超富裕層との出会いを通じて、なぜ初対面の人にまた会いたいと言われるのか?
肩書きやお金ではなく、ありのままの自分で向き合うことが、心の安心と幸せにつながる
【幸せの本質】
貧乏性の私は、初対面でも「また会いたい」と言ってくださる方々に何度も出会いました。
その中には世界的に見ても超富裕層の方も少なくありません。

海外に住んでいると本当に日本国内では絶対出会えない富豪や超富裕層と出会うことがあります。
特に旅行中や何かしらのパーティで、たまたま、話し始めた人が実は資産家の方だということがあります。
今年は行きたかったギリシャ・世界遺産のメテオラにはバスツアーに参加しました。
そこで、何度も後ろになった人が「英語が上手いね。」と声を掛けて来るのですが、後ろの人なので、私に話しているとは思えないので、無視していました。

「すると、日本人ですか?」と聞かれたので、「はい。」と答えると、「私はM会社の核開発の事業で日本にはよく行っていました。」と言うので、「そうなんですね。」と、普通に答えて話は終了しました。
でも、どうしても、その方は話しをしたいらしく、今度は、夫マイケルに話しかけていました。
そんなこともあり、その方は紙に書いた自分の電話番号とWhat‘s up!のアカウント名とかを下さいました。
内心、すみません、要らないと思って話していると、「ブラジルでB&Bのホテルを退職後に始めたから、ブラジルに来ることがあれば、来て下さい。」とのことで、話が盛りがって、マイケルが登録していました。
会う人、会う人、超富裕層でどうしてかと思うことがあります。
他の人に話しかけている訳でもなく、何でだろうと・・・。
時には、パフォスのウォーキングコースで、行き成り、近寄って来て、「一緒に写真を撮って下さい。」と、言われて、「えっ!」というしかないです。
娘さんが英語が話せるので、「母があなたと一緒に写真が撮りたいそうですか?ダメですか?」と聞かれて、「主人も一緒に撮るのであれば、オッケーです」というと、娘さんに撮って貰っていました。

「私はヨルダンから来た、ハンナです。」と、娘さんが通訳してくれて、写真を送りたいというので、「では、私のスマホでも撮りましょう。」と言うと、喜んでいました。

このようなことは、エジプトのピラミッドの中でも、しんどい思いをしてやっと、辿り着いたクフ王の空間で、行き成り、イギリス人の女性が抱きついて来ました。
変な儀式か何だろうと思っていると、後に来た人達には、抱きついていなかったのですが、本当に、旅は道連れ世は情けを体験しています。
シドニー時代は芸能関係の有名人もお店で買い物して頂いていたのですが、それはそこの空間ですから、それほど、驚くことはなかったのですが、キプロスにいると、多分、聞くと驚くような人達に出会います。
貧乏性で、平凡な生活をしている私に何の魅力などありません。
ただ、子供達も挨拶して来る事も多いので、何か見えないオーラがあるのでしょうかね。
それに、その方がいくら著名人でもあっても、「自然体で接すること」だったからでしょうか。
カメレオンのように、相手に合わせて、話が出来る能力があるからでしょうか。
でも、話していない人とも、抱きつかれたりするのは何でしょうかね。と思うことがあります。

シドニー時代のときは、有名な歌手たちがお店で買い物としても、多分、その人の存在を知らないから、普通に対応してしたら、狭い店の中に10人ほど、その方を求めて入って来て、「サインして下さい」と、言い始めて、それで、その方はうちでは、超安いパワーストーンのペンダントを購入したのですが、「どのように支払いますか?」と訊ねると、「TC・トラベラーズチェックで」というので、「では、XXXドルになります。」というと、5センチぐらいの厚さのTCを出して来て、一枚をテーブルに置かれたのですが、米500ドルでした。
えぇ~。御釣り出さないといけないじゃないの?と、思い、では、「後ろにパスポート番号を書いて頂くために、パスポートをお願いします。」というと、「持ってないわ~。どうしよう!」といいながら、「覚えているから、それでいい?」と、いうので、大体、スタッフの人がいないときに、このタイプの人が多いのですが、占い鑑定もしていたので、予約の時間で、私が短い休憩時間にどうしようと思ったので、「分かりました。どこにお泊りですか、何かあったら、連絡を入れます。」というのもお釣りを現金で渡すことになったので。
その後、鑑定を終えて、ホテルのトイレに行ったら、先ほどの歌手の方のディナーショーがあるらしいので、良かったと思いました。
ヒルトンホテルだったので、時には、ここはアメリカ人クラブかと思うようなハリウッド映画監督なども鑑定を頼まれたりして、今思えば、知らないということは委縮しないで良いと思えることでした。
そのスタンスは変わることなく、今もそんな感じですね。
もう、プロ歴30年以上経つのですが、お金や将来に不安を抱える方々から相談を受けることがあります。
「周りの人は順調そうに見えるのに、私は貯金も少なく、結婚もしていません。
どうして自分だけこうなのかと不安になることがあります。
将来のことも考えると、先のことに迷ってしまいます…」
私自身、大きな借金を抱えたこともありますが、この世的な物質のために生まれ変わったのではないということです。

ですから、
「お金があっても無くても、幸せでいられることが一番大切です」
実際に私が出会ってきた著名人や超富裕層の方々も、お金や肩書きだけで人を評価しているわけではありません。
そんなことをしている人は本当の超富裕層ではないでしょうしね。
あと、笑顔でしょうかね。
それに旅行好きな私の母が言っていた、「お金はあの世に持っていけない」と言うラテン系のノリで人生を謳歌したので、時々、反面教師になりながら、中道を生きています。
古代ギリシャ人の奴隷のイソップ寓話に、「アリとキリギリス」がありますが、原文は「アリとセミ」です。
日本には宣教師がこの「アリとキリギリス」にして、日本人が「アリ」でとても良い印象を与えていますが、本当に、「アリ」は幸せなのでしょうか。
「セミ」は長い間、土の中で幼虫での生活をして、成虫になり、8日間で息絶えてしまいます。
そういう意味では、精一杯生きているセミは、夏しか生きれないので楽しんでもいいのではないでしょうか。
他人と比べても、何の意味がありません。
私が好きな道元師と炎天下にシイタケを干していた老僧おじいさんとの会話

道元「あなたはおいくつですか」
老僧「68歳だよ」
道元「あなたのような徳の高そうな方なら、自分でシイタケを干さずとも若い弟子にやらせたらよいのではないですか」
老僧「他の僧にさせたら自分の修行になりません」
道元「何もこんな暑い日にせずとも、涼しくなってからでも良いのでは」
老僧「今せずにいつするのですか」
私がやらねば、誰がやるのですか
今しなければ、いつやるのですか
自分の人生に誠実に向き合うことで、自分らしさが見えない何かによって、人を引き寄せるのだと思います。
それが、私が学んだ「幸せの本質」かも知れません。
ありがとうございます。
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