『苦労、困難は本当は有難いこと』

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こんにちは!
いつも読んで頂いて、ありがとうございます。
ありがとうございます。
さて、人間生きていると苦労は増えても、減ることがありません。
そして、その生きる中での対人関係でのストレスは減ることはありません。でも、自分や自分に舞い込んで来る苦労や困難をすべて不幸の種と思ってはいけません。苦しみや悲しみの真っ只中でも、野に咲く一輪の野バラを見て、救われることもあるのです。
今まで、地球に住む私たち人間は、神の力や奇跡に縋って苦しみから逃避していたのではないでしょうか。どんな苦しみでも必ずその人に智慧を齎してくれる仲間や家族や見ず知らずの人からも、助けれることもあります。
その苦しみを一瞬にして失くすことは、本当の意味での真理の追究ではありません。
食べ物や乗り物でも、スピーディを要求される時代ですが、そのスピーディで得た余暇の時間をだらだらと悩むぐらいであれば、料理を作る時間、物を作る時間、そして、乗り物でも、時と場合によっては船でゆっくりと目的地に行く途中に何気なく会話した人との出会いの中で、あなたが苦しんでいることの答えが頂けるときもあるのです。
私が東京在住中に鑑定した男性で「生きがいがないから、何をやっても詰まらない」という裕福な出身の男性に「そんなに生きがいがないとか、生きている意味がないというなら、今年の夏、富士山の頂上に登って来たら・・・。」と言ったことがあります。忘れたころに彼から鑑定予約を頂き、再会したときに、「富士山に行って来ました!頂上から麓とか見ると、人間が登って来ていて、人間って、小さいなぁ〜!それに、登るのも結構大変だったし、登りながら、俺、頑張っているなぁ〜!俺、若い時にサッカー選手になりたくてブラジルに留学したけど、怪我して人生計画が狂っちゃたけど、今回、やれば出来るということを教えてくれて、ありがとうございます。」と楽しそうに話をする最中の彼の目はキラキラしていた。
苦労は若いうちに買ってでもしろ!という言葉が日本であるが、若いうちは物質面で裸一貫になっても、やり直す体力も勇気も備わっている。
海外の若い人たちは大学を卒業する前にバックパックで色々な国を放浪するというのが60年代ぐらいから始まった。その影響を日本でも受けて80年代から海外に出る人も多くなった。しかし、その海外に出ている日本人でも現地の人たちと交流を持つことが意外と少ないような気がする。
豪州時代に対面鑑定で日本人のワンホリさんや学生さんから「どうやったら、現地の人と友達になれますか。」という質問を受けることもあった。
メールなどが普及してしまった為に、人と話す機会が日本でも少なくなって来ている。話すとき、相手の目を見ないで人事のように話す人も増えている。
そんな状況の引きこもり状態に近い生活が続くと、相手の話を聞くのも面倒になる人もいるらしい。御母さんになりたてのママなども、赤ちゃんで四六時中面倒見るよりも、ネットで友達とメールしたりする人もいるらしい。
赤ちゃんは泣くのが仕事であるが、その泣くこえも苦痛になるママがいるらしい。
私たち人間がこの世に生を受けたのも、実践することで、霊的な魂の成長を個々で頂けるが、速く答えを出したからと言って、その質問以外の悩みも増えることもある。
苦労するということは、「カルマ」の清算の為に必要な道と言えるが、そこを通らないで「カルマ」の清算は不可能である。一つ試練を頂き、その試練の道を通ってこそ、私たちは肉体、感情、精神を学ぶことが出来る。我慢することで精神を鍛えることが出来る。「霊的成長」を促すことになるだろうから、苦労はその道を通り過ぎて、あとで気づくと、有難いと思えることもあるのです。
この世に生まれた本当の目的は「霊的成長」ということであれば、この世での生活で苦労する方があの世に帰って苦しむよりも、楽なんです。この世が仮の世界で、あの世が本当の世界なのですから、その本当の霊界でのレベルもこの世でどれだけ、人の為に真理を伝えたか、さらには自分自身の「カルマ」の清算出来たかによって帰る場所も違います。
この世で一番のカルマの清算となると愛する人の死ではないでしょうか。
その死別によってどれだけの人が苦しみ、悩み、もがき苦しむことでしょうか。
私たちが苦しみ、悩むことで「何かの気づき」を貰えます。
苦労を後回しにして、先送りにしてもその試練が増えて行くだけのことです。
同じ苦労するなら、幸せになる為のプロセスだと思い、チャレンジしてみるのも良いことでしょう。チャレンジしている中で必ず、ご自身にご縁のある方達がその苦痛を和らいでくれたり、導いてくれたりするものです。
体験こそがこの世からあの世に帰るときに、持参出来るもののひとつです。
神や天使達にばかりその苦しみや困難を取り除いて貰うとせずに、凛とした気持ちで立ち向かう姿は、必ずその問題を乗り越えることが出来るでしょう。
苦難の体験を善いものと考え、神様や高級霊にたより過ぎても、神様や高級霊はむしろその苦難を乗り越える姿をじっと見ています。その乗り越えるさえに自分ひとりだけが苦労しているのではないのです。
ですから、今、あなたに何かの悩みがある場合は、それだけあなたの霊的成長の為にその苦難を乗り越える為の勉強中と言えるのです。
その勉強はあなた自身の魂の成長の為ですから、あなたが答えを見つける為に考える行為は大変良いことです。
悩みがあるということは、それだけ、多くの霊的修業が出来るという意味でもあります。
さて、私が好きな道元師が中国で修行中にあったおじいさんとの会話にて気づきます。そのおじいさんの言葉のひとつで、「自分の修行は自分がやらねば、誰がやりましょう。そして、今やらねば、いつ やりましょう。」
私たちの生きる地球上には至るところに答えがあります。
必ずしも、他の人がその答えで納得したからと言って、あなたが行く道は違うかも知れません。
宗教も占いなども、私たちが生きる上でのヒントであって、こうあるべきとか必要ないのです。歩いて光の場所まで行くのは、他の誰でもありません。 「あなたなのです!」
ありがとうございます。

フォトン・ベルトの急速化    

スピリチュアル☆

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
さて、すでに多くの方から心配メールを頂いているギリシャの山火事!少し他のサイトに書いたので、こちらではそのことは今日は控えます。心配して頂いた方へ、『ありがとうございます。』 今日はその原因になるというか、地球の異変もそうだが、その地球に住んでいる人間にも植物にも動物にも異変が現れているのは、どうしてか。考えてみてみましょう。
アセンションを信じる人、信じない人もその人の考え方の自由ですが、確実にこの地球上は変化していることは異常なほどの暑さの為に起る様々な自然災害をテレビや新聞などのメディアを通じて分ることでしょう。
この地球に生きている人間はこの地球の責任者として、進化せずにはいられないようになっている、大きな意識の進化が必要でしょう。では、その意識の進化とはどんなことでしょうか。地球が次元上昇するのであれば、私たち人間も次元上昇する必要あるでしょう。
この世は物質界の中で生活しておりますが、物質の為に多くの時間を費やして、その豪邸や高級車を保持する為にこの世に転生して来たのではないと、本気で信じる人は何も心配しないで下さい。
それよりも地球の為に良い想念で毎日の生活を過す中で、1分でも1秒でも「お祈り」して下さい。その「祈り」はご自身の為でなく、この地球の進化の為に祈って下さい。
その「気づき」を有難いと感謝致しましょう。
すでにこの地球上で「光の子」「ケモノ」という選別をされていることは何度も繰り返しておりますので、そのことに興味があればメルマガを読んで下さい。
このみずがめ座の時代は2000年前のキリストがこの世を去って至ったときの身体の状態と似ていると言えます。新たな時代へ突入しているのです。
すでにスピリチュアルを学ぶ人たちはこの「アセンション」という言葉を何度も耳にしていることでしょう。しかし、直訳すると「上昇する」という意味だが、聖書での意味ではキリストの復活を表しているらしいのです。
ギリシャ正教会では8月15日という日はマリア様が天に上昇する日として祝福する日です。
マリア様は人間として生まれ聖人になりましたが、キリストは神の子として生まれ、次元上昇したのです。
一人、一人のアセンションとなると死ぬまでに多くの気づきや行いやカルマの清算などにて、いままではその人の過去生から現世にて輪廻転生を繰り返しているが、このまま、地球上で学ぶことが少ない魂達はあの世へ帰って行っているようです。
忘れていけないことは、『この世が仮住まいであの世が本当の世界』である。
そこを間違えている人が多いから、物質界で霊的な向上もせずに、毎日の生活の中で苦労を避け、ぬるま湯の生活のままあの世に帰ることを期待してはいけない。
現代人のストレスは増えているが「苦労」せずに、生きたいと願う人が増えている為に大人になりきれない大人が増えている。
食べ物でいえば、子供が好きなおやつのケーキを毎食食べ、自分で管理出来ずに病院に行き、入院したときに出される正しい食事を拒み、文句を言い、そして、少し良くなるとまた甘いおやつを食べてしまう人もいるだろう。
いつもそのおやつばかり食べていると身体がおかしくなるだろうが、そのときまで気にしないで食べたい欲求を重要視していることが「忍耐」「苦労」という、人を強くする精神力が欠けてしまっている為に、楽な方へ流れて行き、大きな大惨事が起るとこれまた責任転回をする人もいる。
地球が異変していることも、本来なら私たち人間が蒔いた種で今の時代に多くの問題と私たち人間への宿題が山済み状態で、解決して頂けるメシアの誕生を求めてもこの世には再生していない。それよりも私たち一人、一人がこの地球を守る為にもプチ・メシアになる方が良いではないだろうか。このまま、解決しないで無視していても地球の為にも、私たち人間の為にも、そして、他者の為にも何の解決にならないだろう。
アメリカでの9・11にしても、テロと言う名で戦っているが、そのテロを作り出したのも国に因縁を作ってしまったからであろう。
劇的な気象、地変、政治、経済システムの崩壊なども私たち人間が地球の為にも弱いモノの為に自分達は手を汚さずに美味しい思いをしたいと願う数少ないディクティターの為に、ここまで追い詰められている。
追い詰めれた状態は出産のプロセスに似ている。新しく進化するであろうと思える地球は、お産の母体の陣痛と似ている。陣痛が始まると子宮が縮む、そして、開くを繰り返し、赤ちゃんは産道を通って出てくるが、お産が安産であれば良いが、そうでなく、逆子だったり、へその緒に絡まれてしまったりして危険にさらされる可能性もある。産む方の母体もそうだが、出てくる赤ちゃん側も命がけである。暗くてキツイ場所から明るい場所に移動するにも、この苦しみを経験しないと誕生することは出来ない。
私たち人間が共存する場所の地球は本格的な陣痛を迎えていると言えよう。
その陣痛は最初のうちはゆっくり、定期的に痛みが来るが、赤ちゃんが誕生するころになると、そのペースが速くなる。つまり、痛みが激痛してしまう。注射など使用しない母体は難産であれば苦しみ、痛みを泣き叫び、悶え、その難産中の母体を見る側は一緒に痛みを共感するほどの精神的な苦痛を味わう。
そして、その陣痛中に母子共に健康で生きて欲しいという「無情の愛の祈り」はこの地球を創ったであろうと言える神様に届くであろうか。
安産にしても、難産にしても、どちらにしても私たち人間は目を逸らさないで一緒にこの地球の生まれ変わりを見届ける必要があるでしょう。
その母体の体験がどれほど素晴らしい体験へと変化するかは、私たち人間の意識と同じで、新たな地球の命がこの世に無事に誕生して行く為に苦しいと悶える多くの痛みの涙を少なくすることは出来ないかも知れない。でも、泣き叫ぶ声を聞き、その泣き叫ぶ母体の手を取り、一緒に新しい地球の為に無情の愛の祈りを唱えることが出来るだろうし、汗を拭いてあげたり、マッサージをしたり、手を握ってあげることも出来るだろう。

ですから、個々の私たち人間の意識の変化と共に、地球という新しい生命体と一緒に前向きに怖がらずに付き添って行きましょう。
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。

聞こえる声、聞こえない声

スピリチュアル☆

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
日本はお盆も過ぎて、次はお彼岸の時期がきますね。ご先祖様に感謝致しましょう。ありがとうございます。
さて、初めて鑑定を行った依頼人の方から、同じような質問を子供の頃から度々と訊ねられたことがあります。「どうして、そんなことまで分るのですか。」と聞かれも説明しても理解出来ない時もありますし、霊能者として生を受けたのも偶然ではありません。私の場合も過去生の2つほどを鮮明に覚えております。でも、過去生を覚えていない方が日常生活での精神面で負担にならないので楽だと思います。過去生を覚えていると、人によっては過去のトラウマまで引き摺って現世で生活をして行かなければならない時に、精神面と肉体面とのバランスが崩れたりするとどちらが現実か幻か混乱に陥ることもあります。
私たちが生活している物質界では人間の五感という意味では、味わう、嗅ぐ、見る、聞く、触れるというまでは一般的に出来るように生まれ持っています。その他の第六感ということになりますと、サイキック界の次元になります。さらに、ノエテック界の5次元へ移動出来ます。
私たちが「現実」と呼んでいるものについて、私たち人間の耳から伝わる情報も音として音楽や人の声などが耳へ伝わります。しかし、音とは何でしょうかとなりますと、発明家で有名なエジソンは成人になったときにはすでに耳が聞こえない状態だったそうです。しかし、彼はピアノの音を聞きたいと願い、ピアノを抱きしめながらその振動からどんな音楽になるかという発想から蓄音機を発明したほどです。
重度の難聴者である私の父なども、音によって聞こえる話と聞こえない話があるそうです。人間の聞こえる音であっても他の動物達には聞こえないという音もあるように、猟犬を呼ぶとき「犬笛」というのを使ったりしますが、人間の聴覚では聞こえない音を出します。 オーストラリアの原住民は電話がない時代からはるか遠くにいる人と話をするときに、缶みたいなモノを紐で繋いで、それをぐるぐると回して、その音で相手に暗号を送っていました。
その暗号に似た霊界からのメッセージを受け取る人はこの世に沢山います。
世界各国に霊界からのメッセージや未浄化霊さん達からのメッセージ、さらには天国に行かれた方達のメッセージを聞いたり出来る人は少なくないでしょう。しかし、一般の人に聞こえない為にその聞こえない声を聞いたために、精神病院に入れられたり、閉じこまられたりしました。
余談になりますが、ギリシャの歴史の中で有名な話で「トロイ」というのがあります。あまりにも綺麗な他の男性の奥さんを奪い取り、その美貌の為にトロイ戦争というのがありました。その美女を奪ったプリンスの王家には霊能者として生まれた姉がいました。その赤ちゃんが生まれたとき、その姉が見た映像がその子供を手元に置いて育てると王家が滅びるという予知がありました。その霊能力を信じていた王様は、幼い姉を信じ、泣け叫ぶ母を他所に遠い場所に捨ててしまいました。後にコロシアムにて実の両親と再会します。最終的には、その息子を引き取ることになり、その後、姉が何を言ってもかわいい息子を手放すことよりもせず、息子が連れて来た絶叫の美女ヘレネを囲い、最終的には霊能者であった姉の予知通りに国が滅びてしまいます。
聞こえない声や予知能力がある為に罪(一昔は犯罪扱いです。特にキリスト教)を犯した為に監禁されてしまった時代もあり、今でも、そのような声が聞こえる為に、精神病院に入れられたりする人もいるようです。 事実、そういう「声」は存在しないのだから、それを聞いた人は気が狂っているということになるわけです。
しかし、そういう声は実は存在するのです。雑音やテレビや他の様々な電波で一杯で、その声は聞こえないだけなのです。私たちが生活している環境は音で一杯で、生きている人私たちと、以前に私たちと同じように肉体をもって生きていた霊的存在の声の中で生活しているのです。そういう「声」の周波数は、人間の耳に聞こえない電波よりも、もっと周波数が高いと言えるでしょう。この物質界になるすべての物は、エネルギーから生まれたものです。そのエネルギーには一定の周波数と振動として放出されています。
私たちが話すときに、空気に言葉(音)を出しています。科学的な話になるので省略しますが、一昔では国際電話で国と国を跨いだ場所の人間と話すのでさえも困難でしたが、今では、この周波数という振動のエネルギーを利用して話せますから、月旅行に行っている人達ともお話が出来るほどです。その月にいる人と話をするとき、周波数が高いと言う要素が必要です。
そういう声を聞きたいと願うことは悪いことではありませんが、人間の魂の数以上に霊界にも様々な霊がいます。憑依したいと願う霊達、人間の体をコントロールしたいと願う霊達、そして、指導霊や天使達や高級霊達で様々です。生きながらにして次元の違う霊達とお話するのですから、その霊の地上での生活や性格を理解していないと、霊のストーカーとして、憑依されてしまうこともあります。聞こえない声が聞こえたりする場合は霊媒体質の方が多いでしょうが、とりつかれない為にも日頃から現実的に生活していた方が安全と言えるでしょう。
いくらスピリチュアリズムを理解しているからと言って、自分の肉体を愚かな霊に取られてしまっては取り返しがつきません。そして、愚かな霊達は日頃から肉体を持っていたときに拘り続けているので、物質に拘る人が多いのと、死後の世界などないと思っていた為に、肉体を失って初めて、どこに行ってよいか路頭に迷う霊もいます。もしも、あなたが人が聞こえない声が聞こえ、そして、その声の持ち主がこの地球に住んでいる人間やその他の生物の為になるメッセージであれば、それがカルマとして人の為、世の為に耳を傾けて下さい。そのときに、絶対に怖がってはいけません。
メッセージが物質的なこの世的な場合は、危険な霊のときもありますので、信頼がおける身近にいる霊能者方にお話すると良いでしょう。
霊的なメッセージを願う場合は必ず、良いメッセージが頂けます。
ただ、霊界は物質界と違い時間というのが1日24時間でない為に、忘れた頃に、答えが頂けることもあります。
心の混乱、心が辛いときは、憑依されてしまいやすいときもありますので、「祈る」という方法をお薦めします。良い想念は必ず良い形で返って来ます。ですから、諦めずに良い想念を自分自身で作り、常に、良い祈りを心がけていると、必要なときにその声は必ず聞こえます。そして、質問にも答えて頂けます。
ありがとうございます。

『宇宙意識革命』

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
プチ休暇を山で過して来ました。ありがとうございます。
さて、今年の7月17日から宇宙意識革命が急速になっているようです。ニュースをご覧になればスピリチュアリストでなくても分ると思います。
日本語の形象文字はエジプト語の形象文字と同じように自然界を人間が見たままをシンボルとして形象文字として使用しておりました。その後、ひらがなを使い始めるようになりました。その日本語の中に「人」という文字がありますが、人間がお互いに支えあっていく姿を現しています。人間本来のあり方を表す興味深い言葉です。
この人間は、神様によって創られ、生かされていることを日常生活の中で学びました。人は神様の形に似せて創れていますから、どの人もかげがえのない大切な人格を持っているのです。
しかし、その人間が本来この世に輪廻転生して個々の肉体を纏い、そして、神様へ近づく為に学ぶことを懸念しているように思います。
その教えを学ぶ為に古い国が犠牲になり、その古い国に輪廻転生した魂達も決して偶然ではありません。人間が本来あるべきところから、離れてしまっていること、そして、神様のもとを離れて罪(カルマ)と死を学ぶ必要があるのです。罪(カルマを含む)とは本来まとはずれであるということを意味しています。どんなに努力や苦労を重ねても、私たちの人生が的はずれの人生であったならば意味がありません。
さて、その罪のことをキリストはお話しております。
新約聖書はギリシャ語で最初に書かれています。聖書によっては少しずつ変化しております。その罪のお話をキリストはしているルカ7章を引用して、個々の魂の目覚めの助けになればと思います。
ありがとうございます。
『金を借りている二人』 ルカ7章36節〜50節
さて、あるパリサイ人が、いっしょに食事をしたい、とイエスを招いたので、そのパリサイ人の家にはいって食卓に着かれた。すると、その町にひとりの罪深い女がいて、イエスがパリサイ人の家で食卓に着いておられることを知り、香油のはいった石膏のつぼを持って来て、泣きながら、イエスのうしろで御足のそばに立ち、涙で御足をぬらし始め、髪の毛でぬぐい、御足に口づけして、香油を塗った。イエスを招いたパリサイ人は、これを見て、「この方がもし預言者なら、自分にさわっている女がだれで、どんな女であるか知っておられるはずだ。この女は罪深い者なのだから。」と心ひそかに思っていた。するとイエスは、彼に向かって、「シモン。あなたに言いたいことがあります。」と言われた。シモンは、「先生。お話しください。」と言った。ある金貸しから、ふたりの者が金を借りていた。ひとりは五百デナリ、ほかのひとりは五十デナリ借りていた。彼らは返すことができなかったので、金貸しはふたりとも赦してやった。では、ふたりのうちどちらがよけいに金貸しを愛するようになるでしょうか。」シモンが、「よけいに赦してもらったほうだと思います。」と答えると、イエスは、「あなたの判断は当たっています。」と言われた。
そしてその女のほうを向いて、シモンに言われた。「この女を見ましたか。わたしがこの家にはいって来たとき、あなたは足を洗う水をくれなかったが、この女は、涙でわたしの足をぬらし、髪の毛でぬぐってくれました。あなたは、口づけしてくれなかったが、この女は、わたしがはいって来たときから足に口づけしてやめませんでした。あなたは、わたしの頭に油を塗ってくれなかったが、この女は、わたしの足に香油を塗ってくれました。だから、わたしは言うのです。『この女の多くの罪は赦されています。というのは、彼女はよけい愛したからです。しかし少ししか赦されない者は、少ししか愛しません。』」そして女に、「あなたの罪は赦されています。」と言われた。
すると、いっしょに食卓にいた人たちは、心の中でこう言い始めた。「罪を赦したりするこの人は、いったいだれだろう。」しかし、イエスは女に言われた。「あなたの信仰が、あなたを救ったのです。安心して行きなさい。」

どんなに罪深い人でも、どんな人種であっても、どんな職種であっても人間として生まれているならば、罪を赦して貰うときに、人と比べたりしてはいけません。
最後の最後まで全身全霊で罪を赦して貰う時に、真剣に悔い改める気持ちがあれば、そのカルマ(過去生での借金)を解消出来ることでしょう。
自分自身で蒔いた種を刈り取る行為にて、自分の「借り」を返すことが出来ます。
もしも、あなたがより多くの「借り」を持っている人よりも早く気づいて、その借りを返済するときに、他の人がどれだけの借りがあることを気にしてはいけません。そして、自分の罪を赦して貰ったら、不平不満を言う必要もないでしょう。赦されるべきものは「借り」ですから、それが赦されるべき時期やどうやれば赦されるのかは、その「借り」を作っている人が気づきことで真理を得られるのです。
このアセンション・タイムに輪廻転生している多くの魂達は沢山の「借り」を持っています。つまり、学ぶ必要が沢山あるという意味でもあります。
この世に今生きている私たち人間は多くの学びから教訓を理解出来たか試されているとも言えます。その教訓とはなんでしょうか。それは色々な法則に反してきたことに気づくことです。
法則に反することを続けても長く続きません。必ず、人間本来の生き方を気づくことになるでしょうし、調和を取り戻すことが大切です。
日々の生活に追われていると、自分の「借り」を返す為にこの世に生まれたことを忘れてしまう人の方が圧倒的に多いでしょう。早く「借り」があることに気づいて、その「借り」を返すことをこころに決めたときに多くの教訓を学ぶことが出来るのです。
個々の「借り」を赦して貰い、その赦して貰った魂のグループが増えることで、神様から慈悲が頂けます。その慈悲の中に「無限の愛」があります。
その「無限の愛」を理解した者が増えることで宇宙全体も調和されて行くことでしょう。
ありがとうございます。

遠隔スピリチュアル・ヒーリング ☆

ヒーリング

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こんにちは
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
残暑お見舞い申し上げます。
明日から私達もプチ休暇で山に4泊ぐらいして参ります。
さて、こちらのサイトでは真面目にスピリチュアル研究の研鑽を綴って来ております。
日頃から鑑定活動やヒーリング活動等をしております。今日はたまには短く、シンプルに遠隔ヒーリングをさせて頂いた方からの御礼のメッセージを少しシェアーさせて頂きます。
『人よし 我よし』 精神で感謝しながら生活を送るようになると必ず良い導きが訪れます。
不平不満を言いながら、人を憎み、人を羨ましく思って生活したところで、自分の過去世のカルマの清算が出来る訳ではない。羨ましい、恨めしいと思って自分だけが苦労して生きていると思うことをやめましょう。そして、人と比較することでさらに自分自身の魂を傷つけることもやめましょう。 充分にあなたが苦労した数だけ、大きな気づきになり、自分の魂の成長の為に多くの感謝をすることで、内面も磨かれながら、この地球に輪廻転生出来たことへ感謝することで、人それぞれの魂にあわせて過去世の清算が出来る時期が訪れます。
その時期と、ご縁にてスピリチュアルのドアの側までお連れさせて頂ける役目を頂けて本望です。
昨日、遠隔ヒーリングを受けた方の娘さんからメールです。
『遠隔ヒーリングありがとうございました。ヒーリングをしていただいている間に母もいろいろ感じることが出来たようです。ヒーリングをしていただいたあと、母の顔が清々しい顔になり とっても肩が軽くなったととても喜んでいました。
何より驚いたのは、私がいつ頃からか気になっていた 母の顔に 深い縦に刻まれた眉間のしわでした そのしわが、きれいにというか…、すっかり目立たなくなっていたんです。こころと表情というのは、繋がっているのだと改めて考えました・・・。略』

こちらこそ、ありがとうございます。
光の世界のドアを開けるのは、他の誰でもありません。 『あなた自身』なのです。
ご自身の心の変化があり、そして、人に優しくなれるこころの水晶玉を綺麗にするだけで、今までの心の癖が変化して行きます。そのことに気づき、行くべしところへ行く道を焦らずに一緒に参りましょう。
ありがとうございます。
合掌
明日の8月15日はこちらではマリア様をお祝いする日で祝日です。
^−^ キリエレーソン

生死からの学び

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
ここ数日は気温もこちらはそれほど暑くなく、穏やかでもう夏も終わりかな?と思えるほど夜はひんやりしております。
しかし、数週間前に欧州を襲ったヒート・ウェーブが今はアメリカを襲っています。南米では50年に一度というほどの寒さの為に雪が降らないところに雪が降っている様子です。暑さを襲って死者が多く出たルーマニア、ブルガリアは今度は大洪水に襲われた様子です。残念ながらこの異変は拍車が掛かっております。愚かな私たち人間はこの地球を牛耳っていた為にその反撃が大自然から起きている様子です。どうぞ心して、真理の追究を日々の生活の中で学び続けましょう。
ありがとうございます。
さて、ここ最近は普通の鑑定もしておりますが、「死者との対話」もしております。しかし、対面でなく、メールやお電話ですとスピリチュアル・リーディングは身体を消耗しますし、時期が来ていない方はお見送りすることもございます。
そこで今日は生死からの学びを考えてみたいと思います。
この世に生を受けたすべての生物にも生と死があるように、私たち人間も赤ちゃんとして誕生した瞬間でさえも、その赤ちゃんが永遠にこの世で命を保てることは出来ない。
人間には人間の寿命があり、その人、その人の天命が一人、一人に備わっているだろうが、天命を果たして死ぬ人はそれほど多くないだろう。
いつまでも元気で長生き出来れば本望だが、誰もがいつしか死を迎える。すべての人に訪れる死だが、日頃はそんな「死」の話などをすると「縁起」でもないからと言わんばかりにその死に対する心構えさえも避けてしまいがちであろう。
その「死」とは別に金銭的な事では生命保険などの会社は盛況しておりますが、家族、最愛の人とこの世での別れは、お金や物質的な物では心は満たされません。
死に対する精神面での支えを愛する人が死んでから学びたいと願う為に、人によっては悪徳な祈祷師に騙されたりする人も増えているでしょう。
少し前までの日本では「死」は身近でした。それは三世代で暮らす人や長屋みたいな人が大勢集まる場所で生活していた為に、お年寄りが亡くなったりするとお通夜、お葬式も喪主以外の人達が一生懸命にお手伝いして頂ける環境でした。
臨終の際に、孫の顔を拝みたいと願う御年寄りもいらっしゃるでしょうから、その孫や曾孫の顔を見ながら、息を引き取ることもしばしばあったでしょう。
その臨終を幼い時に脳の記憶の一部にでもある子供は「死」に対しても悪い観念もないでしょう。
頓知で有名な一休さんはある日、村人の娘が嫁ぐから有難い文句を書いて下さいと、一休さんにお願いしました。すると、一休さんは「祖父母の死、父母の死」いう文句を書いて渡しました。するとその村人は縁起でもない、祝いの日にこんな物を娘にいくら一休さんからでもあげれませんと憤慨しました。
そう怒る村人の為にもうひとつ文句を書いてあげました。「孫の死、子供の死」という文句でした。すると村人はこれは悲しいから、やっぱり、最初の文句を下さいと言って、持ち帰りました。
この地球上で起る出来事には順番というのがあります。その順番が狂うとさらに心が張り裂け、悲しみが長く続くことでしょう。
たとえ長寿をまっとうしたと思われる人の死でも家族はその死を悼み、悲しみます。まして、若い人の死、子どもの死は救いようのない虚しさがあります。いくらその亡骸に伏せようとも、どんなにその名を呼ぼうとも、その悲壮な思いと止まぬ心の叫びは、終わりのない迷路のような世界、納得のいかない事実です。しかも、それを抱えて生きていかなければいけません。
また、自分の死というものが目の前にあらわれることもあります。年齢的に死を考えるという人、病気などで死の宣告を受けた人など、そういう人達は死に対し精神的にもどうすれば良いか路頭に迷う人の方が多いでしょう。
どんなに若く健康な人もいつかは死に立ち向かい、それを考えなければいけない日を迎えます。その時、それまでに死に対し何の認識もなかったとすれば、理不尽ながらにも悶え苦しみ孤独と虚しさが繰り返し脳裏に過り、その時までの人生に対しての後悔や無念さで胸が締め付けられることから逃れることが出ないでしょう。
今の社会背景の中、いざ死というものが目の前にすると、自分を失ってしまうくらいの大変なものがありますが、どうやって精神的支えと認識と学びを得ていけばいいのか、それこそが霊的な学びであり、死を直前として真理の追求を学ぶことであの世に行く人を安らかにお見送り出来ることでしょう。
家族、友人、最愛の人の最後を見届けた人は辛いながらにも、死に対して納得することが出来る人もいますが、突然の病死、事故、自殺などで最後を看取れないないまま、この世でお別れした人にとっては、あの世に行ってしまった人とお話したいという願いがあるでしょう。本来ならすべての人に備わっているはずの「死者との対話」が出来るはずですが、今の世の中の物質的な生活に追われ過ぎてしまった為に神様とも距離が離れ、高級霊方とも距離が離れ、さらには自分の最愛の人からのメッセージも聞き取る能力さえも衰えて行ってしまっているようです。
有難いことに、先人達が伝える智慧は、生死観にも深く関わっており、現代社会を生きる無知な私達を癒してくれます。また、科学では証明出来ないスピリチュアリズムは本当の意味での生死の事実を教えてくれ、そして、無知な私達に緩和と知識で虚しい心や孤独な心を解放してくれ、本来の人間の「生きるとは、死ぬとは」を教えてくれています。
どんな死に方にも、その人とその死人に繋がる人達との間に業や因縁があるでしょう。生という誕生が人生でのスタートであり、最後の死期を迎える人生のゴールまでに、多くの気づきを生活の中のあらゆる処から頂けます。その死から目を逸らして生きて行くよりも、生死の根源とその崇高さを知り、「今を大事に生きる」ことこそ、現世にての生を充実出来ることで、「天命」を果たすことが出来るでしょう。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

波動を下げるタバコの影響

霊性

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
波動を高める食習慣の薦めを少し綴ってみたが、では、気づかない間に波動を下げている悪習の中でタバコの喫煙があります。タバコの喫煙者の多くは、周囲の人達に嫌われているのを承知で、タバコを吸わずにいられないという衝動に駆られます。喫煙と言う習慣は、喫煙者が他人に迷惑をかけると言う事実を知りながら、今までは目を瞑っていたとも言えるでしょう。豪州、欧州辺りのレストランではタバコを喫煙する人は寒い夜でも外で食事をするか、外でタバコを吸うかということになります。
低級霊がたむろする場所の繁華街では煙だらけ、さらに愚痴る人達が集まります。
タバコを止めれないで長くいますと、それだけも悪想念を作っていることになります。自分で自分の魂を悪化させていることになります。
タバコの成分は癌を発生させる要素もありますから、日常的に習慣として、吸い続けると癌という病気の原因にもなりますが、さらに神経、脊髄などを麻痺させたりする要素もあるようです。そうなると、霊的神性を鈍らせ、霊的波動を下げてしまうことになります。
したがって、いくら良い食べ物を取っても、タバコを吸う習慣がある人は人に迷惑をかけるだけでなく、霊的にも、霊格を下げて行っていることになります。
少し前のアメリカの映画でも喫煙しているシーンを見せるシーンもありましたが、今ではそんな映像を映す映画会社も多くないでしょう。
いくら自分は人の為、世の為に貢献していると言いながら豪語しても、喫煙者である限り、この狂った自己本位的な悪習は、波動を下げていることは確かでしょう。
また、喫煙という行為を霊的に見ますと、邪気を吸い、さらに、不純な煙を放出しているところは、工場からの煙のように、公害に近いと言えるでしょう。人によっては、「食後の一服は最高でタバコはストレス解消になるし、神経を鎮めるから、良いではないか。」という人もいますが、それは身勝手な言い分で神経を鎮めるのではなく、神経を低下させるという方があっているように思います。
霊能者でタバコを吸って、神経を鎮めるから良いという人を見かけたことがありますが、長い間の喫煙者であれば、高次元と交流出来ないまま、交流しているのは未浄化霊が高級霊を装った霊とコンタクトしていることになります。
波動を高める食習慣で毎日を健やかに送りたいと願うのであれば、喫煙を止める必要があるでしょう。喫煙の影響は、臨終に惨めな結果を招きます。そして、死後にも、極めて惨めな状態を招きます。それは、霊体の硬直と麻痺を生じさせ、この為に、長い期間、人間の意識体は狭い檻に閉じ込められたような閉鎖状態に陥り、この期間、長期に亘り苦しむことになります。その期間とは、短くて三週間から数カ月、人によっては数年から数十年に及びます。
狭い檻に閉じ込められた意識体は、ここで無気力に陥ったり、無意識で数カ月も過ごしたり、意識が無くなったような状態になって、ただ、沈んだ意識だけが憂鬱な期間を肉体を失った後でさ迷っている状態と言えるでしょう。
ですから、霊的にも肉体も綺麗で健康でいたと願うのであれば、生きている間から悪い想念を作らないように心がけましょう。
ありがとうございます。
良い日をお過ごし下さい。
☆長崎の原爆投下の日 合掌
ありがとうございます。

波動を高める食習慣の薦め パート2

癒やしの世界

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
昨夜は久しぶりに涼しかったです。気温は28度ほどで日課のウォーキングも大勢の人達で賑わっていました。
さて、波動を高める為に昔の人達は滝に打たれたりして、自分の穢れを取り除く行為を日本では荒行として行っていた時代もありました。
現代人は滝に打たれる場所も時間もないであろうから、普段の生活の中で穢れを取り除くには家の中の掃除をすること、さらに、食習慣を見直すことである。
私たち人間が食事をすると言うのは「祀り事」である。つまり食べ物は、同時に感謝することを学べるのです。私たち現代人が認識しなければならない事は、「食事は単なる栄養補給」ではないということです。
霊的な食養道から言えば、人が食事をする行為は、「自分と天地を結び付ける行為」であり、神道であり、神様との縁を結ぶ行為なのです。
神道的に言えば、「祀り事」であり、一粒の米、一片の野菜、一滴の水などは、天と地の恵みが凝縮されたものであり、この恵みによって、私たち人間は「天命によって生かされている」という意味があります。私たち人間は、自分で生きているのではなく、「天から生かされている」という事です。
戦前、戦後の日本人は、食べ物を神棚に供え、または先祖を供養する仏壇にも同じ物を供え、その後に頂くと言う風習がありました。さらに、食事をする前には合掌をし、手を合わせて食べていました。合掌は食べ物へ感謝する行為です。つまり自分と食べ物の間には、「祀り合わせ」というご縁で自分の目の前に用意された食も多くの人の流通によって繋がっていますし、食べ物のその命を頂くということで、生命を頂くから「頂きます」ということは以前にもお話しました。
しかし、私たち日本人は、戦後の高度経済成長期を境に、豊かになり、こうした豊かさが、余りにも食べ物を粗末にし、あまりにも軽視する状況を作り出して来ています。お金さえ出せば、レストランに行っても、沢山頼んでも、残し、必要以上に食べようと思いオーダーしたりして、食べ物などはあって当たり前、水もここ最近の災害続きで貴重になり、やっと、水の大事さを人間は意識しているようです。どの食材にしても、食べ物が天地の恵みによって与えられているという事をすっかり忘れてしまっているようです。天地の恵みから頂いた尊い命を忘れているので、食べ物に対しても忘れてしまっているようです。
車や家などは壊れたら買いかえたり、建て直したりするのにさほど時間が掛かりません。しかし、大木など倒したり、焼けてしまったりするとその木が同じ状態になるには人間の寿命の3倍はかかるでしょう。食べ物でさえも、大地の恵によって生まれ、大地に蒔かれた種は、土の気を根から吸収し、太陽の恵みを得て、光と水と二酸化炭素から光合成によって育ちます。どちらが欠けると育ちません。
そして、こうして収穫された作物を食べる事により、私たち人間は肉体に活力を頂いております。
食事が出来る体があるということは健康でもあるのです。食べるものと、食べられれるものとの関係の「バランス」が成り立ちます。ですから、食べられる物への感謝が必要なのです。命を頂くと言う感謝を忘れてはならないのです。
その食べると言う行為は「祀り事」であるという意味では、食べるときに食器に移し換えることも波動を高めることが出来ます。最近では、一人暮らしでコンビニで買ったまま食事をする人が増えているようですが、パックのままを長い間食べ続けると必ず運気が下がって行きます。
「面倒だからいいじゃない・・・。」ということもありますが、自分の運気を少しずつ下げるよりは、陶器などに移し換えて食事をすると運気が良くなることもあります。ご自身を植物だと思って下さい。その水や光や肥料のバランスによって植物も枯れたり、イキイキしていたりするでしょう。
食事という行為を静粛な行為であると同時に感謝することで、身体も健康でいられるのです。
食べ物から頂く運気、そして、家の中も小奇麗であれば、運気も波動も高くなります。
汚れの中に暮らす生活は、汚れなりの運勢しか頂けません。身体も部屋も清潔にし、小綺麗にし、食事にしても面倒臭がらないことです。その行為の中にこそ、「祀り事」という意味が含まれています。そして、感謝し、慎みを忘れないことで「人よし、我よし」精神にて運気も良し、日々の生活の中で常に感謝出来る出会いや、出来事が訪れることで、多くの気づきも頂けるでしょう。
ありがとうございます。

波動を高める食習慣の薦め

癒やしの世界

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こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
ここ数週間でアメリカの橋が突然落ち、インド、バングラデシュでは大洪水、日本でも地震、さらに英国では突然の大雨により多くの被害が続いている。さらに、ここ数日間では英国南部の農場で、家畜約60頭から感染力の強い家畜伝染病「口蹄(こうてい)疫」が確認された。昨日からしばらくはキプロス国内に英国から入国する観光客に何やら怪しげな薬をカーペットにまいて、そこを踏んで通過しないと入国出来ないらしい。この感染病は空気感染するからエイズや他の牛肉の問題よりも質が悪い、しかし、地球温暖化、さらに災害でここキプロスなど洗車が3年前では600円ほどだったが、今では2000円ほどになっている。自分で洗車するにもホースで蛇じゃと昔みたいにやると罰金も取られる時代だ。お風呂に入るにも水代が異常に高い時代・・・。さらにはこの3年間でガソリンも高騰し、日照り続きで、暑いイタリア辺りも小麦が不作でパスタも高くなっている。もちろん、ビールも高い、水が高くなっているので野菜も高くなっている。
そして、タマゴも6つで300円ほど、一番安いのを狙って買っているが、本当に高い。唯一、安いと思える果物は10キロ500円ほどのスイカぐらいで、日本のように中国産はあまり売っていないが、生活するのも、食べるにも高いと感じる・・・。テレビでNYで1本50ドルの水が沢山売れているというが、そんなに勿体ことするなら、アフリカの飢餓で苦しむ人達に食料、医療を提供して欲しいと願って胸が締め付けられる。
ここ最近、遠隔スピリチュアル・ヒーリングを受けた方から、邪気やマイナスの波動を取り入れない為にはどうしたら良いかという質問も頂くことがある。
その中で、波動を高める食習慣で綺麗な波動になることは、水晶玉を磨くみたいで魂も綺麗になるだろう。
まずは、「代謝のバランス」を保ち、身体の中から毒性を取り除くことから始めることです。

・水分を多く含む食べ物を食べること。
・食べ物は正しく組み合わせて食べること。
・果物を沢山取ろう。

水分を多く含む食べ物を食べることで体内に多くの水分があるほうが良いそうだ。美容でもお水を沢山飲むことが、綺麗なお肌を保つことはご存知だろう。地球の70%も水であるように、人間の体も70%ほどが水から出来ている。地上の植物で私たち人間が食べれる水分を多く含む食べ物は果物と野菜である。
野菜と果物を豊富に取り、加工された食品、パン、米、肉、魚、乳製品などは適量で良いだろう。
私たちの身体には水が必要である、それは、身体に滋養を与える、そして、体内の浄化の為である。水は他の食べ物の栄養を体内へ運び、さらに、毒性の老廃物を体外に出してくれる。果物や野菜にはビタミン、ミネラル、タンパク質、アミノ酸なども含まれている。
この地球が出来た時いたと伝えられる女神や神様などは果物と水を取っていた。果物と野菜で人間が生きて行く為に必要な栄養は補える。
さらに、食べ物を正しく組み合わせて食べることで、消化が良くなるので、体内の中でスムーズに栄養になるだろう。お通じが悪いという人やお顔に吹き出物が良く出るという人は、加工食品を同時に沢山取らないことである。つまり、お米、お肉、魚などは胃の中で消化するには時間も負担も掛かってしまう。果物や野菜以外はすべて加工食品だと思うと良いだろう。
だから、加工食品を多く食べると、腐敗物が胃の中で消化するのに時間がかかり、腐ったモノが胃で発酵してしまい、お腹が重たくなったり、オナラが頻繁に出たりするだろうし、女性の場合は便秘や宿便が溜まってしまっていることもある。
昔は日本などで誰かが病院に入院すると大きな果物のバスケットを病人にお見舞いの際に持って行くことが多かったのは、果物が身体を浄化する作用があると分っていたのかも知れない。
果物は食べ物の中でも最も水分を多量に含んでいる。
その成分の80〜90%は浄化に役立ち、生命力を与えてくれる水分である。
夏には身体の体温を下げる為の果物がなり、冬には冬に身体の体温を上げる為の果物がなり、それを食べて来ている。その果物の生命力には、他の食べ物よりも土地からの恩恵がある。
体内をクレンジングしたい人は是非に多くの野菜と果物を毎日の生活の中で多く取る事で身体も魂も綺麗になるだろう。
常温のお水を沢山取ることも大事だが、食欲がないときは、スイカを食べるだけでも元気になれる、そのスイカも出来れば温室育ちでなく、土地の恵みがあるスイカの方がパワーアップになるだろう。
夏ばてしないで、暑い夏を乗り切りましょう!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
☆すでに他のサイトではプチ・バカンスというか、避暑地の山へ8月15日〜20日まで音信不通の場所にいますので、コメントを頂いてもお返事はそれ以降になります。よろしくお願いします。
ありがとうございます。