自分にも他者にも優しく ♪

ヒーリング

150.7:265:350:0:0:DSC01066copy:center:1:1:手と手を併せて、ありがとうございます。:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
早いもので、今年も上半期が終わっちゃいましたね!
でも、まだまだ今年も終わったわけではありませんから、前向きに日々の精進をして行きましょう。

人は自分自身にも優しく、尚且つ、尊ぶ気持ちをそのまま他者にすることで、この世は尊ぶ心と敬う心にて、尊敬の無限の光に包まれることでしょう。
尊い自然の雨の恵みがあるからこそ、自然界では花が咲き、果物や野菜にまで、有り難い恵みの雨として降り注ぎ、この世は持ちつ持たれる自他との繋がっていることに気づくことでしょう。
自分自身を尊ぶことで、最終的には他者の為に奉仕をしたいと願う気持ちが内から湧いて来ることでしょう。それは、他者を尊ぶ事、そして、自分自身を尊ぶ事は同じだと思えるようになって来ます。そこには、境界線があるようでないことに気づくでしょう。
仏教では自分自身の利己的な「私」を捨てる事を「無私」と言います。つまり、自分の我(ガ)を捨てた境地を「捨我」と言います。
さて、私たちは意外と自分を粗末に扱っているかも知れません。
この世で生活していますと、案外、自分を大切に扱っている人は少ないかも知れません。
現世にて一回限りのこの自分を大切にしないで、自分を粗末にして、肉体が無くなってからはあの世に持参出来ない服や、高級車や家具や家ばかりを大事にしている人の方が多いでしょう。
自分を大事にすることを忘れて、自分を甘やかせていませんか。さらに、自分に甘い人は案外他者に厳しく、自分に甘いが自分を大事に扱っていると勘違いをしている人がいるでしょう。
自分に甘い人は自分を粗末に扱い、日常生活でも不摂生を繰り返している中で俗世界に流せながら快楽に溺れてしまっている人もいるでしょう。
さらに、自分に甘い人は自分には大変寛大ですが、他者には厳しい要求を求めることもあるでしょう。どうしても楽をしたい、辛い仕事はあの人に任せておけば良い、自分は辛い仕事から逃げる為にどうにかならないかと巧妙な言動をとることで自分が相手をコントロールして、殿様気分になっているだけです。本当の心は「自分だけ」、この世にいる間に、甘い汁を飲みたいと願っていることでしょう。
自分に甘い人は忍耐強くなく、怒り、恐れ、悲しみ、憎しみ、恨み、欲望、不満の心は、これらの感情は同じような波長ですから、順調にことが運んでいるのは自分のお陰だと思って生活していることでしょう。しかし、自分ばかりを思う甘い心は他者から悪い想念を送られることになります。
自分に甘い人は生活環境の中でも何事も楽をして、快楽を楽しもうと思いますから、少しでも辛いことは避けたいと願っているでしょうから、その為に生活を困難にさせ、不幸を呼び寄せることになり、人は生活が苦しくなって行く人の側にいたいと思わなくなり、蜘蛛の子達のようにばらばらに去って行くでしょう。
自分の幸せを願うこと、他者の幸せを願うこと、そして、他者の為に祈りを捧げてこそ、自分自身に祈りを捧げることと同一意識であり、自分を空にすることで、大きな向上になることでしょう。
人生で良いことも悪いことも両方を経験して来たお年より方は、どこの国でもこの両方はどちらも非常に似ているとおっしゃっております。
さて、ここでお釈迦様のたとえ話の中で、地獄と極楽のたとえ話をご紹介しましょう。
あの世でも食事をするのですが、心で食べると言った感じでしょう。
両方とも似たような感じだそうです。どちらも大勢が大きななべを囲み、なべの中のごちそうを長い箸で食べるそうです。
地獄では、その長い箸で食べ物を挟み、それを自分の口の中に運ぼうとします。しかし、箸が長い為、自分の口の中に運ぼうとするのですが、箸が長過ぎて他人の箸と絡まり、中々自分の口の中に、食べ物を入れることが出来ません。そうこししていると、お腹が減っているのに、ご馳走が食べれませんから、周りの者と争いになり、お互いの非難と怒号の光景は喧騒している様だそうです。
しかし、極楽では、この長い箸を旨く利用して、食べ物を取り、自分の口の中にではなく、向かいあう人の口の中に、お互いが運び合いながら、お互いが感謝の気持ちで、「ありがとう」の言葉を交わし、お互いが交互に口の中に食べ物を運んでやっているので、ご馳走も美味しく頂き、皆で仲良く出来ているそうです。
私たち人間は同じ環境に居ながら、自分の事を抜きにして、相手の事を思い、相手に譲り、相手が喜ぶことで満足し、この心こそが、自他同根の集団ですから、相手の口の中にご馳走を運んであげて、「ありがとうございます」と言われ、また、相手から、自分の口に運んで頂き、「ありがとうございます」と、感謝の気持ちのキャッチボールをしているのでしょう。
分かち合って食べれば、「人よし、我よし」になって、人の口に食べ物を運べば、また人からも自分の口に食べ物を運んでもらえるのです。また、これが「分かち合って食べる」これまでの日本人の人生観でした。
私が今住んでいる国も少しずつ現代の他の国や日本のように、民主主義の下のエゴイズムに染まりつつあると感じます。まだまだ、お年寄りが健康で元気な村人たちは「人よし、我よし」精神でしょうが、若い世代を見ていると、「自分だけよければ他はどうなっても良い」という悪しき個人主義の影響が現れているように思えます。
日本も含めて人と分かち合うのが当たり前だった時代から、物質を追いかけるあまり本当に大事なこころは失われているように思えて、とても残念です。
どこの国でも、「人よし、我よし」の精神に戻ってくれることで、世界中で起きている悲しい出来事の争いが終わってくれればと願っております。
しかし、一人の祈りは貴重ですが、大河の一滴ほどの小さなものです。
ですから、皆さんも、自分の幸せを願うのあれば、他者を祈念することから始めてみませんか。
そうすることで、他者は自分自身の反映であることに気づことでしょう。
他者は鏡に映った自分であり、その魂は壮大な宇宙の一点から発している同根から根元に辿りつくことでしょう。 森羅万象ですべては最終的に繋がっていることに気づくことです。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。 

霊 ☆ スピリット ☆

スピリチュアル☆

20.4:350:263:0:0:DSC00906:center:1:1:アニマル・スピリット:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
さて、以前に憑依について書いておりますが、もう少し簡単に現象について教えて下さいというメールが何件かありました。本当は意識し過ぎないのが良いのですが、参考の為に書き出してみたいと思います。
色々な霊が存在しておりますので、霊と言っても、捉え方は様々でしょう。霊とは人の肉体のない状態だけですから、見えない人と言えるでしょう。
肉体がない分、3次元の法則に囚われることなく、時間の観念がないのも特色です。ですから、何百年もそのままの姿で居たりするわけです。
霊の中には、大雑把に高級霊、低級霊(未浄化霊)として、日本では格付けがなぜかあります。
それは、生きていた時の善徳か、悪徳かなどで判断でしょう。
人に感謝されるような行いをして生きた人は、高級霊の部類に入る可能性があるのでしょう。
また、人に限らず、ペットをはじめとする動物や自然界に存在する精霊。精霊達の存在も貴重です。
昔から霊に憑かれたという話しを耳にすることもあるでしょう。
先祖霊などが供養を求めていたり、成仏を願っていたりしている場合や亡くなった当時の気持ちと同じような気持ちを持っている人にすがったり、世間に恨みを抱いていた人は意味もなく、死に追いやろうとしたり、強い感情(怨念、嫉妬、羨望など)を抱いてた人は、原因となった個人やその家系に苦しみを与えたり不遇な事故で突然亡くなった霊などは、死んでしまったことを知らない者も見えない世界では存在します。
気づいて欲しくて憑いたり、様々な理由が原因として、障りという現象を起します。
その場合、原因不明の病にかかったり、偏頭痛や突然の事故などに遭うなど不思議な怪現象として起ってきたりします。
では、簡単に箇条書きにて、霊障としてあげられるものをご紹介します。
===============================================

●キーンと言う耳鳴りがする。
●おならが頻繁に出る。大便が匂う、黒っぽい。
●いつも身体がだるい感じがする。やる気が全くない。
●突然の発熱。解熱剤を飲んでも、医者で解熱の注射を打っても下がらないような発熱。
●日替わりで場所の移動する肩凝りやひじ・ひざ、手首、足首の関節の痛み。
●部屋の中のあちこちで、バキッ・ガタッと言うラップ音がする。
●道を歩いていて、急に肩や背中が重くなり、二の腕が冷たくなる。
●喉から下みぞおちの辺りの間に、何か詰まった感じがする、息苦しい。咳が止まらない。
●最近、部屋が汚くなっても、掃除をしようとも思わない。ゴミの中に居ても平気である。
●下っ腹が張る (お臍の下の部分)。
●腋の下の前部を押すと痛む。
●やたら眠くなる。いくら寝ても眠気が取れない。生あくびが連発する。
●食後でもないのに、頻繁にケップが出る。
●同じ夢を繰り返し見る。
●原因不明の病気が半年以上続いている。
●目つきがやたら鋭くなってきた。
●体のあちこちに、湿疹のようなみみず腫れが出来る。
●自分の意志と裏腹な行動をとってしまう。
●何も無いところで突然転ぶ。
●急に指先が痛む。
●悲しくもないのに涙が止まらない。
●何かに見られている気がする。誰も居ないのに人の気配を感じる。
●常に肩が凝っている。刺すような痛みを伴う。
●霊を見た。
●最近味覚が変わった。
●突然切れるように怒る。

==============================================
子供頃から今までに自分自身の経験と、今までにお会いした方達の症例からのケースです。他にもまだ多くのケースがあるでしょう。いくつか当てはまるようであれば、信頼のおける霊能者さんに、ご相談してみて下さい。
守護霊様や、ご自身の魂からのメッセージであるので、すべて霊の仕業であるとも限りません。
通常は波動、波長で霊とも繋がります。現世で繋がる見える人たちとも波長の繋がりです。波動、波長が下がると未浄化霊でさ迷っている方達に憑かれることもあるでしょうから、出来るだけ、自己を見つめて毎日のストレス、怒り、悲しみ等から開放される必要があるでしょう。とっても簡単ですが、生活の中で小さなことでも感謝しながら生きると波動が上がります。お金も道具も必要ありません。ただ、感謝する気持ちを持つことです。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

日頃からのセルフ・ヒーリング ♪

ヒーリング

23.1:350:262:0:0:DSC01051:center:1:1:ヒーリング効果も抜群のローズ:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。

山に行っている最中に突然友達が遊びに来るというので、昼ご飯の用意をすることにしました。私達は和風ベジタリアンですから、お肉を食べないのですが、お相手がお肉を食べたい人達であれば肉料理も致します。
ただ、山は自宅でないので使いかってが違ったりしてどこに何があるのか、それに義理の母にも一緒にお昼ご飯を作って頂きました。電話で最初に話した際は夫婦だけで来るということでしたが、その後は高校生の育ち盛りの身長が2メートルほどの男の子一人が増えたと思いきや・・・、その車を運転して来た友達の友達、キプロスではよくあることですから、慣れて来ております。食事を食べ終わって、キプロスコーヒーを作っていた際に友達の奥さんが落ち込んでいるので訊ねたら、妹さんが乳癌になったそうだ。
ここ最近は癌も早期発見によっては胸も切断しなくても治療出来る様子ですが、乳癌の場合は日頃のチェックが必要です。私も豪州時代は子宮ガン検査も最低2年に一回は強制的というほど掛かりつけのお医者様から電話や手紙が届いたりしていました。
以前、シドニー時代に鑑定していた際に、日本人の女性でオーラがどんよりしていて鑑定中に身体を透視すると、胸の辺りのオーラが黒いので「病院に行っていらっしゃいますか?」と訊ねたことがあります。鑑定依頼は商売の件でしたが、鑑定の最後に「是非、病院に行かれた方が良いと告げる」と「何の病気でしょうか?」と聞かれたので、私は医者でないので病名を告げることは良くないと思いますので、余程のことがないと致しません。海外で生活していてその方は旦那さんの付き添うでなければ英語での診察は不可能なので、どうしたら良いか悩んでいたので、「日本人のお医者さんですが、多分、この病気だと誤診はないでしょうし、そのお医者さんはGPですから、それ以上のことは出来ませんので、その後は日本語で旦那様に説明して貰って早く病院に行った方が良いでしょう。」と言うと、「もしも、癌の時は主人は怒るかも知れない!」と言うので、世代的にも乳がんですと胸を取らなきゃいけないし、ご主人は病気に対しても怒るし、さらには乳がんだとしたら、「もしからしたら、ご自身で分る症状がありましたか?」と訊ねると「先月、旅行に行った際に胸ににきびほどの湿疹から膿が出ていて、主人に話すと、縁起でもないから・・・と、言われて、そのままにしておいたのですが・・・。」と泣きながらの彼女の話しを遮って、「一刻も早い方が良いと思います。ここに電話して予約して、この後、行って下さい。なんなら、私が今、ここで予約を入れましょうか?」と訊ねると頷いていたので、無理言って予約をして2時間後に行って頂くからということで了解して貰った。
英語が出来る人であれば、数件の病院名、お医者様の名前等を海外からいらっしゃる方にも教えていた。海外に暮らしていての突然の病気や事故は本当に言葉が通じないだけに心細いものだ。
その日のうちにその方から電話を頂いた。「日本人のGPの先生は最初?色々と検査の事で言われましたが、触った瞬間でこれはと言って、今日、これから、入院する前に」と言ってお電話でお礼?を頂きましたが、「それよりも、ちゃんと元気になって遊びに来て下さい。早く家に帰って、事情を旦那様に話して下さい。文句を言うようであれば、私のところに電話をかけて貰って下さい。」というと泣きながら「分りました。」ということでした。
その後、忘れた頃に町に来た際に、お礼をしにお越しになったときは少し痩せていらっしゃったが、元気になっていらっしゃいました。
女性特有の病気、男性特有の病気も様々な難病もある、最近の日本では3人に一人が癌予備軍と言われているらしい。
自分が病気になって初めて分る日頃の生活環境の見直しをする必要があるかも知れないでしょう。様々な病気はストレスから来ることがあります。小さなストレスを身体の中で育ていると言えるでしょう。
体から来るストレス、心から来るストレスも日頃からのセルフ・ヒーリングによって自分を見つめ直す為にもお薦めします。
ここ最近では病院でもこのヒーリングをお薦めする場所も増えて来ています。
心理療法、アロマセラピー、マッサージ、自然食、絵画鑑賞、入浴などさまざまです。心身に対するさまざまな働きかけによって、体がリラックスし、心が満たされることを「癒し」などとも言い、最近では癒しブームとして注目を浴びています。癒し、と聞くと、リラックスして気持ちいいものかな、というイメージが湧く人が多いと思います。ヒーリングと癒しとはどう違うのでしょうか?ヒーリングには、癒しブームでもてはやされているモノや運動による刺激による一時的なリラックスではなく、日々繰り返されている感情にアプローチする専門的なものがあります。ヒーリングによるアプローチにより、物事の感じ方が変わっていき、日々少しずつ心身が軽くなり、毎日が安定する。なかなか奥が深いものです。
さて、乳癌の早期発見の為にセルフチェックを致しましょう。日頃から自分の乳房に気をかけることが大切です。乳腺内から発生する乳がんは、乳腺があれば誰でも発生します。乳がんは自分で発見することのできる唯一のがんと言われています。
では、セルフチェックの方法としては、乳房の張る月経前は避け、乳房の状態が柔らかくなった月経5〜7目くらいが丁度良いくらいの状態だと思われます。乳房の見た目や、触ってみて普段と何か違うなど違和感を感じたら、専門医に相談して下さい。
癌=死ではなく、自分の身体、自分の家族、周りの人々との関係を見つめなおすことや、スピリチュアルに対しても興味を持つことが出来るきっかけかも知れません。それまでは仕事、お金が中心で生きていた人も、家族の病気などで物質面では計り知れない気づきが頂けることでしょう
さて、話は友達の妹さんの乳癌の話しで友達はお医者さまからダマスク・ローズで作ったシュロップが身体に良いということで、話になった。その友達はそのバラで有名な場所から来ていたが、一緒に歩いていて、驚いたのは、あれ〜!私たちの村にも沢山野生のダマスク・ローズが目についた。年間を通じて1ヶ月ほどしか咲かないこのローズだが、気づいてみると至るところになっていた。友達はそのバラを見ながら「ここの村の人たちはこのバラを摘まないの?」と聞いて来たが、「多分、村人人数が少ないので、面倒だと思う?」と答えた。
バラのほかにも目に良いと言われる花も咲き乱れていた。他の村だと乾燥させて袋で売っているとのこと。多分、私たちの村人は生きているだけでも立派なお年寄りなので、商売にするほどの時間がないと思う。毎日、みかん、りんご、さくらんぼう、洋ナシ、プラム、アーモンド、クルミなど等の木に水をやる作業だけでも忙しいであろう。
だから、花まで出来ないと思う。その彼女に教わって、ダマスク・ローズのシュロップを作ってみた。このシュロップは特に婦人科系の病気に良いらしい。しかし、ピンクの花びらだらけのキッチン、そして、バラの香りでうっとりでした! ^−^
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

22.6:350:263:0:0:DSC01063:center:1:1:自家製 ^−^:
20.3:350:262:0:0:DSC01059:center:1:1:出来上がり!砂糖と水だけ・・・:

どんなことでも絶対はない!

霊性

3.6:134:202:0:0:healinglight:center:1:1:光・・・ヒカリ・・・ヒーリング・ライト:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ご縁があって『霊界サロン』をお読み頂いている皆様、
ありがとうございます。
さて、5月28日はお休みです。今年はこちらはお休みが少ないです。日本みたいに改正されるとお休みが増えるのになぁ〜と思っております。[にこっ/]
前回で精神統一について書いたが、心霊研究を追及して行く際には、この「精神統一」が身体と心のバランスに繋がることであるから、どうしても、この基礎である『精神統一』修業は必要でしょう。
心霊研究に関係なく、幸福を招き入れるカギといっても良いでしょう。
人の心は「こころの癖」というのが日常生活の中での意識がポジティブ思考の方であれば、障害が目の前に起きても、ポジティブ思考で乗り越えられます。
ポジティブ思考の方は息遣いを心得ている方が多いのが特徴ですので、土壇場に立たされても、深呼吸をしてパニックにならないように心の平常心を保とうをします。この精神統一で有名なお侍さんは海外でも人気のある「ムサシ」と呼ばれている宮本武蔵などは相手がどう行動するか息遣いで判断していました。
この息遣いというのは直感とも言える感覚であると思います。
ですから、日常生活の中でも、子供の頃から「精神統一」をする訓練をすると良いでしょう。大人になってからですと何事も時間が掛かります。それは身体で覚えた癖などもあるので、おしゃべりな人が24時間という時間、誰とも話すことを禁止されるとパニックになってしまうこともあるでしょう。沈黙が怖いという方もいらっしゃるでしょう。
日本では最近の怪奇な事件を見ておりますと、この精神統一を学校で教育しないが為に「ムカつくから、殺した!」「ムカつくから、殴った!」などと加害者である若者が語っていたりしています。本人様はあまり悪いことをしたという気持ちもないように思います。残念ながら大人も子供も自己中心的な人が増えてきた様に思えます。
これはやはり「忍耐」と「我慢」が出来ない為に切れやすい人たちも多くいるのではないでしょうか。
よく、「子は親の背中を見て育つ」などと言われていますが、家庭生活の中で親の生活態度が知らず知らずに子供の言動や性格に反映してくることはあると思います。それと同じように、精神統一と家庭生活との関係もあるのではないでしょうか。日常生活の態度や習慣が精神統一の修行に反映されてくるでしょう。
ここ最近はネット社会と言っても過言ではないと思います。
自称霊能者が溢れている中、このインターネットを使用して「言ったモノ勝ち」という風にみえます。
豪州時代に瞑想会などを開くと、一人か二人は見栄っ張りというか、自慢したいのか、練習をしないうちから、霊の話やあそこに誰かがいるとか、身体をくねらせていたり、時には奇妙な声を出して、いかにも霊能者ぶろうとする人もいました。
本人は無意識でやっている様子ですが、呼んでもいない霊さんと波長が合っている様子ですが、周りはちょっと迷惑です。それに精神統一している際はピントは沈黙の中での自己内省だったりしますから、外から来る霊などをシャットアウトしないと何の為の精神統一か分らなくなってしまいます。
この手のタイプの人は普段から自己中心的で注目を得たいのでしょう。
すべての現象がニセモノではないだろうが、やはり、真面目な人であると騒がずに手が震えていたり、身体も前後に揺れていたりすることはあるだろう。
霊にも未浄化霊と高級霊など様々な霊が地上界と同じで、性格も思考ももちろん様々であるから、どのレベルの霊と波長があっているかはオーラが見える人がみれば分るであろう。

しかし、霊能者達で死者との対話などする際は必死の覚悟で波長を下げてることもある。これは本当に辛い。さっきまで極楽モードで気持ちが彼岸近くで戯れていたのをへびやとかげや暗いどよどよした身が凍る思いに引き寄せられることもあるからだ。一歩間違えると未浄化霊などは身体を失ったことに気づかないで生活をしているから、そのまま、霊媒者の身体を乗っ取ってしまうこともある。
それが多重性格などと言われる一人の身体に3人、4人の霊が存在していることもある。奇才な人などは一つの身体に3つほどの魂を持って生まれることもある。
神童と呼ばれたモーツアルトなどは一つの身体に複数の魂を持っていたであろうと思えるが、順調に共存している時は波長が合い良い想念でいられるが、心身ともに不調が続くと複数の魂達の中で一番「我」が強いのが誘導しようとするが、どれが自分だか分からなくなる。
生まれ持った人もいるが、途中からオーラの中で波長が合い生活を始める霊もいる。これは守護霊様とか背後霊様とかと類が違い、未浄化霊であるから酒が好きだった人だと酒なしでは生活が出来ない人になったり、女が好きだった性格の未浄化霊がオーラの中で生活を始めると急にその手の行動をして周りを驚かせたりする。
さらには、狂言を言ったり、叫んだり、周りの人たちでは手に負えない状態に発展してしまうこともある。
さて、心霊に関心を持ち始めたばかりの人はとにかく霊の力に興味が抱くようである。さらに、本や誰かの話を聞いたりして人が体験したことでも、自分が体験してことだと錯覚することもあるだろうし、幽霊を見たり、火の玉を見たりすると自分はその能力を持っていると思い、たいそう偉くなったような気分になりがちである。
ちょっと変わったことがあると何でも霊の仕業だとか言い始めたりするものである。
しかし、ここで注意しなければならないのは、私達人間は死んで霊界に帰ったからといっても少しも偉くなるわけではない。
死ぬということは、身体が無くなるだけだから、重い鎧を家に帰った際に脱ぎ捨ているだけで、この肉体を捨てるだけである。
そのだけのことである。だから、霊というと何でも有り難いと思って霊任せで生活する人もいるが、これは危険ではないだろうかと思う。
ある霊能者は私に「私の守護霊さんは大きな家を買ったら、もっと迷える人を導けるから必要だから買ってやると言っているとか、ダイヤモンドは石の中で一番だから、それを持つようにいって下さっているのは、本当に有り難いことだと思う。」と言うのを聞いて、「守護霊様でそんな物質に拘る人はいないと思うけど?」と言う私の顔を見て笑われたことがある。
こういう霊能者と話すと、その守護霊様が地上に降りて来て、その人の側で人間として家に行ったりして指示し始めたらどうなるのかしら?と逆に心の中で笑ってしまった。
さらに違う霊能者は守護霊は本も読ませてくれないし、研究もさせてくれないのです。とニコニコしながらいう人もいたが、その人の守護霊様だけのいうことを聞いていれば何事も万事オッケーと言っているのでしょうが、それはどうも視野が狭いと思います。守護霊様とて、霊界でのレベルが違う霊達がいらっしゃいますから、霊界学校であって、さほど私達人間の思考とあまり変わりないと思います。
もちろん、研究に研究を重ねた禅の開祖の道元様などが悟ったのちの教えの中での説得力のある教えは頭で考えなくても心に響く有り難い言葉は沢山あるが、心霊の初心者であれば、小さな体験、大きな体験も含めて、本を読んだり人の話を聞いて尽きることはないであろう。
真理を求めている研究者であれば、「井の中の蛙 大海を知らず、されど空の高さを知る」という意味が理解出来るのはないでしょうか。
人間のこころはきらきら万華鏡のように輝いています。神様から頂く無透明な光の中にスピリチュアリズムを通過することにより、無限の光を受けています。
ですから、霊であろうと人間であろうと、一つの物体を通過して得られる真理というのはまだまだ小さな大河の一滴に過ぎないのです。
ですから、これがすべてということは絶対に有り得ないのです。
さて、良い波動を引き寄せる修行のお話もしようと思いましたが、またの機会に致しましょう。
この世で存在する私達人間には一人、一人に守護霊様はついております。
守護霊様と人間の関係は「先生と生徒」の関係のようなものですが、いくら先生の質が良くても、生徒にやる気がなければ先生も無理難題で、助けてあげたくても無理なときがあります。本当に助けて欲しいならば、その為には一日1回でも精神統一をして、その日のうちに、心の埃を取り、霊的なコンタクトを取れる霊的体質になる必要があるでしょう。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

苦難は『幸福の門』

スピリチュアル☆

178.5:299:350:0:0:pic3:center:1:1:やっと、描き終えた「女神サイキ」 :
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
私はこの世では適職としてサイキック・カウンセラーを長年しておりますが、肌に合うのは芸術面の筆やペンを使った仕事かも知れません。でも、芸術面で食べて行けるほど才能はないのですが、精神統一修業にはもって来いの1つの修業だと思います。絵が上手い、下手とかよりも筆と息遣いによって自分の心の状態が分ったりします。
さて、去年、今年、ここ最近まであまりメールでも電話でも話しをしない人から相談を受けた。
その人は「先生の鑑定結果の通りに万事が運んでいるから、こんなことになるなんって思っていなかった。」と、今年の運勢の結果へのクレームらしき表現にも取れる感情的な内容であった。しかし、占い鑑定とは?霊視鑑定とは?その時のその人のバイブレーションから想定することもあるし、占いなどは統計学だから、当たるも八卦、当たらぬも八卦という天気予想と同じだと思います。
その人は結婚を前提にしていたが、状況がおかしな転回になっているので、鑑定結果と違うと言いたかった様子だが、それより前に、この世に転生しているすべての人は生を受け、その後、赤ちゃんから子供へ、そして、大人へ成長して行く過程が必ずある。自然界の木でもそうだが、いちじくの木は冬になると葉っぱが落ちる。そして、春になると新芽が出て来る、そして、いちじくの実がなる。
これはキリストの教えだが、「成長の法則」というのがある。
毎日の生活で起きる出来事はヒンズー教でいう「カルマ」とは関係ないこともあるのです。すべてをカルマだとか業だとかと言って、自分の周りで起こる出来事を対処しないでは、成長もないまま「死」に近づいていることに気が付かないといけません。
この地球上に存在するすべてのモノには誕生、成長、死というサイクルから逃げることは不可能です。
その地球上で「あらかじめ運命づけられている」という言葉の意味の中には、自分自身の様々な才能を取り上げているのではなく、「あらかじめ運命づけらている」のは、誕生、毎日の時間の経過による個々の成長、そして、死に至るまでの間のサイクルを意味しています。人生そのものはこの成長の法則の範囲であれば、私達の自由意志でどのようにも自由に創造出来るのです。
この過程の中で他力本願では学びも少ないことでしょう。
ですから、その人には、鑑定結果が素晴らしい内容であったにしろ、それは過去の鑑定結果の内容から今に至る際に、占いの結果など気にするよりも、本当にその人を愛しているならば、冷静になって、霊的な意味での愛であれば、「覚悟」を決めて誠意を見せるしかないだろう。男と女の恋愛関係は心変わりをするのは当然なことである。この世に転生しているすべての人に大なり小なり因縁で繋がる男女関係で連れ添ったり、別れたりするものです。
占い師や霊能者が告げた結果はスポーツのコーチ役ほどの裏方の役目です。スポーツをする本人次第で速く走ることも出来るでしょう。
それが相手がいての問題であれば、それだけ解決する問題も大きいかも知れません。占いの結果を云々よりも本人同士の方がその場での言葉や行動のやり取りがどうなったか、自分で内省して過去を振り返って見る必要があるはずです。
スピリチュアルから遠のいてしまって、毎日の生活でも「感謝」を忘れてしまってこの世的な生きかたをして、魔が差すこともあるでしょう。
自分で育てなければならないお花でさえも、管理せずに水もやらず、剪定もせずして、どうして他人を攻めることが出来るでしょう。
健康と同じで「あなたは健康ですよ!」とお医者さんに診断されて、暴飲暴食、さらに運動もせずして、ある日突然、余命はと言われて「お医者さんは健康だと言ったのに・・・」と言っているようなものではないでしょうか。
健康と愛は失って初めて大切さが分るでしょう。さらにこの世でだらだらと生き、突然の死を迎えてしまう時もあります。スピリチュアル・ワールドに帰って、「どうして?」「何がこの私に起きているの?」と悔やんでも後の祭りです。
だから、聖人達は何度も同じ言葉を繰り返して「今を大事に生きろ!」「一生懸命、生きよう!」とメッセージを残してくれている。
この世で繋がる人間関係で問題が起きると相性が悪いからとか、タイプが違う家庭環境だからという以前に、当事者同士が愛していれば、そんなことに拘るのは小さすぎます。
それに世間体での価値観で相手に振られてしまっての屈辱だったり、突然の衝撃であったりして、冷静に考えられないときもあるだろうが、自分のプライドを傷つけられてショックを受けるよりも、結婚などしなくても愛しているのであれば、必ず誠意は伝わるでしょう。でも、エゴで人の気持ちをコントロールして、昨日までこんなに愛し合ったのに、どうして?と言っても、その相手には沈黙でも寂しさなどがあったことを理解出来ないまま、結婚するよりは、好きだけど別れるときもあるでしょう。
人の心は慣れてしまうと大切さが伝わらないときがあります。
ですから、本当に大事だと思う人ほど、大事な言葉を毎日使ってあげる必要があると思います。昔の大和魂の人であれば、「じっと、オレの目を見つめてくれ!」と言って誠意も目力で伝わって来る人もいたでしょうが、最近はお腹に力を入れないで生活しているので、その気力は伝わらないと思います。ならば、西洋式に愛していると一日に何度も言う必要があるならば二人だけの暗号で伝えれば良いと思います。
色々な恋愛、結婚観念は型にはめ込む必要はないでしょう。
鑑定もこの地球の温暖化と同じで「絶対」はないでしょう。

順調に事が運んでいるときほど、周りの人たちに感謝しながら生きる必要があると思います。健康もそうですが、身体に負担が来る前に色々と気遣ってあげる必要があるでしょう。
そして、夫婦であれ、カップルであれ、大事な人であれば、木々と同じでその行為を見せるのが自分であって、裏方であるサイキックなどはアドバイスは出来ますが、その木の剪定まで依頼するのは、マラソンの為に走る靴を用意して、自分は靴は履くが、透明な空飛ぶ絨毯または、漫画のドラえもんのように、お願いばかりして、走ることを忘れているのではないでしょうか。実際に走るのはその靴を履いている人なのです。
その人には、これを機会にまたスピリチュアルな生きかたに戻って欲しいと願います。
そして、障害を越えて、その人と現世でご縁があるならばどんな形でも、時間を掛けても何十年後でも一緒になるでしょう。
見えない力が魂の成長の為の宿題をさせてくれている様に視得ます。
そして、今を大事に生きることを学ぶ必要もあるでしょう。
色々な事を先送りしていた為に、今起きていることは必然的であるのでしょう。
そして、人生の修行は、悪かったことを改め、良き想念を取り込むことだと気づくことが出来るでしょう。こうした折角のチャンスに、他力本願で、安易に誰かのせいにしては、開けるはずの道が閉ざされてしまいます。その後、幸福の門が開かれることでしょう。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

見えないモノ、、知らない事を知ろうと思う気持ちが大事  

スピリチュアル☆

9.3:350:263:0:0:DSC00187:center:1:1:偉大な自然に感謝:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
この心霊の世界を一緒に学ぶときに、私は『素人』ですから、心霊の世界を学ばせて頂けるだけでも、感謝ですという謙虚な人は必ず良い導きと共に研鑽出来ると思います。
だって、皆さん『素人』さんですよ。それは、言葉で言うと「し・ろ・う・と」と音読みすると同じでしょう。
この世には私達人間が知らないことの方が多いのではないでしょうか。
日本国内でさえも足を運んだことがない場所も皆さんはあるでしょうし、海外となるとさらには多くの場所もあるでしょうし、民族意識などは雲泥の差があるでしょう。
日本では良いジェスチャーだが、違う国ではタブー扱いされたりすることもあるでしょう。
日本だけの小さなグループにて一番になっても、上には上がいます。
HPやブログで日本人サイトの霊能者さんで男性の方ほど、『悟った』と思っている怪しい人も沢山見かけます。
本当に悟った人ほど、悟ったという言葉を簡単にHPやブログで言わないと思います。
悟りもそうですが、その悟りの手段に繋がる「瞑想」は大変厳しい修業の一つでしょう。
神様とチャンネルを合わせたいと願うのであれば、やはり、自然体で瞑想を生活の中に取り入れる必要があるでしょう。
瞑想が出来ない人は、感謝修業を薦めます。
沢山、感謝の言葉「ありがとうございます」「お陰様でありがとう!」「ありがとう!」等など、良い言葉を書いたり、使ったりして行きましょう。
そうする行為で、多くの気づきが宇宙から舞い込んで来るでしょう。
本当は座らなくても瞑想は出来るのです。 ただ、座る方が集中出来るので、多くの聖人達は座ることでその『空』の世界に突入出来ることを個人、個人で体験する必要があることを教えて頂いております。
また、機会があれば、中級者の為の「瞑想方法」を綴ってみましょう。
あの世の次元とチャンネルを合わせると光を見ることが出来るようになります。
すべて無限の無限の光で、宇宙と一体化出来るのです。
この宇宙と一体化出来る心の状態に持って行くには、無垢な心に戻す必要があります。
大人になって何十年となると、どうしても時間は掛かると思います。
あなたが霊界からのメッセージを聞きたいと望むのであれば、純粋な気持ちで耳を傾けることです。偏見的な気持ちも取り除く、雲の上で寝転がっている映像を思い浮かべたり、虹の上を歩いたりする身体とは別に魂は軽く、羽が生えて来て空を飛べる気持ちを否定しないぐらい気持ち良い意識になると生活も楽しくなりますし、波動も上がるでしょう。
多くの素晴らしい本などもありますが、それを1万冊読んでも、神様の声は聞こえて来ないでしょう。
特に、心霊、精神世界に興味がある人は、それだけでも仏様もキリストも両手を広げて喜んでくれるでしょう。
何十年勉強しても終わりがないサブジェクトではないでしょうか。
だからこそ、生きている間に学ぶ必要があるのでしょう。
最初から聖人の人はこの世にはあまりいません。もちろん、稀に存在しますが、そういった人でさえも大きな十字架を背負って生まれておりますから、学ぶ必要もあり、学んだ後はそれを知りたいと願う人に教えるのも使命でしょう。
キリストには弟子が12名いました。その中で一番疑い深い弟子がトーマスでした。
その弟子はキリストが復活したということをマリアから聞いても否定しました。
「復活したならば、ここにキリストは現れてくれるだろう・・・」と言うとキリストは弟子の前に現れました。それでも、トーマスは疑い、彼のお腹を触れて初めて、復活したことを認めました。その後、彼は当時のイスラエルから一番難関であるアジア方面の伝道を始めたのでした。
疑うことも大変良いと思います。イギリスで私が受けた授業の時に、霊がここにいるということを証明する為にテリー先生の守護霊様を呼び、手を使わないで3人ほどのグループでテーブルを回したりしましたが、誰一人として、悲鳴をあげたりした人はいません。
日常的に霊能者だが、普通に生活している際に、霊さんが「ここにいるのを気づいて!」というお知らせをするのに、電気がピカピカしたり、モノが飛んだりすることもあるのですが、これを気にしていては疲れちゃいますので、時々は無視します。
霊性を開花するには、訓練が必要な人もいると思います。
もしも、あなたがこの地球上で大きな使命があるならば、長い間、沈黙している必要があるかも知れません。昆虫で言うとセミでしょうか、長い間の沈黙が必要でしょう。
そして、本物の師は通常は一人にしか伝授しませんから、その要素がないかどうか分ります。あの世では守護霊様が忍耐強く、見守ってくれています。
そして、この世であなたが開花することになっているのであれば、時期が来ればその人とのご縁が出来るでしょう。
その時期までは、待つ方が良いでしょう。
自然界でもそうですが、何事にもプロセスがあります。
ですから、熟すまで待った方が何事も良い結果に繋がるでしょう。
勉強するかどうかは、個々のレベルで様々でしょうから、最初から難しい本を読んだとしても面白くなく、断念してしまうことが多いでしょうから、「簡単」から心霊知識を学ぶ方が長期的に学べると思います。
まずは毎日を感謝しながら生活することです。
すべて神様が貸して頂いたモノを使用して、私達は生きているのですから、感謝しながら生きると多くの気づきを頂けるでしょう。
読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

日々の内省 ♪

7.2:350:263:0:0:DSC00079:center:1:1:何が見えますか?:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
毎日、何気ない出来事も何であれ、今起きていることは過去のカルマの清算の為であったりする。人間だけが進化しているのではない。
植物や動物、ミネラルでさえもこの過去のカルマの清算を私達人間と共にしている。
だから、自分だけがカルマの清算をしているのではない。
現世でご縁のある家族と共にその先祖に繋がる人々が他者を傷つけていたとしたら、そのご縁の下に生まれた子孫が償いをする必要があるだろう。
そして、その地域で生まれたなら、その地域でのカルマの反映で解決しなければならない課題を共にする必要があるでしょう。
そして、現世での個々の民族に生まれたことも意味があってのことでしょう。
国によっては2千年以上も続く紛争が続いている。転生を繰り返していても『赦す』ことが出来ない為に毎日の様に生々しい血を流し続けている。
その血を流し続けている国民は自分達が正しいという自信と自分達だけが神に選ばれた民だという主張を通し続けている。
その裁きを私達人間がする必要もないであろう。
だから、個々に起きる出来事も偶然でなく必然的である。そのことを知っていれば、苦しみや困難に見舞われても、それを失敗や破局と判断することはなくなる。また、苦難を何かの罰であるとか思うこともないだろう。
自分を責めたり、自己嫌悪に至ることもない。
個々で決めて生まれた国で、一人、一人が必要な学びがあったからこの世に今生きている。今、息をするのも苦しい、夜も眠ることも出来ない。
でも、「生きて下さい!」
暗いトンネルを一人でロウソクの光も無く、暗中模索状態で心は不安で一歩前に進んで行くことも恐ろしいかも知れない。
でも、このトンネルをくぐり抜けてゆかなければ苦痛、過去のカルマの清算、過去のカルマの終結にはならない。
だから、見方を変えよう。ピラミッドをあなたは見たときに、目の見えない人になんと表現しますか、きっと多くの人が巨大な三角形という表現をするでしょう。
でも、空から見た人は四角と表現する人もいます。
余談ですが、私はオーストラリアに長く住んでいたのですが、機会がなくオーストラリアのおへそと呼ばれているエアーズロックに登ったことがないのですが、この岩は原住民の人は登っては行けないと言われているのですが、観光客は登っております。
1万年以上前から現地にいる原住民のアボリジニー達は素晴らしい考え方を持っています。また機会があればその話も致しましょう。
そのエアーズロックでさえも見る人によって赤に見えたり、青に見えたりする巨大な岩。
人は何事もこころの状態で同じ事を言われても、傷ついたり、悲しんだり、喜んだり、感激したりするものです。
苦しみが好きな人もこの世にはいます。
苦しみは悪いカルマを清算してくれる手段なのです。苦しんだということは一つのカルマが完了したと思い、むしろ喜ぶことなのです。
「幸運」と呼ばれる出来事は良いカルマです。その良いカルマはあっという間に過ぎ去って行くことの方が多いかもしれません。
でも、不運はこの世で生きている私達人間には必要なのです。
不運を食べ物で例えると「お塩」、幸運は「お砂糖」と思うと良いでしょう。
お砂糖ばかり舐めていたら、気持ちが悪くなることもあるでしょう、過多にとりすぎると身体にも良くないのと同じで、適度にお塩も身体に必要なのです。
時間のスピードがどんどん速くなって行っている時代に、いつまでもこの世的な快楽に浸かって惑わされていると、宿題をしないままこの世を離れることになるだろう。
もしも、今、何かの悩みで生きることがしんどい人は、過去の人生を振り返って見て下さい。自分の行ったこと、言ったことなどで傷つけた人達がいるかも知れません。
そのことを紙に書き出したりして、反省することです。さらに、誰かからの行いに対して傷ついているならば、他者を赦すことです。
そして、すべてに感謝することです。
そうすることで、カルマの清算を一つ、一つして行けることでしょう。
でも、焦る必要はことはありません。
沢山感謝することで、あなたの今の辛い出来事も魂の成長の為に必要だったと気づくことが出来るでしょう。
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。

供養

16.8:350:263:0:0:DSC00067:center:1:1:ギリシャ・アテネ:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
霊感が強い、私はもしかすると霊能者かも知れない?と錯覚する人の多くの体験談を聞いて見ると、「幽霊」を見た、聞いた、感じたということから霊能力が開花したと錯覚してしまう人もいるでしょうが、実はあまり浄化していない霊、つまり生前の生活習慣を引きずっている霊達は地上界に近いところにいます。
浄化していない霊は、地上界の世俗的な想念の影響を身体が無くなっても、同じ波長の人のオーラの磁気に引っ付いて生活しています。
スピリチュアル・ワールドでは時間はあってないようなものですから、本人が自覚しないで地上界で生活しています。お酒が異常に好きだった霊などはお酒が大好きな人に隙さえあれば憑きたいと願っているか、既に憑依しているときもあります。
ですから、お酒を飲む前はニコニコと人当たりも良い人が、一滴のお酒を口にしてからは言動も違い、意味不明な発言をしたり、人を中傷したりしたが、次の日には何も覚えていないときは、未浄化霊さんの方が強く人の身体を乗っ取ってしまった感じで生活を共にしている時があります。
このお酒好きの霊さんとの繋がりは実は自分のご先祖様の中であの世に帰れない霊さんだったりします。
以前、何度も質問を頂いたことがある内容にて、「すべてのご先祖様は天国に行っていますから、お墓参りの際に曾おじいちゃん、曾おばあちゃん、おばあちゃん、おじいちゃんに良い結婚が出来ますように!とお願いしているのですが、どうして?結婚出来ないでいるのでしょうか?」「仕事で昇格したい為にお墓参りをしていますが、どうして昇格しないのでしょうか。」「赤ちゃんが欲しいのでお墓参りに行っているのに、どうして、子宝に恵まれないのでしょうか。」など等、お墓参りに行くことは大変良いことです。実は先祖を供養するという習慣は韓国、日本ぐらいで、欧州、その他の国でも供養するという習慣がないのです。
ですから、西洋では霊達も子孫を頼ることはあまりないようです。
日本では先祖を供養するのが死者の当然の権利という風潮があるようです。
生前ではあまり神仏に関心が無く手を合わせたことが無いのに他界すると子孫に頼ることが多いです。そのために日本では精神病で苦しんでいる方は死者からのお知らせだったりします。
精神病患者がいるお宅では間違っていないと思う間違いをしている場合があります。最近の日本では死んだら供養無しで天国に一直線と思うご家族の方もいらっしゃいます。何かを頼むときはお墓に参り、でも、「私は長男ではないし」「先祖は子孫を守ってくれるのだから、放っておいても構わないだろう」「お墓参りにも頻繁に行っているし、お坊さんにも頼んでいるし」「法事にも参加しているし」という理由は実は先祖で未浄化霊になっている人には通用しません。
この未浄化霊になっている人達は生前、人間が肉体だけのものと思って生きてしまった人達です。そして、現界に行ってしまったが困っている人達です。
肉体ばかりが人間ではなく、魂は永遠なのです。すなわち魂が肉体にあるうちに、この世に生きている間にしっかり勉強しておかないと、今生きている私達は哀れな死者になってしまい、スピリチュアル・ワールドへ帰る道を閉ざして、地上界で自分の子孫を苦しめることになりかねません。
死者が迷いの世界から意識を送ってくれば、それはこの世では悪い作用となって現れます。
この世的に生きている人間達はこの作用に対して知識もなければ、どうしたらその作用から脱出できるかも分かりません。
ただ怯えて、恐れるだけです。
キリスト教の国々では昔から死者の恐ろしい作用を意識して悪魔とかサタンと呼んで敵対意識を持って来ておりますが、しかし、実はこの世には悪霊もいなければ、そんな得体の知れないものではなく、すべて、死後に自分の死を悟れない人、つまり、自分の死に気づかないままでいる哀れな「人間」だったりするのです。
その哀れな「人間」の為に供養することで、その人が死んだことを納得してあの世に帰って貰う必要があります。輪廻転生するにもこの世からでは転生することは不可能なんです。
ですから、先日綴った憑依のトピックにて、精神病もこうした自分の死を自覚していない死者たちの、憑依による現象でもあるのです。
憑依をされている方は、その先祖の中で浮かばれない人もいることに気づくことです。何といっても現世で日本人に生まれて来た因縁にて子孫である私達人間の生き様、心の癖を正しく調整する必要があるでしょう。
除霊して貰ったから、お坊さんに拝んで貰ったから、家に仏壇があるからではなく、日本人として生まれた子孫である私達が亡くなった方々を成仏しているとかしていないとか離れて、思ってあげる必要があるでしょう。
まだ生きている気でいる人達は、身体が無くて思うことが何も果たせないままで中途半端な形で、ストレスの塊でこの地上界をさ迷っているのですから、哀れな人達なのです。ご縁のあるあなたなら間違いなく助けることが出来るでしょう。
「ご先祖様、貴方には霊界の人生があります。私達には地上界でやらなければならない課題があります。ご先祖様も共に頑張って行きましょう。」とお祈りしましょう。もうひとつ、「貴方がいたから、私はこの地上界に転生出来ました。ありがとうございます。」と明るい想念でお祈りすることです。
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
ありがとうございます。

 

霊的な生き方 ♪

スピリチュアル☆

18.4:230:173:0:0:pinksora:center:1:1:あなたのこころはこんな色ですか?:
こんにちは!
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
私達日本人は、戦後の破壊された建物の復興や新たな技術を磨き、民主主義の中で資本主義の景気に左右されながら、私達の両親、祖父母達の人達の観念は物が不足していた時代を体験しておりますから、「幸せ」とは、まずは物質的な豊かさを追求して来た時代だったと思います。
お金が無ければ何も出来ないと言う思考を植えつけられ、御国の為に重労働もして来たと思います。
しかし、私達両親の世代であれば、そのお金でさえも自分の子孫の為に残したいという願いと共に一生懸命に働いて来ていると思います。
年配者の人達は地域でも協調性もあり、その地域に住んでいて健康であれば地域の為に道路を綺麗にしたり、子供達の為に見回りに出かけたりしている地域もあるでしょう。
私も感心したのは一人暮らしをしている年配の父も田舎では「みち直しの日」というのがあります。病気も悪性の癌を抱えていますが、歳が歳なのでいつ死んでもおかしくないのでしょうが、そんな病気で体力もない老人でも、この地域の為に年に数回あるイベントに参加しています。朝早くから5時間ほど参加している様子ですが、川のゴミ、道路の草なども刈ったりする作業は暑い夏であると大変だと思います。
この日に参加出来ない人は小額のお金をコミニティに払わないといけない様子です。年寄り達はお金を払えないわけではありませんが、ほぼ全員が参加する様子です。若い方たちで違う県から来た方たちは参加するのが嫌な様で、小額のお金を払うことが多いそうです。
最近の日本では自分が生まれた場所から田舎暮らしを求める人達も多い様子ですが、ご近所とも距離を置いたり、引越ししてもご挨拶もなし、さらに、町内会費も払いたくないし、ゴミも回収する時間に出せないから、コンビニに行く際に捨てる人もいるというのを聞いて最近の日本人はモラル低下が激しくなっていると思うと残念です。
日本に帰国した際に若い女性はどこにそんなお金があるの?と思うほどゴージャスな海外ブランドに爪は料理などする予定はないだろうし、髪の毛も本当にフランス人形のように綺麗にカールが整っているのを見て、感動します!
外国人で大金持ちでさえも驚くだろう!と思える綺麗さ!
日本におととしに帰った時に京都の鞍馬山に訪れた際に驚いたのは、カップルで男性はアメリカのラップ系のぶかぶかの洋服を着ていて、連れの女性はスーツとピンヒールでした。ピンヒールではこの砂利道は無理では、無謀な人だと思っていたら、似たようなカップルがちらほらしていて驚いてしまいました。
山に登るのにピンヒール?エジプトのピラミッドの中よりも凄い砂利道・・・、怪我をしなければ良いと思ってしまいました。
今のこのアセンション上昇中の間は「霊的に生きるか」「物質的に生きるか」と個々に問われていると思います。すでに1990年ごろには多くのスピリチュアリスト達は本当の意味での霊的に生きることを追求し始めています。1960年代のヒッピーの時代とはまた違う、インドにも行かなくとも霊的に生きることを宇宙よりキャッチしていますから、死んだ時に持って行けない物質的なモノを追求する必要はないと分っていることでしょう。
しかし、大半の現代人が幸福とは想像する際に、銀行に多くの貯蓄があり、不動産という資産があり、豪邸に住み、セレバティと呼ばれる社交界のパーティに明け暮れ、高級車を乗り回し、家にお手伝いを雇い、封建時代のプリンスやプリンセスのような特別な扱いをして欲しいと願い、これらを幸福だと思っているのであれば悲しいことです。
これらの幸福論は実はユダヤ思想だったりします。物質的な生き方が本当の幸福と考え、金銭で世界を支配する経済社会。
つまり、私達の価値観はユダヤ思想を基準にして、金銭という報酬で働かないと大小が頂けません。
しかし、お金や物に捕らわれる考え方は、人間の本来の霊的な生き方から離れて生きることになります。キリストも仰っています。
「この物質世界での享楽に溺れていると、神の国へ行くことができなくなる。お金や名誉、地位、幸せな家庭生活など、私たちは「誰でも入りたがる広い戸口」ばかりを追い求めています。キリストは、神の国に入るためには、むしろ誰もが入りたがらない狭い戸口を選びなさい(=人生の苦労や苦難を喜んで耐えなさい)と教えています。」
通常、私達が生きている間に自分だけの為の豪邸、自分だけの為にという野望を抱いて成功しても、最終的には達成することが無く、多くの人達に恨みや妬みを買ってしまい、最後にはこころも空しく終わることがほとんどでしょう。
さて、私達はこのような物質界の低い次元から一刻も早く解脱し、次のステップの高次元の世界へ向上しなければこのアセンション時代に使命として転生した魂達も無駄骨になってしまいます。
次元が高くなればなるほど欲望が薄れ、自他との境目がなくなってきます。
「自分と他人は、宇宙の一滴の原子と同じ同一生命体」という意識が芽生えます。
これこそが真の意味で「自他共栄」です。「私だけ」ではなく、同じ原子の一つとして他者も共に進化する精神です。
他者と仲良く共存して生きましょう。
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。

 
 
 

憑衣についてお尋ねします ♪

怖くない心霊のお話

10.9:350:245:0:0:450-200509291102381:center:1:1:いつもありがとうございます。 ^−^:
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。
私は今日本から1万キロ離れた小さな地中海の島に在住しているので、ここでの普段の生活では複数の日本人の方たちと集まることは3年以上住んでいるがここに住んでいる少人数の日本人の方たちと会って話すことはあまりない。
だから、日本、日本以外に住んでいる方たちから寄せられるメールでお話したり、電話でお話する機会の方が圧倒的に多い。
そんな中、多くのメールにて「憑衣」かも知れないと思う方には私自身は今は「除霊」やお祓いなどもしていません。霊さんにも個性があるし、その方との意識が似ているときもあるので定義はあって無いようだと思う。また、未浄化霊達は執念深い人達も存在しているので、どんな霊障になるかまとめてみました。
この方は一例です。『近頃、何をやってもうまくいきません。また、身体が非常に重く感じられます。神経科で診察して頂いたところ、「心因反応によって起る精神の機能障害であるだろう」といわれました。毎日、仕事が忙しく、自分の時間などないまま寝起きする生活が続いております。
この非常に重く感じるので知人の紹介により、ある霊能者の所に御伺いしたところ、「あなたには動物霊がついている」といわれました。そして「除霊」と称して、お祓いを受け結構な金額をお支払いしました。、それからしばらくは気力が充実したのですが、再び気力がなくなり、最近では無気力状態が続いています。
そして、理由は分りませんが、妻や子供が笑っていたり、騒いでいると怒りが急に訪れたり、急に不安になり、眠れず朝まで起きていることもあります。
このような状態から抜け出すことは可能でしょうか。改善方法とかあれば伝授して下さい。』

憑衣というのは、過去世からの因縁の業の上に、心に隙をつくると、邪気や外邪が侵入してくることをいう。では、「憑衣」が起ると、どのような状態になるかですが、こんな感じでしょうか。
最初に感情が内から湧き始め、イライラ、クヨクヨ、ブツブツ、という状態から、悲しんだり、嘆いたり、悩んだりした人が真っ先に憑衣をされると言う事だ。サークルで心霊現象を立ち会う際に霊媒師の中に未浄化霊さんが身体に入ると感情の起伏が激しく、突然泣いたり、喚いたりするのは憑衣しているからである。
通常は同じ波長同士で集まる法則はあの世でも同じであり、この世に生きている人と未浄化霊さんと似ているか、助けて貰いたいから来るというケースもいろいろだろうが、助けて貰いたい霊の場合は身体に入り込むことはあまりない。それは、またの機会にしましょう。今回は憑衣したらどうなるかに的を絞ることにしましょう。憑衣される側に心配事があり、不安があり、感情的で、思考力を正しく発揮できない時に起りやすい。
憑衣されやすい時間もある。午後10時から午前2時頃である。怪談で言う「丑三つ時」というのが、午前2時から3時ごろらしい、この時間に起きている快楽の場所ではお酒などを飲んでいると憑かれやすい。ツボに詳しい人はご存知でしょうが、背中のあるツボから外邪が入って来るらしい。
さて、憑衣を受けたと自覚があった場合、次ぎのような表情が起るらしい。
●躰や手が左右に揺れ動いたり、状態が前後に揺れる。その時に、沈んだ状態になる。また最近は、PCスキルらを襲うPC・ストレスから憑衣される人も多い。憑衣後は大半が精神科で「統合失調症、精神分裂病」と診断される。食べ物により自覚症状がないまま、酸性体質をつくリあげている場合が少なくなく、食べ物から憑衣体質に病変する。
●ごろ寝などをしていて突如上から押し付けれれるような感覚を受けたり、急にからだが重く感じられたり、あるいは躰が軽くなって飛び跳ねたり(外邪と交信するチャネラーに現れやすい霊障)、金縛りに似た状態になる。
●急にゾクゾクとして寒気がしたり、あるいは躰が燃えるようにあつい場合。さらには身の毛もよだつような気配に襲われた場合は、外邪が侵入した場合である。酸性体質の人は風邪をひいても中々治癒しないが、穀物菜食の人は風邪をひいても体質が卓ぐれているので、直ぐに治癒する。
霊能者で、長期にわたり、風邪を引いて居る人は食肉常習者であり、憑衣された状態が続いていることもある。 
●不思議な光景が見えたり、頭の上から声がしたり、心が暗さを覚える場合。物事に対し、「こだわり」を持った場合。執念深い性格や、金・物・色に固執するタイプの人間は既に憑衣された人であるらしい。
●極端に嬉しくなったり、悲しくなったりの感情の移り変わりが激しい場合。それに併せて、悩み、苦しみ、怒り、悲しみ、憎しみ、恐怖、狂気などの感情が起った場合は、動物的な感覚がそうしたことに反応しているからであり、憑衣現象に振り回されることになる可能性もある。
●怨みを抱いたり、差別や偏見の心が起ったり、「私は彼らよりましだ」と優越感が起った場合。あるいは人を見下した場合に、同じ優越感をもった意識体が憑く。
まだまだあるがこんな感じで自覚している人は憑かれている可能性が高いだろう。

一般に憑衣される人は、霊体質者が憑衣されると言われているが、必ずしも霊体質者以外であれば憑衣されないかと言えば、そうでもない。最近は肉常食者が多い為に体質を酸性化させ、病気になり易い体質になっている場合、その弱点と隙を突かれて簡単に憑衣されてしまうこともある。
人間に悪さをし、取り憑いてくるのは多くが未浄化霊であり、中には動物に憑衣して合体した人霊が不成仏霊になるときもある。不成仏霊になるのは、それなりの因縁を抱えているからであり、多くは頼ろうとして、霊媒体質の感情的で、情緒感に浸り易い人に取り取り憑く場合が多い。
そして取り憑いた媒体は、多くが動物を模写した未浄化霊である。
憑衣した方も、憑衣された方も因縁である。因縁の業で繋がるものであるから、そう簡単に追い払うことも出来ないこともある。この未浄化霊さんを追い払う為に拝み屋に助けを求めても、そう簡単に納得しないで側に消えた振りをして、人間を弄んでしまうズルイ霊達もこの世には多くいる。
このタイプの霊は物欲に転んだり、損得勘定で私欲を満足させようと思った場合に取り憑く物欲重視の霊であり、その実態は未浄化霊、低級霊である。更にこのタイプの霊は、執念を燃やす人間に取り憑き易く、極度な執着心が心のわだかまりとして残っていれば、隙間を窺って憑いてしまうこともある。
こうした未浄化霊が、波調を同じくする、感情的で、情緒に陥り易い、敏感な人へと取り憑くのである。
日本では「狐が憑いた!」などの話があるが、実際は狐などではなく、自分のごく身近な先祖の物分りの悪い未浄化霊が、動物の真似をしているだけの事である。悟れないまま、あの世に帰れないまま、その悲しみや執念などが迷いの念となって自分の子孫に取り憑いていることもある。
どうして、憑くのか。
これは心に不安や心配や恐怖があった時に、そして、体調も思わしくなく、雑踏の中に居た時に起る現象である。こうした場合、ふと、心が無意識のうちに何者かに捕らえられてしまう。また、こころが安定出来ない状態で下降気味な時などに、神社仏閣、墓地などにお参りした後に、未浄化霊と波長に同調して憑かれてしまうケースもある。
だから、自殺の名所などに行ったら、足をすくわれそうになり、死ぬ気もないがそれ以降、自殺したいと思うようになる人もいるのは、心の隙間から背中の外邪から進入されているケースが多い。
霊媒体質の人もそうですが、肚に力が入らなくて、体調もよくない場合は、こうした知らない間に未浄化例に憑衣される確率が高く、霊的に敏感で感情に流される人は、この種類の憑衣を受ける。そして厳密に言えば、実際には狐狸の類が憑衣するのではなく、自分の近い先祖に繋がる父母、兄弟・姉妹、祖父母、曾祖父母までを含めた未浄化霊が憑衣して来ることが多い。
ある日本の僧侶が書いた本の中ではこのようなケースで憑衣されて、自分の子供が精神分裂病でいるのは先祖の未浄化霊が憑衣していると仰っている。
書いて行くと長くなりそうなので、ショートカットさせて頂くことにします。
私たち人間は、あらゆる生活の中で、心の隙を窺われているのであるから、実は霊媒体質でない人でも憑衣される危険はあるのです。人間の意識は小刻みに分断される事があり、その分断された隙に邪気や想念が入り込んでくるのである。
私達は仏様でないので怒らない人はいないだろう。誰かに肚の立つ場合に直面すれば、「怒る」という因縁を背負った霊達が憑衣することもある。しかし、その時に怒りの感情を我慢し、「笑顔が作れる」状態にまで心が進化すれば、憑衣霊は一つ進化して修行を終了して、去って行き、憑衣する事はないのである。一瞬でその霊は移動して行くので、ほんの少しの短い時間を我慢する必要がある。
ですから、人間であるときの修行の目的の一つには、「いつでも、どこでも、笑顔を絶やさないでいれるか」という精進も必要である。そして出来るだけ、「私心」や「私欲」を捨てる事である。
この憑衣と言う現象が起こり、そうした因縁を断ち切るにはこちらの5つのことをすると除霊なども必要ではなく、自分の心の癖によって憑かれないでいられる。

�いつもニコニコすること。笑顔を絶やさないこととある。
�着る物、食べ物に感謝の心。
�感情を涙だせず、情緒に陥らない生活空間を確保すること。
�今までの考え方や物の見方を白紙に戻すこと。
�純粋な人間関係だけを大事にすること。

やっぱり、『ありがとうございます』という感謝の気持ちと共に笑顔でニコニコしていることだそうですから、皆さんも憑衣されていなくても、そのバリアとしてニコニコ、感謝しながら生きましょう。
いつもありがとうございます。
ありがとうございます。