イスラエル旅行 マサダ
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
念願だったイスラエル旅行だったが、慌しく新天地への引越しが決まり、もうすぐ復活祭になりそうなので、写真だけでも楽しみになさって頂いていた読者さまへご披露させて頂きます。
かなりの量の写真だけあって、編集するのが大変でした。
まずは、世界遺産にもなっている、マサダ。
マサダとは、ヘブライ語で要窟と意味らしいです。
マサダは、イスラエル国内でエルサレムの次に人気のスポットらしいです。
しかし、昔の人たちは何も無い所を大きな岩や、すさまじい量の砂や水を電気もない時代にコツコツと一人の王様の為、女王様の為に、命がけで造り上げた遺跡やお墓、登ったり、中腰のままで移動する場所、這いながら狭くて暗い所、いつもながら思うが、ロープウェーとかあってくれて良かった。
でも、次の日は筋肉痛になってしまうことがほどんどだけれど・・・。










ご覧頂きまして、ありがとうございます。
エルサレム編へ続きます。
ありがとうございます。
kazuko先生、こんにちは!
ありがとうございます。
ああ。。。ここはマサダ要塞の跡地ですね。
先生はよくこの場所を訪れられたと思います。私では多分怖くて近寄れない場所かもしれません。
破滅的なユダヤ戦争の遺跡で1000人近くが立て篭もった場所ですが、生存者は女性と子供数人だったらしく、
残りの人たちは、包囲していたローマ軍に殺害されるか自殺したようです。
あと上の記事の写真ですが、コプト教会の玄関の写真が印象的です。
Queen Helen Churchと書かれておりますね、エルサレムゆかりということは、コンスタンチヌス帝の母ヘレナの教会に捧げられたなのでしょうか。
一番上のコプト文字は何と書かれているか読めません(笑)
エルサレムの古地図には、ギリシャ語でしっかりと「ハギア・ポリス・イエロサリム」とかかれておりますね。
(現代ギリシャ語では多分違う発音かと思いますが)
聖墳墓教会は昨年騒動があったようですが、先生が訪れた時は平安だったようで何よりです。
この地も、古代から必ずしも平和だった場所はありませんので、色々な想念を感じだれたようですね。
週末にまたゆっくりと拝見いたします。
それでは・・・・
(Roxy)
ROXYさん
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
マサダですが、不思議な空間でした。お城の中にはトルコバスもありました。水が無い所、それも高い場所にお水や食料を運ぶだけでも、昔は1日掛りだったと思います。
ローマ軍に捕まって生きるよりも、自由な生き方。昔はイスラエル人と言えば、エジプトのピラミッドを建設するためにも、捕虜、奴隷として扱われた時代。「自由」を失うならば、自決する。
死んで行った人たちは、広場に集まって、家族を殺し、自分も死ぬ状態だったらしいですが、生き残った人たちは、あまりにも怖くて身を潜めていたようです。
エルサレムは宗教が圧縮された場所で、ギリシャ正教会、アルメニア正教会、ユダヤ教会、カソリック教会がバラバラにありました。エチオピア正教会もありました。最近は、教会敷地が狭い為に、紛争があるようです。
古いお墓なども、イスラエル人からすると邪魔?人口密度から言うと狭いですよ。昔はイスラエル人の子供はオレンジジュースを飲んで大きくなると言っていたようですが、スペインからオレンジを輸入しているようです。
オレンジの木があったところは、住宅になっています。
ごゆっくりと、ご覧下さい。
ありがとうございます。