国際占い師カズコが語る~最終章

魂を導く食材と、神々の植物たち
食べ物は、ただ体に栄養を与えるだけのものではありません。
ひとつひとつの食材には、その土地や季節の気、そして自然の命が宿っています。
特に、私が出会って来たいくつかの食材は、心の奥に静かな安らぎをもたらし、魂までも優しく包み込んでくれるように感じます。
例えば、良い波動の土地で作られたお米で炊いたご飯は、日本の大地と神様の恵みが小さな一粒に詰まったものです。
私の祖母は神道を信仰していましたので、まずは、神様のために食事を作り、儀式的なことを行った後に、「有難い」と言って静かにお箸を握り食べていました。
明治の最後ぐらいに生まれた祖母は、左利きでしたので、包丁を握る姿などを見ていると大変そうだと思いました。
「有難い」という言葉は、感謝の心が自然と重なり合い、私たちが生きていることそのものへの祈りだったと思います。
戦争を体験している祖母や両親達は、自然の恵みこそが、身体に良い事を知っていたのでしょう。
自分達の畑で収穫する喜びを知っていたのでしょう。
季節が変わる事に、花や果実の香りがしたものです。
春キャベツが取れる時期には、モンシロチョウがあちらこちらと飛んでいて、我が家のネコたちも気持ち良さそうに縁側で寝ていました。
自然の恵みは海藻を取ったり、魚貝類も家になければ取りに行けば良いというような祖母といると、夏休みはすべてがサバイバル体験日でした。
祖母はその当時、銀行にアルバイトで掃除をしに行っていました。
私は祖母の香りが好きで、典型的なおばあちゃん子でしたから、銀行にも一緒に行きたいと幼い頃言うと、「金魚のフンのようについて来る子だね。」と笑顔で言っていました。
トイレ掃除を丹念にしていると私もお手伝いがしたくなり、「遣りたい」というと「良いよ。」と言ってブラシを貸してくれました。

綺麗に磨くと心が磨かれるとのことでした。
祖母の作る料理ですが、作る人の心が綺麗だから、美味しかったのでしょうと思います。
神道を信仰していた祖母の影響で、昆布が大好きでした。
「昆布は海の恵みを伝えるもの」と、祖母は言っていましたが、何だかよく分からずに、食べていました。
言い伝えによると、昔から海は神聖な場所とされ、清らかな気持ちを取り戻すところでした。
昆布のだしは、心が落ち着き、自然のやさしさに包まれるように感じられます。
梅干しは、身を守る力を持つ食べ物です。
すっぱい味と塩気が体を助けるだけでなく、心の中にあるざわつきをそっと静めてくれます。
私も、心が乱れるときは梅干しをひとつ口にして、ゆっくり呼吸を整えます。
海外生活を始める前に、高校のクラスメイトに「もしも、無人島に行くなら、何をひとつ持って行くか?」という話しになると、私は「梅干し」と言っていました。
梅干しを口にすると、心が落ち着いていきます。
母が作っていた梅干しは、とても美味しくて、沢山食べていました。
多分、良い塩を使っていたんだと思います。
梅の木もありましたから、スーパーで買わずに、天塩と紫蘇、保存する塩梅も良かったのでしょう。
キプロスに住み始めてから、オリーブが好きになりました。
オーストラリアに住んでいるときは、あまり、オリーブの実がいくら高級でも、美味しいと感じたことはなく、オリーブオイルもそれほど美味しいと思ったことがないのですが、ここに来てから、目が覚めるような味のオリーブを食べたりして、オリーブは実は美味しい物だったことに気づきました。
まさに、オリーブは女神と太陽の温かさを感じさせてくれるので、女神アフロディーテの恵みなのでしょう。
大量生産せず、その村の人達の家や畑で育ったオリーブを寄せ集めて、昔ながらのやり方で、オイルを絞った出したり、オリーブの実も保存が利くようにと、塩で漬けているキプロスだけでしか食べれない味は、母が作ってくれていた梅干しを思い出します。
食べると、心が和らぎます。
生きていたら、果実が好きだった母はキプロスに来たら、感動するだろうと思うことがあります。
キプロスの山は汚染されていない土地が多く残っています。ハチミツは自然の贈り物、命の甘さです。
蜂たちが一生懸命集めた花やハーブのエネルギーが凝縮されていて、ひとさじの甘さが心の疲れをそっと癒してくれます。
日本で食べていたハチミツは砂糖の味がし過ぎて、苦手でした。
今では、ハチミツやロイヤルゼリーのお陰で、心身ともに気持ちが落ち着いています。
こうした食材をいただくことは、自然の神さまと手をつなぐことだと思います。
お米は大地の恵み、昆布は海の優しさ、梅干しは守りの力、オリーブは太陽の温もり、ハチミツは自然の愛で一杯です。
それらを味わうたびに、私たちは本来の自分に戻れることに気づけると思います。

水と波動 ― 飲むことは心の祈り
食べることに気を向けるのと同じように、飲むこともまた、心と体に深く届きます。
水やお茶、乳製品や発酵飲料は、体に素直に染み入り、心を整える力があります。
水は、私たちの気持ちを映し出す存在です。
毎朝、水を飲む前に「ありがとうございます」と心の中でつぶやくと、体がすっと軽くなり、1日が穏やかに始まります。
お茶は植物たちがそっと届けてくれるやさしい声です。
緑茶やよもぎ茶、ハーブティーは、それぞれ違うあたたかさや安らぎを与えてくれます。
特にローズマリーは、心を落ち着けたいときや、集中したいときにぴったりの味わいです。
牛乳は体の声を大切にすることを教えてくれます。
合わないと感じたら無理をせず、合うときは感謝していただくと良いでしょう。
それは、自分を大切にすることと同じなのです。
発酵飲料は、小さな命たちと共に生きる知恵だと思います。
腸を整えることで、五感や直感力が身につきます。また、心も穏やかになり、毎日を優しく過ごせる力が育ちます。
もしも、イライラすることが多いと思うときは、腸を整えると良いでしょう。
頭の回転もよくなりますし、学生であれば、集中力が身につきます。
年配者であれば、認知症の予防になります。
年齢が行っても、髪の毛が真っ黒で化粧水も塗っていないマイケルの親戚のおばさんがキプロスの山にいました。
いつ会っても、ヘアカラーをしているかのように真っ黒でした。肌もシミがなく、小柄でしたが、亡くなる前日まで、料理を介護してくれていたインド人の女性に作っていました。
介護というよりも、側に誰かがいて欲しいという感じでした。
そのインド人の女性は住む込みでしたが、猫の餌やりぐらいで、後は、料理も叔母さんが作っていました。
最初はどうしてもカレーが食べたいと言って、私たちにあれこれとスーパーで買って来てとリクエストがありましたが、どうやら、おばさんの作る料理に慣れたのか、美味しいと常に言っていました。
その彼女は英語は話せたのですが、ギリシャ語は学んでおらず、それでも、おばさんがにこにこと彼女に話しかけていました。
マイケルにいつもの如く、「おばさんはいくつになったの?」と聞くと、「80歳ぐらいだよ。」と言うのですが、「いや、95歳ぐらいじゃない」というと、「髪の毛も真っ黒だし、そんな歳ではないよ。」と言っていました。
コロナ禍で、義理の母が亡くなり、その翌年に、叔母さんから「お腹が痛い」と連絡が来ました。
その日に行くことは外出出来ないので、「明日にでも、行くね。」と言ったときに、「アルコールで消毒するから大丈夫」と返事が来たようです。
自分で、コットンにアルコールを含ませて、お臍のところを拭いたそうです。
翌朝、そのまま、自宅で息がなかったそうです。
お葬式に参列しました。
お墓には、年齢を刻んでいるので、97歳でした。
義理の母と同じぐらいに亡くなったようです。
あの髪の毛の黒さは、本当に謎です。
私が見ていて、ギリシャ・キプロス人女性は、あまり何もしない女性の方が肌が綺麗です。
最近、7年ぶりに再会したギリシャ人の女性は、整形したのかと思えるほど、肌もツルツルでシミさえもなかったです。
多分、テッサロニキ市内から郊外に家を買って引っ越ししていたので、空気が綺麗で水も美味しく、若返ったのでしょう。
水と空気が良ければ、こうなるのか?と思える感じでした。

日常の中の神聖 ― 食と水でつながるいのちの祈り
私たちの日々は、「食べる」「飲む」という何気ない行為で満たされています。
でも、その一つひとつがとても大切な神聖な時間であり、命を繋ぐ祈りだと気づいてほしいのです。
食べ物や飲み物に宿る自然の命は、私たちの体を支えるだけでなく、心も穏やかに、魂までも包んでくれます。
だから、どんなものを口にするか、どんな気持ちで向き合うかがとても大事です。
それは特別なことではなく、毎日の中で自然に育てられる、ささやかな祈りの積み重ねなのです。
例えば、朝の水に「ありがとう」と感謝の心を向けること。
炊きたてのご飯に手を合わせて、命をいただくこと。
家族や友人と食卓を囲み、その時間を分かち合うこと。
そうした何気ない行いが、私たちの心の奥にある神聖な場所を目覚めさせてくれます。
体が満たされるだけでなく、魂が浄められ、毎日が優しい豊かさで満たされていきます。
今の便利な世の中では、食べ物や水への感謝を忘れてしまいがちです。
しかし、食べ物は自然の恵みそのものであり、命の結晶です。
水は私たちの気持ちを映し出す鏡でもあります。
これらに丁寧に向き合うことで、日常に小さな奇跡が起こります。
それは心と体が調和し、暮らしが静かに豊かになっていくことです。
本当にお伝えしたいのは、食べることも飲むことも「命の結晶」そのものであるということです。
私たちは食べ、飲み、命を繋ぎながら、自然や神様と共に歩んでいるのです。
どうか、毎日の「いただきます」「ごちそうさま」に込められた小さな祈りと感謝を忘れずに、命の神聖な循環の中で、温かく息づいてほしいと願っています。
ありがとうございます。

合掌
女神アフロディーテが生まれた国より
カズコ