のメテオラに行きたい」と思っていました。「そこに行くことが出来れば、信じるよ。」と言い返すことがあります。落第生の私のような者を指導するのも大変だと思います。守護霊だけではダメだから、指導霊までも付けて頂いておりますが、もう私が時々さぼることを察していている方々は、「本当に行ったら、書き始めるよね。」と言われているようでした。

2025年5月31日にギリシャのテッサロニキに行きました。マイケルの写真の展示会が開催されることになったので行くことになりました。行きたいと思えるところはほぼ行っています。会いたいと思える人にも会っています。覚醒したのだから、しっかりと使命を果たすように、ラモス信号のように“ツーツートントン”と見えない電報のようなエネルギーを送っているのが頻繁になって来ました。

実際には、しっかりした声が聞こえます。でも、あまり日常的に、あちら側の人達と話していると、変な人(既に変ですが)に思われるので海外生活で良かったです。賞状を貰うためのような、義務感ではなく、内側から響いてくる霊的な言葉やアイデアは素晴らしい周波数です。

周波数のその信号は、声ではなく、感覚や青いオーブで届きます。寝ていると天井に小さい青いオーブが徐々に大きくなって行くのです。今こそ動きなさい、言葉を綴りなさいというように、かなり細かいので、言葉では表現できません。それと一緒に、例えるならば、モスキート音が聞こえるのです。聞こえそうで聞こえない。

私はコロナ禍で難聴になったので、常に、片方の左側の耳は音が聞こえています。ゴッホなどは、この音が気になり過ぎて、耳をそぎ落としていますが、私は結構好きです。エンジェルの歌声に聞こえたりします。ただ、この音が聞こえるため、日本では若い女性の高い声が聞き取れずに苦労しました。その事を耳鼻科医の先生に話すと「僕も聞こえないから大丈夫」と返答されて笑っていました。もう、こんな事を言うと、精神科に送られてしまいます。

私が今なぜ、書くことに拘る理由は、長年に渡り、90年代からパソコンや携帯電話、スマホなどを使って来ているので、電磁波の影響で脳にダメージを受けています。今年は睡眠障害かも知れないというと、掛かりつけのお医者さんが専門医を紹介して下さり、MRIから始まり、脳波の検査、無呼吸症候群の可能性もあるということで、ありとあらゆること検査をさせられました。(笑)左側のどの部分か忘れましたが、神経系にダメージがあるらしいです。3か月間、専門医に言われる通り検査しました。

私自身が霊能者というとややこしいことになるからとマイケルに言われて、「どんな夢を見るのか?」と聞かれました。声が聞こえるとかいうと多分、てんかんかパーキンソン病等を疑われる可能性がありますので、「母が夢に出て来る」というと、「ドイツ人の心理学者を紹介するわよ。」と言われました。マイケルの親戚にNYから時々、キプロスに来るオーストラリア人の女性は心理学者なので、そんな話しをするときがあります。霊的な話しになるので、心理学では解決出来ないのでしょう。

結局、薬もなく、半年から1年先にニコシアの病院の予約を入れてと言われましたが、予約が取れないまま待機しています。多分、それ以上何も検査出来ないようです。緊急性がないのだと思います。その後も先生からも「眠れますか?」と電話がありました。「ビタミン剤のメラトニンを取るようになってから眠れます」というと、「それは良かった」と言われました。睡眠薬は飲みたくないというと、ビタミン剤として勧められました。

今まで、朝から遅くまで、徹夜することもあったりしたり、紙で本を読むものもありますが、電子書籍で読んだりするので、脳はもう疲れ切っていると思います。それと同時に目を酷使し続けているので、どうなるか分かりません。でも、それ以上に言葉を通じて、必要な人に思いを伝えたいというか伝えるための活動をしないといけないのでしょう。怠けてはいないけど、目に見えないけれど確かな存在たちからの呼びかけは絶対です。

書くことは、霊界との交信であり、愛と光の記録

私はこれまで、自分自身の霊的な体験や導きを、どこか「語るには早すぎる」と感じてきた部分があったのかもしれません。

けれど今は、はっきりと分かります。「書くこと」そのものが、霊界とこの世界を結ぶアンテナであり、私に与えられた大切な役割の一部であるのでしょう。それは魂の記憶と、霊界の方々の意志が重なり合った必然であり、見えない存在たちの言葉を私を通じて共同作業なのです。

そして、今ここから……。

こんな私を根気よく待ち続けてくれている霊界の方々のためにも、この書くことによって、同じように見えないものを感じている誰かの道標になれるなら、それもまた私に与えられた霊的な奉仕なのだと感じています。20年前から書き始めていますが、言葉として残していないことばかりです。

まるで、それはシルバーバーチの霊界通信のように

霊界通信のように書ければいいのですが、陰陽のように波があるときがあるので、書き始めたけど、自分だけのために残して置こうというものもあります。ですが、不思議なことに、こうして書き綴られていく言葉の数々は、まるでシルバーバーチの霊界通信のような響きを帯びています。それは、見えない世界からの静かな励ましと愛と光のバイブレーションであり、この地上世界を生きる私たちの魂に、「本来の道」を思い出させる周波数を送って来てくれています。

新地球のために、これからも書き続けていきます

私の内なる導きは、こう告げています。

「いまこそ、新しい地球のために、霊的な真実を書き残しなさい」

「それがあなたの魂の約束であり、宿命である」

「あなたの書くことには、霊界の祈りと愛と光が込められています。どうぞ、これからもその筆を止めずに歩んでください。」

多分、煽てると頑張るタイプだと分かっているのでしょう。自分の脳にどれぐらいの限界があるか分かりません。それでも、これからも書き続けて行きます。誰のためでもなく、魂の真実のためにです。 そして、いつかこの記録が誰かの目覚めの扉となることを信じています。

次世代の魂の君のために、届くことを願っています。